Episode 10 ついに小五Bodyを手に入れたよぉ!

 豪太郎のワームホール体質は、ちょいちょい人類滅亡的な危機を呼び寄せるという。だが彼女を作って、やってやってやりまくれば、なんとかなる……らしい。

 というわけで彼女を作らなければならないという状況に陥った豪太郎だが、問題はどのようにしてその難関ミッションをクリアするか、である。


 普段の起床時間よりは少し早い時間帯。

 豪太郎は過去の出来事を夢として追体験していた。

 それは、高校入学から三ヶ月経った、七月の暑い日――


 一徹に拉致られた豪太郎は、都立黒塚公園の広場にいた。

 中央に噴水をいただく、憩いの場である。だが一徹には微塵の余裕もなく、その雰囲気に煽られっぱなしの豪太郎もまた、緊張を隠せないでいた。

「ほら、付けろ!」

 渡されたのは野球の外野手用グローブ。

 唯々諾々とグローブを左手にはめる豪太郎と、天空を睨みつける一徹。

 やがて一徹はある方向を指差す。

「あっちに走ればだいたい分かるから、あとはゼッテエにキャッチしろよ」

 やたらアバウトな指示だった。が、言った直後に一徹は舌打ちをする。

「おいおいおい!」

 視線の先には豪太郎と同じ都立中島高校の制服を着た女子の姿。

「よりによってこのタイミングでノコノコ歩いてきやがるかよ!」

 苦虫を噛み潰したような顔で一徹は指示を修正。

「ダイビングキャッチだ、分かったな?」

「う、うん」

「あの娘にゼッテエ当てんなよ」

「わかったよ……」

 自信なさげな豪太郎の肩を叩くと、一徹は「行けッ!」と指示を出した。


 その瞬間、豪太郎のスイッチが入る。“完全同期状態コインシデンス”である。

 完全同期状態とは、要するにワームホール体質保持者の自己防衛機能。

 危機を脱するために自らのリソースを極めて限られた方向に限定する反応だ。

 おもに筋力に向けられることが多いが、そのトレードオフで不要となる機能が極端に落ちてしまうのだ。

「うぉおおおおおおおおおおおお」

 豪太郎は上空に向けた瞳孔を激しく動かす。ほんの微かな兆候を求めて。

 と同時に全力ダッシュを開始。瞬時に人としてあり得ない速度領域に達していた。

 地面を蹴り、爆発的に加速していく豪太郎に少女はまだ気づかない。

 彼女の様子を視線の端で捉えつつも、豪太郎は天空に現れたその一点を捕捉する。

 落下点の予測がつくと同時に、豪太郎は跳躍していた。

 ライナー性の打球のごとく低い弾道を突き進む豪太郎。

 それは、公園内を歩いている少女の頭上30cmというかなりギリギリの点を通過する軌道だった。


 少女は気づいてしまった。

 豪太郎の存在を、そして彼女の頭頂部に向かって落下してくる物体も。

 グローブをいっぱいに拡げた豪太郎は、その物体を完璧な動作でキャッチ。

 地面に落とさないように、また衝撃を与えないように体で抱え込む。

 直後、完全同期状態が解け、豪太郎は凄まじい勢いのまま顔から地面に突っ込んでいった。

「ぎょぇええええええええええええええええ――ッ!!」

 断末魔ともいえる叫び声を上げ、豪太郎は石畳の地面を何回もバウンドしてから仰向けになった。

 全身打ち身擦り傷だらけだった。

 骨折していないのが奇跡と思えた。

 だが、抱えた物体は離していない。

 ほっと一息つくものの、自らが保持する物体の異様さに血の気が引いていく。

 ぶっといミミズ状の生物的な何かが何十匹も絡み合い、モゾモゾと蠢きながら一つの球形を成していた。

 感触はブヨッとしていてちょっと衝撃を加えただけで弾けてしまいそう。色も極彩色でこれ以上なく不気味である。なにより臭いが酷かった。

「な、なにこれ……?」

 グローブ越しに伝わってくる奇妙な温かさをできるだけ意識しないように訊ねると、一徹はそれが道ばたに転がっている石ころのようになんともない口調で、

「致死性のウィルスが詰まった謎ボールだ」

 などと言ってのけるのだった。

「(……謎ボールって!)」

「凄まじい感染力があってな。これちょっとでも中身こぼれてたら人類即全滅だったな」

 言って破顔する。そしてダブルサムアップ。

 燃えさかるような凛々しい眉毛がその日も暑っ苦しかった。

「(……いや、そんな会心の笑顔を見せられても!)」

 一徹はポケットからジプロック的なビニール袋を取り出すと、慎重に中に入れてから袋のチャックを閉じた。

「じゃ、ちょいと棄ててくっからよ」

 無造作にビニール袋を手にぶら下げて、一徹は歩いていった。


 一人公園に残された豪太郎。

 地面にぶつかった痛みを堪えつつも周囲を見回す。

 女の子の姿はなかった。

 あれだけ凄い勢いですっころんでいたのだ。気づかなかったことはないだろう。

「ま、フツー引くよな」

 それはごくごく当然の反応に思えた。

 突然自分の上空に現れて不気味な謎ボールをやりとりする男子。まともな神経の持ち主ならソッコーで逃げるはず。いや、逃げないほうがおかしい。

 そして彼女がどれだけ危険な状態にあったのか、またどうやって救われたかなど、知りようがないし、知るべきでもなかった。

 豪太郎は肩をすくめながらも控えめに笑った。

 いつもと違って、少しだけ嬉しいと感じていたのだ。


 完全同期状態では往々にして記憶があやふやになってしまう。

 リソースを極限まで運動能力に傾けた結果、物事を認識したり記憶したりする能力がスポイルされてしまうせいだ。

 だから、豪太郎は自分が救った少女の容姿をほとんど憶えていなかった。

 ただ、夏の陽射しを反射する艶やかな黒髪のショートヘア――それだけが漠然と記憶に残っているだけだった。


「おぃ、起きてよぉ!」

 まるでアニメのような音声が豪太郎の意識に割り込んできた。

 ぼんやりと眼を開けると、痛子が豪太郎の上にまたがって激しく体を上下させていたのだ。

「起きて、起きてよ、……お兄ぃったらぁ!」

 二次元情報体である痛子には物理的な刺激を与えることができない。

 しかし、その光景はあまりにもショッキングに過ぎるものだった。

 豪太郎は一発で目を醒ます。

 いつまで経っても起きようとしない兄に業を煮やした妹が馬乗りになって、体をゆっさゆさ上下させながら『お兄ぃ、お兄ぃ』と叫ぶ――妹好きにとっては桃源郷のような光景であった。

「い、痛子?」

 ようやく目を醒ました豪太郎に、痛子はイタズラっぽい視線を向けた。

「お兄ぃ、硬くなってるよぉ?」

「違ぁああああう!」豪太郎はムキになって否定した。「これ朝の反応! 健康な男子ならだいたい起き抜けはこうなんだよ!」

「またまたぁ」痛子はぷぷぷと意地悪そうに笑いながら、口を押さえる。「照れなくてもいいのですよぉ?」

「まったく、朝っぱらからなに言って……って?」

 そんな痛子の格好はというと、色使いの派手な“しもむら”のTシャツ(380円)とデニムのホットパンツ(980円)。

 パンツの丈は短めではあるものの、普段の痛子からするとあり得ないほどに普通の服装だった。


 だがその姿には名状しがたい違和感があるのだ。

 しばらくの間、痛子をじっと見つめる豪太郎。やがて、異変の正体に気がつく。

「って、痛子。オマエ細くなってる?」

 それだけではなかった。背も昨晩より低くなっているし、顔立ちもかなり幼くなっているのだ。

「(……たった一晩でなにがあった?)」

「ゴーくん、ようやく気づいたですよぉ」

 痛子はニコリと笑うと、立ち上がってベッドから飛び降りた。

「痛子、ついに小五Bodyバディを手に入れたですよぉ」

「かかかか――ッ!!」


 痛子の元ネタはアニメ『魔導少女まど☆マジ』主人公の親友キャラ、美貴元さやちゃんだ。

 身長160cmで隠れ豊乳との呼び声も高い。

 それがいまや身長150cm弱。オリジナルからは考えられないほどのスリム体型。

 骨格レベルでの幼さを明確に感じさせる、文字通りのJSバディだ。

 それも、ただ細いだけではない。

 太腿とふくらはぎはほんのりとだが丸みを帯び始めている上に、胸部にも僅かながら膨らみが。


「(……まさに蒼い果実!)」


 豪太郎の脳内に妄想が飛び交っていた。

「どうしたのぉ、お兄ぃ?」

『お兄ちゃん』って呼ばれるのもいいが、『お兄ぃ』ってのも悪くない。いや、悪くないどころかすっごくいい!

「な、なあ痛子?」

「なあに、お兄ぃ?」

「こ、これからはオレのこと、ずっとそう呼んでくれると……」

 思わず言ってしまった。

 だが、痛子はあっさりと拒否する。

「ゴーくんが妹好きってのは知ってるけどぉ……」

 痛子はわざとらしく唇を突き出し、あざといウインクをしてみせる。

「痛子はゴーくんの恋人になりたいのですよぉ。だから、兄妹では不満なのですぅ」

 さすがは二次元情報体というべきか、迷いというものが微塵もなかった。

 すがすがしいまでに真っ直ぐである。

 そんなふうに断りながら、痛子は真夏に咲くひまわりのように、眩しい笑顔を見せるのだった。

「今日は帰ってきたら、この小五さいきょうバディでゴーくんをメロメロにさせるのですよぉ」

「……」

 痛子は洋服ダンスの扉の隙間に飛び込むと、頭と眼だけを外に出してイタズラぽい眼をしてみせた。

「ゴーくんは裸エプロンと裸ランドセル、どっちがいいですかぁ?」

「な、な――ッ!!」

 唐突の、そしてあまりにも予想外の問いに硬直フリーズした豪太郎を嘲笑うかのように、痛子はすっとタンスの中に消えていった。


「……あの、痛子さん?」

 信じられないセリフを確認しようと声をかけるも、洋服ダンスから返事はなかった。

 ただ痛子が扉の陰で嗤っている気配を豪太郎はひしひしと感じるのみ。

「(……裸エプロン……裸ランドセル……)」

 やがて豪太郎の脳内をいかがわしい妄想が侵食していく。

「(……裸エプロン……裸ランドセル……)」

 満ち潮のように潮位を上げていった妄想は、豪太郎の脳内のおよそ九割を占めるに到った。

「(……裸エプロン……裸ランドセル……! どうしよう!? というかどっちがいいのッ!?)」

 豪太郎の彼女作りの冒険は、そんな朝から始まった。

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