Episode 08 いま詳らかにされる、豪太郎の謎体質
突如として発生した大穴に呑み込まれそうだった豪太郎だが、太めのおかっぱメガネお姉さんに間一髪のところで救われた。しかも視覚的な意味での
M字開脚の姿勢で地面に落ちていたお姉さんは、豪太郎の視線を感じると慌てて立ち上がった。
「いやん!」
妙にかわいらしいというか、
お姉さんはすっかりズリ上がっていたタイトスカートを元に戻すと、羞恥の表情を浮かべて背中を向ける。
「あの……、お姉さん?」
「――っ!」
お姉さんはなぜかビクッと体を震わせた。
高校生男子にあられもない姿を晒してしまったのがよほど恥ずかしかったのか、俯いたまま身動きひとつ取れずにいるようだ。
豪太郎はそんな彼女の腹部にきつく結びつけられていたロープに眼を留める。
「お、お姉さん?」
お姉さんは再びビクッと体を震わせるが、豪太郎は構わず続ける。
「助けてくれて……、命を救ってくれて、ありがとうございました、お姉さん!」
またしてもビクリとする。なにか地雷でも踏んでいるのだろうか?
「あれ、
一徹の声に振り向いたお姉さんはしかし、既に冷酷な表情に戻っていた。
「我々の警告を無視した結果がこれですか?」
この前と同じ、低く威圧的な声だ。
「いやそんな、無視とかいわれもなあ」
「なに、お父さんの知り合いなの?」
二人のやり取りに驚いた豪太郎が思わず訊ねると、
「だからオヤジって呼べって、いつも言ってんだろうが――ッ!」
なんか凄い勢いで怒られてしまった。
「久し振りね、真実ちゃん」
遅れてきた涼子が、さほど嬉しくなさそうに声をかけてくる。
「え? お母さんとも知り合いって……」
「だから、お母ちゃんでしょっ!!」
今度は涼子に思い切り叱られてしまう。
「(……なんなんだよこの二人めんどくせえな。ていうか昭和かよ?)」
「一条真実ちゃんだ」
一徹はそこで豪太郎にお姉さんのことを紹介する。
「アンチ物理規制委員会中央第一方面一課上級監査官。東大法学部卒のエリートキャリア官僚様だな」
「はあ。(……なにその呪文みたいな属性?)」
「ちょっとした縁があって知り合いってだけよ」
険のある涼子の言葉。
真実ちゃんはそんな涼子を相手にもせず口を開いた。
「さすがにこの状況、黙って見過ごすことはできません。金剛丸豪太郎は連行していきます」
「へえ、できるのかよ?」
右の口角を吊り上げ、わずかに目を剥く一徹。
「(……ヤバ、お父さんキレかかってる!)」
「もちろん」こともなさげに真実ちゃんは応じた。「アンチ物理規制委員会の権限において、金剛丸豪太郎には本件についての尋問を受けてもらいます。拘束する権限が我々には……ってきゃあああ!」
豪太郎の握っていたロープを奪い取ると、一徹は一気に引っ張っていた。
腹部にロープをくくりつけたままの真実ちゃんが金網に越しに引き寄せられる。
「緊縛プレイ
一徹は嗜虐的に唇を歪めた。
「いつも高校生相手に
「い、いやぁ、いやぁあああ……」
弱々しく悲鳴を上げる真実ちゃん。だが一徹は容赦なくロープを引っ張り続ける。
金網の隙間に真実ちゃんの体がメリ込んでいき、豪太郎は迂闊にもその隠微な光景に興奮を禁じ得なかった。
「だがな、真実ちゃん!」
ふっと嗤いながら一徹は眼を見開いた。
「タイトスカートは全部お見通しなんだよ!」
真実ちゃんは一瞬にして我に返ると、豪太郎の眼を見た。
「どういう意味なのだ?」
やけに落ち着いて平板な口調で豪太郎に訊ねてくる。
「(……これ、やっぱりオレが言わなきゃだめなのかなぁ?)」
助けを求めるような視線を一徹に向けるが、当の一徹は鼻息をフウフウと言わせているのみ。
普段さんざん一徹のセクハラに付き合わされてきた豪太郎である。一徹の言わんとしていることは既に分かっていた。
ごほんとムダに咳払いを一つ。
「あ、あの……」赤面しながら豪太郎は小声を出した。「あの、ピッチリしたスカートなんで、下のお腹出てるのがまる分かりっていうか……」
「――っ!」
羞恥に頬を染めた真実ちゃんは、思いっ切り内股の姿勢でお腹のあたりを両手で覆う。
「そ、それと……」豪太郎は、顔を真っ赤にしたまま目を逸らす。「それと、おしりの大きさもはっきり分かっちゃうっていうか……」
「い、いや! 見ないで、お願い……」
「イヤよイヤよも好きのうちってか?」
一徹は再び右手でグイグイロープを引きながら、左手でエアもみもみを敢行。
「い、いやぁああああああああああああああ――っ!」
両手で顔面を覆い、真実ちゃんは阿鼻叫喚の叫び声。
「(……マジ怖がってんなぁ、お姉さん)」
「ブヒッ、ブヒッ、ブヒヒヒッ」
一徹の変な鼻息が夜のグラウンド内で不気味に響き渡る。
――バッチーーーーーーーーーン
どこから持ち出したのか、刃渡り1mはありそうな巨大ハリセンが一徹の横っ面を一閃。
衝撃で3mは吹き飛んでいた。
「た、たすけてぇええええええええ――っ!」
その隙に真実ちゃんは一目散に逃亡。
ロープをズルズルと引きずっていくさまが、なんというか哀愁を誘う。
「(……ていうかあのお姉さん、怖いんだか優しいんだか臆病なんだか……?)」
真実ちゃんのキャラがブレまくってるなと豪太郎が呆気に取られていると、
「……お父ちゃん――?」
俯いたままの涼子は獣のように低く唸っていた。
古式ゆかしいセーラー服姿の母涼子からは、底知れぬ殺意が撒き散らされているのだ。
「(……お姉さんよりこっちの方がゼンゼン物騒だよ)」
豪太郎は無意識のうちに、じりじりと後ずさっていた。
顔中青タンだらけの一徹が凉子の前で正座させられていた。
「マジすいませんシタ――ッ!」一徹は額を地面にこすりつけながら絶叫。「シタ――ッ!!」
クワッと仁王立ちしているのは母凉子。
これまたどこから持ち出したのか、竹刀を右手に握っていた。
右足でグイグイと一徹の頭を踏みつけながら「ああん?」と凄みまくっているのだ。
「ていうかテメエよぉ?」
「ひゃ、ひゃい……?」
「普段からさんざんセクハラしまくってたってことかあ? しかも豪太郎のいる学校で! ああん?」
手にした竹刀の先端を一徹の手の甲にグリグリと押しつけている。
「す、すいませんシタ! ……シタッ!」
「(……いやマジ、怖えしこのクールビューティ)」
まさに般若のごとき相貌。これが実の母かと思うと、豪太郎は己に背負わされた血筋にうすら寒いものを感じてしまう。
「(……ていうか、おもいっきり昔のヤンキーじゃねえかよこれ?)」
わが父親ながら、なんでこんな相手と結婚しちまったんだか?
一徹の趣味がさっぱり理解できない豪太郎だった。
「もう帰っていい?」
思わずそう訊ねてしまう豪太郎。
そういえば私立聖日女子小学部の制服を着たままの痛子は、床上で寝ているままのはず。
そんなことを考えると豪太郎は不安になってしかたなかった。
「なにいってんだオメエ?」急に素の顔に戻って土下座したままの一徹が訊く。「これって全部オメエのせいって、わかってんのか?」
「へ?」
ドSっぷりを全開にしていた凉子も、そんな豪太郎の反応には呆気に取られたような顔を見せていた。
「もしかしてアンタ……っ!」
わなわなと唇を震わせながら凉子は、さすがにそれはないわよねという口調で訊ねてきた。
「これ全部自分のせいって知ってたわよね?」
「オレのせいって、なにが?」
一徹と凉子は雷に打たれたような表情をしながらお互いを見やる。
「「マジ……?」」
「ってなに?」
――ガーン!!
一徹と凉子は豪太郎から少し距離をとって、ゴニョゴニョとナイショ話を始めていた。
しばらく協議していた二人は、論点を整理してから豪太郎に説明を始めた。
「えっとな。まずさっきの穴だが」
「うん?」
「あれはワームホールっていってな」
「時空の穴って感じ?」凉子が付け加える。「どの場所にもどの時間にもつながるトンネルね。ワープにもタイムトラベルにも使える“どこでもドア”的な事象ってとこ?」
「はあ(……ってなにいいたいんだ?)」
「でだ。本来ならワームホールってのはあんなバカでかくはねえし、発生しても一瞬で消滅しちまう。人ひとりが通れるようにするだけで無限大に近いエネルギーが必要になるって言われてる」
「さっきのはそれだけ規格外の規模ってわけね」
「へえ、そんなものがあったんだ。で、それが?」
どこまでも他人事のような豪太郎に嘆息すると、一徹は少しシリアスな口調で言う。
「あれな。オメエを狙ってたんだよ。ま、厳密にいうとオメエのいる場所でピンポイントに発生したってことなんだが」
「へ?」
「そうよ豪太郎。だからアンタを強引にここへ連れてこなかったら、ウチのある団地棟ごとあのワームホールに飲み込まれてたわ」
豪太郎はグラウンドの地面をマジマジと見つめる。
つい先ほどまで大口を広げていた漆黒の穴。あれは自分が呼び寄せたものだというのか――?
「じゃ、じゃあ。もしかして……。もしかしてだけど、原因は全部オレってこと?」
一徹と凉子はシンクロしたように同じタイミングで何回も頷いた。
「――って、マジ!?」
そんな豪太郎の反応に対して、二人はひたすら頷き続けるのみ。
「まさか……、この前の小惑星爆発とか、致死性のワクチンが詰まったブヨッとした球体が落ちてきたのとか、謎の生命体の襲撃とか、時空の断絶とかは……」
「全部アンタのいる場所限定で発生してたってことね」
「むしろオメエがそれ知らなかったってことのほうが、ショックだぜ」
「そ、そんな!」
わけもわからず、どう反応していいのかさっぱりわからない豪太郎。
「仕方ねえだろ?」一徹は諭すように呟いた。「それがオメエの体質なんだからよう」
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