Episode 07 ワームホールを越えた先に待つのはM字開きゃ……

 名門女子小学校の制服姿をしていた痛子。その魅力に呆気なく屈した豪太郎は禁断の果実スッキリを口にしていた。その直後、彼を連れ出したのは学ラン&セーラー服プレイ中だった一徹と涼子。一徹は命令する。20mの距離を飛翔しろと。言われるがままに走り出した豪太郎は、そこで誰かと眼が合った気がしたのだ。


「集中よ、豪太郎――っ!!」

 母涼子の鋭い叫び声に豪太郎は我に返る。

「しまったッ!」

 慌てて全力疾走に戻る。瞬間、豪太郎はその状態に到った。

 ――“完全同期状態コインシデンス

 ごく限られた時間だが通常ではあり得ないほどのリソース集中をおこなうことで、超人的なパフォーマンスを発揮する遺伝性の特殊能力だ。

 それは、豪太郎が危機的状況を打破するための防衛本能であった。

「うぉおおおおおおおおお――ッ!!」

 爆発的な加速力を得た豪太郎は、一気に右足を踏み込む。

 走り幅跳びのオリンピアンも真っ青の美しい飛翔フォームだった。

 豪太郎の身体は空中で優美な放物線を描きながら、グラウンドの端へと向かっていく。

「って、あれ?」

 ジャンプした直後、彼の完全同期状態は解除されていた。

 そしてなんとなく地面に眼を向けると、

「げぇええええええええ――ッ!」

 グラウンドであったはずの地面にぽっかりと漆黒の穴が空いていたのだ。それもかなりでかいヤツが。

 それはワームホールだった。

 しかも物理学的にあり得ないほどの巨大サイズ。

 父一徹と母涼子がグラウンドの端を全力で走っていた意味を、このときに悟る。

 そうしなければ、この大穴に呑み込まれてしまっていただろう。

 とはいえ、空中を飛翔している豪太郎にできることなどなにもなかった。


 普段の豪太郎であれば、難なく克服していたはずの危機である。だが、今回は少しばかり様子が異なった。走り出しの瞬間に誰かと眼が合った気がして、その分集中力が途切れていたのだ。

 そのちょっとした遅れが今の豪太郎には致命的な差異になっていた。

「うげっ」

 豪太郎が着地したのはワームホールと地面の境目。そこに腹からぶつかっていった。

 気が遠くなりそうなのを辛うじて堪えて、両手を前に出す。

 地面を掴もうとするも、そこは踏み固められた土と撒かれた小石。

 豪太郎の爪に砂が入り込むばかりで、体がズルズルと引っ張られていってしまう。

「あれ、なんでッ!?」

 それはただの穴ではなかった。

 なんだか凄い勢いで豪太郎を引き摺り込もうとしているのだ。

「な、な、ななななななな、なに――!?」

 豪太郎は奇妙な感覚に背筋を震わせる。

 例えるなら、つま先にやたら重たいおもりを付けられたような感触だ。

 上半身にかかる重力と、足先にかかる重力があきらかに違っている。

 自分のすぐ足許に強力な重力源を感じてしまう豪太郎。

 その重力はいっきに強くなっていき、周囲の空気までをも呑み込み始めていた。

 凄まじい暴風が耳を鳴らし、もはや一徹と涼子の声も届かない。

 二人が懸命に叫んでいる様子が、やけに遠くに感じられた。

 

 豪太郎はふいに、“スパゲティ化”という言葉を思い出していた。

 ブラックホールに頭から飛び込んでいくと、その強大すぎる重力はつま先よりも頭の方により強く働く、という。

 結果、頭が引っ張られる形になり、体がどんどん引き延ばされていくのだ。

 やがて人体はスパゲッティのように細長い状態になっていく。

 この時点で普通の人間ならとっくに絶命しているところだ。

 最終的にブラックホールは原子を引きちぎるまでに到るそうだが、そこから先どうなるのか誰も知らない。ブラックホールの特異点がどうなっているのか、まだ解明されていないのだ。


 ブラックホールにはほど遠いものの、強烈な重力源が豪太郎を呑み込もうとしていた。

「――げッ!」

 靴下の先が引っ張られたかと思った刹那、それはスルリと抜け落ちる――両足同時に。

 無論、その落下音など聞こえるはずもない。しかし、だからこそリアルに感じてしまう重力の井戸。闇の大口。

 力なくズルズルと引っ張られていく豪太郎。

 ワナワナと唇を揺らすも、できることはなかった。

「(……こんなときに完全同期状態コインシデンスになれれば)」

 そんな思いにすがってしまう。

 だが困ったことに、完全同期状態は自分が意図して引き起こすことができないのだ。

 

 おまけについさっきの超人的な飛翔の反動で、全身の力がグッタリと抜けていくのが自分で分かる。

「もう、ダメかも……」

 あっさり諦めかけたその刹那、

「つかまって!」

 風に乗って聞こえてきた、優しそうな声。

 見ると豪太郎の目の前にロープが投げ出されていた。

 躊躇せずに両手でしがみつく。

 豪太郎は反射的にロープを右腕に巻き、外れないようにして前を見た。

「――ッ!!」

 金網の向こうからロープを投げてきたのは、ダークスーツの女性。

 荒川土手で出会った、ちょっと太めで物騒なおかっぱメガネのお姉さんだった。

 腹にロープを結わえていたお姉さんは金網越しに踏ん張って豪太郎を引き揚げようとしていた。

「あ、あぁあああん!」

 だがさほど力はないのか、お姉さんはちょっと悩ましげな悲鳴を上げながら、引っ張られて金網に激突。

 豪太郎は再び深淵の縁に引き摺り込まれていた。

 腹部に結びつけられていたロープのせいで金網に深々とメリ込んでいくお姉さん。

 このままでは自分だけでなく、お姉さんまで巻き込んでしまう。

「(……それだけはダメだ! なんだかよくわかんないけどそれだけは、ゼッタイにいけない!)」

 豪太郎は右腕に巻き付けたロープをほどこうとするが、

「豪太郎、諦めるんじゃねぇえええええええええっ!!」

 殺意すら感じさせるお姉さんの絶叫に、頬を思い切り叩かれた気がした。

 鬼の形相でロープを掴むと、お姉さんは金網に両足をかけて豪太郎を引き揚げにかかっていたのだ。

 大股をおっぴろげて踏ん張るタイトスカートのお姉さんを地面から見上げるとこんな感じ、という光景だった。

「こ、これは――ッ!!」

 その股間に引き寄せられるように、豪太郎は懸命にロープを引っ張り、自分の身体を前に進めていく。

「(……し、白!)」

 カンダダに差し向けられた蜘蛛の糸。その先にあるのは極楽浄土だった。

「死ねない! 死にたくない!! 落ちるわけにはいかないンだッ!」

 豪太郎の意識はその一点に集中。お釈迦様……ではなくて観音様しろパンを眼前で拝むまでは、死んでも死にきれない!

「ぬぉおおおおおおおおお――ッ!!」

 驚異的な集中力を発揮してなんとか金網へと這い寄る。

 直後、巨大ワームホールはあっさりと姿を消し、重力の流れが元に戻っていた。

 とはいえワームホールとしては考えられないほど長い継続時間ではあったのだが。


 お姉さんは踏ん張った姿勢のままボトリと地面に落下。

 その姿勢は完全無欠パーフェクトなM字開脚だった。

 パンストのランガードとマチ、そして中央を走る縫い目。

 その実用性故に感じてしまう隠微さと生々しさ。

 奥に透けて見えるのは白い布地とうげんきょう

「あ、ありがとうございましたッ!」

 豪太郎は視線をマチの部分に固定したまま、深々と頭を下げるのだった。

「(……マジいろんな意味で、ありがとうございました)」

 いやほんと、いろんな意味で……。

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