Episode 12 英雄と書いて“あれくさんだぁ”と読む
彼女を作れという父一徹と母凉子の指令はマジだった。二人は同じクラス内で豪太郎の彼女候補を一人ずつ選び出す。一徹の推しは性格ナンバーワンにして残念系お太りさんの睦美。凉子のお薦めはサイコパスとの呼び声も高い黒井玲――塩素系と酸素系の漂白剤を同時に持ち歩いているという噂の、マッドサイエンティスト感溢れる少女だった。
「どうどう?」母凉子がワクテカな表情で豪太郎に訊ねてきた。「いいでしょ? 彼女、マジいい味出すわよ!」
「あ、いや、その……、“パス”どうって言われても……?」
「ああん?」
一瞬にしてヤンキーフェイスになると、凉子は野太い声で威嚇してくる。
「テンメエ、玲ちゃんを“パス”とか呼んでんじゃねえぞゴルゥアアアアアア」
「す、スンマンセンスンマセン」
反射的に頭を下げてしまう豪太郎。このクールビューティの沸点が異常なまでに低いのを失念していたのだった。
「ちょっと待ったぁああああ」
そのヤンキーに果敢にも挑んでくるのは父一徹。
普段はボコられっぱなしの一徹だが、この時ばかりは違っていた。
「いいか豪太郎、オイラの話を聞け! 心して聴け! ……女ってのはなぁ、性格なんだよ性格! 優しい娘が一番なんだよ!」
なんか涙目になって妙に切実な口調で訴えてくる一徹。だが豪太郎はむしろ醒めてしまっていた。
「説得力ねえし。……むしろ昨日も殴られて嬉しそうだったような気がするんだけど」
「テ、テメエには関係ねえだろうが!」ここで一徹はむしろ逆ギレ。「親の性癖をどうこう言うんじゃねえよッ!」
「というわけで豪太郎、早くなさい」
「へ?」
「だから、とっとと選べって言ってんだよ!」
一徹と凉子は思い出したかのような絶妙のコンビネーションで豪太郎に迫る。
返答に窮して固まってしまう豪太郎。
このままではラチが明かないと判断したのか、床にこすりつけていた額を真っ赤にさせながら一徹は睦美と向き合った。
「いや、豪太郎の意思なんざぁどうでもいい。頼む、睦美ちゃん! オイラん
「ちょっ、お父ちゃんなに言ってんのよ。
こんどは一徹と凉子がなにやら言い合いを始めてしまったのだ。
豪太郎は脱力しながら嘆息する。自分のことはもはやどうでもいい。だが、肝心の女子二人の気持ちはどうなんだろうか。どう見ても一徹も凉子も女の子二人の意思など、気にもかけていないようなのだが。
ぼんやりと件の女子二名を見やる豪太郎。
マッド感満点な黒井玲と、ズンドウ体型の残念系お太りさんの榎本睦美。
ある意味、究極の選択と言えなくもない。
だがそれ以前の問題として、二人ともその気があるとは到底思えないのだが。
「で、どっちにするんだ?」
「とっとと決めちゃいなさいよ!」
いつの間にか言い合いを止めると二人は豪太郎に決断を迫ってきた。
「い、いや……そんなこと言われても」
「て、もしかしてテメエ……」
「他に好きな人がいるとか?」
「そ、そんなのいねえし」
豪太郎は反射的に眼を背けてしまう。
期せずしてその視線の向かった先は……、クラス最強ツートップの一角、超絶癒やし系のふやくしゅボブ少女だった。
「いや、ないわぁああ」一徹が鼻で嗤うと、
「ないないない! ラブちゃんはないわぁ!」凉子がなにその冗談?とばかりに手の平を横に振る。
「いや、ちがっ……、そうじゃなくて!」
見ると睦美までもが「それはないわね」と苦笑い。
いっぽう玲はというと――
「(…………怖っええええええ!)」
なんか一心不乱に豪太郎を見据えているのだった。
豪太郎の視線に気づくと、邪悪な瞳のまま玲はゆっくりと唇を舐め回す。
「(……なんか、違う意味でロックオンされてるのオレ? 実験台とかに使われちゃうのオレ?)」
「そろそろ先生来るけど?」
そこでふいに響いてきた、やたら通りのいい声。
声の主はクラスのリーダー的存在。超イケメンにして性格ナイスな大門くんだった。
「ご、ごめん……」
別次元すぎて話しかけることもできなかった一軍男子にたしなめられて、豪太郎は萎縮してしまう。そのオーラにあてられたのか、一徹も凉子も黙り込んでしまっていた。
やがて担任の鈴木教諭が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。
「とっとと決めやがれよ」と小声で言うと、一徹は机に突っ伏して爆睡。
凉子はというと鼻歌まじりでネイルの手入れを始めていた。
二人とも授業を聴く気などまったくないのだ。
授業中、豪太郎は奇妙な感覚に浸っていた。
まるで低周波音を自分だけに当てられているようで、妙に落ち着かない。
もっとも、その原因は考えるまでもなかった。
右斜め後方からくる濃密な視線の照射だ。
恐る恐る盗み見ると、黒井玲ががっつりと自分を見据えているのだった。
「(……なんか変なフラグ立てちゃったのかな)」
少なくともそれが恋愛的な感情に根ざすものでないだろうと豪太郎は判断する。
だが、落ち着かない理由はそれだけではなかった。
どういうわけなのか、一軍男子の大門くんが時折チラチラと豪太郎の方へ視線を向けてくるのだった。
大門英雄くん――
英雄と書いて“あれくさんだぁ”と読む、隠れDQNネームである。
英雄じゃなくて大王って書いたほうがよくね?とは父一徹の言。
大門くんはクラス1のイケメンにして、優しく気配りのできる男だ。
成績はかなり下の方だが、運動神経はバツグン。
また正義感が強く、このクラスでイジメがないのは、大門くんによるところが大きかった。
たまにトイレで一緒になると、冴えない豪太郎にさえ「よう、金剛丸くん!」なんて爽やかに声をかけてくれる。
ちなみに声もいい。
そのようなわけで大門くんは女子にも男子にも大人気だ。
豪太郎にとっては異次元すぎて、自分から挨拶するどころか眼を合わすことさえ憚られていたのだった。
その大門くんが、時折思い出したかのようにチラチラと自分に視線を向けてくるのだ。
そこに敵対心というものはまったく感じられない。
また、好奇心という感じもない。
むしろ不安げな視線でさえある。
しかも豪太郎と眼を合わせそうになると、大門くんは慌てて眼を逸らすのだ。
人気者で普段堂々としている彼からは考えられない態度だった。
豪太郎は落ち着かない気持ちのまま、黒板を眼で追うフリをする。
「(……見られてる。間違いなく見られてる……)」
慣れない二種類の視線に晒され、豪太郎はひたすら時計の針が進むのを待った。
もっとも、休み時間になったところで逃げ場などないのだが。
ようやく迎えた昼休み。
豪太郎はいきなり硬直していた。
左隣には榎本睦美。ズンドウ体型の女子である。
内巻きミディアムボブで巧妙に隠してはあるが、首周りにタップリついた脂肪が、口を動かすたびにプルンプルンと震えていた。まるで、独立した生き物であるかのごとく。そしてリストバンドのように手首に巻き付いている脂肪と、プックリしすぎの指。ただ太っているだけではない、随所に見える残念感。
気のせいだろうか、すぐ隣に座っていると体感温度が三度ほど上昇しているような気がする。
たぶん、いや間違いなく気のせいではないのだろう。
反対側、右隣には黒井玲。
やたら光沢のないロングの黒髪が幽霊とか死体を連想させてくる。
長い前髪の奥で、小悪魔系のできそこないといった感じの邪悪な瞳が怪しく光る。
実に禍々しい。
「(……この二人、なんで断らないかなぁ)」
心の叫びを上げつつも、正面に座っている両親の異時間同位体を見つめる。
「(……いや、この二人に言われたら逆らえないよなぁ)」
妙に納得しながらも、弁当に手を伸ばす。
男女五人でお昼ご飯――なんとも青春らしい1ページといえる。
が、豪太郎の味覚は完全に死んでいて、自分が何を食べているのかさえもよくわかっていなかった。
しかも授業中と変わらず、大門くんがちょいちょい視線を向けてくるのだ。
「(……落ち着かねぇええええ)」
豪太郎は盛大に密かな溜息をつく。
なぜ自分がクラス1のイケメンにチェックされなければならないのかと。
すると、沈黙を守っていた玲が首をカクカクいわせながら豪太郎に顔を向けてきた。
「ゴウ……」
「えっともしかして、オレのこと?」
「もしかしなくてもアンタのことよ!」と言いながらも凉子はうっとりとした表情を浮かべる。「いきなりゴウなんて、玲ちゃんてば積極的!」
「ちょ、ちょっ……」
しかし玲にシャツの袖を引っ張られ、豪太郎は右を向かざるを得ない。
「近っ!」
すぐそばに、まるで息がかかりそうなほど近くに玲の顔があった。
血色の悪い頬と、邪悪な瞳。
豪太郎の額を、イヤな感じの汗が流れ落ちる。
「ゴウは……」
「は、はい……?」
「アンチ物理に興味は?」
「ないです」即答。
「ホログラフィック原理が正だと立証されてから」
「……」
「物理の法則が危機にさらされてしまった」
玲はおもむろに説明を始める――低い声で、まるで独り言のように。
しかし豪太郎の反応をがっつり見ながら。
「そこで提唱されたのがアンチ物理……」
豪太郎の返事など、玲は聞いちゃいなかったのだ。
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