Episode 21 唐揚げパーティ、鶏のもも肉6kg
クラスの注目を敢えて集めるかのようにイチャついてくる睦美。生温かい祝福の中、母凉子が唐突に唐揚げパーティの開催を提案してきたのだった。その流れに乗っかってきたのは田柄
さほど大きくもないスーパーで買い出しを始める凉子と愉快な仲間たちは総勢七名。
夕方前の時間帯、少々迷惑な人数であった。
ぞろぞろと店内を練り歩く一行。
もっとも、その中でまともに動いているのは母凉子とひとりの少女だけなのだが。
「やっぱり
「はい……。胸肉よりはもも肉ですよね」
「これなんかいいんじゃない?」
「そうですね。色もいいし」言いながら指先で軽く押してみる。「弾力もありますね」
「じゃ、ここで買っちゃおうか?」
「あ、ちょっと待ってください」もも肉のパックを持ち上げて斜めに傾ける。「ドリップも出てないみたいですし、だいじょうぶそうですね」
そんな選別をしながら、次々ともも肉パックがカートに収っていく。
もちろん、揚げやすいサイズに切り分けられた割高な製品など買いはしない。
「(……ってあれ?)」
やけに場慣れしたやり取りに、豪太郎は意外なものを感じてしまう。
田柄
その人となりはほとんど知らなかったのだが、彼女は思った以上に家庭的だったようだ。
「6キロもあれば大丈夫よね?」
凉子の問いかけに、らぶちゃんは首を傾げて見せた。
「ちょっと多いような……」
「だいじょうぶだいじょうぶ! みんな若いんだから!」
「(……出たよ! 若いんだからいっぱい食べろ攻撃!)」
その脇では別のカートに冷えた缶ビールをせっせと積み込む一徹。
高校生の制服姿でビールを大量購入するこの男を咎めようとする店員は、不思議なことに一人もいなかった。
家に着くとさっそく準備に取りかかる凉子。
なんとなく全員がキッチンにとどまっていた。
豪太郎の住む場所は団地なのでさほど間取りに余裕がないというのも理由の一つだが、痛子のいる部屋に級友を入れたくない豪太郎の事情もあって、全員がキッチンに集まったままだったのだ。
「いや、エプロン姿もなかなか」一徹が鼻の下を伸ばす。
「は……! そう言われてみれば確かに……」
「だろ? だろだろ?」やはり分かるかとばかりにバンバンと豪太郎の方を叩いていた。
いつの間に準備していたのか、女子三人にお揃いのエプロンが用意されていた。
しかしその働きっぷりには相当の格差があった。
生肉を前に硬直してしまった様子の玲。
自分は食べる方専門とばかりに動く気配を見せようとせず、どっしりと座ったままの睦美。
いっぽうでまさかの即戦力ぶりを発揮していたのがらぶちゃんだった。
「醤油とってくれる?」「はい」「ありがとう」
「ショウガ用意して」「これくらいですか?」「そうそう」
「次はっと……」「おろしニンニクですね」「うんうん」
「結構切るの大変ね」「あたし手伝います」「じゃ、お願いね」
「さて、漬け込むわよ」「ボール用意しました」「気が利くわね!」
「そろそろ油の用意をしなくちゃ」「ここですか?」「わかってる~!」
とても初めてとは思えないコンビネーションの良さを見せつけてくる二人。
いや、らぶちゃんの対応力が際立っているだけなのだが。
絶妙のアシストのおかげで作業ははかどりまくり、唐揚げができる頃には凉子が思わず「お願い! うちの子になって」と懇願しだす始末だ。
そんなやり取りを呆然と見ているだけの豪太郎と、ひたすらマイペースでグイグイとビールを呷っている一徹。そしてできるだけ邪魔にならないように隅っこでオブジェと化している大門くん。
食欲をそそる匂いがキッチンを満たしていくなか、テーブルの上に大量の唐揚げが盛り付けられていった。
「いただきま~す」
「ん、うまい!」
「おいしいですね」
みんなが唐揚げを食べ進めていくなか、睦美が急に立ち上がった。
「ってなに?」
睦美は無言のまま玄関口に置いてあったカバンを開けて中のものを取り出す。
タルタルソース業務用1kg入りが、ぷっくりとした手に握られていた。
「なんでそんなもん持ち歩いてるし?」眼をまん丸にして驚く豪太郎。
「えっと、業務用スーパーのハナブサとか、アマザン通販とかで」
「そうじゃなくて! 購入ルートじゃなくて!」
持ち歩くのなら、せめて業務用1kgではなくて一般流通用155g入りにしてほしかったと思う豪太郎。
「お、なかなかの夫婦っぷりだな?」一徹がニヤリとすると、
「そんな、お父様ってば!」一徹の肩をペシッと叩く睦美。
その瞬間、一徹の頬が微妙に引き攣っていたのを豪太郎は見逃さなかった。
ペシッとされた一瞬だけでも、睦美の手の平の感触が伝わってしまったのだろう。
6kgあった肉塊が結構な勢いで平らげられていく。
不気味な鉄仮面を貼り付けたままの玲は、無言のまま咀嚼を続けていた。
なにげによく食べるようだった。
大門くんとらぶちゃんは必然的に?横並びというかっこう。
二人は、食べ方も心なしか上品に感じられた。
豪太郎から密かな溜息が洩れ出る。
こうして見ると、さすがは学校一と謳われるカップルだけはあった。
眩しいオーラがハンパないのだ。
だがなんだろう――そこで豪太郎は違和感を覚えてしまう。
二人は、付き合っている男女特有の親密さをほとんど感じさせないのだ。
こういうのは、どれほど隠そうとしても滲み出てしまうものなのに。
加えて、先ほどから見ていても親しげに会話をしている様子すらない。
いっぽう、そんな二人を凄まじい勢いで注視しているのは睦美。
猛烈な速度で唐揚げを平らげつつも嫉妬の情念を燃え上がらせるという器用なマネをしてみせているのだ。
タルタルソースを握る手の平にかなりの力が入っているのだが、本人にその意識はまるでなく、やたら大量のタルタルが皿の上に盛られていった。
不思議なことに、豪太郎がちょっと眼を離すとその隙にタルタルがきれいになくなっているのだが。
その行き先についてはなるべく考えないようにしていると、豪太郎の肩に一徹の手が置かれた。
なんともガッカリといった顔で一徹は首を振る。
「なんだかんだいって、睦美ちゃんはやっぱり……」
学校では豪太郎にイチャつきまくっていた睦美だが、こうして大門くんのそばにいると彼への想いを隠すことができるはずもなく。しかも交際相手のらぶちゃんが目の前にいるのだ。二人はまったくイチャイチャしているという素振りは見せないのだが、それでも睦美の心中には穏やかならぬ感情がドロッドロにとぐろを巻いている、に違いなかった。
豪太郎にしてみればこのまま意識を大門くんに持っていったままにしてほしいところである。
瞬間、凉子と眼が合った気がした。
思惑通りという笑みが刹那に掻き消える。
そして豪太郎は俄に理解するのだった。
わざとらしく視線を外してから玲と親しげに話を始める凉子。きっとこんなふうに大門くんが近くにいれば馬脚を現すと踏んでいたのだろう。しかも、予想外の
「(……やっぱ怖ぇよ腹黒ぇよこのクールビューティッ!!)」
凉子は、そうまでしてサイコパス少女と自分をくっつけたいというのか――ッ!
『ピンポーン』
ドアベルが鳴った。
慌てている感じでもなく、むしろゆっくりとボタンを押してから離すという感じで、その鳴らし方からは特に悪感情は感じられない。少なくとも宅配便業者のような急いだ感じはなかった。
だが一徹と凉子の表情がやけに険しい。
豪太郎はそれが招かれざる客人であると知るのだった。
誰も出ようとしない中、豪太郎がしかたなくドアを開ける。と同時に、隙間をすり抜けるように身を割り込ませてくる女性は、思った通りの相手。
やたら低い身長と、ちょっと太めな体型。
おかっぱボブにフレームの太いメガネ。
委員長然とした生真面目そうな雰囲気の持ち主は、アンチ物理規制委員会中央第一方面一課上級監査官、一条
すぐ近くに立つ真実ちゃんは豪太郎より頭一つは楽勝に低く、見るからに柔らかそうな見た目と相まって思わずギュッと抱き締めてみたくなってしまうが、そんなことをするととんでもないことになりそうなので、豪太郎は自粛する。
無言のまま、真実ちゃんは豪太郎を押しのけて、室内へと入り込んできた。
「どうした、真実ちゃん」
不機嫌そうに声を低くする一徹と、口を真一文字に結んでキッとした瞳を向けている凉子。
二人から発せられる明白な拒絶反応と、なにこの人?という睦美たちの奇異の視線。
そんなアウェー感をあっさりと無視して、真実ちゃんは口を開いた。
ゆっくりと落ち着いた話し方で。しかしその場にいる誰もが聞き逃さないよう声を響かせて。
「太陽黒点の異常発生が観測されている」
「なんだって……!?」ひとり反応したのは一徹だった。
真実ちゃんは抑制の利いた口調で続けていった。
「この異変を早急に解決しなければCME、つまりコロナ大量放出を引き起こすと結論づけられている。そしてCMEが発生した場合――」
冷静で事務的でありながらも、真実ちゃんの口調は聴いている方が緊張せずにはいられない。のっぴきならない緊迫感が感じられてしまうのだ。
「連鎖的に発生した太陽フレアで断ち切られた磁力線の束が地球に向かってくることになる。すると太陽に面した地上のあらゆる送電線は過電流を起こし、各所の変電設備がオーバーロードに耐えきれずに損壊する。この影響は当然発電施設にまでおよび、長期にわたる電力不足が引き起こされるだろう。電力によって維持されている生命の多くは失われ、健常者であっても危機を感じるほどの不便を強いられることになる。人類の文明は産業革命以前にまで後退してしまう可能性さえある。経済面の損出も莫大で、多くの国家が財政的な理由による崩壊の危機を迎えるだろう。結果として治安は極端に悪化し、国家間の紛争にまで発展することも目に見えている」
「は、はあ」ビールグラスを手にしたままの徹が、呆気にとられていた。
「太陽黒点の異常活動の原因は、ひとつのワームホールによってもたらされていると推測されている。そしてそのワームホールは――――」
言いながら真実ちゃんが視線を向ける先は豪太郎。
「ってオレ?」
太ブチメガネの奥に見える冷たい瞳は、青く燃える炎のように強烈なエネルギーを孕んでいた。
「キサマの部屋にある」
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