Episode 06  中年の心と十代の身体、そんな男女が再会したらやることはひとつ

 高校入学以来ずっと豪太郎に迷惑をかけまくってきた一徹は、父親の異時間同位体だった。そして今日、母親の異時間同位体が転校してきた。しかもミニスカへそ出しセーラー服である。困ったことにスタイルのいいクールビューティ。正直息子としてどう反応していいのか、困惑するばかりの豪太郎だった。


「ご両親と同じクラスって、どんな感じなの?」

 クリッとした、それだけを見れば可愛い瞳を輝かせてそんなことを訊いてきた榎本睦美むつみ

 くびれ皆無の残念系ズンドウ女子である。

「別に……」豪太郎は眉をしかめる。「迷惑なだけだし」

「そう? いつも楽しそうにしてるけど」

「(……そんなふうに見えてたんだ)」

 昔の劇画キャラのように燃え盛る眉と結構マッチョな体つき。そして浅黒い肌。

 確かに言われてみれば一徹はワイルドガイそのもの。中身は完全なオッサンだが。

 いっぽう、この世界のオリジナル金剛丸一徹は48歳――純度100%のオッサンだ。

 異時間同位体とはいえ一徹であることに変わりはなく、また記憶も同期しているようなのでクラスメートの一徹は成人扱いされている。そして金剛丸家の人間であるという因果律に従って、一徹は豪太郎と同じクラスに入れられていた。


 生徒でありながら父兄でもある。


 その厄介な属性故に校内でセクハラをしても大目に見てもらえるし、先生に怒られることもない。

 ちなみに同じ時間軸に同一人物が二人いた場合、爆発か対消滅でも起こしそうなものだが一徹(48歳)と一徹(体だけは十七歳)は普通に共存していた。

 ホームグラウンドは赤羽駅東口界隈。初めはちょいちょい赤羽署の少年課に補導されていたらしい。最近では刑事さんともすっかり仲良しになったようで、一緒に飲むことも多いと聞く。その前後で風俗店に行っているのではないかと、豪太郎は密かに疑っているわけだが。

 そんな普段ふざけてばかりいる一徹は、しかしいったんキレるとハンパなく怖い。

 豪太郎がビビッて小便漏らすくらい怖い。

 だから豪太郎は同じクラスの一徹を露骨に避けることもできず、突然誰もいない場所へ連れていかれたり、セクハラ大魔王の身内としてクラスで浮いていたりと、充実からはほど遠い高校生活を余儀なくされていた。

 それだけで十分に厄介だというのに、クールビューティな母親も参戦してきたのだ。

 どう考えても悪い見通ししか立てられない身の上に、豪太郎は深く嘆息せずにはいられなかった。


「あ、でもこれでお父さんのセクハラも止めてもらえるかな?」

 思いついたようにそんなことを言ってくる睦美。

「そ、そうだね(……でも榎本にセクハラしてるとこは見たことないんだけどな)」

「クラスも平和になるよね」

 ニッコリと笑う睦美。

 誰にでも優しく、笑みを絶やさない気さくな女の子。

 性格だけなら嫁にしたいナンバーワン。

 だが、次の瞬間にその表情は驚くほど平板になっていた。

 豪太郎が視線の先を追うと、その先にいたのは学校イチのキラキラカップル。

「図書館デートか……」

 普段なら羨ましいなとか思うところだが、その二人の異次元っぷりには溜息すらでない。

 男子はクラスのリーダー的存在。イケメンで性格のいい、超がつくナイスガイだ。

 女子は超絶癒やし系のふわくしゅボブ。ただそこにいるだけで誰もが癒されてしまう奇跡の美少女エンジェル

 そんな二人が肩寄せ合って一冊の本を一緒に読んでいる。

「(……キラキラオーラがハンパないな)」

 痛バレした松島くんと霧島さんの元カップルもかなりイケていたが、この二人に比べると格というものがまるで違っていた。

 もっとも、女子の方は成績最下位を爆進中。どうやってこの中島高校に入ったのか誰もが疑問に思っている。面接枠かという噂もあるほど。

 男子の方はかなり成績優秀だったはずだが、彼女と付き合いだした時期から成績は急下降中。安定して中の下を走る豪太郎の更に下に位置している。

 やれやれと首を振りながら、豪太郎は視線を睦美に戻した。

 睦美はしかし、いつもの笑顔を完全に忘れたように、キラキラカップルを無表情で見つめつづけていた。強く唇を噛む彼女は、豪太郎の知っている睦美とはまるで別人に見えたのだ。

「(……頼むよ)」

 だがふいにそれと眼が合ってしまい、豪太郎はうんざりとした顔になる。

 本の背表紙に貼りついていたのは痛子の瞳。

 今日もしっかりとストーキング中だ。

 睦美は安パイだとみられているのか痛子は特に警戒した様子も見せず、豪太郎への嫌がらせを堪能しているようだった。


「ただいま」

 家に帰って部屋のドアを開くと、

「うげっ――ッ!!」

 ベッドの背もたれに背中を預けているバスタオル姿の二人。

 満たされた表情でブランデーグラスをゆったりと手の平で温める父一徹と、そんな一徹の腕にしがみつきながらうっとりした表情を晒している母凉子。

 誰がどうみても一戦交えました的な余韻を漂わせていた。

「し、しつれいしましたああああああああああああ――ッ!!」

 豪太郎は慌ててドアをバタンと閉める。

「って、え、え、え、え?」

 改めて扉を見据えるが、それはどう見ても自室のドア。

「ご、ごめんくださ~い」

 小声で恐る恐るドアを開けると、今度は自分の部屋だった。

「なんだったんだよ、いったい?」

 落ち着きなく左右を見まわしながら、豪太郎はベッドに腰かける。

「しかし、いきなりアレかぁ」

 中年の心に十代の身体。となればやることはひとつ。け、穢らわしい!

「あんな大人にだけはなりたくないな」

「ププププッ!」

 豪太郎の独り言は痛子の失笑を誘っていた。

 痛子はいつものように洋服ダンスの隙間から水色の頭と青い瞳だけを出して、見下した視線を向けてきた。

「いつも痛子にルパンダイブしそうになってるゴーくんがそんなこと言っても、説得力ゼロですよぉ」

「ル、ルパンダイブなんてしたことねえし、できねえし」

「またまたぁ」目を閉じて、それはないわぁと笑う。「痛子が二次元でなかったら、ゴーくんは毎日痛子に陵辱のかぎりをつくしているに違いないですぅ」

 言いながら痛子はするすると全身を現してきた。

 しゅたっと両手を左右に広げると、痛子はいつものようにくるりくるりと回転してみせる。

「そ、それは――ッ!」

 思わず両目を見開いてしまう豪太郎。

「さすがにグーの音も出ないようですねぇ。なんといっても今回は痛子改心のデキですからぁ」

 フンフンと自慢げに鼻を鳴らす痛子の格好は、濃紺のセーラー服。

 オリーブグリーンの三本線と、同じ色のスカーフ。

 頭に被っているのはフエルト地のクレマン帽子。帽子にもグリーンの三本線。

 足許はつま先が丸くなっている女児用フォーマルシューズ。

 純白の靴下は短く折り返されている。

「それって、それって――ッ!!」

 豪太郎は思わず絶叫していた。

「聖日女子小学部のおおおおおおッ!!」

 精神を揺さぶられ、平常心を完全に失ってしまった豪太郎に意地悪そうな笑みを見せつける痛子。

「さすがはゴーくん。一発でどこの学校か当てくさりやがりましたねぇ」

「はッ!」

 聖日は地元から遠いお嬢様学校。豪太郎とはなんの接点のないはずなのに、しっかり制服は憶えていたのだ。

「一目で識別できるなんて、さすがはロリキングを名乗るだけはあるのですぅ」

「ロリキング言うな!」

「またまたぁ」

 そこで痛子はいつもの無邪気な顔に戻る。

「ゴーくんが短いスカート好きって知ってるけど、今回はリアリティを追求して長めのスカートをチョイスしてしてみましたぁ」

 言ってスカートの両端をつまみ上げ、くるりくるりと二回転。

 背負っているのは学校指定のランドセル。ダークブラウンで少し薄い作りになっている。

 校章のエンボスまで入っていて、実物を忠実に再現しているのがよく分かる。

 まさに職人技だ。


 私立聖日女子小学部フルセット一式298,000也(税別)。

 高校生の豪太郎にはどうがんばっても手が届かないはずの一品。いや逸品。


 両手を後ろに組み、上目遣いで豪太郎を見つめてくる痛子は甘く囁いた。

「おにいちゃん……」


『おにいちゃん』――その言葉に豪太郎の理性は呆気なく吹き飛んでしまった。

「い、痛子ぉおおおおおおおお――ッ!!」

 タガが外れた豪太郎はそのまま痛子に飛びかかってしまう。

 が、所詮痛子は二次元情報体。その体に触れることはできず、豪太郎はそのまま床に両手をついていた。orzの姿勢である。痛子は一瞬像を歪ませるが、そこで黒い笑みを浮かべると自分の表示位置を床面に切り替えた。

「しまった、オレなんてことを……」

 一瞬我に返りかけるが、痛子の追撃は容赦なかった。

 床面に表示されている痛子は、素早く豪太郎の下に回り込む。


「や、やん……」


 豪太郎の右手の下には痛子の左手首。

 同じように豪太郎の左手の下には痛子の右手首。

 どうみても制服姿の女子小学生を組み敷いている高校生男子ドヘンタイである。

 誰かにこんなシーンを目撃されてしまったら、間違いなく一発で人生が詰む。

 豪太郎の心中を満たす、凄まじいまでの背徳感。

 痛子は頬を桜色に染め、ゆっくりと瞳を閉じると掠れた声で囁いた。

「おにいちゃんなら、いいよ……?」

「kldjふぁヶsふぉ:えs@――――ッ!!」

 狂乱の獣と化した豪太郎は、痛子の唇にまっしぐら――

 カーペットにキスする直前に感じる、紙切れに触れるような感触。

 豪太郎は一瞬にして意識を失っていた。


「らんめぇええええええええええ――ッ!!」


 またしても男子高校生にはあるまじき絶叫を上げてしまい、その声に自分でビックリして目を醒ます豪太郎。経過時間は2時間20分。まずまずのタイムだ。

 しかし、制服姿の女子小学生とことにおよんでしまったという罪悪感を感じる暇は豪太郎にはなかった。

「豪太郎ぉおおおおおおおお――ッ!!」

 お約束のように飛び込んできたのは父、一徹。

「な、なにゆえに学ラン?」

 だが、その格好は黒の詰め襟、金ボタン。首元には見たことのあるような校章のピンバッジ。

「(……ってそれ、確か中島第二中学の?)」

「なにしてるの、とっととなさいっ!」

 鞭が床を打つような厳しい声が後に続く。

 その声の主は――

「お母さん?」

「お母ちゃんでしょ!」

 なんか凄い勢いで怒られてしまった。

「(……そこ、怒るポイント?)」

 見ると母涼子の格好は昔ながらのセーラー服。それも昼に着ていたのとは明らかに異なるクラッシックなものだ。スカート長め、白のソックスは短め。それに生地も少し痛んだ感じで若干黄ばんでいるような……。

「――ハッ!!」思わず声を上げてしまう豪太郎。「(……昔自分たちが着ていた制服に違いない! きっとどっかから引っ張り出して“プレイ”してたんだ!)」

「け、穢してる! この人たち、自分の過去を穢してやがるしッ!!」


 泣き叫ぶ豪太郎は近所の運動グラウンドへ連行ラチされていた。

 金網に囲まれた、幅20m奥行き10m程度のさほど大きくない、小石の敷かれた運動場だ。

「いいか豪太郎!」早口でまくし立てる一徹。「カウントと同時にグラウンドの端まで一気に跳べッ!」

「全力で跳ぶのよっ!」

 20mの距離を飛翔しろというムチャ振りをしながらグラウンドの端っこを全力疾走し始める二人。ちなみに豪太郎は靴下姿だった。

 一徹の怒声が団地の壁に反響する。

「三、二、一……ゼロ」

 言われるがままに疾走を開始する豪太郎。

「えッ!?」

 だが、ふいに視線を感じてしまい、わずかに勢いが減じられてしまう。

 その瞬間、豪太郎は確かに誰かと眼が合った気がしたのだ。

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