Episode 16 真実お姉さんの計測器
大門くんは足をくじいた睦美をお姫様抱っこした!
首根っこをつかまれてズルズルと引き摺られていく豪太郎は、その後に続く大門くんを驚愕の眼で見ていた。
明らかに自身より体重のある
滴り落ちる汗をぬぐうこともできず、しかし彼は爽やかな笑みで睦美を気遣う。
「痛い?」
睦美は顔を真っ赤にしながら嬉しそうに首を横に振った。
「だいじょうぶ……。大門くんが優しくしてくれるから……」
なんというか、会話だけを聞いているとずいぶんアレな内容だった。
「うわぁッ!」
だが、あまりの重量につい足がふらついてしまう。
「きゃっ!」わざとらしく声を上げる睦美は大門くんにガシッとしがみつく。
「しっかりつかまってて」
そんな大門くんの囁きにコクリと頷くと、睦美は両手を大門くんの首に回していく。
もう完璧にお姫様抱っこの体制が整ってしまったのだ。
「みょんみょん……」変な奇声を発しながら、嬉しさを隠しきれない睦美。
しかも調子に乗って大門くんの胸板に頬をすりすりしているのだった。
「テメエ……チョーシこいてんじゃねえゾ」涼子が真っ黒な視線を睦美に向けると、
「睦美のヤロウ、オイラの大門くんを……、ブッ殺す!」殺意を露わにする一徹。
「(……え、そういう流れ?)」
涼子が大門くんにまいってしまったのは、まあわからなくもない。が、父一徹まで大門くんのとりこになっていたのだ。
「(……すげえな、イケメン)」
豪太郎は規格外すぎる大門くんの実力にただただ溜息を洩らすばかりだった。
豪太郎たちは近くの公園へ移動した。そこでアンチ物理規制委員会をやり過ごそうというのだ。
「(それにしても……マジすげえよこの人!)」
依然として立ち上がることもできず、地面に仰向けになったままの豪太郎は大門くんを見やりながら大きな溜息をついた。
どれだけ自分に筋力があったとしても、睦美をお姫様抱っこなんて、とてもできるとは思えなかった。いろいろな意味で、あまりにもムリすぎるのだ。
それなのに大門くんはイヤな顔ひとつせず、またその重量感をまるで感じていないかのごとく振る舞い、しかも睦美に優しさを振りまきまくっているのだ。
豪太郎の視線に気づいたのか、大門くんは眼を合わせてきた。
「もしかして、だけど……」
みょんみょん言ってる睦美を、壊れものでも扱うかのように慎重にベンチに座らせながら、大門くんは地面に仰向けになったままの豪太郎に訊ねた。
「もしかして、こういうことって……しょっちゅうあるの?」
「まあ……うん」
豪太郎はなぜか頬を染めながら答えた。そうしていながら、なぜ自分が照れているのか判然としないままに。
颯爽とした大門くんの立ち姿は、それだけで雑誌のモデルとしても通用しそうなほどのイケメンオーラを放っていた。それに対して豪太郎は地面で無様に仰向けになったまま。極度の筋肉痛のせいで立ち上がることすらできないのだ。なんというか、ひどい対比だった。
「立てる?」
手を差し伸べてくれる大門くん。
「……わかんない」
そんな弱気の答えしかできない豪太郎の手を一方的に取ると、大門くんは「いよっ」と声を出しながら豪太郎を立たせてくれた。
「すごい汚れちゃったね」
しかも引き摺られていたせいで埃まみれになっていた制服の背中を優しく叩いてくれたのだ。
豪太郎の頬が急速に熱を持ってきて、言われなくても自分が赤面しているのが分かってしまう。
「きぃいいいいいいいっ!!」
「豪太郎、許せん! 許せんぞぉおおおッ!」
父一徹と母涼子の羨望がなんというか痛かった。
もちろん、睦美の視線にもただならぬ殺意を感じてしまう。
「(……いや、『好きっていいなさいヨ。』のメイちゃんじゃないんだからね、オレ!)」
そんな空気を知ってか知らずか、大門くんはさらりと黒井玲に顔を向けた。
「黒井さんも、大丈夫だった?」
「大丈夫――」
顔色ひとつ変えずに、玲は抑揚のない声で応じる。
「(……コイツだけは揺るぎねえな)」
不気味な目つきを保ち続ける玲。いや、これはこれで放っておこうと豪太郎は心に決めるのだった。
「ま、それにしてもだ……」一徹が言いながら振り返る。
その声に含まれているはっきりとした戦意に、豪太郎は思わず身構えてしまう。
「悪くねえ判断だったな、真実ちゃんよう?」
振り向いた視線の先にいるのは一条真実ちゃん。
アンチ物理規制委員会中央第一方面一課上級監査官。東大法学部卒のエリートキャリア官僚様だ。
「ひょっとしてだが、豪太郎の確率波をいじったのか?」
「状況上、やむを得ず」
真実ちゃんはいつもの厳しい表情のまま、低い声で答える。
「ってこたぁ、ついにできちまったってことか?」
真実ちゃんが手に持っている小型の装置を一徹は睨みつける。
「シュレーディンガー計測器……か」
対して真実ちゃんは無言のまま。
「確率波を変えたってことは、そいつぁ親機か?」
尚も無反応を通す真実ちゃん。
「で、その物騒な器具を片手に豪太郎たちのカラオケシーンを覗いてたったわけだな?」
「……」
「で、どうだった?」
「は?」思わぬ質問に真実ちゃんの表情が揺らぐ。
「ほら、真実ちゃんって、男子とカラオケなんて行ったことねえだろ? 羨ましいとかさ、楽しそうとかさ、あと、自分も入れて欲しいなとか……」
「……っ!」
「いや、マジで楽しかったぜ? 特に大門くんみたいな超イケメンが盛り上げてくれるなんて、ホント青春まっさかりって感じ?」
そこで一徹は気の毒そうな眼をしてみせた。
「真実ちゃん、そんな青春と縁なかったもんな……。ていうか絶無?」
「放っておいていただきたい」
毅然とした顔でそう応じる真実ちゃん。
「(……男の人とカラオケ行ったこと、なかったんだなぁ)」
「……」
豪太郎の内心を敏感に察したのか、そこで真実ちゃんは豪太郎を凄い勢いで睨みつけていた。
「いえなんでもないですごめんなさいごめんなさい」
豪太郎が思わず視線を下に向けてしまうと、
「なに想像してんだ、豪太郎?」
一徹が豪太郎の肩をポンポンと叩きながら耳打ちする。
「真実ちゃんは今日も白に決まってんだろうがよ!」
「はっ! なぜそれを!?」
スカートの裾を庇うように内股になる真実ちゃん。
今日も短いタイトスカートから剥き出しになっている太めで柔らかそうな太ももとふくらはぎが絶妙なポーズを形成し、豪太郎の想像力をムダに掻き立ててしまう。
「(……いや、むしろそんなポーズ取られると、かえって想像しちゃいますから! しちゃいますからね!)」
豪太郎の妄想は変な方向に進むばかりだった。
「(……そういえば、この前も白だったし!)」
「ま、いいんだけどな」
そこで涼しい声を出すと一徹は凉子に近づいて、その両手を取る。そのまま凉子の体を回転させて、なんと大門くんの両肩にかけさせたのだった。
突然の展開に思わず頬を染めてしまう母凉子と大門くん。
一瞬で眼を逸らしてしまう大門くんと、そんな大門くんをじっと見つめる凉子。
「そんな……、奥さんなんて他人行儀な……」すがるような声で訴える凉子。
「(……いや、言ってないから!)」
「いつもみたいに涼子って呼んでくれてもいいのに」凉子は甘い声を洩らした。
「(……いつも呼んでないから、大門くんそんなふうに呼んだことなんて一度もないからね!)」
昼メロ的な展開を勝手に始めてしまう凉子。
凉子の意識がすっかり大門くんに向かったことを確認すると、一徹はさっと体を動かした。
ワンフェイク入れてから真実ちゃんの背後に回り込む。
ムダのない動きでポケットからメジャーを取り出すと、
「あん!」
一徹は真実ちゃんの腹囲を計測していたのだった。
「ほうほう」下品な嗤い声を洩らしながら、一徹は計測結果を声に出す。
「63センチか……。身長の割に太くね? ていうかまた太った?」
言いながら真実ちゃんの脇腹を指先でつまんでいた。
「い、いやぁ……」
鼻息を荒くしながら一徹はさらに責め立てていく。
「ほら、豪太郎もつまんでみろよ。この皮下脂肪、さすがにこれはねえゾ?」
「え、ええええええええええええ~ん!」
一徹の手を強引に払いのけると、真実ちゃんは大声で泣きながら逃げ出してしまったのだった。
「あ~あ、泣かしちゃったよ」脱力する豪太郎。
一徹は何事もなかったかのように凉子の背後に立つと、大門くんの両肩にかけられていた手をそっと動かした。
「あれ、真実ちゃんは?」我に返った凉子が左右を見まわす。
「知らねえな」一徹は、しれっとそう応じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます