Episode 11 マットな黒髪ロングのサイコパス女子現る……
彼女を作らなければならなくなった豪太郎に、まるで揺さぶりをかけるかのように痛子は小学校五年生の身体を見せつけてきた。豪太郎は思わず自分の内なる妹属性をさらけ出してしまったが、しかし痛子は妹でいることよりも恋人であることを望むと言い切る。おまけにとんでもない究極の選択を迫るのだった。
「(……裸エプロン……裸ランドセル……小五Body……)」
妄想を危険領域にまで引き上げたまま、豪太郎は都立中島高校の門をくぐる。
迂闊に声をかけられたらとんでもない返事をしかねない、なんとも危うい状況だ。
「(……裸エプロン……裸ランドセル……小五Body……)」
これまで誰にも語ることはなかったが、豪太郎にとって小学校五年生というのが実はストライクもストライク――超ドストライクだった。
医学的な見地からすると、13歳以下の異性に性的な興味を示してしまうのはペドフィリアに分類されるという。そういった意味でいうなら豪太郎は
この文脈で考えれば、痛子が小五の身体を手に入れたとしても、別段不思議ではなかった。
だが、痛恋人には持ち主を飽きさせないためにある設計がなされていた。
それは、顕在的な欲求ではなく、潜在的な欲望を満たそうとする行動規範である。
潜在部分を刺激されることにより、持ち主は痛恋人に精神的な部分で揺さぶられ、不意打ちによる強烈な動揺は吊り橋効果的に斜め上の愛情を生み出していく。社会的なリスクがあるにもかかわらず痛恋人の持ち主が簡単に痛恋人を捨てられない理由が、ここにあった。
問題は“潜在的な”という部分である。
決して誰にも明かすことはないが、豪太郎は小五女子が好きであるとはっきりと自覚していた。
ならば、痛子がわざわざこのタイミングでドストレートに小五Bodyを見せつけてきたのには、それなりの意図があるということなのだろうか。もっとも、危険な妄想に囚われたままの豪太郎にそんな問題を考える余裕は毛ほどもないのだが。
「遅えよ、豪太郎」
教室に着くと、父一徹と母凉子が並んで窓際に立っていた。
一人息子の到来を待ち構えていた二人は、含みのある笑顔を隠しきれないでいる。
「朝っぱらからヌいてきたのか?」という一徹のからかいには無視という形で応じる。
「しっかし、この歳って大変だな。一日三発でもおさまんねえったら!」
わざとらしく聞こえるような一徹の独り言が教室内で響き渡る。
今日もクラスメートの侮蔑混じりの視線が返ってきて実に痛々しい。
「お母ちゃん、手伝ってあげられなくってゴメンね!」
と、なぜかそこで謝り始める凉子。
「いやそこ、ゴメンじゃないから。ゴメンじゃないからね!」
自分に向けられる視線はますます冷ややかになる一方で、朝イチからもう帰りたいなと思ってしまう豪太郎だった。
「それでだ、」
「……」
「さっそくミッションを開始する」
「彼女を作るのよ、豪太郎」
不自然に生真面目な表情の一徹と涼子。だがよく見るまでもなく、二人が笑いをこらえているのがバレバレだった。
「ムリだし」
即答する豪太郎。しかし一徹と凉子はそんな反応を一顧だにしない。
「ま、経験からいうと、彼女ってのはすぐ近くで見つかるもんなんだよな」
「半径十メートル以内、みたいな?」
「ってことで、同じクラスの中で見つけるのが常道ってこったぁ」
「いや、ムリだからムリだから」
「まずは習うより慣れろってことね?」
「そうだぞ、豪太郎。女なんてのはな、四の五の言う前にヤッちまってから……」
巨大ハリセンで一徹が吹き飛ばされていた。
「そんなわけで、お父ちゃんとお母ちゃんが一人ずつ候補を選んであげるから」
なにごともなかったかのように凉子は言って微笑む。形のいい額を光らせ、切れ長の瞳を糸目にしながら。
「はあ……?」
「確率が二分の一として、二人に申し込めば確率100%って感じ?」
「その計算どっかおかしいから!」
「ってことで、これからアンタに見つくろってあげるからね!」
「まかせとけよ!」
ハリセンの衝撃からソッコーで復帰し、サムアップしながら白い歯を見せる一徹。
「ちょ、ちょっと――ッ!」さすがに豪太郎も声を荒げた。「それゼッタイ、ムリだからムリ!」
ムチャクチャな両親へ懸命の抵抗を見せる。
「親に彼女を見つけてもらうなんて、いくらなんでも情けなさすぎだよ!」
「「へえ……?」」
意外、という顔をして感嘆の声を洩らす一徹と涼子。
「たまには男らしいこと、言うじゃねえかよ」
「うんうん」大げさに頷く涼子。「お母ちゃん、ちょと感動しちゃった」
そんな二人の反応に、豪太郎は思いが通じたと思うのだが、
「――だが断る!」
二人はキメ顔でそう吐き捨てた。
凉子は机の上にサッと飛び乗ると、クラスの中をグルリと見まわす。
「ちょっ、下着見えそうだから……、見えそうだからねッ!」
そんな豪太郎の制止を気にもかけず、涼子はわざとらしく右手の平で庇をつくると、教室内をせわしなく見回し始めた。
動きに合わせてスカートの裾が揺れ、また引き締まった腹部のヘソもチラチラと。
教室中の男子全員が顔を赤らめつつもチラ見を抑えることができないでいた。
そんな微妙な視線を横から見ながら、豪太郎は心の中で絶叫する。
「(……違うから! ガワは17歳でもソレ、中身カンペキに48歳のBBAだからね!)」
そんな豪太郎の心の叫びを嘲笑うかのように、一徹も動き始めていた。
「あ、お父さん……」
「オヤジだろうが――ッ!」
「(……って、そこはやっぱりツッコンでくるんだ)」
大股で教室内を突き進んだ一徹は一人の少女の前で立ち止まると、右手を差し出して頭を下げる。
「
「(……いや、ボケモンじゃねえし!)」
「あの、なにか……?」
なにが起きたのかまったく把握できないまま、榎本睦美は首を傾げた。
クリッとした瞳で顔の作りは悪くない。
性格だけなら嫁にしたいナンバーワンの女子だ。
だが、バスト・ウェスト・ヒップほぼ同サイズのズンドウ体型。
手首足首も太く、首回りには分厚い脂肪の重装備。
ぽっちゃり系が大好きな男子でも裸足で逃げ出す残念系お太りさんだ。
一徹は睦美のボンレスハムのような手首をむんずと掴むと、強引に引っ張ってきた。
「な、なんですかぁ……?」
睦美を豪太郎の目の前に立たせると、一徹は上履きを脱いで右脇に揃えてから正座した。
「(……って土下座――ッ!!)
「頼む、睦美ちゃん!」
一徹は額を床にこすりつけながら絶叫。
「豪太郎には彼女が必要なんだ! どうかコイツを男にしてやってくれないかぁああああああああ――ッ!!」
ものすごい大声で、こっ恥ずかしいセリフが吐かれていた。
周囲の視線は冷たいを通り越して驚愕である。
動揺の声すら上がらない。
そんな中、凉子は凍りついた空気をまるっきり無視して、索敵中。
「(……えっと)」
豪太郎はむしろ母凉子の行動が気になってしまう。
凉子がこのクラスに転校してきたのは昨日の話である。
だが、まるでクラス中の女子全員の属性を把握しているかのように、彼女はムダのない動きで周囲をチェックしているのだ。
そして、ターゲットを見つけたのか、たっと机から飛び降りる。
風圧でスカートの裾が舞い上がり、男子生徒から声にならないどよめきが湧き上がる。
「げっ! なにそのエッロエロな下着はッ!」
涼子は男子からの視線などまるで頓着しないで目指す方向へまっしぐら。
だがよくみると、ちょっと嬉しそうな表情。
「(……ていうか、むしろ露出狂的趣味ぃいいい?)」
慌てて父一徹に視線を向けると、こっちはこっちで興奮を隠しきれない面持ち。
「(……どんな属性だよそれッ!?)」
見なきゃよかったと後悔しながら、母を見やる。
凉子が短いスカートを翻しながら向かうその先にいる少女を認めて豪太郎は思わず絶句。
「って、もしかして――ッ!?」
腰まで伸びるマットな黒髪ロングの少女の正面に立った凉子は、にへらっと笑うと素早い身のこなしで少女の背中に回り込む。
と同時に彼女を後ろからグイグイと押していき、あっという間に豪太郎の前にまで進み出てきたのだ。
少女は抵抗するどころか、声ひとつも上げない。
驚いているというよりは無反応という趣である。
少女の両肩を掴んだままの状態から、凉子は顔を突き出してきた。改心の笑みを浮かべて。
「というわけで、お母ちゃんのイチ推し、黒井
黒井玲。
その危険な言動からサイコパスだのソシオパスだの言われている。
そこからついた通り名は“パス”。
塩素系の漂白剤と酸素系の漂白剤を同時に持ち歩いているというもっぱらの噂。
アンチ物理に長けているだの、油断していると奇妙な呪詛を口にしているだの、あれこれとヤバイ意味での話題に事欠かない女子生徒だ。
口癖は「エコエコアザラクエコエコザメラク」。豪太郎にその由来は分からない。
アンチ物理規制委員会の聴取を受けたこともあるとかなんとか。
クラス内に友だちは一人もおらず、いつも不気味な笑みを浮かべている。
豪太郎は玲と話をしたことがなかった。
それどころか、今の今まで眼を合わせたことすらなかった。
「――ッ!」
ムダに長く、著しく光沢に欠けるマットな前髪に隠れていて普段は見えない彼女の瞳が、露わになる。
それは小悪魔系のできそこないという禍々しさで、しかも眼の下のクマがハンパない。
夜な夜な怪しげな研究に没頭しているせいでいつも睡眠不足と囁かれているが、どうやら本当のことらしかった。
顔色も実に不健康そうだ。
が、それ以外の要素はなんというか、普通である。
体型も悪くなさそうだった。
残念な目つきをなんとかすれば、どうにからならなくもないではない。
「うげっ――ッ!」
そこで豪太郎は玲と眼を合わせてしまった。
彼女は、意味ありげに口元を歪めるとすぐに元の無表情に戻る。
豪太郎の眼に、玲は想像すらつかなういトンデモな企みを抱いているように見えてしまうのだった。
「(……なんか怖え。ていうか怖すぎるよ)」
やたらハイテンションで微笑む凉子と、いかにもマッドサイエンティスト的な空気を撒き散らす玲のコントラストは、豪太郎をビビらせるのに十分なインパクトがあった。
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