Episode 04 痛いコミュニティとお仲間には内緒の“スッキリ”行為

 一徹に連行さラチられて小惑星爆破の現場に付き合わされた後、豪太郎は自室で痛コミュのチャットをしていた。

 痛恋人オーナー専用SNS“痛コミュ”の、都立中島高校分科コミュニティに所属しているメンバーは僅か三人。かつて五人いたうちの二人は痛バレを経て、行方不明になっている。

 そして今日、もう一人の痛バレが出てしまっていた。恐らく彼も先達二人と同じ運命を辿るのだろう。

 だが、メンバーのmionはショックを受けているどころか、むしろ冷酷ですらあった。


mion:ていうか、あんなクズそのまま死ねばいいのに!

GTR: どうしたの?

mion:アンタは悔しくないの?

GTR: ???

mion:あんなイケメンのリア充がわたしたちの聖域を踏みにじってたのよ!


「踏みにじるって……。痛恋人は負け組専用ってわけじゃないし」

「それはどうでしょうかねぇ?」隣で痛子がニタニタと笑う。


mion:それになに、あの名前? リアルで好きな女子の名前を痛彼女につけるなんて信じられないし! 痛恋人に対する冒涜よ!

GTR: それもそうだけど

mion:彼女ができたとたんに痛彼女を放置したんだわ

GTR: だから痛彼女が学校まで来たって?

mion:そう。あれは完全に自業自得ね。同情の余地は1mmもないわ!


 自律的に行動する痛恋人は、基本的に持ち主を害するような行動は取らない。

 冗談で少し困らせるくらいはするのだが、持ち主を社会的に追い込む痛バレまでは引き起こさないのが普通だ。

 とはいえ例外もある。

 痛恋人内部の愛情パラメータを上限まで上げてしまうと“ラブラブ・マックス”状態になり、もはや感情を持った恋人として振る舞うようになるのだ。


mion:つまり、アイツは痛彼女をさんざんその気にさせといて、リアル彼女ができたとたんに捨てようとしたのよ!


 だとしたら、松島くんはあの太った痛彼女を相当傷つけていたということになる。

「痛彼女は大事にしないといけないですよぉ」痛子がこれみよがしに笑った。


mion:松島なんて死ねばいいのよ

GTR: ダメだよ、本名言っちゃ。ログ残っちゃうし

mion:関係ないわよもう


「はあ……」

溜息をつく豪太郎。このmionというお仲間は自分勝手で気が強くてなんだか苦手なのだ。

「世の中には榎本みたいに優しい娘だっているってのになあ……。ちったぁアイツのことでも見習えばいいのに」


mion:それはさておき、あのことわかった?

GTR: あのこと?

mion:触覚オプションのことよ!!

GTR: ああ、あの都市伝説……

mion:都市伝説いうな!


 二次元情報体である痛恋人には物理的に触れることはできない。触覚オプションとは、そんな痛恋人と触れ合うことができるという課金サービスだ。もっともあくまでも噂にすぎず、実際にそのサービスを利用したという声はネタ投稿以外には聞いたことがないのだ。


mion:触覚オプションは実在するのよ! 絶対!

     闇ルートで流れてるってもっぱらの噂なんだから

     わたし、必ず触覚オプションを手に入れて、アーくんにお姫様抱っこしてもらうんだからね!


「はあ、そうすか……」


mion:だからつべこべいわずにわたしに協力しなさい!

     わかったわよね!


 一方的にそう言うと、mionはさっさとログアウトしてしまった。

「相変わらず勝手だよな」

 豪太郎は溜息をつきながら、それでも松島くんのことが気になってしまう。

 痛バレしてしまった人間は、その後“哲学者フィロソファー”として生きることとなる。

 哲学者とはつまり、妖精さんとか魔法使いみたいな意味合いだ。

 当然のように魔法など使えはしないのだが。

 イケメンのリア充で美人の彼女ができたばかりだったので、その落差はさぞかしだろう。

 

 状況こそ違えど、豪太郎にも痛バレの危険はある。

 もちろん、その気になればいつでも事態を打開することは可能だ。

 痛子が入っていた箱の電源をオフにすればいいだけの話だ。

 そうすれば痛子は消滅し、その記憶は初期化されて微塵も残らない。

 痛彼女持ちという恥ずかしいプロフィールは闇に葬り去ることができる。

 同時に痛コミュからは強制退会。

 お仲間のmionには正体を掴まれていないので、この方面も心配はいらない。


 だが問題はそう簡単には終わらなかった。

 困ったことに豪太郎は、精神的な意味で電源をオフにすることができないのだ。

 既に一緒に生活して一年も経ってしまっている。

 ストーカーかつマニアックなコスプレイヤーであっても消去してしまうのは忍びないのだ。

 諦めたように嘆息すると豪太郎のすぐそばに、痛子の顔があった。

「って、うわッ!」

 瞳から数センチの距離に等身大二次元キャラの顔が迫っていた。

 顔を赤らめて眼を潤ませている痛子は、もじもじと喘ぐ。

「痛子……、もうガマンできないですよぉ」

「はあ?」

「さっきからお預けの連続で、もう放置プレイも限界なのですぅ」

 水色の髪に青い瞳。

 だがもはやこうなるとあの“さやちゃん”とはまったくの別人格。

 キャラ崩壊というか、キャラレイプにもほどがある!

「ゴーくん、わかってるでしょぉ?」

「って、ああ、“スッキリ”のことか?」

 痛子はこくりこくりと頷いてから、瞳を閉じて唇を突き出してくる。

「ささ、ゴーくん。レッツプレイなのですよぉ?」

「……しかた、ないなあ」

 二次元情報体である痛子に触れることはできない。

 だが、“スッキリ”の直前だけは、その唇に触れたような感触を得ることができる。

 もっともそれは紙切れのような味気ない物体に接触した感じでしかないのだが。


「ら、らめぇえええええええーーーーーーーーッ!」


 およそ高校生男子が出すものとは思えない悲鳴を上げて、豪太郎は目を醒ました。

「は! オレはなんて声を……!」

 自室とはいえ、あまりの恥ずかしさについ俯いてしまう。

 恐る恐る体を起こすと、すぐ隣で痛子がすうすうと寝息を立てていた。

 なんとういか満ち足りた表情で、一戦交えました感がハンパない。

 豪太郎は部屋の時計に眼を向ける。

 一瞬にして一時間が経過していた。

 まるで、タイムリープでもしたかのように、瞬間的に時間が経過していたのだ。

 全身を見まわしてみるが、着衣に乱れはなく、ベッドのシーツも整えられたまま。

 別にいかがわしい行為をしていたというわけではない。

 だが、心が妙に軽くなっていて、普段のストレスがばっさり切り落とされたような感じだ。


 ――謎の行為“スッキリ”。


 痛子いわく、それは彼女だけのオリジナル機能だそうだ。

 だから他のお仲間には絶対ナイショらしい。

 もっとも、そんなことを教えたらmionがどう出てくるかわかったものではないので、豪太郎は“スッキリ”についてひたすら沈黙を保っていた。


 豪太郎は痛子の寝顔に顔を近づけた。

「大人しく寝てるときはかわいいんだけどな……」

 柔らかそうな頬を人差し指で軽く触れてみる。

 二次元情報体に物理的に接触することはできず、像を補正するために痛子の顔が歪んで見えた。指先に感じるのはシーツのヒンヤリした感触。

「触覚オプション……ね?」

 豪太郎は肩をすくめた。

 そんなものが本当にあったとして、痛子に触れたらどんな感じなのだろうか。

 痛子は柔らかいのだろうか。

 温かいのだろうか。

 それとも物理的にはあり得ないような不思議な感触なのだろうか。

「もう食べられませんよ……むにゃむにゃ」

 アニメに出てくる女の子のように、そんな寝言をいう。

 豪太郎が呆れたように微笑んでいると、


「豪太郎ぉおおおおおおおおおお――ッ!!」

 突然の怒号と、部屋に迫ってくる凄まじい騒音。

「痛子!」

「むにゃむにゃ。痛子、いんひじふるもーろきろう……です」

 寝ぼけながら不可視状態になっていく痛子と入れ替わるようにドアを開け放つのはやはり一徹。

「来い、豪太郎ッ!!」

 絶叫する一徹はバスタオル一枚という姿。

 頭にはシャンプーの泡がずいぶん残っている。

 しかも片眼にシャンプーが入って痛そうにしていた。

「ま、また……?」

 やたら荒々しい眉を怒らせて、一徹が豪太郎の首根っこをつかむ。

「いいからとっとと来るんだよッ!」

 ほぼ全裸姿の一徹に引っ張られて、裸足のままアスファルト上を全力疾走させられる豪太郎。

 困ったことに、どうにもならない事情のせいで一徹を遠ざけることができないのだ。

 その現実に嘆息が止まらない。


 このようにして豪太郎の慌ただしい日々が繰り返されていく。

 その背後で蠢くカラクリに気づかないまま、豪太郎は一歩一歩、深みにはまっていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る