Episode 14 金属バットで殴打しろ――全力でだッ!

 父一徹と母涼子、睦美と玲、そしてなぜかクラス一の人気者、大門くんとカラオケに行くことになった豪太郎。大門くんのおかげで一行が盛り上がるそのさなか、一徹が突然立ち上がった。そしてゴキブリが来やがると飲食店には傍迷惑な絶叫を上げながら、豪太郎を連れ出すのだ。


 豪太郎が引き摺られていった先は、近所の少年野球グラウンドだった。

「って、ゴキブリ?」

 困惑しながらも付いてくる豪太郎に応えもせず、一徹はゲートをくぐるとグラウンドに入り、ピッチャーマウンドへズカズカと歩いていく。

 ポカンとその様子を見ている小学生相手に向かって、一徹は怒鳴り散らした。

「とっとと失せやがれこンのガキどもがぁあああああああ――ッ!!」

「ななな、なんなんだよアンタ!?」

 慌てて飛び出してきたのは野球チームのコーチらしき男。

 四十代半ばの自営業、元ヤンといった見た目の持ち主だ。

 若干脂肪がついているようではあるが、それなりに腕っぷしは強そうに見えた。

「(……もみ上げ長い人だなぁ)」

 豪太郎はここで、実にどうでもいいような感想を抱いていた。


 一徹は返事をする代わりに足の裏をコーチに向けて、そのまま全力で蹴り出す。

 いわゆる“ヤクザキック”というヤツだ。

 顔面中央に打撃が炸裂し、コーチの鼻からパァアアアアっと鮮血が噴き上がった。

 一徹はすっと距離を詰めると倒れた男の両足をつかみ、横方向へぐるぐると回転を始めた。

「えっと、ジャイアントスイング、だっけ?」

 豪太郎が呆気に取られているその眼前で、コーチが派手に投げ飛ばされ、ダッグアウトに頭から突っ込んでいく。

 なんともイヤな音が響いてきて、豪太郎は一瞬顔をしかめるのだった。

 一徹は飛ばされた男を追うようにベンチに向かい、差してあった金属バット3本を手に持つ。

「あああん!?」

 バットを両手に、周囲で硬直している少年たちを睨めつける。

 それ以上は不要だった。

 まるで蜘蛛の子を散らすかのように、好き勝手な方向へ逃げ惑う少年たち。

 ふっと息を吐くと、一徹はピッチャーマウンドに戻り、バット二本を豪太郎に渡すと残り一本のグリップエンドに両手の平を乗せ、天空を仰ぎ見る。


 このタイミングで現れたのは母涼子。

 どこで拝借しパクッてきたのか、見慣れないママチャリに乗っていた。しかも電動アシスト付きである。

 開け放たれたままのゲートを通過して、自転車のままグラウンドに入り込んでくる涼子。

 豪太郎はそんな涼子を妙に冷めた眼で見ていた。


 スカートの短い女子高生が自転車に乗るとき、そのお作法は二通りに分かれるという。

 一つはごく一般的な“スカート敷く派”である。

 まあ、普通に乗る感じだ。特にコメントするべきものはそのお作法にはない。

 もう一つは“スカート敷かない派”である。

 これはスカートの後ろ部分がタランと垂れた状態になり、見ていて非常にかわいらしい印象を与える。スカートがある程度短くないとできないスタイルであり、膝丈の学校推奨スカートでこれをおこなうのは難しいとされている。

 女子側としては、スカートがしわにならないというメリットもあるのだろう。

 が、このお作法、実に道行く男どもに夢とロマンを振りまくものでもある。

 ある者はそこに一迅の風を求め、またある者はサドルに思いを馳せる――即ち、サドルになりたいと。なにしろ、サドルが直に触れているのは女子高生の下着なのだから。

 さて、母涼子はというと、これは“スカート敷かない派”であった。

 しかも前傾姿勢で全力ペダリング。

 もう、さぞかし街中の男どもに夢とロマンスと幻想を振りまいてきたところだろう。

 無論、その中身が48と知っている豪太郎にとっては、どうでもいい話なのだが。

 そして自転車のカゴにはなぜか竹箒が何本か刺さっていた。

「お母さん、どうしてのその自転車?」

「お母ちゃんでしょ――ッ!!」

 凄い勢いで怒られてしまった。

 豪太郎は、はいはいと肩をすくめる。

 自転車から降りると、涼子は竹箒を構えた。

「どうしたんですか、いったい?」

 駆け寄ってきたのは大門くんと、睦美、そして玲の三人。

「来てくれたんだ、助かるわ」

 言うと涼子は三人に竹箒を手渡す。

「これで逃げようとするゴキを払って!」

「はあ……」

 わけもわからず、頷いてしまう大門くん。

 涼子はてきぱきと三人にポジショニングの指示を与え、自身を含む四人でマウンド上の豪太郎と一徹を取り囲む陣を形成していった。


「来るぞ」

 蒼穹を睨みつけたまま、一徹が低い声を出す。

「ってなにが?」

「だから、ゴキブリだって言ってんだろうがッ!!」

「はあ……」

「いいか、そのバットでブッ潰せ、全力でだ!」

「う……ん」

 有無を言わさない口調に従うだけの豪太郎は、二刀流の構えで金属バットを振り上げるのだった。


 そこへ、ポトリと落ちてくる黒い物体。

 全長5cmといったところか。おなじみのGよりは少し大きいサイズだ。

 ボディは細長い楕円形にして、左右に三対の脚を有する。

 それが落下と同時にカサカサと動き始めるのだった。

「だぁああああああッ!」

 一徹が躊躇なしに金属バットを振り下ろした。

 鈍い音が響き、G状の物体が土のグラウンドにメリ込む。

 が、それなりに強度があるのか、まだ両脚をジタバタと動かしていた。

 そこへ追撃。二度、三度と地面を打ち据え、ようやく沈黙。

 しかしそれはほんの序章。

 次から次へと黒いG状の物体が天空より落ちてくるのだった。

「豪太郎、全力でブッ潰せよ!」

「はあ……」

 言われるがままにG状の物体を攻撃していく豪太郎。

 カサカサと這い回る様が実にアレを想像させて、なんともやるせない気分になってしまう。

 しかも硬いせいで、同じ対象を何回も攻撃しなければならない。

 バット一本を両手持ちした方がいいんじゃないかと思うのだが、一徹はそれを許してくれなかった。

「両方持っとけ!」

「……」

 しかたなく両手攻撃を強いられる豪太郎。

 なんとも頼りない動きだった。

「あとどれくらい、お父ちゃん?」

 妙に切迫した口調で涼子が訊ねる。

 すでに豪太郎と一徹は何匹かのGを取り逃しており、それを涼子が竹箒でサッと掃くことで逃走を食い止めていたのだ。同じことは大門くんたちもやっていた。特にこれといった説明を受けていないものの、涼子と一徹の緊迫した表情から、思わず動いていたという感じだ。

「な、なんなんですかこれ?」

 半ば恐慌に陥りながらも大門くんが訊ねる。

 落下してくるGは増える一方で、カサカサと這い回るその様は見る者に恐怖を与える。

 しかも硬質で黒光り。六本の脚がなんともアレに近い動きで、嫌悪感は否応もなく強まっていく。

「これはね!」竹箒の動きを止めることなく涼子は叫んだ。「フォン・ノイマン・マシンの亜種、みたいな?」

「なんすかそれ?」

 いきなりフォン・ノイマン・マシンなどと言われて、はいそうですかと応える高校生などそうそうはいないだろう。さんざん危機的状況に晒されてきた豪太郎にしてもそれは同じだった。

「宇宙ゴキブリ、みたいな?」涼子は慌てて言い直す。「星の資源を全部食い尽くしちゃうのよ、コレ!」

「――ッ!?」

 大門くんが思わず尻餅をついていた。

「なななななな――ッ!!」

 ベルトのバックルがスパッと食いちぎられている。

 Gは、思った以上の攻撃力を有しているのだった。

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