Episode 18 その破壊力たるや……、しかしさらに上をゆく攻め手があるとは!

 睦美と玲のどちらかを選べと迫られたり、放課後はリア充のようにカラオケに行ったり、挙げ句の果てに宇宙ゴキと格闘したりとてんこ盛りの一日だったが、まだまだ終わりではなかった。豪太郎を待ち受けていたのは痛子の裸エプロン姿だったのだ。


 思考が完膚なきまでにオーバーヒートしてから復旧するまでにはかなり時間がかかってしまったが、豪太郎は最小限の思考力をなんとか取り戻した。

 とはいえ心臓がやけにドキドキしているし、五感すべてに靄がかかったような、不確かな感触に包まれているのだが。

 なんやかんやといろいろあったが、今朝は究極の選択を突きつけられていたのだった。

 即ち、裸エプロンか裸ランドセルかという選択を――


 痛子は豪太郎の返事を待たずして、裸エプロンを選んでいた。

 そう、ラブラブな新婚カップルがかなりの高確率で嗜むという、あの様式美である。

 いま、痛子が身に着けているのはフリルで縁取られた純白のエプロン――正統派スタイルだ。

 ちなみに丈は短めで、ミニスカエプロンといった趣である。

 なお、裸エプロン用のエプロンはプレミアム扱いとなっているアイテムで、3,000円程度で売っている通常のエプロンでは裸エプロンを起動することはできない。実行するためにはそれ専用のエプロンを購入する必要があり、販売価格は49,800円(税別)より。運営によるアコギな価格設定にはブーイングの雨あられだが、それでも売り上げは順調だという。なんやかんやと文句を言いつつも、裸エプロンの魅力に抗えるオーナーは少なかった。(もちろん男キャラ用の裸エプロンも絶賛発売中である。)

「かは……、かは……、かは……」

 二次元とはいえ、実寸サイズの美少女があられもない姿を自分だけに晒している……。

 情報体に過ぎないと知ってはいても、破壊力は余りにも強烈だ。

 桃源郷ともいえるその光景を眼前にして、もはや動揺は抑えきれない。

 壊れた機械のような奇声を洩らす豪太郎。

 その脳裏では今し方展開されたばかりの、衝撃的な映像がフラッシュバックしていた。

 痛子はいつもコスプレ時にしてみせるように、くるりくるりと2回転していた。

 当然後ろ姿も豪太郎に晒されるわけで、その装備の性質上……、

「は、穿いてない……!?」

 そう――角度的に穿いていないように見える「穿いてない」ではなく、本当に穿いてないという文脈での「穿いてない」である。スカートの中はもしかしてなどという妄想ではなく、文字通り完全無欠な「穿いてない」状態だ。

 羞恥に頬を真っ赤に染める痛子。顔から火が噴き出しそうな勢いだ。それでいてどこか期待の混ざった上目遣いを豪太郎に向けてきて、それが妙になまめかしい。

 丈の短いエプロンをぺろりとめくればウハウハな光景が待ち受けているはず。

 しかも小五ボディである。

 ひとことで言えば完璧である。

 豪太郎の脳内を実にけしからん妄想がどろっどろに渦巻いていく。

「オレ、もう二次元でいいや……」

 言ってから自身の言葉がきっかけとなってしまい、それが覚醒を促す。

 豪太郎は激しく首を横に振った。

「いや、二次元がいい! 二次元サイコーォオオオオオオ――ッ!!」

 完全に忘我状態で絶叫する豪太郎は力強くダブルサムアップ。

「二次元ラァアアアアアアアヴ!!」

 豪太郎が二次元嫁に完膚なきまでに籠絡されたこわれた瞬間だった。


「ゴーくん、このかっこは気に入ったですかぁ?」

「おう、おう……」

「ゴーくん、鼻血がだばだば流れてますよぉ?」

「おう、おう……」

「ゴーくん、ティッシュ使うですかぁ?」

「おう、おう……」

「コーくん、トイレで抜いてはダメなのですよぉ」

「おう、おう……」

「でもゴーくん、ここでならいいですよぉ?」

「おう、おう……」

 応じながらベルトのバックルに手を伸ばす豪太郎。

 冗談で言ったつもりが、豪太郎は真に受けてしまったのだ。

「ちょ、ちょっと、待つです、ゴーくん!? 痛子、まだ心の準備が、準備がぁ~~~!」

 慌てふためく痛子。まさか豪太郎がそのままコトにおよぼうとするとは思ってもいなかったのだ。

「大変なのですぅ。このままではゴーくんがしてしまいますですよぉ。いまの痛子には刺激が強すぎなのですぅ」攻勢が一転、あたふたと恐慌状態に陥る痛子。「……ゴーくんの気をそらすことをしないとぉ……」

 強い刺激で壊れてしまった豪太郎の精神。

 ならば、さらに上を行く攻撃をしかければ、あるいは……。

「ゴーくんに気に入ってもらえて、痛子嬉しいですよぉ」痛子は甘い声で耳元に囁いた。「ほんとは裸ランドセルにしようかなって思って買ってみたんですけどぉ。……いくら痛子でもあれは恥ずかしすぎたので、今回は裸エプロンにしてみたですよぉって……ゴーくん?」

 鼻血をだばだばと撒き散らしながら、豪太郎がくわっと眼を見開いた。

「ぜひお願いします、痛子さんッ!!」

 前のめりである。

「それ――裸ランドセル、ぜひお願いします、痛子さんッ!!」

 完全に前のめりである。

「なんだったらいますぐにでも、ぷり~~~~~~~~ずッ!!」

 ハァハァと荒い息をしながらも、その眼はらんらんと野獣ヘンタイの光を放つ。

 もう、つかみかかろうというほどの勢いだった。

「いや、いますぐ。すぐじゃないとダメだ!」

 完全に眼がいっちゃっている豪太郎に、さすがの痛子も引きかけていた。

 だが、ここで思い直し、ごくりとつばを呑み込み、拳を握りしめる。

「こ、これはチャンスなのですよぉ。痛子、今日は一線どころか二線も三線も踏み越えてみせるのですぅ!」

 痛子は豪太郎を正面から見つめ、緊張を隠すように不器用な笑みを見せる。

「痛子をお嫁さんにしてくれるですかぁ?」

「おう、おう……」

 震える声の痛子。だが豪太郎の返事はあまりにも呆気なかった。

「あの黒井玲とやらいうクラスメートは忘れるですかぁ?」

 ついでにライバルと認識する女の子を排除しようとすると、

「おう、おう……」

 言質を取った痛子は、そこで眦を決する。

「恥ずかしすぎるですけどぉ、痛子きょうはがんばるのですぅ!」

はよぅ! ささっ、はよぅ!!」

 豪太郎が痛子のセリフをどこまでまともに聞いているのかははなはだ疑問ではあったが、痛子としてはもはや引くに引けなくなった。

「痛子、ルビコン川を渡るのですぅっ! サイは投げられたのですよぉ!!」


 裸ランドセル用ランドセル(赤)100,800円(税別)は既に購入済みであった。

「じゃ、じゃあ、痛子これから裸ランドセルに着替えるのちょっと待ってて……」

「いややっっっっっっっほおおおおおおおお――ッ!!」

 両手でガッツポーズを作って飛び跳ねながら全身で歓喜を表現する豪太郎。

 派手に飛散する大量の鼻血が床にまだら模様を作り出す。

 すでにただのド変態である。

 そんな本性を露わにした豪太郎に、痛子は決意を新たにするのだった。

「ゴーくんのそんなギラついた性欲、痛子は受け入れてみせるのですぅ!」

 夥しい出血量で貧血どころか生命機能が危ぶまれそうな勢いである。

 なのに豪太郎は狂喜のあまり、変な踊りまで始める始末だ。

 痛子は自らに気合いを入れて洋服ダンスの中へ入る。装備品を更に過激なものにするために。


『トゥルトゥルトゥルー』

 そこで響く間の抜けたビープ音。

「あ、ゴーくん。痛友からのコールですよぉ?」

「いらぬわッ!」

「あとで怒られても知らないですよぉ?」

「覚悟の上だぁああああッ!!」

 いつもの豪太郎からは考えられないほどの漢らしさに充ち満ちた決断。

 今だけは「決められる男」、豪太郎である。

 校内でたった一人となってしまった痛友からのお誘いは完全にスルーの構えだ。

「わかりましたぁ。では痛子、居留守モード起動……です」

「ささ、はよぅ! さささっ、はよぅ、はよぅ!!」

 有無を言わさぬ起き攻めである。


『トゥルトゥルトゥルー』

『トゥルトゥルトゥルー』

『トゥルトゥルトゥルー』

 だがmionからのコールは、想像以上のしつッこさだった。

 どうやって痛子の居留守モードをハックしたのか、コールが連続して鳴り止まない。

『トゥルトゥルトゥルー』

『トゥルトゥルトゥルー』

『トゥルトゥルトゥルー』

『トゥルトゥルトゥルー』

『トゥルトゥルトゥルー』

 それも短いコールを延々と繰り返すという悪質さだ。

 中途半端な長さのビープ音の絶え間ない連続に、イラつきが止まらなくなってしまう。

「クソがッ!」

 三十回ほど舌打ちをした後で、豪太郎はチャットを起動させるのだった。

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