第5章 突然の悲報



 窓外に望んでいた陽が、空や街並みを茜色に染めながら、屹立するビル群の背に沈んでいってしばらくの午後五時すぎ。

 私達四人が、昨日の夜からこつこつと進めてきたミッションも、とうとう最終章に突入していた。

 私達は今、これまで幾多のミッションをこなしてきた、《エイギスの塔》の最上層で待ち構えていたボスモンスター《ジャバウォック》との対決に挑んでいるところだ。

「やべーっ! オーバードライブスキル、喰らっちまった!」

 窮地に追いこまれたウルフが叫喚。

 前衛で戦っていたウルフの聖騎士のHPは、残り僅かとなってしまっている。

「大丈夫、ウルフさん?」

 と危ぶむ私。

「ウサギ、回復魔法、頼む」

「任せて」

 後衛でサポート役を任されていた、私のプリーストの出番だ。

 私のプリーストが詠唱した回復魔法で、瀕死の状態だったウルフの聖騎士のHPは、瞬時に半ば以上まで回復。

「ふぅ、やばかった」

 とウルフは、一つ安堵の息を吐くと、

「ありがとな、ウサギ。助かったぜ。でも、ウサギのMPも残り少なくなってるみたいだし、あの技もう一度喰らっちまったら、完全にアウトだな」

「とりあえず、防御力アップの歌は唱えてるけど、それだけじゃ不安だよね」

 と私のプリースト同様、後衛でサポート役を任されている、吟遊詩人を演じるミカ。

「攻略サイトに、スタンが高確率で効くって載ってたから、またオーバードライブスキル使われそうになったら、マシュー君の魔法で、その前に動きをとめてもらったらどうかな?」

 私は、咄嗟に思いついた対抗手段の案を出した。

「その手があったか。おい、マシュー、聞いてただろ? その作戦でいくぞ」

 ウルフの言葉にも、マシューからの反応がない。

 見ると、彼は、気もそぞろというように、顔をディスプレイから完全に背けてしまっている。

「おい、マシュー! 何すっとぼけてやがる!」

 ウルフが顔を険しくしながら、荒らげた声を飛ばす。

 しかし、それでもマシューは向き直ることをせず、

「穂奈美たん、いつ見ても萌えるわー。やっぱ、めっさかわゆす。知性と美貌を兼ね揃えたインテリクールビューティ。ハスハス・・・・・・、もう辛抱たまらんっす!」

 強敵ジャバウォックとの戦いで苦境に立たされ、状況は逼迫しているというのに、折り悪く、マシューが愛してやまない矢坂穂奈美がメインキャスターを務める夕方の報道番組が始まってしまったらしい。

 ボスモンスターも私達の存在も忘れて、マシューはテレビに釘づけとなってしまった。

「てめぇ、ふざけんのもいい加減に――、やばっ! またオーバードライブ・・・・・・、あー・・・・・・」

 隙をつかれて、再度繰り出された高威力な一撃を受け、ウルフの聖騎士は、あえなく死亡してしまった。

 前衛の聖騎士がいなくなってしまっては、パーティの攻撃力は激減する。

 後頼れるのは、黒魔法が使えるマシューの魔道士だけだけど、そのマシューは、まったく使い物にならない状態。

 これ以上戦闘を続けていては、全滅も必至だと考えた私は、プリーストのエスケープの魔法を詠唱して、残り三人のキャラを、バトルフィールドから強制離脱させた。

「あー・・・・・・、経験値も新しい武器買うために貯めといた資金も、ごっそり減っちまってる・・・・・・」

 教会で、なんとか復活を遂げた聖騎士のステータス画面を開き、それらを確認したウルフが嘆く。

「私達には、まだ早すぎる相手だったのかな・・・・・・」

 と私も気を落としながら。

「いや、そうじゃない。勝てない相手じゃなかった。こうなったのは――おい、このクソ間抜けのマシュマロ狂い野郎! 全部てめぇのせいだからな!」

 ウルフが、恨ましげに不満をぶちまける。

「いつもみたいに、『サーセン』、なんてふざけた謝り方されても、許さないからな・・・・・・、おい、いつまでテレビ見てやがんだ!」

 気色ばむウルフに捲し立てられながらも、マシューは顔を背けたままだ。

 ただ、先程までと少し様子が違う。

 矢坂穂奈美を前に、相好を崩しながら、生き生きと目を輝かせていたのが、一転して気の抜けたような顔になっている。

 その口に咥えられていたままだった一片のマシュマロが、ぽろりとこぼれ落ちた。

「マシュー君、どうかしたの?」

 私は怪訝に尋ねた。

「・・・・・・ウサギさん・・・・・・、チェシャさんの本名って確か、都野國屋アリス、だったよね・・・・・・?」

 マシューが、問いに問いで返す。呆けたように顔を背けたまま、いつになく弱々しい声で。

「え・・・・・・? うん、そうだけど、それがどうかしたの?」

「・・・・・・チェシャさんが・・・・・・、チェシャさんが、死んじゃった・・・・・・」

 沈痛に告げられたその言葉を聞いた私は、閉めきっているはずの室内に、冬の凍るような外気がどこからか忍びこんできたかのように、背筋に鋭い悪寒が走るのを感じた。



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