第94話 ナダイスキバナからの依頼

 時は、正午しょうご前。


 場所は、大森海の入口付近。上空から見下ろしたなら、緑のけ目から茶色の地面がうかがえる人目ひとめにつかない森の中。


 今、そこにあるのは、2頭の翼竜と2名の人間ヒューマン、それに、一人の猿人の姿すがた


 2頭はどちらも契約者パートナーを乗せるためのくらを装着しており、体長およそ15メートルの紅翼竜ゼファードは、騎竜の待機姿勢であるお座りをして空や周囲をうかがい、せてまったりしている体長10メートル超の紫翼竜アルフリードは、尻尾の先をピタピタ動かしている。


 その2頭の契約者達が身にまとっているのは、どちらも竜騎士装備。


 ゼファードのとなりに立っているエレナは、伸縮性にからだにフィットしてあごの下から全身を包み込む〔インナーウェア〕と、全体をくまなく装甲がおおう騎士甲冑を彷彿ほうふつとさせる重装を身にまとい、右手で、石突いしづき部分が直銃床ストックで柄に銃把グリップが取り付けられた斧槍ハルバードと狙撃銃が融合したような形状の〔火線槍〕をたずさえ、左手で、機密性の高いフルフェイスの〔飛行兜ヘルメット〕を小脇にかかえている。


 一方、相棒アルフリードの隣に腰を下ろし、片膝を立ててその脇腹に寄り掛かっているシャリアは、〔インナーウェア〕と躰の前面にのみ装甲をはいした軽装を身に纏い、自分の右側の地面に、狙撃銃ライフルに銃剣を取り付けたような形状の〔火尖鎗〕を、左側に〔飛行兜〕を置いている。


 ちなみに、何故、聖竜騎士団から竜飼師協会に出向している身である二人が竜騎士装備なのかというと、それ以外の〔インナーウェア〕と〔飛行兜〕を持っていないから。


 ゼファードとアルフリードは生体力場を獲得していないため、保護してもらう事ができない。なので、上空20キロに存在する天空都市国家グランディアと地上を往復するには、気温や気圧の変化、酸素の欠乏などの対策に〔インナーウェア〕と〔飛行兜〕が必要不可欠。


 〔インナーウェア〕だけなら平服の下に着込む事もできるが、〔飛行兜〕だけが竜騎士仕様では不格好なので、二人は竜騎士装備一式を身に付ける事にした。


 更に余談になるが、パーティ〈護剣の担い手〉のメンバーは、竜飼師姉弟だけでなく、全員が〔インナーウェア〕と平服や装備に合うカジュアルなデザインの〔飛行兜〕を所有していて、エレナとシャリアも購入を検討している。


 そして、最後の一人は、二十歳はたち前後の猿の獣人――『猿人ハヌマーン』の青年。


 『猿人』とは、猿が人のように進化した異種族で、長い尻尾があり、身体のだいたい半分は毛皮でおおわれているものの、顔立ちは人間として変わらず、毛皮とは質感が異なる頭髪を長く伸ばし複雑に編み込んで肩に掛け、顔から顎、のど、胸、腹、股間――躰の前面とお尻、内腿うちももはだが露出しているため、そこを保護するような民族衣装を身に纏う。


 弓と矢筒を背負ったままの彼は、二組の竜騎士から少し離れた木の根元に腰を下ろし、立てた両膝りょうひざひたいを当て、両手で頭を抱えるようにしてうつむいていた――が、


「――来た」


 空に目を向けていたエレナがつぶやくように言ったのを聞くなり勢いよく顔をね上げ、かたわらに置いていた2本の武器――さやに収まった大振りのナイフとそれより更に長い山刀マチェット――をつかむなり立ち上がった。


 その瞳にうつったのは、純白の翼竜と色鮮いろあざやかな鳳凰竜。


 エレナと、立ち上がったシャリアは、その2頭が着陸するスペースを作るため、ゼファードとアルフリードにはじへ寄るよう指示を出す――その直前、白竜の背中からはランス、小地竜パイク小天竜フラメア小飛竜ピルムが、鳳凰竜の背中からはニーナが、躊躇ためらう様子もなく飛び降りた。


 ランスとニーナは、練法の【落下速度制御】で地上に近付くにつれ徐々に減速して重い気体のように音もなく着地し、【弱体化】で一瞬にして小さくなった小白翼竜スピア小鳳凰竜キースふくむ幼竜達は、後からパタパタふよふよ舞い降りてくる。


「ランス様ッ! ニーナ様ッ!」


 二人に向かって駆け寄る猿人の若者。


 それに対して、ランスは、額に装着している〔万里眼鏡マルチスコープ〕の両目を覆い隠していたプレートを、カシャンッ、と押し上げて一つ頷き、ニーナも、耐刃、防弾、防塵で【赤外線視】【遠視】【暗視】【遮光】の能力が付与されている、ベルトで装着する飛行眼鏡ゴーグル型の霊装――〔多目的眼鏡タクティカルゴーグル〕を、グイッ、と額に押し上げてから、さまはやめて下さいっ! と恐縮する。


 ランスは、そんなニーナを余所よそに、


「シハーブ。話は聞いた。でも、俺に助けを求める理由が分からない」


 顔見知りの猿人――『シハーブ』に話しかけ、単刀直入に目的をたずねた。


 大森海で生きる彼らにとって、怪物モンスターや敵対する部族に襲われる程度の事は日常茶飯事、とまでは言わないまでも、めずらしい事ではない。ゆえに、当然そうなった場合のそなえもしていたはず。


 異種族の中でも特に道具や武器のあつかいにけ、独自の戦闘技術を編み出し、法呪や練法とも異なる『呪術』を操り、一族がたくわえてきた豊富な知識から様々な薬を作り出す彼らが、余所者に加勢を求めるとは考えがたく、食糧や医薬品などの物的支援を求めるとも思えない。


くわしい話は長老がいたします。どうか、私について来て下さい」


 それに対して、ランスが承知したむねつたえると、シハーブは、感謝を伝えるなり常人の目には止まらないほどの速さで走り出し、脇目わきめもふらず森の中へ。


 それでも、ランスはあわてる事なく、エレナ、ゼファード、シャリア、アルフリードに目を向けて、


「ありがとうございました」


 しらせてくれた事に対する感謝を伝えてから後を追って駆け出し、幼竜達、それにニーナも、遅れずに続き――


「――ランスッ! ちょっとっ……」


 エレナは、あわてて呼び止めようとしたものの、みなまで言う間もなくランス達を見失ってしまい……


「このまま待機かな?」


 ため息を一ついたシャリアの肩をすくめつつ口にした言葉に、がっくりと項垂うなだれる。


 そして――


「…………」


 そんな契約者の姿を、ゼファードが、何か考え事をしているような眼差しで、静かに見詰めていた。




 大森海は、一般的に、森の外側からムー山脈に向かって、『入口』『奥』『深部』と呼び分けられており、襲撃されたというシハーブの集落があるのは、入口と奥の間の辺り、外とムー山脈のほぼ中間。


 時間と空間を越えて流れる地中の霊脈――地脈の影響で、入口から深部へと進むにつれて森の植物が徐々に大きくなって行く。その変化はゆるやかなので始めはなかなか気付かないのだが、集落がある辺りになると、森の外と比べて明らかに異常なほど巨大な木々が乱立している。


 そのような場所にある集落は、クラン〈開拓者〉が開拓したルート上から大きく外れているため、外部からおとずれる者は無いに等しく、良識を持たないスパルトイによって森のめぐみが狩りくされるという被害にもあってはいない。


 しかし、それは、道らしい道がないという事でもある。


 そんな大森海の中を、ランス達はシハーブを先頭に、植物が左右に押し退けられただけの獣道けものみちを、細い渓流沿けいりゅうぞいの砂利じゃりの上を、または、地面から突き出した大きな岩から岩へ、時には木を駆け上がって太い枝から枝へ、飛ぶように走り抜けて行く。


 総じて、獣人の身体能力は、人間ヒューマンのそれを軽く凌駕りょうがする。


 猿人もその例外ではない。それなのに、ランスとニーナが、先を急ぐシハーブについて行けるのは、捷勁法で身体能力を強化しているから。


 ちなみに、幼竜達は、飛んだり、跳ねたり、けたり、【弱体化】したちいさいまま余裕でついてくる。


 楽しげに自分なりのルートを見付けて進む幼竜達とは違って、ランスは、先頭のシハーブがんだ場所を同じく踏み、つかんだ枝を同じく掴むという具合に、その動きを正確に辿っトレースして続き、ニーナもまた、大海でそうしていたように、先輩ランスあとについて行く。


 なので、走りつかれてシハーブの速度が落ちれば、ランス達のスピードも落ち、


「…………ッ!?」


 シハーブが足を止めれば、ランス達の足も止まる。


 そこは、人の身のたけを超える背の低い木や高い草の間を通る獣道。


 何かに気付いたらしいシハーブが減速し、姿勢を低くして音を立てないよう静かに数歩すすみ…………しゃがんで足を止め、ここまでの激しい運動いどうで乱れた呼吸を必死に押し殺しつつ、草や枝葉の隙間からその先の様子をうかがう。


 そこにいたのは、さいのように大きないのしし


 レムリディア大陸に広く分布ぶんぷする種で、他所よそから来た者が初めて見ると、その大きさと偉容いようからまず勘違いするが、怪物モンスターではない。


 危険を感じで興奮すると途端に狂暴化して襲い掛かって来るものの、基本的には臆病な動物で、集落の近くには滅多めったに姿を現さない。ゆえに、本来であれば、是非とも狩りたい獲物ごちそう


 だが、今、優先すべきは、部族の、いては、レムリディア大陸の趨勢すうせいを決める事になる最重要人物を一刻も早く集落へ連れ帰る事。さいわいな事に、ここは風下かざしも。まだ気付かれていない。それに、そもそも一人では手に負えないのだから、ここは見付かってさわがれる前に大きく迂回うかいして進もう。


 シハーブは、大猪の様子をうかがいつつそう考えた――が、次の瞬間、ドンッ!! と大猪の首が長柄の斧槍ハルバードおので断たれ、ドサッ、と頭が地面に落ちた。


「――なッ!?」


 大猪の首を一撃で切り落としたのは、神器〔猛り狂う悪竜の暴虐グレンデル〕を手にしているランス。


 シハーブが、反射的に振り返ると、当然といえば当然の事なのだが、そこにいたのは、自分と同じように姿勢を低くしているニーナだけ。


 すぐ後ろにいたはずなのにいったいいつの間に、とシハーブが驚いている間に、首を失った大猪の巨体がかたむき、ドズンッ、と地響きを立てて倒れ、


手土産てみやげの血抜きが終わるまで、休憩にしよう」


 ランスは、そのかたわらでそう言いつつ〝ひかえろ〟と念じて斧槍を送還し、替わりに〔収納品目録インベントリー〕から取り出した水分が多いジューシーな果実を、シハーブに向かって放り投げた。


 シハーブは、狼狽うろたえつつも受け取りキャッチし


「休憩なんてしているひまは――」

「――結局、適度に休憩をはさんだほうが早く着く」


 ランスは言うにおよばず、大海でのお散歩できたえられたニーナもまた、この程度の移動で息をみだす事はない。


 だが、シハーブは、あせき、肩で息をし、速度も徐々に落ちてきている。このままでは、どのみち休憩が必要になるだろう。


 あんに自分の状態を指摘されたのだという事に気付いたシハーブは、内心でおのれの不甲斐なさを責めつつ、はい、とうなずき、気持ちを入れ替えて息を整え始めた。




 適当な場所にこしを下ろし、もらった果物を食べて水分と糖分を補給するシハーブ。


 ニーナもまた、ショルダーバッグの中から、水筒代わりに持ち歩いているスキットル――ズボンのポケットに入れられるサイズの平たいチタン合金製のボトル――を取り出し、中の水でのぞうるおす。


 その一方で、幼竜達は、あまりはなぎないよう気を付けつつ、森の中を探検していた。


 フラメアは、新種の植物や昆虫を探して移動しては止まり、また移動しては止まってよく観察し、パイクとキースは、食べられる野草や山菜、採取依頼があった薬草や毒草などを探して歩き回り、見付けた昆虫をつかまえてごしゅじんに見せようと思ったピルムが無警戒に前足を伸ばすと、以前、別の虫にガスおならを食らった事があるスピアがそれに気付いて注意をうながし…………そんな具合に、それぞれが思い思いにごしつつも、誰かが何か珍しい物、初めて見る物を発見するとみんなにしらせ、集まってそれをかこみ、なにこれ? と首をひねったり、きゅいきゅいがうがう感想や意見を言い合ったりする。


 フラメアは、力の意味を知る聖母竜マザードラゴンの末っ子。1000歳以上年の離れた8頭の兄弟がいる。世界は広く、こんなにいろいろな物があるのか、と、実は、卵のままずっと眠り続けていた事を少しだけ後悔しているフラメアには、老賢竜達きょうだいが見た事のないものを見せ、聞いた事がないような体験をたくさんさせてやりたいと思う。


 素直で真面目なパイクと、普段は素っ気ない態度を取りつつもパートナーニーナの事を大切に思っているキースは、ふとした拍子ひょうしに仕事を思い出したり、喜んでくれるかなと思って頑張ったりしてしまう。それを楽しんでやっているので特に何も言わないが、どうにも竜族らしくない。何故こうなってしまったのか……。


 スピアは、先頭を突き進み、自由奔放じゆうほんぽうに振舞う事のほうが多い。だが、今のように、虫に向かって恐る恐る前足を伸ばし、ちょんっ、と触れて距離を取りにげ、また近寄って、ちょちょんっ、とつついて反応を窺い、だいじょぶっ、と、こうやって危険がないか確認するんだとやり方を教えるなど、時々、年長者っぽい事をする。それが微笑ほほえましい。


 そして、心根こころねが優しく、警戒はしても人見知りはしないピルムは、何にでも興味を示し、何をするにも一人ではなく一緒にやりたがる。いつも誰かの後をちょこちょこついて回り、今はキラキラきらめく尊敬の眼差しをスピアに向けているピルムを見ていると、既に盤石ばんじゃくだった『滅魔竜の眷属は討伐するべきだと主張する者達から守る』という決意が、更に固いものになっていく。


 そんな幼竜達から他の要望が出るまではこのまま好きにさせておきたい、というのが正直なところなのだが、今はそういう訳にもいかない。


 スパルトイを名乗る以上、依頼をこなさなければならないのだが、また、この前の修行期間のように、俗世から離れて幼竜達が自由に過ごせる時間を作ろう――ランスは、ふとそんな事を思った。


 ――それはさておき。


 今回のように首を落としたり、頭部に槍を打ち込むなどして仕留めた場合、獲物が動かなくなっても、その心臓はしばらく動き続け…………血抜きが終わってもまだ動いていた心臓が止まるのを待って、落とした頭部もまとめて〔収納品目録〕に収納し、一行はシハーブの集落へ向かって出発した。


 途中でもう一度、預かっている通信用霊装で《トレイター保安官事務所》の所長レヴェッカへ定時連絡を入れるため、という理由で休憩を取り、以降は休みなく植物がどんどん大きくなって行く森の中を疾走し…………猛獣や怪物を避けつつ地上や樹上を移動し続けた結果、日暮れ前には目的地に到着する事ができた。




 高層ビルぐんのように大木が乱立し、恋人つなぎした二人の手の指のようにからまる図太い根が地面をおおい、そんなこけむした根と根の隙間すきまから木々に活力をうばわれて縮小化した、つまり、常識的なサイズの下草が生える――そんな、大森海の奥。


 この森に複数存在する猿人達の集落の一つ、その中でも最大の規模をほこるのが、シハーブ達の集落――『ナダイスキバナ』。


 村の象徴は、東京タワーのように大きな、虫食いによってれた巨木。その上のほうのえだみきから切り出してきた木材で、その根元、ちょっとした防壁のような高さがある極太の木の根と根の間に家屋を立て、虫食いの穴に手を加える事で、みきの内部に広い空間を作ったり、外の光を取り込むための窓を作ったり…………そうやって、長い年月をかけて作られてきた村。


 以前、ランス達は、この村に来た事がある。


 あれは、マルバハル共和国の首都リルルカでの用事を済ませ、大樹海にある家に帰る途中の事。例によって、スピア達が助けを求める声に気付いて急行し、怪物モンスターに襲われていた――城郭都市リムサルエンデの大市場バザールから集落に帰る途中だったらしい――シハーブの妹をふくむ猿人達を助け、そのお礼がしたいからとまねかれた。つねなら気持ちだけ受け取って立ち去るところだが、猿人は酒造りでも有名だと聞きおよんでため幼竜達が興味をしめし、結局、招待しょうたいを受ける事に。そして、案内されたのがこの集落だった。


 その時は、そびえ立つ巨木の根元、ちょっとした防壁のような高さがある極太の木の根と根の間に村が、広場を中心にのきつらねる家々があった。


 しかし、今は、そのほとんどが焼け落ち、巨木も、表面だけのようだが、広い範囲が焼けげている。全体の三分の一ほどが片付けられて再建が始まっており、他にも間に合わせの掘立小屋ほったてごやが建てられて生活できているようだが、かつての姿は見る影もない。


 シハーブの話だと、火矢を雨のようにち込まれたらしい。火は、短時間にまとめて、ドザァアアアァッ!! とるこの地方特有の集中豪雨のおかげで消えたとの事だが……


「ひどい……」


 平然としていて内心がうかがい知れないランスとはちがい、以前の光景を思い出しながら現状を瞳に映すニーナは、悲しそうに眉尻まゆじりを下げている。


 ごしゅじんの肩の上にいるスピアとフラメア、抱っこされているピルム、すぐよこについて歩いているパイクも、こわされた、という事実に、悲しんだり、犯人に対するいきどおりをおぼえたり、心穏やかではいられない様子。


 木々の枝にしげる葉によって日の光がさえぎられるため、外より早く夜がやってくる森の中の短い夕焼けに染まる景色。それが、より感傷的にさせているのかもしれない。


 だが――


「ランス様っ! ニーナ様っ!」


 こちらに気付き、集まってきて歓迎してくれる集落の人々の笑顔を見て、ニーナの表情も明るくなった。


 そうこうしている内に、かれと、一般的な人間ヒューマンであれば相手の顔が見分けられないほど暗くなり、照明器具ランプに火が入れられる。


 ちなみに、獣人族の中でも、猿人は、自分達の伝統と文化を守りつつも外の文化を取り入れる事に対して否定的ではなく、集落にある金属製の武器やランプなどの便利な道具は、リムサルエンデで購入してきたもの。


 それでも、森で生きて行く事を選んだ部族へのおくり物には配慮が必要で、他の大陸の珍しい物は言うにおよばず、例えリムサルエンデで購入した物であっても、喜んでくれる者がいる一方で、顔をしかめる者もいるのがつね


 そんな訳で、やはり、最も無難なのは、大森海でとれたもの。現に、ランスが、途中で獲った大猪を手土産だと言って渡すと、一人の例外もなくみなが笑顔になった。


 その後、ランス、ニーナ、幼竜達が案内されたのは、巨木の内部にある空間。


 隠されていた出入口から初めてその中に足を踏み入れると、デコボコしていて直線的な部分が見当たらない、まさに木のうろのような、人一人が普通に立って歩ける程度の狭い通路が存在し、採取してきて配置したのだろう、洞窟などの暗い場所に自生しているヒカリゴケ――ほのかに発光するこけが付着した石が、分岐など要所で見受けられた。


 そんな通路を進み、シハーブにみちびかれて辿たどり着いたのは、広い円筒形の空間。


 学校の教室ほどの広さと、ランス達が入ってきたもの以外にあと三つ、計四つの出入口が等間隔に存在し、草をんで作った丸い座布団が円形に配置されていて、円卓の騎士の円卓のような、上下のない対等な立場で話し合うための部屋だという事が察せられる――そんな部屋。窓はなく、小皿の油の中にひたしたしんに火をともした照明がいくつもあるものの、換気がしっかり行われているらしく、空気がよどんでいるという事はない。


 そして、到着した時には既に、長老衆のあかしであるフード付きの長衣ローブを纏った七名が丸座布団せき座しついており、ランスは、最長老の正面、ニーナは、その隣のせきすすめられた。




 ランスとニーナが座り、スピアとピルムは胡坐あぐらいているごしゅじんのひざの上、フラメアは右肩の上、パイクはすぐとなりでお座りし、キースは契約者パートナーの肩の上にとまる。


 そうして、話し合いをする態勢になったのを見計らって、


「……御足労を…お掛けして……、……まことに…申し訳ありません……」


 最初に口を開いたのは、まるで即身仏ミイラのような最長老。


 小さくて、かすれてもいるが、これが精一杯だという様子で謝罪の言葉を発し、長老衆がそろって頭を下げた。


 以後いご、主に話をしたのは、隣の60前後と思しき男性の長老で、ランスは、長くじっとしていられないスピア、それと、ついでにその隣のピルムも、お腹をあたためるようにナデナデして落ち着けながら、口をはさまず耳を傾け…………その内容を簡単にまとめてしまうと、レムリディア大陸西方部族の代表と決闘してほしい、という要請だった。


 もう少し詳しく、順を追って説明すると――


 〝獣王〟の配下を名乗る者達は、レムリディア大陸で生きる獣人達の集落、その全てをたずねて声をかけている。


 東方の北部と南部、中央の部族は、そのほぼ全てがさそいに応じた。


 しかし、西方の部族は、そのおよそ半数が誘いをこばんでいる。


 誘いに応じた者達と、拒んでいる者達――西を大きく二つに分けている原因、それはただ一つ。


 ――槍使いの竜飼師と出会っているか否か。


 拒んでいる者達が、他の獣人達を敵に回す事になるかもしれないと承知の上で応じない理由は、ただ一つ。


 ――ランス・ゴッドスピードや竜族ドラゴン達と敵対する事だけはあり得ない。


 〝獣王〟の配下を名乗る者達は、自分達が本気である事を示すために、また、拒んだ者達がどうなるか、その見せしめとするために一つの集落を焼き、しかし、命までは奪わず、考え直す機会をやると告げて退いた。


 応じている者達は、人種を自分達の大地から駆逐したいのであって、獣人同士で殺し合いをしたい訳ではない。だが、奴らは人種の味方をするのではないか、人種の町を攻めている間に自分達の集落が襲われるのではないか…………そのような懸念は払拭ふっしょくしておきたい。しかし、大事の前の小競り合いで消耗するような事態は避けたい。


 そこで、会談の場をもうけ、西方の各部族の代表者が集まって話し合い、一つの結論にいたった。


 それが、決闘。


 拒んでいる者達が、ランス・ゴッドスピードと竜族達の事を知れば考えが変わるに違いない、と考え、応じている者達が、その人種を目の前で潰してやれば考えが変わるに違いない、と考えた結果。


 勝ったがわの意見を西の総意とし、応じている者の代表が勝てば、獣人が本来るべき姿を取り戻すための戦いに参戦し、拒んでいる者の代表が勝てば、中立を宣言。それを認めず〝獣王〟が攻めて来たなら、自分達の身を護るために戦う。


 そして、最後にこう告白した。


「我々は、みずからの土地を守るためであれば、戦う事をいといません。ですが、血を流してまで誰かの土地をうばおうとは思いません」


 それは、自分達は人種との戦争など望んでいない、という事であると同時に、参戦を拒むための口実にランス・ゴッドスピードと竜族ドラゴンの存在を利用した、という事。


「決闘を、受けて下さいますか?」


 緊張している事を隠そうとして隠しきれていない長老のい。


 それに対して、ランスは――


「答える前に、確認したい事があります」


 最長老が頷いたのを確認してから、まず訊いたのは、


「これは、所謂いわゆる〝お願い〟ですか? それとも、依頼ですか?」


 これが依頼であるなら、依頼人の要望に可能な限り応えなければならない。


 だが、そうではないなら、相手は、自分が『ランス・ゴッドスピード』だと知った上で戦う事を望んだ者。つまり、――敵だ。引き受けた場合、相手の出方によっては、ナダイスキバナの人々が望まないであろう結末をむかえる事も……


 そんな質問の意図いとを誤解したのか、長老達は、もちろん報酬おれいは用意するといったむねの事を言い出した。依頼であろうとなかろうと、ろうむくいるつもりはあるという事を伝えたいらしい。


 そんな中、最長老だけは違い、他者の戸惑いをよそに、そのつるの一声で依頼という事になった。


 すると、それまで先輩の隣で黙って話を聞いていたニーナが、ショルダーバッグの中からメモ帳と鉛筆えんぴつを取り出し、依頼内容などを書きしるしていく。


 それは、後で依頼書を作成するため。非正規ゆえギルドに提出する訳ではないが、言った言わないと達成条件や報酬などで後々もめないために必要な事――だが、


「えっ?」


 ランスは、べた手で帳面ちょうめんれてメモするのを止めさせた。おどろきの声をらして目で問うてくるニーナに向かって、首を小さく横に振る。


 自分ができる者や、天空都市国家グランディアのように成人識字率が高い国の出身者は、それが当たり前だと思い込んでしまいがちだが、世界を見渡せば、読み書きができない者のほうが圧倒的に多い。


 発展の途上にあるマルバハル共和国の識字率は低く、地方ほどその傾向が顕著で、都会でも、生活するのに最低限必要な単語と数字は分かるものの文章は読めないし書けないという者が珍しくなく、森で生きる部族の大半たいはんは読み書きができない。


 だからこそ、と言うべきか、誇り高い者ほどみずからの言葉に責任を持つ。口約束でも破る事を恥とし、それを書面に残そうとする行為を、疑われている、信用されていない、ととらえて不快感をおぼえ、中には侮辱と取る者もいる。


 それでも、昇格レベルアップするのに必要な評価を上げたり、問題が生じた場合、代わりに解決してもらえたり、損失を補償してもらえる事もあるからと、ギルドを通して正規の依頼にするのであれば、代筆を頼んで書類を作成する必要がある。


 だが、そうするつもりはない。


 それに、作成しても、読んで内容を確認してもらう事ができない。


 ゆえに、必要ない。


 ニーナがメモ帳と鉛筆をショルダーバッグの中にしまうのを横目にしつつ、ランスが次にたずねたのは、


「決闘を行なう上での決まり事ルールを教えて下さい」


 決闘は一対一で行なわれ、審判はなし。一方が戦意を喪失するか、命を落とした時点で決着とする。そして、戦士に求められるのは、ただ一つ。


 ――何ものにも恥じる事のない戦いを。


 つまり、自分、相手、観戦者は言うにおよばず、天地自然に対して何も恥じる事がないなら何をしても良い、という事。


 決闘に関して他に知っておくべき事はないか確認してから、最後にした質問は、


「決闘が行なわれるのはいつですか?」


 今月の末。およそ1週間後。


 〝獣王〟の配下が答えを確認するために再来するのが、来月の頭。ゆえに、日程の変更はできない。


 シハーブが、あれほど早く早くといていたのは、期限があるにもかかわらず、肝心要かんじんかなめの人物と遭遇できないまま、今日まで無為に時間だけが過ぎていたからだろう。


 目に見える季節の変化にとぼしい常夏とこなつの森の中で生きる獣人は、良く言うと、時間に縛られず、悪く言うと、いい加減ルーズで、明日あした以降は明後日あさっても一週間後も『もうすぐ』だし、一週間前も一ヶ月前も『この前』。集落に火を放たれたのは2週間以上前の事らしいのに、シハーブは、まるで昨日今日の出来事のように話していた。


 だが、こよみの存在を知らない訳ではなく、祭祀さいしを取り仕切る立場の長老がそう言うのなら間違いないだろう。


「…………」


 訊いておくべき事は一通り訊いて、ランスは、思案する。


 この依頼は、かわりがかない。絶対に自分でなければならない。


 ことわれば、それを望まぬナダイスキバナの人々が戦う事をいられるというだけでなく、リムサルエンデの人々や孤児院の子供達など、無辜むこたみ戦禍せんかで命を落とす可能性が高まる。


 だが、依頼を達成した場合、〝獣王〟に、みずからの計画を邪魔した存在、目的達成をはばむ障害と認識される可能性があり、もしそうなれば、捨て置いてはもらえないだろう。


 そして、現在遂行中の依頼も忘れてはならない。


 それらをまえた上で、目を向けてくる幼竜達の意見を【精神感応】で確認し……


 ――決めた。


「了解しました。この依頼、お引き受けします」

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