第6章 悲しみに包まれて



 マシューから、チェシャの死が報道で告げられたと聞き、私がすぐにネットでその件について調べてみると、ある新聞社のサイトに、その事件についての概要が載せられていた。

 今日の午後三時頃、東京都墨田区にあるマンションの自室で、遺体となっている女性が発見された。

 その女性の名前は、都野國屋アリス。年齢は、二十八歳。

 《悠久旅団》という劇団に所属する人気舞台女優で、同じマンションに住む、彼女が親しくしていた同年代の女性が、夕食に用意したお裾分けをもってその部屋を訪れようとした。

 だが、チャイムを何度鳴らしても、中からの返事はなく、ドアの鍵がかかっていなかったので、開けて様子をうかがってみると、2LDKのキッチンの前で、後頭部から血を流して倒れている彼女を発見したらしい。

 都野國屋の遺体を発見したその女性は、すぐに警察に通報し、駆けつけた捜査員らによって現場検証が行われた。

 都野國屋は、後頭部を、何かハンマーのような鈍器で殴られており、明らかに他殺とみられる状況だった。

 キッチンに置かれていた珈琲メーカーのサーバーには、およそ二人分の珈琲がドリップされたまま残っていて、その横には、二つのカップが置かれていた。

 殺害現場の状況から、おそらく殺された都野國屋は、部屋に招き入れた誰かをもてなそうと、キッチンで珈琲を淹れていた最中に、その誰かに、背後から不意をつかれて襲われ、ハンマーで撲殺されたのだろうと考えられている。

 ベランダとを仕切るガラスドアや窓のクレセント錠は、すべて錠が下ろされている状態であり、誰かが押し入ったような形跡はなく、部屋も荒らされておらず、財布などの貴重品が盗まれているというようなこともなかった。

 隣人も、悲鳴や大きな物音は聞かなかった、と証言していることから、警察は、おそらくは、都野國屋と親しくしている友人か知人、もしくは、恋愛関係にあった人物の犯行ではないかとあたりをつけ、その線での捜査を始めているとのことだ。

「チェシャさんが・・・・・・、死んじゃうなんて・・・・・・」

 涙ぐむミカが、嗚咽まじりに嘆き呟く。

「殺されたのが、実はチェシャさんじゃなくて、同姓同名の、他の女の人ってことはないのかな・・・・・・?」

 いつも軽い調子でおどけているマシューも、今ばかりは、顔をかげらせて、声のトーンも暗い。

「それはないだろうな」

 ウルフが否定する。

 彼にしても、男らしく気丈に振る舞おうとはしているみたいだけれど、悲しみの色が滲むのを隠しきれてはいない。

「《悠久旅団》の舞台女優ってことも、住んでるところも一致してるし、何より、都野國屋アリスなんて変わった名前のやつ、そうそう他にはいないだろうからな」

「それで、今ちょっと調べてみたんだけど」

 と私。

 私としても、色んな感情がないまぜになった複雑な心境ながらも、まだ、チェシャの死に納得できてはいないところがあった。

「都野國屋って苗字の人は、全国でも十人くらいしかいないんだって。しかも、下の名前がアリスでしょ? その中で、同姓同名の人がいるとは思えない」

「まあ、そうだろうな」

「ねえ、私とウルフさんは、今日の二時頃に、少しだけだったけれど、チェシャと《エアフリ》で話をしたよね?」

「ああ、そうだったな・・・・・・、あの時はまさか、それが、チェシャとの最後の会話になるなんて、思ってもいなかったよ・・・・・・」

 ウルフが、らしくなく、しょんぼりと目を伏せる。

「つまり、あの時はまだチェシャは生きていた、ということになるよね? この後、チェシャの遺体の司法解剖の結果が出れば、死亡推定時刻が割り出されるはずだから、それと照らし合わせれば、いつ殺されたのか、その時間帯を、狭めることができるんじゃないかな?」

「なるほど、そういうわけか。さすがは、推理作家のウサギだな。俺達で、警察の捜査に協力できるかもしれないってことか」

 ウルフは得心がいったようにすると、憎らしげに顔を歪めながら、

「警察には、チェシャを殺したやつを絶対につきとめてもらって、その罪を償わせたいからな」

「うん」

 私は頷くと、

「《エアフリ》に、あの時の通話履歴が残ってたよ。あの時のグループ通話からチェシャが抜けたのは、午後二時十九分頃」

 ウルフもマウスを操作して、

「俺の履歴にもそうなってた」

「とすると、《エアフリ》の通話履歴から分かったのは、チェシャは、私達とのグループ通話を抜けた午後二時十九分頃から、遺体となって発見される午後三時半ぐらいまでの間に殺された、ということ」

「そうだな。後、チェシャがグループ通話を抜ける前に、これから劇団員の友達が遊びにくるみたいなことを言ってたよな。その証言も重要な手がかりになるかもしれないから、通話履歴と合わせて、警察に知らせておくべきだね」

 そうして、警察には私が届けるということで話がまとまり、その日の《ホーリーノエル》の集いは、そこで終わった。

 それぞれが、もう二度とその集いで、チェシャに会うことはできあに、という重い事実を抱えたまま――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る