Episode 43 全世界の前でヘンタイを叫ぶ!

 開かれた扉。

 豪太郎は一歩を踏み出した。

「って……えッ!」

 そこは痛子がいる玉座の間。

 しかし部屋に入った瞬間に豪太郎は全身に絡みつく視線を肌で感じてしまう。その圧に思わずたじろでしまうのだった。

 部屋の壁という壁を埋めているのは夥しい数のモニター。

 それも通常の大きさでは入りきれないせいか、やけに小さいサイズに圧縮されている。

 それぞれのモニターの向こうには、“氷の王女”の間に入り込んだ少年を見つめる顔、顔、顔、そして顔。

 それは痛子が引き起こした事象の影響で使い物にならなくなってしまったテレビやPC、そしてスマホのディスプレイの向う側にある光景だった。

 無数の、それこそ数え切れないほど大勢の人間が、今この光景を見つめているのだ。

 ハッキングを受けたモニターは痛子とのインターフェースとなり、互いの情報を伝え合う手段と化していた。ただ、痛子がまったく動かなかったためにそう認識されていなかっただけだ。

 衆人環視の中、今からしようとしていることを思うと震えずにはいられなかった。

 しかし豪太郎は大きく息を吸い込み、シュレーディンガー計測器と痛恋人の“箱”を持つ両手に力を入れた。そして濃密な視線に抗いながら痛子へと歩み寄っていく。

 まるで粘性の高い流体内を強引に突き進んでいくかのようだが、押し返されることはない。それは単なる抵抗に過ぎないのだ。

「ごおくん――」

 痛子はやけに抑揚に欠ける口調で豪太郎を呼びながら、ゆっくりと立ち上がった。

『――ッ!!』

 モニターが故障してからずっと映っていた二次元の美少女。

 “氷の王女”と呼ばれる彼女が、今初めて動きを見せたのだ。

 その光景に息を呑む、モニターの向こうにいる人々。

 それは世界中に繋がっていて、今起きている出来事をリアルタイムで伝えているのだ。

 驚きがはっきりとした感覚として豪太郎へ伝搬してくる。

 それは“窓”であった。

 頻繁に持ち主のことを知ろうとしてひたすら脳スキャンを欲する痛子。

 そんな彼女に埋め込まれた“本能”が暴走した結果、膨大な数のモニターを汚染し、意図せざるコミュニケーションウィンドウを形成してしまっていたのだ。

 ここで起きていることは、全世界に中継されている。

 そしてモニター越しに世界をここから見ることができるのだ。

「ごおくん――」

 痛子は再び豪太郎を呼ぶ。

 いつもの快活さやイタズラっぽさを微塵も感じさせない機械的な低い声。

 しかしそれは、紛れもなく痛子本人のもの。

 豪太郎がよく知る、痛子そのものだった。

「いたこはごおくんをまっていた――」

 合成音声のような一本調子の語り方。

「はこをもってきたですね」

 焦点を持たない見開かれた瞳。しかしその中心部は豪太郎に向けられている。

 豪太郎を視界に入れているのに視ていない、そんな無機質な双眸だ。

「このきょりならぼたんをおせる――いたこをしょうきょできる」

「痛子……」

「いたこはしょきかされすべてのきおくをうしない――このほしはきえてじんるいはすくわれる――ごおくんもたすかり――だれひとりぎせいにならない――」

「痛子」

「いたこはしぬじゅんびができている――ごおくんにころされるならほんもう――いたこは――いたこはまっていた」

 壊れた機械が決められた文章を発声しようとしているがうまくいかない、そんな不自然さを露呈しながら痛子は語る。

 虚ろささえ感じさせる冷め切った瞳をぼんやりと豪太郎へ向けながら、痛子はほんの僅か口を動かして豪太郎に語り続けた。

 耳を澄ませなければ聞こえないほどの小声で。

 しかしその一音一音はかき消えることなく豪太郎の鼓膜へと届けられていった。

「ごおくんはこを――はこのすいっちをきって――」

 一切の輝きが消え去った痛子を前に、豪太郎はほほえみかけた。

「痛子、そんな顔するなよ」

 そして視線を落とす。

 豪太郎の両眼が捉えているのはシュレーディンガー計測器のディスプレイ。

 真実ちゃんから借りた時は画面の端にあったグラフのピークが、今や中心に位置していた。

 もう一度、豪太郎は大きく息を吸い込む。

 豪太郎が声を出す度に――

 ほんの微かな動きを見せる度に――

 圧倒的な存在感でもって眼で追ってくる視線の数々。

 気を抜くと押し潰されそうなほど強烈な、全世界から押し寄せてくる意識を振り切って、豪太郎はシュレーディンガー計測器をそっと床に置いた。

 一歩だけ痛子に近づいてから瞳を閉じる。

 唐揚げパーティのときに真実ちゃんから子機を渡されて以来、豪太郎は自らの脳波をコントロールする術を身につけていた。即ち、ひたすらリラックスしてアルファ波を出し続けるという方法を。

 豪太郎は今、その真逆をおこなっていた。

 自室の隅にあるワームホールに飛び込んで、この“痛星”の表面に降り立ってからずっと――リラックスするのではなくひたすら緊張を自らに強いてきた。

 脳波をガンマ波に固定したまま、己のパフォーマンスレベルを最低線に位置させる。

 ずっとそうやってピーク値が来るのを押さえていたのだ。

 必然的にその反動でパフォーマンスの最高値はかさ上げされていき、何度も限界を超えかけたが、辛うじて踏みとどまってきた。

 そして、ようやく解放の瞬間を迎える。

 痛子本人を目の前にしてやっと。


 痛恋人の“箱”を持つ左手に力を入れ、豪太郎は絶叫した。

 “完全同期状態コインシデンス”――。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」

 全意識を超人的なレベルで集中させた右手を“箱”に向かわせる。

 その指先が箱の天板にめり込んでいく。

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!!」

 やがて五本の指全てが箱の中に埋まっていくが、それでも豪太郎は力を入れ続ける。

「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッッッッッ!!」

 その手首までも“箱”の中に入っていた。

 “箱”の厚みはほんの数センチ。外から見ているとまるで豪太郎の右手首から先が失われたように見えていた。

 だが、豪太郎の右手は別の場所にあったのだ。


 一徹と涼子が生み出した痛恋人。

 その二次元情報体を動かすエンジンこそが1c㎡あたり10の32乗bitもの情報を持つ二次元境界面。それはホログラフィック原理の規定する二次元境界面を人為的にシミュレートした疑似境界面だ。そして今豪太郎は、自らの手でその疑似境界面に干渉しようとしているのだ。

 手の平に収めた痛子の本体ともいえる疑似境界面は、豪太郎の神経を経由して脳内へと転送されていく。

 “完全同期状態コインシデンス”に入った豪太郎は、その能力のすべてを事象改変につぎ込んでいたのだった。

「うわぁああああああああああああああああッ!!」

 豪太郎の脳内を凄まじいまでの情報量が交錯する。

 ありとあらゆる種類の色が網膜の向こうで乱反射し、豪太郎にこの世のモノとは思えない壮絶な光景を刻み込む。

 未曾有の情報圧に体が押し潰されていた。

 過去も含めて豪太郎の存在そのものがごっそりと消去されてしまうほどの数学的エラーアノマリーがあらゆる方向から豪太郎の心身に襲いかかる。

 呼吸は止まり、視聴覚も触覚も完全に遮断される。

 まるで超低温の宇宙空間に放り込まれたように頼りなく、無力に感じられる。

 身体の機能は失われ、もはや人としての形を保つことはできなかった。

 豪太郎の全身が溶けていく。

 形を失い、色を失い、彼を成す情報のすべてがプランク長のサイズで分断される。

 だが、この世界では死はない。

 痛子の生み出した“痛星”では消えることは許されないのだ。

 豪太郎は、これまで痛子兵や巨兵痛子、銃兵痛子から受けた攻撃など擦り傷にすらならないほどの激烈な痛みに晒されていた。

「――――――ッ!!」

 空気を完全に失った喉から声が絞り出されることはなく、見開いた眼が映すのは漆黒の闇ばかり。

 それでも豪太郎は微かに残った気力を振り絞って右手に力を入れ続ける。

 自らが起こす、数学的エラーアノマリーを完成させるために――


 モニターの向こうから見ていた者にとってそれは、ほんの2~3秒の出来事でしかなかった。

 そして豪太郎はたった今まで自分を襲ってきた情報による蹂躙がなかったかのように、ゆっくりと息をついた。

 そっと“箱”を床に置く。

 まだ全身に痛みと衝撃が残っているが、そんなことは強引に無視する。

 無視して柔らかく笑った。

 それは、安堵からくるごくごく自然な笑みだったのだ。

「ごおくん――」

 相変わらず機械のような口調の痛子。その肩に向かって豪太郎は右手を伸ばした。

「――っ!」

 その瞬間、痛子は眼を瞠った。

 軽い衝撃を伴って、全身を覆っていた冷たい空気が砕け散る。

 甲高い音を立てながら粉々になっていく、繊細なガラスのように。

「ゴ、ゴーくん……?」

 困惑の表情を浮かべる痛子を、豪太郎は愛おしそうに見つめていた。

「やっと、やっと……」

 像が歪むだけでずっと触ることのできなかった痛子に、今豪太郎は手をかけていた。

 初めて触れた痛子の肩は、細くて、柔らかくて、どこまでも頼りなくて。

 でも、思った以上に温かくて。

 だからこそ大切にしたい、優しく包み込みたい。

 豪太郎は痛子を驚かさないようにゆっくりとその両肩を抱きしめていった。

「ゴーくん、ゴーくん……」

 呪いの魔法が解けたように、悪い夢から醒めたように、痛子は豊かな表情を取り戻していた。

「ゴーくんゴーくんっ!」

 すぐそこで自分を抱きしめているというのに、痛子は必死になって豪太郎を呼ぶ。

 そんな強烈な感情に突き動かされながら、豪太郎は痛子を抱き締める腕に力を入れた。

「やっと触れた! 痛子を抱きしめることができたんだ――ッ!」

 豪太郎は思わずそう叫んでいた。

「できたんだぁあああああ――ッ!!」

「ゴーくん……!」

 痛子は恐々と両手を伸ばしてから、豪太郎の背中に腕を巻き付かせる。

「触れた……触れたよぉ、触れたよぉ……」

 痛子は肩を震わせながら、その顔を豪太郎の胸に埋めていった。

「やっとゴーくんに触れられた。ゴーくんにギュッとしてもらえた、ゴーくんをギュッとできたぁ……!」

 豪太郎の胸にかかる熱い息。

 それは溢れ出る涙を伴って、温かく胸を湿らせていく。

「ゴーくん……」

「うん」

「痛子がいま、なにしてほしいか……わかりますかぁ」

「ああ、わかってるさ」

 豪太郎は右手の力を緩めると、その手をスカイブルーの髪に載せていった。

 素直で柔らかいのに、強い生命感を感じさせる髪が手の平で踊る。

 そっと撫でていく。

 その感触を味わっていくうちに、自ずと力が入っていく。

 痛子の髪をくしゃくしゃにするように頭を撫で回す。

 痛子の肩が、頭がわなわなと震えていて、その動きが次第に大きくなっていく。

 痛子は掠れた声を、懸命に絞り出していた。

「勝手に押しかけてぇ、部屋に住みついてぇ、困らせてばっかりでぇ、

 ずっと迷惑だったかもしれないけどぉ、痛子はずっとずうっとぉ幸せだったよぉ

 ストーキングして眼が合ったときの驚いた顔がおもしろかったよぉ

 コスプレしてあげたときのテレた顔がかわいかったよぉ

 チューする前の、ちょっと恥ずかしそうな顔がだいすきだったよぉ

 壊れちゃったのに、こんなとこまで遭いに来てもらえたよぉ

 でもさいごにギュッとしてもらったよぉ、いいこいいこしてもらったよぉ、

 だからもう、じゅうぶんだよぉ、もう死んじゃってもいいよぉ

 思い残すことなんて、なにひとつないよぉ」

 

 痛子は強引に豪太郎から体を離すと、床に置かれている“箱”を見つめた。

「だから“箱”を、ゴーくん……」

 それでもほろほろと流れ落ちる痛子の涙を、豪太郎は両方の親指の腹で拭ってやる。

「ホント、痛子はかわいいな」

「な、なに言ってるですかぁ……」

 泣きながら、照れながら、痛子は力なく笑った。

 そんな痛子の顔を正面から見つめる。

 豪太郎は鼓動が速くなっていくのを感じていた。

 緊張感が高まっていき、意識が遠のきそうになる。

「痛子――」

 改まった口調で豪太郎はその名を呼んだ。

「はい」

 涙の残った瞳をうるませながら、痛子も豪太郎をしっかりと見つめる。

「痛子、オレの……オレの、本当の彼女になってくれ」

「……はい?」

 痛子はなんとも不思議そうな表情を浮かべた。

 あまりにも想定外の言葉に反応が選べなかったのだ。

 豪太郎はそんな痛子のリアクションに微笑まずにはいられない。

 それは、思った通りのものだったから。

 だから、思い切り大きな声で、かつ間違えようのない言葉で、はっきりとしっかりと伝えていった。

「だから痛子、オレのになってくれ。……大好きなんだ、痛子のことが!」

 全世界が目撃しているその前で、豪太郎は二次元恋人いたかのじょに告白していた。

 痛子の瞳は瞳孔が開きっぱなし。

 この状況は、完全に彼女のキャパを超えたものだった。

「な、なに言っちゃってるですかぁ、ゴーくん? だって痛子ぉ二次元だよぉ。痛彼女だよぉ? それに痛子のせいでみんな絶滅しちゃいそうなんだよぉ! そんなんで本当の彼女になんか、なれるはずないじゃないのぉ!?」

 そんな困ったような、嬉しさを隠しきれないような、どうしていいか分からないくせにどこか期待したいような痛子の顔に、豪太郎は笑みを抑えきれない。

「なあ、痛子」豪太郎は優しく囁いた。「オレのお父さんとお母さんが、彼女を作ればワームホール体質の症状が軽くなるって言ってた」

「はぁ……」

「最初はなにふざけたこと言って、て思ってたんだけど」

 不思議そうな顔で豪太郎を見上げたままの痛子。

 その顔があまりにも可愛くて、豪太郎はつい柔らかい頬に触れてしまう。

「オレは痛子で、痛子はオレで。情報的にもうつながってしまって分離できない。だからもう離したくないし離さない。ホント、愛が地球を救うって、こういうことだったんだな」

「よくわからないですぅ」

「いいんだ」豪太郎は嬉しそうに笑った。「でも痛子と愛し合っていればもう大丈夫だ。事象は起こらない」

「……そうなんですかぁ?」

「ああ、だってこんな幸せな世界を壊すことなんて、できるはずないじゃないか?」

「ゴーくん……」困ったような、でも受け容れたいようなそんな顔。「痛子、ゴーくんを信じていいですかぁ?」

「もちろん」豪太郎は強く強く頷いた。「だって、オレがそう望んでいるから。だから痛子、オレの彼女になってくれ!」

 自分で言いながら頭に血が上ってくるのがはっきりと分かってしまう。

 鏡で見るまでもなく、自分の顔は真っ赤に染まっていることだろう。

 そんな気恥ずかしさは、しかし一瞬にしてかき消されてしまった。

 痛子が、体ごとぶつかってくるように豪太郎に抱きついてきたからだ。

 豪太郎はそんな彼女を全身で受け止める。

 二人は息が詰まるほど抱き締め合い、お互いを決して離さないと固く心に誓う。

「痛子、さあ帰ろう」

 これ以上ない幸福感に包まれながら、痛子はそっと頷いて、豪太郎の胸に顔を埋めていった。


「で、いきなりベッドインってわけか?」

 呆れたように一徹が溜息をついていた。

 ガバッと身を起こすと、豪太郎はベッドの上にいた。

 すぐ横では痛子がしがみついたまま離れようとしない。

「痛子、ゴーくんを離さないですよぉ」

 そこには凉子も真実ちゃんも、豪太郎の同級生の睦美さえいるというのに、痛子は堂々と、あたかも見せつけるかのように豪太郎に抱きついたままだった。

 誰もが圧倒されたまま時間だけが経過し、やがて口を開いたのは真実ちゃんだった。

「それがゴーちゃんの選択なら、お姉ちゃん尊重するわ」

「ま、真実お姉ぇ」

「なんか、出来損ないの可愛い弟って感じだわ」

 苦笑を浮かべながら一徹が口を開く。

「ま、 “痛彼女”に思いっきりコクッちまったわけだ。今日からテメエも“哲学者”の仲間入りってこったな」

「はッ――!!」

 言われて思わず声を上げてしまう豪太郎。

 “哲学者フィロソファー”。

 その響きは豪太郎の頭を急速冷凍させるのに十分な力を持つものだった。

 “哲学者”とは痛恋人持ちであるとバレてしまった人間のことを言う。

 自らカミングアウトしてそうなる者もいれば、意図せざる形で痛バレしてしまう者もいる。

 いずれにしても“哲学者”とは、“魔法使い”とか“妖精さん”と同じような意味合いで使われている言葉蔑称だ。

 高校生の豪太郎にとって“哲学者”という十字架はあまりにも重い、いや重すぎるものだった。

 先ほどの告白は世界中に繋がるモニターで絶賛生中継されていた。

 当然のように都立中島高校でもその光景を見ていた者がいるはずである。

 というか、いないはずがなかった。

 そう、豪太郎は今やワールドクラスの“哲学者”様なのだ。

「登校拒否とか、ゼッテエ許さねえからなッ!」一徹は意地悪く笑った。

「やれやれ、不肖の痛息子……みたいな?」その隣で凉子が呆れながら溜息をつく。

 だがその呆れも本心ではない。

 そんなことは、言われるまでもないのだ。

「両親公認の嫁となった痛子を、よろしくお願いしますですぅ!」

 痛子の無邪気な台詞に、一徹も凉子も思わず脱力してしまっていた。

「ね、ねえっ! ねえってばっ!」

 しかしそこでなぜか切羽詰まったような表情を見せていたのは睦美だった。

「な、なにッ!?」

 その迫力に圧されつつ豪太郎は訊ねた。

 睦美はずいっと顔を近づけると、鼻息がかかりそうなくらいに顔を近づけてくるのだ。

「ち、近ッ!」

「ねえ、もしかして……!?」

「なに……?」

「ゲットしたの? したんでしょ!? したのよね触覚オプション!?」

 この世界を救ったこととか、大量の目撃者の目の前で痛恋人に告白したこととか、睦美にはどうでもいいことだった。そんなことよりも――

「だったら私にも教えてよ、触覚オプション! 独り占めなんてずるいんだからねっ!」

「そ、そこかよ?」

「だって、私だってしてほしいもん! 私のアーくんにお姫様抱っこしてほしいもん!」

「はあ……」

「ね、だから独り占めしてないで私にも教えてよ、触覚オプション!」

 呆れながら、困りながら、豪太郎は痛子と眼を合わせた。

 そして二人してプッと噴き出してしまう。

「いや、悪いけどさ」

「なんでよっ!」こめかみを引き攣らせながら迫ってくる睦美。

「お姫様抱っこなら、この前愛しの王子様にしてもらったじゃねえかよ?」

 そう指摘されて睦美は顔を真っ赤に染めていた。

「そ、それはそれ! これはこれ! ……アーくんは別腹なの!」

「いや、でもな……」

「それはムリなのですよぉ」痛子はあっさりと言い放った。

「な、なんでよ!」

「だってぇ」痛子はイタズラっぽく笑った。「痛子は特別ですからぁ」

「そんな、そんなぁあああああ!」

 帰還を果たした豪太郎の部屋の中、睦美の絶叫が虚しく響き渡っていた。

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