Episode 03 わりと深刻な小惑星の襲来と太めで物騒なおかっぱお姉さん
スクール水着(紺)姿の二次元情報体に迫られて、ことにおよぼうとしていた豪太郎。しかしすんでのところで一徹に
見上げると天空から超音速で飛来してくる物体――。
「いちおう耳、守っとくか」
一徹の言葉に応じて豪太郎は地面に腹ばいになった。
両脚を広げ、両方の人差し指を耳穴に突っ込む。
急激な気圧の変化にも対応できるように大きく口を開き、その瞬間を待った。
数秒の間をおいて、爆音とともにソニックブームが背中に叩きつけられてきた。
最初に大きい衝撃と、それに続く小さな衝撃が二回。
耳を塞いでいなかったら鼓膜がやられていたかもしれない、音の暴力だった。
やがて爆音が急速に遠のいていく。
音速を超えて接近してきた物体が空気を切り裂く音は、地上に届く頃にはむしろ遠ざるように聞こえるのだった。
「小惑星?」
豪太郎の問いに一徹は頷いて応じる。
「チェリャビンスクのヤツよりはずっと小せえな」
2013年2月15日の午前9時20分。シベリアの町チェリャビンスクの上空30キロで爆発した小惑星は直径20mほどのサイズと推測されている。一徹の見立てではこの小惑星はそこまでの大きさではないようだ。
「だが爆発したのはアレよりずっと低空だ。団地の真上だったら結構ヤバかったな」
言って一徹は笑う。
確かに窓ガラスがやたら多い団地上空でいまの衝撃があったら、かなりの被害が出ていただろう。幸い、豪太郎たちがいる河川敷は人口密集地帯ではなかった。周辺の工場とマンションのガラスが少々割れた程度で、甚大な被害にはならなかったのだ。
「なんでわざわざこんな現場にオレを……」
豪太郎が弱々しく抗議しようとするが、その鼻先をなにかが掠めていった。
「ってなに――ッ!?」
足許に突き刺さっていたのはこぶし大の隕石。小惑星の欠片だ。
ちょっと位置がズレていたら、大変なことになっていただろう。
「おっ、デカ!」
一徹は嬉々として隕石を拾うと、ズボンのポケットに強引に突っ込んでいった。
「これ、結構高く売れるんだよな」
予想外の臨時収入に一徹は破顔する。
「というわけで」
「?」
「赤羽で一杯引っかけてくっから」
「はあ……」
「これ、ヨロシク」
一徹は着ていた中島高校の制服ブレザーを豪太郎に投げてよこした。
「あと、他にも隕石拾っとけよな」
「これから飲みにいくの?」
まだ時間は午後の四時前。まっとうな人間なら働いている時間帯だ。
一徹は軽い足取りで去っていく。制服姿のまま、赤羽東口で昼酒をかっくらうというのだ。
呆れながらその後ろ姿を見ているだけの豪太郎は、そこで悲痛な声を上げる。
「痛ぁああああああっ!」
“
常軌を逸した筋力の行使は過度の負担となる。
十代の豪太郎の筋肉はさっそく修復を開始し、その信号が筋肉痛として全身に苦痛を与え始めていたのだ。
一歩一歩がオニのようにずしりと重い。
「夕飯までには家に着くかな?」
フレームのひしゃげたママチャリを起こして、カゴに一徹のブレザーを放り込んだ。
情けない喘ぎ声を上げながらかろうじて堤防の上まで昇り、ガチャガチャと音を立てる自転車を押して歩く。
そこで豪太郎はその女性の存在に気がついた。
荒川の河川敷には不似合いなダークグレーのミニスカスーツ。
背はかなり低く、ヒールの高い靴を履いていてもなお小さく見える。
体型は少し太め。
おかっぱボブにフレームの太いメガネ。
少し真面目そうな委員長顔が、心配顔で計器を見つめていた。
「(……優しそうな人だな)」
そんなふうに思ってしまった。
あんなお姉さんがいたら、自分の人生はいまとは違っていたのだろうかなどと妄想しつつも、その横を通り過ぎる。
豪太郎のそんな第一印象は、しかしまったくデタラメなものだった。
「おい、金剛丸豪太郎!」
いきなり呼び捨て。しかも低く威圧的な声だった。
見ると凄まじい勢いで睨まれていた。
お姉さんは濃密な殺気をまといながら、豪太郎に迫ってくる。
想定外の迫力に思わず縮み上がってしまった豪太郎は、声を上擦らせた。
「な、なんれしょうか……?」
「キサマ、自分がなにをしているのか、分かってるのだろうな?」
「ゴ、ゴメンナサイ!」
ヘタレな豪太郎は、凄まれて反射的に謝っていた。
もちろんなんについて謝罪しているのか自分でもわかっていなかったが、怒られたら有無をいわずに謝るというのが習慣になっているのだ。
「よく聞け」お姉さんはまるで親の仇でも見るような剣呑さで豪太郎を威嚇する。「これ以上ふざけたことをしていると、キサマは排除されることになる」
「排除って!?」
「高校生のキサマでもアンチ物理規制委員会の権限くらいは知っているだろう?」
「はあ……」
「ようするに――」
お姉さんは左脇の下あたりをごゴソゴソと探し始めた。その動きに合わせてジャケットで押さえつけられていた双丘がゆさゆさ揺れ動く。
「(……うわぁこの人、胸大っきい!)」
高校生男子らしい反応をしてしまう豪太郎。同時に思う。もしこの場に一徹がいたら、どんなセクハラ発言をしていたのだろうかと。
「(……背が低くてバインバインってのも悪くな……)ってそれは――ッ!?」
「引き金を軽く絞るだけでキサマの生命維持機能を終わらせることができる道具だ」
氷のように低い声で応じたお姉さんが手にしていたのは小口径の自動拳銃。
オモチャかと思ったが、額に突きつけられた銃口のもつ金属特有の冷たい感触はモデルガンのそれとは明確に異なる。
なによりお姉さんの眼がイッちゃっててかなりヤバイ。
「必要とあらばキサマをこの場で射殺しても構わない。それだけの必要性が認められているということだ」
「――ッ!!」
お姉さんは額に突きつけた銃口をさらにぐいぐいと押しつけてくる。
「警告はした」
言うと拳銃を脇の下のホルスターに収納する。どこかぎこちない動きだった。
「そういえば彼はどうした?」
一徹の歩いていった先を見据えながらお姉さんが訊ねた。
「赤羽に飲みにいくって」
「そうか……」
「(……ってそこはスルー?)」
「もう一度言う。ふざけたことはさっさと終わりにするのだ」
言いながら踵を返す。が、勢い余って回転しすぎたせいか、そこで微妙に角度調節してからお姉さんは歩きだした。
その後ろ姿に豪太郎は息を呑んだ。
「(……お尻も結構大きいんですね!)」
男子高校生の邪念を感じ取ったのか、お姉さんはキッと振り返るとオニの形相を向けてきた。
「ゴ、ゴメンナサイ!!」
腰を90度の角度にしての謝罪。
そうしながらも豪太郎の視線はお姉さんの柔らかそうなふくらはぎに釘付けだった。
「……」
何かを言いかけたようだが、そのまま歩きだすお姉さん。
だが、土手を下る階段で今度は転びそうになっていた。
「(……ムリして高いヒール履いてるからなんだろうな)」
もちろん怖いから本人に直接言えるはずもなかった。
激しい筋肉痛に襲われながらも、辛うじて部屋に戻った豪太郎。
「おかえりなさいですぅ、ゴーくん!」
部屋ではスク水ランドセル姿の痛子が待っていた。
「ん?」
見ると赤いランドセルの左側にはレコーダーが差さっていて、反対側には給食袋がぶら下がっていた。
「芸が細かいな!」
豪太郎のツッコミをスルーすると痛子はモニターを表示させてきた。
「
「マジ?」
豪太郎はふいに思い出す。今日は学校で松島くんが痛バレしてしまっていたのだ。
「つないで」
「はい、ゴーくん。痛子、痛コミュモード起動……です」
モニターが表示するのはチャット画面。
しかし参加者は豪太郎をのぞくとたった一人。
かつて五人いた同志は、いまや二人きりとなってしまっていた。
GTR: こんにちは
mion:遅いし
「ずっと待ってたから激おこみたいですねぇ」
「ま、そうだろうな」
痛恋人持ちにとって痛バレは一生を左右しかねない大事件だ。
仲間であるmionも動揺してるのだろう。
GTR: 今日の、見たよね?
mion:ああ、アレね
どうでもいいわ
「マジ?」
豪太郎は痛子と眼を合わせた。
数少ない仲間が減ったというのに、mionの反応はなんだか冷淡だった。
mion:ていうか、あんなクズそのまま死ねばいいのに!
予想外の反応に、豪太郎はもう一度痛子と眼を合わせてしまうのだった。
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