第3章 喫茶Bauhaus
翌日の日曜の昼下がり。
私は今、ウルフと一緒に、《エアフリ》を使ったビデオ通話をしながら、《リゼルヴィア》をプレイしているところだ。
《ホーリーノエル》では、日曜の午後は《エアフリ》を通じて皆が揃うことが多いんだけれど、今日は、チェシャとミカがまだオフライン状態。
マシューについては、昼すぎまで一緒にプレイしていたんだけれど、サークルの集まりがあるとかで、夕方頃には戻ってくるからと、プレイをそこで中断して、通話状態を維持したまま、外出していってしまっていた。
「よっし、またレベル上がった」
とウルフがガッツポーズを作りながら。
「おめでとう、順調だね」
と私。
「ああ、これで三アップ目だからな。うるさいやつが消えてくれたおかげで、レベリングも捗るってもんだ」
気分よさげにウルフが言うのに、
「そんなことないよ。マシュー君の魔道士がいてくれたら、もっと効率上がってるはずだよ」
その場にいずに否定できないマシューのフォローを入れる。
二人でそんな会話をしながら、フィールドモンスターを狩り続けていると、ミカがオンラインになった。
ウルフが通知を送ってしばらく待つと、「こんにちは」とミカが、《エアフリ》のブラウザに、いつものマスクを嵌めた顔を見せた。今日は白黒ドットのマスクを嵌めている。それも彼女の手作りだろう。
「ミカ、今日は自宅じゃないんだな」
とウルフが、彼女の背後に映る景色を見て。
ブラウザに映るのは、日傘つきの白く塗られたテーブルと椅子が並ぶテラス席だ。
「たまには、気分変えてみようと思ったんだ。私の住んでるマンションの近くにある、行きつけのカフェにきてみたの。今日は暖かいから、テラス席の方が気持ちいいかなって」
ミカは答えると、片手でマスクを小さく剥ぎ、まだ仄かに湯気を立たせる珈琲を慎ましやかに口に運んだ。
「洒落たカフェだな。日傘に何か絵が描いてある」
とウルフ。
ミカの背後に並ぶテラス席に立てられた日傘には、それぞれ別々の有名なアート作品がプリントされている。一番有名なものを挙げるとしたら、六十年代のアメリカを代表するポップアートの芸術家アンディ・ウォーホルの、お馴染みのキャンベル・スーツ缶の作品だろう。
「何ていう店なんだ?」
ウルフが尋ねると、
「《Bauhaus》っていうの。このテラス席の日傘だけじゃなくて、店内にも、色々なアート作品の絵が飾られてたりするんだよ」
ウルフは、「ふーん」と鼻を鳴らすと、
「さすがに東京は違うな。俺の住んでるところじゃ、少し足を伸ばしてみても、そんな洒落たカフェはないもんな」
「ミカちゃん、そのカフェには、今きたところなの?」
と私。
ミカは、「ううん」と頭を振ると、
「一時間くらい前からいるかな。小説を読みながら、珈琲一杯でねばってるところなんだ」
「お代わりなしで?」
「うん、ここはお代わり無料じゃないから」
「奥ゆかしいミカちゃんとは思えない大胆さだね」
私が冗談めかして言うと、
「ちょっと冒険しちゃってる気分、かな」
ミカは、目許だけで笑みを作りつつ、小さく首を傾げてみせた。
「ふふ、何だか楽しそう」
と私はつられたように笑みをこぼしてから、
「ところで、今日はヘアピンつけてないんだね」
「え? ああ・・・・・・」
とミカは、眉にかかる前髪を指で摘まみながら、決まりが悪そうに、
「ただ、つけるのを忘れていただけだよ」
「そうだったんだ。でも、ヘアピンつけてないミカちゃんを見るのって初めてだけど、前髪下ろしてるその髪型も似合ってるね」
「そうかな・・・・・・、ありがと」
とミカが、目を伏せて恥じらうようにする。
「それで《リゼルヴィア》だけど、俺達二人でレベリングしてたところなんだ」
とウルフ。
「ミカも一緒にどうだ?」
「うん、そうなると思って、モバイルルーターと外付けのバッテリーも持ってきたから」
ミカは答えてから、『はちみつ100%』と記された袋を持ち上げながら、
「あと、キャンディも」
和ませられて、私は微笑ましげにしながら、
「用意がいいね。それなら大丈夫だね」
「おっと、チェシャもオンラインになったみたいだぜ」
とウルフ。
私のノートPCのディスプレイの片隅にも、そのことを告げるポップアップ通知が表示されたところだ。
「呼ぶか」
しばらくして、「皆、こんにちは」とチェシャが、グループ通話に加わってきた。
ブラウザに映っているのは、昨日と同じ、額に珍しいハートマークの模様がある、彼女の愛犬コジロウの写真。
「マシュー以外は揃ってるみたいね」
チェシャが続ける。
「ああ、鬱陶しいやつがいなくて、清々してるよ」
ウルフがさも嬉しげに。
「俺とウサギで、一緒にレベリングしてたんだ。ミカはついさっきインしたとこ」
「そう。楽しくやってるみたいで、何より」
「チェシャは? 今日は仕事はお休みなの?」
と私。
「ええ、『帚星のしっぽを掴め!』の公演が、先週の日曜で終わりだったから、しばらくは、普通に日曜に休めるかな」
『帚星のしっぽを掴め!』とは、チェシャが主演を務める、《悠久旅団》の舞台で、一月の半ば頃にその公演が始まったと聞いていた。
その時ウルフが、ぜひ一度チェシャが舞台に立っているところを拝んでみたいって申し出たんだけれど、チェシャは、お決まりのように、《ホーリーノエル》の皆には素顔を晒したくないからって、それを断っていた。
「それじゃあ、今日は俺達と一緒に、まったりしながらすごすか」
とウルフ。
「そうしたいところ――」
内蔵スピーカーから届いてきたその声を聞いて、私は、あれ、と思わず怪訝に眉をひそめた。
聞こえてきたのが、ミカのハスキィボイスだったからだ。
「ん? 今のミカだよな?」
とウルフもおかしげに。
「・・・・・・あ、えっと・・・・・・ごめんなさい」
とミカは言葉を詰まらせながら、
「高校の頃の同級生から、インスタントメッセージが送られてきてて、それに答えながら話を聞いてたから、私が話しかけられたのかって勘違いしちゃって・・・・・・」
「しっかり者のミカにも、けっこうドジなところがあるのね」
とチェシャ。
「なんだ、そういうことか」
とウルフは納得すると、
「俺だって、チェシャとウサギを、声が似てる上に、どっちも顔を見せてくれないから、最初の頃に間違えたことがあったからな」
「そういうこともあったね」
と私。
「それに、女の子は、ちょっとドジなところがあるくらいが可愛いしな」
「あら? それはもしかして、遠回しなミカへのアプローチかしら?」
とチェシャがからかうように。
「ちーがーうっ! ただの一般論だっ!」
ウルフが顔をしかめながら、声を大きくして否定する。
チェシャは、「ふふ」と愉快そうに笑いをこぼしてから、
「それはそういうことにしておくとして、この後なんだけど、二時半頃に、劇団員の友達が、マンションの部屋に遊びにくることになってるのよ」
「そうなのか? だったら、今日は無理か」
「昨日は少しだけしか話せなかったから、久しぶりに長くお喋りできるかなって、思ったんだけどな・・・・・・」
私は残念そうにこぼした。
「ごめんね。来週の日曜は空いてるはずだから、その時にそうしましょう」
チェシャは申し訳なさそうに返すと、「それじゃあ、私はこれで」とグループ通話を抜けていった。
再び三人となった私達は、その後、一緒に《リゼルヴィア》でレベリングの続きをやりながら過ごした。
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