Episode 24 これ1台で憧れのリア充ライフが……!

 真実ちゃんは弟萌えの人だった!


「ねえ、どんな気持ち?」

 照れたような掠れた声。

 豪太郎の頭をかき抱いたまま、真実ちゃんが囁いていた。

 豊かすぎる双丘に圧迫されて、豪太郎は呼吸もままならない。

 このままでは真実ちゃんの胸部の圧力に溺れてしまいそうなくらいだ。

 そして、それもそれで本望という気すらしてしまう。

「幸せすぎ……です! ……優しくて、温かくて、ずっとこうしていたい……です!」

 真実ちゃんの腰に回した両手に、思わず力が入る。

「そう」真実ちゃんは微かに頷いた。「そうね、それでいい。それでいいの……」

 どこか自分に言い聞かせるような、誰に向けられているのか分からない声音で、真実ちゃんは呟いた。

「それでいいのよ」

 真実ちゃんは豪太郎をそっと離すと微笑みかけてきた。

 どこか陰を感じずにはいられない、弱々しさを孕んだ表情だ。

「あ、あの……」

 だが豊乳に顔を埋めていた余韻がバッチリ残ったままの豪太郎。

 当然のように健全な男子らしい生理学的反応を示しているわけで。

「はぅあッ!」反射的に前屈みになってしまうのだった。「は、恥ずかしい……ッ!」

 実に高校生男子っぽい反応に、今度は心底楽しそうに笑う。

「いいのよ、気にしなくて」

 真実ちゃんは豪太郎の頬を包み込むように両手で触れてきた。

「真実お姉ぇ……」無意識にこぼれていたその呼称。

 しかしお姉ぇという言葉は油断をついたカウンターとなってしまい、無防備だった真実ちゃんの頬がまたしてもかぁああっと染まっていく。

 そんなコロコロと変わる真実ちゃんの表情に、豪太郎はむしろ胸がドキンと脈打つのを感じてしまうのだ。恋の不整脈である。

「(……ああ、なんか、いい! すっごく、いい!)」

 お互いの予期せぬ反応を見せ合いながらも、少しずつ距離を詰めていく感じ。

 それぞれが心を開いていくのを確かめられる歓び。

「二次元ではこういう感覚って、なかったでしょ?」

 そのセリフに豪太郎は何十回も頷くのだった。

 すぐそこでフリーズされていた痛子のことなど、まるきり忘れてしまって。


 ふいに訪れた甘すぎる時間。しかしそれはお約束のように長くは続かない。

 真実ちゃんはゆっくりと豪太郎の両頬から手を離すといつもの厳しい顔つきに戻っていった。

 その余韻を惜しむ豪太郎の目の前で、彼女はドアへ視線を移す。

 直後、響いてきたのは乱暴な足音。

「やいやいやいやい、真実ちゃん!」

 ガラッと音を立てて押し開かれるキッチンの扉。

 声を荒げ、人差し指を真実ちゃんに向けてきたのは父一徹だった。

「いくら男日照りが続いてるからって、高校生男子に手ぇ出しちゃいかんだろ!」

「はぅっ!」想定外のツッコミに反応を誤ってしまう真実ちゃん。

「彼氏以内歴=年齢だからって、はやまっちゃダメ!」続けて入ってきたのは母凉子。

「なぜそれを――っ!」

「男の人となにもしたことないからって、お手軽な年下高校生で済まそうとしちゃダメよっ!」

「そうだそうだ、ハレンチだぞ! ブーブー」ブーイングしながらサムダウンする一徹。

「(……ハレンチって!?)」

「だ、だから違っ、違うのだっ!」

 懸命に否定しようとうする真実ちゃんだが、やはり心にやましさがあるのだろう。否定する勢いがやけに弱々しかった。

「(……もしかして、そうなの!?)」

 だが、それはそれで気にしない……、というかむしろその方がいい、いやそれでいい! そうでいてくださいお願いしますッ!!

 そんなことを考えながら、真実ちゃんの姿をデレッと眺めてしまう豪太郎。

「は、やっぱり!」

 不抜けた豪太郎の視線を見て取ると、凉子はキッとした視線を真実ちゃんに向けながら、一徹に言う。

「豪太郎、もう誘惑されちゃってるわよ!」

「だから、違うと……」反論しようとしつつも真実ちゃんはうまく言葉を続けられない。

「豪太郎……お母ちゃん、年上すぎる相手は感心しないわよ?」

「そうだそうだ」言いかけてから思い直してしまう一徹。「でも、真実ちゃんが豪太郎の嫁になったら、毎日セクハラ三昧か……。それもそれで……いいかもしれ」


 ――バッチーーーーン


 凉子の巨大ハリセンが炸裂していた。

 倒れた一徹の耳の穴からは、真っ赤な血がタラーリと垂れ落ちていく。

 距離をおいて様子を見ていた大門くんにも圧倒の迫力だ。

 睦美も同じように眼を丸くしている。

 だが、玲とらぶちゃんの二人はそんなやり取りがまったく気にならないかのように立ちすくんだまま。二人とも妙にジト目だったのだが、今の豪太郎に気づく余裕はなかった。


「こほん」

 とりあえず騒ぎがひと落ち着きしたところで、真実ちゃんはバッグから小型の装置を取りだした。

「ん……?」

 一徹の胡乱な眼を無視するように、真実ちゃんは豪太郎に説明を始める。

「これはシュレーディンガー計測器という」

「おいおい真実ちゃん、まさかソイツを豪太郎に渡すってんじゃねえだろうな?」

「できたばかりのものなんでしょう?」

「その通り」一徹と凉子のツッコミにうんざりするような顔をしながら真実ちゃんは応じた。

「大丈夫なのかソレ?」

「本来なら、きちんと検証した後で渡したかったのだが」

「(……ってなに?)」

「ゴーちゃ……じゃなくて豪太郎の場合は急を要するから」

「いまゴーちゃんて言おうとした! ゴーちゃん言おうとしたでしょっ!!」凉子がすかさずツッコミを入れてきた。

「こ、こほん」

 真実ちゃんは可愛らしく咳払いをすると、凉子のツッコミをなかったことにして装置の使い方を豪太郎に説明していくのだった。

「それで、まずはスイッチの入れ方なんだけどねゴーちゃ……、じゃなくて豪太郎」

「またゴーちゃんて言おうとした。ダメよ豪太郎! 年上の巨乳女だけはゼッタイダメダメダメ! ダメったらダメ~~~~~~~っ!!」

「へっ?」

 豪太郎は凉子の必死さに強烈な違和感を覚えずにはいられない。

「って、もしかして!」だがすぐ気がつくのだった。

 たいていの男子どもは凉子の短すぎるスカートとヘソ出しの上着に気を取られたままなのだが、息子である豪太郎は息子であるがゆえに客観的に認識することができていた。

 そのやたら迫力不足な胸部を。

「(……もしかして、そういうことなのか?)」

「ダメ、ゼッタイ!!」

 両手でバッテンを作りながら柳眉を吊り上げて豪太郎に迫ってくる凉子。

 スリムなクールビューティは、癒やし系マシュマロ女子を蛇蝎のごとく忌み嫌っていたのだった。……その体型差の故にだが。


 翌日。

「いってきま~す」

 いつものように洋服ダンスに向かってそう言ってから、豪太郎は苦笑してしまう。

 もう部屋に痛子はいないのだ。

 ふうと溜息をついてから、豪太郎は真実ちゃんから渡された装置を手に持った。

 画面に表示されている二本の曲線を意識しながら大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 力を入れるのではなくむしろ脱力する。

 集中ではなくリラックス。

 眼を閉じて思考が空になるのを待つ。

 豪太郎は洋服ダンスを振り返らずに、後ろ手にドアを閉めてから玄関に向かっていった。


 シュレーディンガー計測器。使用第一日目から効果はバツグンだった。

「お早う!」

 教室に入るなり、最初に眼が合った女子にそう挨拶してしまう。

「(……って、え?)」

 考える前に出ていた声と、自然に向けられていた爽やかな笑顔。

 いつもなら誰かと眼が合った瞬間に視線を逸らして縮こまってしまうというのに。

「あ、おはよう。金剛丸くん」

 豪太郎が取り繕う間もなく返ってきたのは驚きを交えつつも感じのいい返事だった。

「(……って、あれ?)」

 豪太郎は再び気持ちのいい笑みを浮かべ、女の子に頷いてみせるのだった。

 考える前に取られていた自らのリアクションに、豪太郎は声が出せないくらいビックリしていた。

「(……なんていうか、オレじゃないみたい!)」

 内心激しく動揺しながらも席に向かう途中、別の女子と眼が合ってしまい、

「お早う、早乙女さん!」

 相手ときちんを眼を合わせながら、爽やかな挨拶を交す。

 しかも女子の名前まで呼んで……というおまけつきだ。

「(……あ、あ、あ、……あれえええええええええええ!?)」心の中の絶叫が止まらない。

 まるで自分が主人公の映画かアニメフィクションを見せつけられているかのようだった。

 しかも大門くんには自分の方から声をかけてしまうというありさまで、

「おはよう、昨日は楽しかったよね!」

 憧れの大門くんの肩を気軽にポンポンと叩いていたのだ。

「(……あれれれれれ~~~~~~?)」

 それはどう考えても、普段の豪太郎からはあり得ない行動パターンだった。

 まるで、一夜にしてリア充に中身が入れ替わってしまったかのような、変貌っぷりなのだ。

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