第4章 その声は届かず



 午後四時を少しすぎた頃、サークルの集会にいっていたマシューが、

「マシュー一等兵、ただいま無事戦地から帰還しますたっ!」

 とおどけた仕草で、軍隊式にびしりと敬礼しながら現れた。

「戦没してくれりゃよかったんだけどな」

 ウルフがブラックにぼそりと呟く。

「昨日進めてたミッションの続きに、皆で挑戦してみようか、って話してたところなの」

 と私。

「マシュー君も、一緒にやるよね?」

「モチのロンでござ――ちょ!」

 突然、マシューが言葉をきり、驚きに目を見開いて、齧りつくように顔を大きくしながら、

「ミカさんの後ろの道路に停まってる車に乗ったのって、矢坂穂奈美やさかほなみじゃね!?」

 ミカの座るテラス席の背後に続く道路の突き当たりは、丁字路になっていて、ミカの肩越しに、その道路脇に、一台のRV車が停まっているのが見える。

 そのRV車のサイドガラスには、スモークフィルムが貼られていて、立ち並ぶビルの上に、抜きん出て聳えるスカイツリーが、小さくだけど映っている。

 その映り方からして、ミカのいる《Bauhausu》というカフェは、その近辺にある店みたいだ。

 矢坂穂奈美というのは、マシューが大のお気に入りにしている、平日の夕方に放映される報道番組に出演している、『美人すぎる――』なんて形容もされる、有名なニュースキャスター。

「マジで!? ガチで本物!? キタコレ―!」

 マシューは、両手を挙げながら歓喜するも、「あっ、ちょ・・・・・・」無情にもそのRV車は発進し、届くはずのない声で呼び止めようとする。

「ミカちゃん、そこって、スカイツリーの近場にあるカフェなの?」

 私からの唐突な質問に、ミカは、「え?」と目を丸くしながら、釈然としないように、

「あ・・・・・・うん、そうだよ。でも、どうして?」

「いやいやいやいや、そんなことより、矢坂穂奈美の件でしょーに! グラサンしてたけど、絶対そうだって!」

 興奮冷めやらぬといったマシューは、焦燥に駆られたようにして、

「ミカさん、彼女、どこいったか分かんない?」

「えっと・・・・・・」

 とミカが、戸惑いながら背後を向く。

「無理言うなよ、ミカが困ってるだろ」

 呆れたようにウルフが窘める。

「いつもニュース番組でその顔拝んでんだから、それで十分だろ?」

「・・・・・・ぐすん・・・・・・、もしかしたら、直筆サインもらえたかもしれないのに・・・・・・」

 諦めきれないといったように、マシューは目を擦り擦りしながら、嘆くように呟く。

「女々しくすんな。んなことより、早くミッションの続きやるぞ」


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