Episode 20 勇者認定されてもまったく嬉しくないわけだが

 豪太郎と睦美はまさかの相互痛バレ状態となってしまった。その解決策として二人は付き合うことになった。言い出したのは睦美で豪太郎の拒否権は封殺された。はだランは、遥か遠く彼方――


 翌日の教室。

 豪太郎は自分の椅子を二人でシェアするという窮屈な思いをしていた。

 ブヨッとした感触が右半身を圧迫し、実にイヤな気分だ。

 だが、それよりも耐えられないのは周囲の生暖かい視線。

『ついに榎本の魅力を受け入れる男が出たか!』

『外見に惑わされず性格を選べるなんて!』

『金剛丸……すげぇ』

『まさに男? いやおとこ?』

 その日、豪太郎はクラス内で勇者認定された。


 さして大きくもない生徒用の椅子に女子と二人で腰かける。

 状況によっては幸せ爆発のはず。むろん相手次第ではあるが。

「(……ていうか、狭い!)」

 二人で座っているとはいえ、面積の三分の二くらいは睦美に占領されている。

豪太郎は椅子から落ちないように、左脚で踏ん張らなければならなかった。

「(……あと、疲れる!)」

 心の叫びを外に出すことは許されず、奇異の視線とブヨッとした感触という罰ゲームがいつまでも続いていった。

 おまけに大門くんにいたっては、「付き合うことになったんだ! おめでとう!」なんて祝福してくれる始末。

 いや、違うんだ! これは痛バレを隠すために……!

 などと言えるはずもなく、豪太郎はゲンナリと我が身を嘆く。

 ふと見ると一人悦に入っている一徹。

 自分の“推し”と豪太郎が付き合うことになってすっかりご満悦の様子だ。

 いっぽう涼子はなぜか豪太郎に構おうとせず、玲と二人で親密そうに話をしている。

 ふいに、肩をポンと叩かれた。

 あまり話をしたことのなかった男子生徒が親指を突き立てみせる。

「ナイスガッツ!」

 言ってからニッと笑みを向けられた。

 さして親しくない級友に褒められたとろで、1nmナノメートルも嬉しくないわけだが。


「なあ、こんなこと止めようよ」

 移動中の廊下で睦美にそう告げる豪太郎。

 その手はしっかりと睦美の右手につかまれていた。拘束されているという表現がより正確ではあるが。

 女子のたおやかな手の平ではなく、シリコンのグローブでも握っているような未知なる感触だ。プニッとした指は時に高評価の対象ではあるが、行き過ぎると嫌悪感しかもたらさない。

 そのようなわけで手を繋いでいるのにちっとも心がときめいていなかった。

 おまけに、背後でちょいちょい見え隠れしているのは魔法少女姿の痛子。

「(……アイツいつの間に? ていうか見られてるし、すげぇ見られてるし!)」

 落ち着かないことこの上なかった。

 だが、痛子の視線は不思議と剣呑なものではなかった。

 むしろ微笑んですらいるのだ。

「(……もしかして、これが裸ランの余裕ってヤツなの!?)」

 そんな心情がダダ漏れだったのか、痛子はイタズラっぽく笑いながら左の胸から絆創膏をペリッと剥がす仕草をしてみせる。

「(……やめて~~! 思い出すと前屈みになっちゃうからやめて~~~!)」

 豪太郎の変調に首を傾げる睦美の目の前で、豪太郎はズボンのポケットに手を突っ込む。

 とある部分の変調を隠すために。

『まさか、興奮してる……のか!?』

 周囲の生暖かさが驚愕混じりのどよめきに転じていった。

「ちょっ、トイレ!」

 豪太郎は耐えきれずにトレイに避難しようとする。

 だが、握った手を離さずに付いてこようとする睦美。

「さすがにトイレはヤバイから!」

 言われて睦美は「それもそうね」と渋々手を離した。

 男子トイレに入って、豪太郎はようやく一人になることができたのだった。

「ていうかいつまで監視するつもりなんだ、アイツ?」

 ウンザリしながら独り言を吐く。

 豪太郎にはわかっていた。睦美が自分と密着し続けているのは、単純に彼女の秘密を他にバラされないようにするためだけ。

 イチャイチャしてるように見せながら、豪太郎の自由を奪い、他者とのコミュニケーションを排除しているのだった。

「どこが性格だけならナンバーワンだよ! 中身真っ黒じゃねーかよ!」

 痛友コミュニティーで態度の悪かったmionこそが、睦美の正体なのだと今さらながら悟るのだ。

「ていうかなに見ようとしてんだ痛子?」

 用を足そうと小用の便器の前に立つと、痛子が興味津々といった表情で眼を見開いていたのだ。

「ラブラブですねぇ?」

 豪太郎のツッコミを気にもかけず、からかい半分に訊いてくる痛子。

「ていうか昨日どこ行ってたんだよ?」

 スッキリの後、忽然と姿を消していた痛子。実は豪太郎は結構心配していたのだった。

 もちろん、それは裸ラン含みでもあったわけだが。

「痛子だって恥ずかしかったんですよぉ?」

 ついと眼を逸らして頬を染めながら唇を尖らせる。

「そ、そうだよ……な?」

 言われてみれば確かにその通りだ。だが、

「(……二次元情報体に恥ずかしいなんて感情、あったっけ?)」

 あるいはそれは、豪太郎の潜在意識に則った、“フリ”でしかないのか。

「とにかく学校では大人しくしてくれよ」

「いつもそうしてるですよぉ」

「はあ……。あと、今日はすぐ帰るから」

「痛子、心の準備はできてるのですぅ」

 豪太郎はまたしても昨日の情景を思い出してしまい、思わず前屈みになってしまうのだった。


 客観的に見るならば、一方的に攻め寄る睦美と嫌々応じる豪太郎という図式だった。

 だが周囲はそうとらえず、単に豪太郎が照れているだけだと受け止められていた。

 クラスの誰かが余計な気を遣ってくれたせいで、部分的な席替えがなされて豪太郎の隣に睦美がきていた。

「日本史の教科書、忘れちゃった」

「(……ウソだし。それゼッタイウソだし!)」

 不必要に密着しながら、一冊の教科書をシェアする二人。

 授業中にもかかわらず、常にクラスの誰かがチラチラと視線を向けてくる。

 その中には大門くんも、玲も含まれていた。

 ふうと溜息をつきながら、なんとなく睦美を見ると暗黒のオーラが広がっている。

「これで大丈夫ね……」

 豪太郎にだけ聞こえるように低く抑えた声。

「はあ……」豪太郎は机に突っ伏す。「もういっそ、カミングアウトしちゃおうかな」

「そんなことわたしが許すとでも思ってるの――?」

 ニコニコと感じのいい笑みを浮かべながら、ドスの利いた低い声で恫喝してくる睦美。

「……ですよね~?」

 豪太郎は力なく頷くのが精一杯だった。


「ねえ、今日うちで唐揚げパーティやらない?」

 すっかり豪太郎が疲弊した放課後。そんなことを出したのは涼子だった。

「唐揚げパーティ……?」

 それは凉子の独断専行だったのだろう、一徹は突然の提案に困惑気味だった。

「へえ、楽しそうですね」すぐに乗ってきたのは大門くん。「唐揚げパーティ、やりましょうよ!」

 言いながら玲に頷きかける。当然来るよね?とばかりに。

「――行く」簡潔にそう答える玲。

 玲は昨日より無表情だ。

 なにか企んでいそうな不気味な笑みを貼りつけているよりはマシといえばマシではあるが、逆にとんでもないことを目論んでいると思えなくもない。

 豪太郎はつい身構えてしまっていた。

「じゃ、決まりね。アンタたち二人もいいでしょ?」

 涼子は爽やかに微笑んではいるのだが、どこか非常に断りにくい空気が醸し出されていた。

 ウチら親友でしょ?と言いながら金をたかってくるヤンキーの手口を思わずにはいられない。

 放課後は一秒でも早く痛子と二人きりになりたいというのが豪太郎の本音だ。

 だが、すでに外堀も内堀も完全に埋められている様子。

「……いいよ」睦美を横目で見ながらそう応えるしかなかった。

「唐揚げですか……」

 ちょっと躊躇った様子を見せつつもクリッとした瞳を輝かせる睦美。

 ズンドウ体型が雄弁に物語っているように、揚げ物は大好きなのだろう。

「鳥の唐揚げって、タルタルソースが合うんですよね?」などと、実に太った人間らしいセリフまで口にする始末だ。

「そうと決まったら、買い出しに行くわよ!」

 困惑したままの一徹を置き去りにして涼子が動き出そうとした。

「あの……」

 そこで甘く、控えめな声がかけられる。

「あたしも一緒に行っていい……ですか?」

 その問いに全員が意外そうに首を傾げてしまうのだった。

「らぶちゃん?」

 突然の参加表明をしてきたのはクラス最強ツートップの一角、超絶可愛い癒やし系のふわくしゅボブ。

 その名は田柄愛聖翼らぶりーえんじぇる

 愛と書いてらぶりー。

 聖なる翼と書いてえんじぇる。

 正真正銘、一部の疑いもないDQNネームである。

 聞くところによると彼女の父上はこの界隈では知らない者がいない伝説のヤンキーだとかなんとか。

 ちなみに「せいよくってヤバくね?」とは父一徹のセリフだ。

 さすがに本名で呼ぶのは何かと弊害があるので、学校ではらぶちゃんとか、あいちゃんなどと呼ばれている。

 そして大門英雄あれくさんだぁくんの彼女である。

 超イケメンと超絶美少女のカップルは学校一眩しいと誰もが認めるところ。


 あれくさんだぁ&らぶりーえんじぇる。

 見た目だけでなく名前もキラキラと輝いている二人なのだ。

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