Episode 19 痛バレ(ラブ・ストーリー)は突然に?

 さあお楽しみはこれからだゼッ! うぇっふぇっふぇっふぇっふぇ(かまぼこ眼)というまさにその瞬間、執拗に鳴り続ける痛友からのチャットお誘いコール。裸ランドセルに意識を残したまま豪太郎は渋々とチャットを起ち上げた。


mion:……なんか人生っていろいろあって楽しいなって

GTR: はあそうすか

mion:なんかノリわるくない?

GTR: えっと、用があるんで

mion:それでね、今日はアーくんがねわたしのことすっごくきれいだって!

GTR: はあ……

mion:ねえ、生きてるって素敵だと思わない?


 実にどうでもいい。今この瞬間の豪太郎にとっては道ばたのゴミ以下にどうでもいやり取りが延々と続いていく。

 いつもは不機嫌で悪態ばかりついているmionが、今日に限ってはえらくいいことでもあったのか、やけにテンションが高く饒舌だった。そのせいか、取るに足らない会話がなかなか終わらない。すでに豪太郎は何度も用事があるからと言っているのに、mionは聞いちゃいなかった。

 やたら強い打鍵音が静かな部屋に響いていた。

 そのイラつきが指先にまで伝搬して、事情を知らなくても豪太郎が怒り心頭なのがよく分かってしまうくらいだ。

「いい加減にしやがれよ、このクソが」

 低い声を震わせる。

 痛子以外は誰もいない部屋とはいえ、ここまで豪太郎がキレるのも珍しかった。

 そろそろmionのアカウントをブロックしようかと本気で思っていたその矢先、

「……ッ!?」

 洋服ダンスの隙間から痛子の顔がニュルルッと出てきた。

 いつになくテレ顔の痛子に、豪太郎はすでに準備オッケーであることを悟るのだ。

「ささ、早う! さささ、早うッ!!」

「……でもぉ、まだチャット中なのでぇ」

「うん、わかった。すぐ切るからすぐ切るから」


GTR: すいません、みおんさん


「あ、変換ミスッた」

「ゴーくん、がっつきすぎなのですよぉ」

 しかし痛子は相変わらずのテレ顔。しかも声が微妙に震えている。

「(……緊張、しているのか!?)」

 ここにきてようやく痛子の変調を意識するようになった豪太郎。

 mionとのどうでもいいやり取りで若干ながら頭が冷えていたのだった。

 おかげで痛子の微妙な表情がはっきりとわかってしまう。

「(……二次元情報体なのに、恥じらう感じがなんかすごくいいっ!)」

 それはそれで、むしろ盛り上がってしまうのだが。


mion:みおんじゃないよ、みょんだよ!

mion:わたし、嬉しくなると無意識にみょんみょんって言ってるみたいで

GTR: そうなんだ

mion:アーくんが教えてくれたんだ。それでHNもmionにしたの


「流行ってんのかな、その“みょんみょん”って?」

「痛子はわからないですねぇ」

「だよな。って……」


GTR: そういえば榎本きょうはみょんみょんいってたな


「……ゴーくん?」


GTR: 大門くんにお姫様抱っこされたとき、みょんみょん言いまくって、すげ

     え嬉しそうだったけど


GTR: それにカラオケでもみょんみょん言ってて


「ゴーくん! 思考がキーボードにダダ漏れなのですよぉ!」

「な、なに――ッ!?」

 慌ててモニターに視線を降ろす。が、時すでに遅し――

「し、しまったぁああああッ!!」

 両手で頭を抱える豪太郎。思わず切ない悲鳴を上げていた。

「個人情報の漏洩につながるカイコンの一撃なのですぅ」

「だ、だって、痛子が……」

 つい、すがるような眼を痛子に向けてしまう。……が、


mion:


 mionからのレスはなかった。

「ん、どうした?」

「コネロスではないみたいですよぉ」

「そっか」

 だがそこから待てど暮らせどmionの発言はなされなかった。

 ここで豪太郎は普段からは想像のつかない心の切り替えを見せるのだった。

「ま、いいや。痛子、チャット強制終了して」

「はいですぅ」

 返事と同時にモニターが消えていき、豪太郎は思い切り深呼吸。

 そしてゆっくりと、しかしギラついた視線を前に向ける。


『やっと二人きりになったな』というセリフは意識のなかで一瞬にしてフッ飛ばされてしまう。

 豪太郎の眼は点になり、目の前の光景に釘付けとなっていた。

「は、は、は、はだか……らんどせる!?」

 あうあうと情けない声が洩れ出る。

 痛子は、まさにリクエスト通りの格好で立っていた。

 豪太郎の人格を刈り取りにきた痛子が放つ最終兵器――裸ランドセルである。

「ば、絆創膏!?」

 だが、かんじんの部分が三カ所とも絆創膏で塞がれていたのだ。

 局部情報ブロック用絆創膏・使い切りタイプ@500円(税別)。

 これでは興ざめもいいところだ。が、

「痛子……ほんとはね……」極度の羞恥のせいか、小さい声しか出せない痛子。「ほんとは、ゴーくんにペリッとしてほしいんだけど」

「かは――ッ!」

 ここで思わぬカウンター攻撃。油断していただけにダメージは甚大。

「それはムリなので……」

「ムリなので!?」

 痛子は恥ずかしさに耐えきれないように喘ぎなら両手で顔を隠す。

「ゴーくんに命令して……ほしいの……ですぅ」

「ずぶしゅッ!!」

 mionとのチャットで止まりかけていた鼻血が、またしても大量放出。

 紅の噴水と化して、豪太郎のベッドを血だるまにしていった。

「命令して……お、お兄ちゃん?」

 いま再びの上目遣い。

「お兄ちゃんだけに痛子のすべてを見せて……あげるんだからぁ!」

「たたたたたたた、たまら~~~~~~~~~~んッ!!」

 痛子は羞恥と期待の入り混ざったテレ顔で豪太郎の隣に腰かけた。

 すぐ隣に見える裸ランの迫力ときたら!

「ゴーくん。め・い・れ・い、は……?」

「かは~~~~~~」

 奇声を洩らしながら、豪太郎は痛子の左胸をブルブルと震えながら指差した。

 痛子は命じられるがままに左の胸の絆創膏を剥がしていく。

「ピピピピピピピ、どっピンク~~~~~~~~~~~ッ!!」

 近隣の住民にとってはあまりにも不可解な悲鳴を上げ、ベッドの上に昏倒する豪太郎。

 DTの豪太郎には、さすがに刺激が強すぎた。

 加えて先ほどからの大量鼻血。意識がフラッとなったところに許容範囲を大幅に超えた興奮が加わり、豪太郎の大脳は処理能力が振り切れてしまった。

 そのまま後ろに昏倒してしまう豪太郎。

「あうあう……、あうあう……」

 実に……、実に残念な結末である。

 豪太郎のヘタレっぷりは、こんなところでも遺憾なく発揮されてしまっていた。

「ゴーくん意気地無しなのですぅ」

 なんというか、一物ジュニアが使い物にならないせいで奥さんご立腹といった趣だった。

 だが痛子はそこで眼を細めるのだった。

「でも、そこがゴーくんのいいとこなのですよぉ?」

 言いながら豪太郎に顔を近づけていく。

「今日はここまでで、スッキリするですかぁ?」

「あうあう……、あうあう」

 かろうじて首を上下に動かすのを是ととって、痛子は唇を豪太郎に押しつけていった。


「ちょべりばーーーーーーーーっどッ!!」

 豪太郎は一瞬にして覚醒する。同時に自らが発した奇声の恥ずかしさに思わず頬を染めてしまう。

 いつものスッキリ後と同じだった。

 そして反射的に身構えてしまう。

「く、来るのか?」

 とりあえず顔にこびりついた鼻血をティッシュで拭き取ると、すでにお約束となっていた一徹の来襲に備えるのだが。

「って、来ない?」

 不自然なまでにシンと静まりかえった部屋。

 いつまでたっても絶叫と乱暴な足音が響いてこないのだ。

「どうしたんだ、なあ痛子?」

 無意識に訊ねてみるが、痛子からも返事はない。

「ってあれ?」

 慌てて見回すのだが、部屋に彼女の姿はなかったのだ。

 いつもスッキリ後は、まるで一戦交えました的にベッドで寝息を立てている痛子がいない。

 ふいに気配を感じて豪太郎は部屋の隅にある洋服ダンスに眼を向ける。

 恐る恐る立ち上がり、少しずつ近づいていく。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴ――


「(……なんか、すっごいヤバイ感じなんですけど! ヤバイ感じなんでけどぉおおおッ!)」

 洋服ダンスから発せられてくるただならぬ気配というか、妖気。

「い、痛子……さん?」

 ある程度の予感はあったが、その通り返事は返ってこない。

「も、もしかして?」

 怖々と洋服ダンスの扉に手をかける豪太郎。

 グッと重い手応えを振り切って、扉を開くと、

「うげぇええええええええええええ――ッ!!」

 どこかで見たような光景が広がっているのだった。

「えっとこれって……」


“ワームホール!”


 思ったと同時に扉を閉じる。

 物凄い勢いで閉まったにもかかわらず、ドアは物音一つ、振動一つ立てない。

 その静寂がむしろ豪太郎の恐怖心を煽っていくばかりだった。

 その時、


『ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン』

『ドンドンドンドンドンドンドンドン』

『ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン』

『ドンドンドンドンドンドンドンドン』

『ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン』

『ドンドンドンドンドンドンドンドン』


 何者かが凄まじい勢いでドアベルとノックの連打をしてきた。

「な、なに!?」

 豪太郎の不安を直撃するかのような来訪者の存在。

 誰も出ようとしないところを見ると、一徹も涼子もまだ家には帰っていないようだった。


『ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン』

『ドンドンドンドンドンドンドンドン』


 まるで追い立てられるようにドアベルとノックを激しく鳴らし続ける、招かれざる客人。あるいは、豪太郎の在室を知っているとでもいうのか。

 豪太郎は、抗えない恐怖に吸い寄せられて玄関へ向かっていった。

 そして、まるで悪魔にいざなわれるかのようにのぞき穴に右眼を当てると、

「え、榎本!?」

 ドアの向こうでは顔を真っ赤にした榎本睦美が物凄い勢いで右手でドアベルを鳴らしながら左の拳でノックを続けていたのだった。

 暗殺者でも来たのかと思ってビビリまくっていた豪太郎はここで安堵の溜息。

 油断したまま、うっかりドアを開けてしまうのだった。

「こ、金剛丸くん!」切羽詰まった表情の睦美。

「な、なに?」勢いについ引いてしまう豪太郎。

「考えて見れば、単純すぎて逆にわかんなかったけど」

「って、なに……が?」

「アーくんに言われて気がついたの!」

「気がついた?(……ていうかアーくん!?)」

「GTRって、豪太郎の略!」

「――ッ!」

 まるで心臓を他人に鷲掴みされたように、豪太郎は全身からフニャフニャと力が抜けていく。


 バレた――痛バレだ。


 この人生で最も怖れていた瞬間が、なんとも予想外の方向から土足のままやって来てしまったのだ。

 だが、そこでふいに我に返る。

「ってことはmionって榎本さんのこと……だった?」

 顔を真っ赤にしながらもどこまでも真剣な眼差しは、肯定の返事。

 そこで豪太郎は思わず、長い長い溜息をついてしまうのだった。

「なんで来たし?」

「って、……えっ、えっ?」

「あのまま無視してればオレ、mionが榎本さんだって気づかなかったままだったし」

「えっ、えっ、えっ……えええええええっ!?」

 言われて睦美はキョドりながら眼を白黒させる。

 豪太郎は確かに自分の身元識別に繋がる余計なことを言ってしまったのだが、それはあくまでもはだランに気を取られてのこと、。

 mionが睦美だと分かっていたわけではなかったのだ。

 だから、mion=榎本睦美というのは彼女自身が言わなければバレることではなかった。

「そ、そんなぁあああああっ!」

 自らの判断ミスとそれがもたらした不幸に天を仰いで絶叫してしまう睦美。

 しかし時計の針は戻せない。

 豪太郎と睦美は、実に想定外の形で相互痛バレとなってしまったのだ。

 こうなったら、豪太郎として考えられることは一つしかなかった。

 このまま、なにもなかったこととしてやり過ごすのだ。

 この出来事を二人は忘れる。

 そして誰にも言わない。

 もしどちらかが痛バレしてしまった場合、自動的にもう片方も痛恋人持ちであるとバラされるという抑止力に基づいた協定を結ぶのだ。

 そのまま、高校を卒業し、その後はお互い無関係になって忘れるよう努める。

 そう、この事故イベントを無効化するのだ。


「じゃ、じゃあ決まりね」

 相変わらず荒い呼吸のまま、睦美は声を絞り出した。

「そ、そうだね」

「わたしたち、付き合うってことで」

「ふぇっ?」

 睦美の対抗策は、豪太郎の遙か斜め上をいくものだった。

「ほら、彼氏彼女の関係になれば、お互いのこと誰かに話す危険性もないでしょ?」

 睦美がズイッと顔を近づけてきた。

 首回りに纏わり付く頑固な脂肪がブルリと震え、豪太郎を圧迫する。

 体感温度が三度は上昇したが、もちろんそれはポジティブな意味合いではない。

 そこで豪太郎は魔法の言葉を口にした。

 自分にとって不都合な言葉をキャンセルできる、某神ラノベの主人公がよく使うあの呪文である。

「え?なんだって?」

「……」

 だがもちろん、そんな言葉に効力があるはずもなく――

「だいじょうぶ。わたし、性格はいいから。いい彼女になれるんだから」

 緊張に声をからしながらも、睦美は真っ黒な笑みを見せつけてくるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る