第94話 ナダイスキバナからの依頼
時は、
場所は、大森海の入口付近。上空から見下ろしたなら、緑の
今、そこにあるのは、2頭の翼竜と2名の
2頭はどちらも
その2頭の契約者達が身に
ゼファードの
一方、
ちなみに、何故、聖竜騎士団から竜飼師協会に出向している身である二人が竜騎士装備なのかというと、それ以外の〔インナーウェア〕と〔飛行兜〕を持っていないから。
ゼファードとアルフリードは生体力場を獲得していないため、保護してもらう事ができない。なので、上空20キロに存在する
〔インナーウェア〕だけなら平服の下に着込む事もできるが、〔飛行兜〕だけが竜騎士仕様では不格好なので、二人は竜騎士装備一式を身に付ける事にした。
更に余談になるが、パーティ〈護剣の担い手〉のメンバーは、竜飼師姉弟だけでなく、全員が〔インナーウェア〕と
そして、最後の一人は、
『猿人』とは、猿が人のように進化した異種族で、長い尻尾があり、身体のだいたい半分は毛皮で
弓と矢筒を背負ったままの彼は、二組の竜騎士から少し離れた木の根元に腰を下ろし、立てた
「――来た」
空に目を向けていたエレナが
その瞳に
エレナと、立ち上がったシャリアは、その2頭が着陸するスペースを作るため、ゼファードとアルフリードに
ランスとニーナは、練法の【落下速度制御】で地上に近付くにつれ徐々に減速して重い気体のように音もなく着地し、【弱体化】で一瞬にして小さくなった
「ランス様ッ! ニーナ様ッ!」
二人に向かって駆け寄る猿人の若者。
それに対して、ランスは、額に装着している〔
ランスは、そんなニーナを
「シハーブ。話は聞いた。でも、俺に助けを求める理由が分からない」
顔見知りの猿人――『シハーブ』に話しかけ、単刀直入に目的を
大森海で生きる彼らにとって、
異種族の中でも特に道具や武器の
「
それに対して、ランスが承知した
それでも、ランスは
「ありがとうございました」
「――ランスッ! ちょっと
エレナは、
「このまま待機かな?」
ため息を一つ
そして――
「…………」
そんな契約者の姿を、ゼファードが、何か考え事をしているような眼差しで、静かに見詰めていた。
大森海は、一般的に、森の外側からムー山脈に向かって、『入口』『奥』『深部』と呼び分けられており、襲撃されたというシハーブの集落があるのは、入口と奥の間の辺り、外とムー山脈のほぼ中間。
時間と空間を越えて流れる地中の霊脈――地脈の影響で、入口から深部へと進むにつれて森の植物が徐々に大きくなって行く。その変化は
そのような場所にある集落は、クラン〈開拓者〉が開拓したルート上から大きく外れているため、外部から
しかし、それは、道らしい道がないという事でもある。
そんな大森海の中を、ランス達はシハーブを先頭に、植物が左右に押し
総じて、獣人の身体能力は、
猿人もその例外ではない。それなのに、ランスとニーナが、先を急ぐシハーブについて行けるのは、捷勁法で身体能力を強化しているから。
ちなみに、幼竜達は、飛んだり、跳ねたり、
楽しげに自分なりのルートを見付けて進む幼竜達とは違って、ランスは、先頭のシハーブが
なので、走り
「…………ッ!?」
シハーブが足を止めれば、ランス達の足も止まる。
そこは、人の身の
何かに気付いたらしいシハーブが減速し、姿勢を低くして音を立てないよう静かに数歩
そこにいたのは、
レムリディア大陸に広く
危険を感じで興奮すると途端に狂暴化して襲い掛かって来るものの、基本的には臆病な動物で、集落の近くには
だが、今、優先すべきは、部族の、
シハーブは、大猪の様子を
「――なッ!?」
大猪の首を一撃で切り落としたのは、神器〔
シハーブが、反射的に振り返ると、当然といえば当然の事なのだが、そこにいたのは、自分と同じように姿勢を低くしているニーナだけ。
すぐ後ろにいたはずなのにいったいいつの間に、とシハーブが驚いている間に、首を失った大猪の巨体が
「
ランスは、その
シハーブは、
「休憩なんてしている
「――結局、適度に休憩を
ランスは言うに
だが、シハーブは、
適当な場所に
ニーナもまた、ショルダーバッグの中から、水筒代わりに持ち歩いているスキットル――ズボンのポケットに入れられるサイズの平たいチタン合金製のボトル――を取り出し、中の水で
その一方で、幼竜達は、あまり
フラメアは、新種の植物や昆虫を探して移動しては止まり、また移動しては止まってよく観察し、パイクとキースは、食べられる野草や山菜、採取依頼があった薬草や毒草などを探して歩き回り、見付けた昆虫を
フラメアは、
素直で真面目なパイクと、普段は素っ気ない態度を取りつつも
スピアは、先頭を突き進み、
そして、
そんな幼竜達から他の要望が出るまではこのまま好きにさせておきたい、というのが正直なところなのだが、今はそういう訳にもいかない。
スパルトイを名乗る以上、依頼をこなさなければならないのだが、また、この前の修行期間のように、俗世から離れて幼竜達が自由に過ごせる時間を作ろう――ランスは、ふとそんな事を思った。
――それはさておき。
今回のように首を落としたり、頭部に槍を打ち込むなどして仕留めた場合、獲物が動かなくなっても、その心臓はしばらく動き続け…………血抜きが終わってもまだ動いていた心臓が止まるのを待って、落とした頭部もまとめて〔収納品目録〕に収納し、一行はシハーブの集落へ向かって出発した。
途中でもう一度、預かっている通信用霊装で《トレイター保安官事務所》の
高層ビル
この森に複数存在する猿人達の集落の一つ、その中でも最大の規模を
村の象徴は、東京タワーのように大きな、虫食いによって
以前、ランス達は、この村に来た事がある。
あれは、マルバハル共和国の首都リルルカでの用事を済ませ、大樹海にある家に帰る途中の事。例によって、スピア達が助けを求める声に気付いて急行し、
その時は、
しかし、今は、そのほとんどが焼け落ち、巨木も、表面だけのようだが、広い範囲が焼け
シハーブの話だと、火矢を雨のように
「ひどい……」
平然としていて内心が
ごしゅじんの肩の上にいるスピアとフラメア、抱っこされているピルム、
木々の枝に
だが――
「ランス様っ! ニーナ様っ!」
こちらに気付き、集まってきて歓迎してくれる集落の人々の笑顔を見て、ニーナの表情も明るくなった。
そうこうしている内に、
ちなみに、獣人族の中でも、猿人は、自分達の伝統と文化を守りつつも外の文化を取り入れる事に対して否定的ではなく、集落にある金属製の武器やランプなどの便利な道具は、リムサルエンデで購入してきたもの。
それでも、森で生きて行く事を選んだ部族への
そんな訳で、やはり、最も無難なのは、大森海でとれたもの。現に、ランスが、途中で獲った大猪を手土産だと言って渡すと、一人の例外もなく
その後、ランス、ニーナ、幼竜達が案内されたのは、巨木の内部にある空間。
隠されていた出入口から初めてその中に足を踏み入れると、デコボコしていて直線的な部分が見当たらない、まさに木の
そんな通路を進み、シハーブに
学校の教室ほどの広さと、ランス達が入ってきたもの以外にあと三つ、計四つの出入口が等間隔に存在し、草を
そして、到着した時には既に、長老衆の
ランスとニーナが座り、スピアとピルムは
そうして、話し合いをする態勢になったのを見計らって、
「……御足労を…お掛けして……、……
最初に口を開いたのは、まるで
小さくて、
もう少し詳しく、順を追って説明すると――
〝獣王〟の配下を名乗る者達は、レムリディア大陸で生きる獣人達の集落、その全てを
東方の北部と南部、中央の部族は、そのほぼ全てが
しかし、西方の部族は、そのおよそ半数が誘いを
誘いに応じた者達と、拒んでいる者達――西を大きく二つに分けている原因、それはただ一つ。
――槍使いの竜飼師と出会っているか否か。
拒んでいる者達が、他の獣人達を敵に回す事になるかもしれないと承知の上で応じない理由は、ただ一つ。
――ランス・ゴッドスピードや
〝獣王〟の配下を名乗る者達は、自分達が本気である事を示すために、また、拒んだ者達がどうなるか、その見せしめとするために一つの集落を焼き、しかし、命までは奪わず、考え直す機会をやると告げて
応じている者達は、人種を自分達の大地から駆逐したいのであって、獣人同士で殺し合いをしたい訳ではない。だが、奴らは人種の味方をするのではないか、人種の町を攻めている間に自分達の集落が襲われるのではないか…………そのような懸念は
そこで、会談の場を
それが、決闘。
拒んでいる者達が、ランス・ゴッドスピードと竜族達の事を知れば考えが変わるに違いない、と考え、応じている者達が、その人種を目の前で潰してやれば考えが変わるに違いない、と考えた結果。
勝った
そして、最後にこう告白した。
「我々は、
それは、自分達は人種との戦争など望んでいない、という事であると同時に、参戦を拒むための口実にランス・ゴッドスピードと
「決闘を、受けて下さいますか?」
緊張している事を隠そうとして隠しきれていない長老の
それに対して、ランスは――
「答える前に、確認したい事があります」
最長老が頷いたのを確認してから、まず訊いたのは、
「これは、
これが依頼であるなら、依頼人の要望に可能な限り応えなければならない。
だが、そうではないなら、相手は、自分が『ランス・ゴッドスピード』だと知った上で戦う事を望んだ者。つまり、――敵だ。引き受けた場合、相手の出方によっては、ナダイスキバナの人々が望まないであろう結末を
そんな質問の
そんな中、最長老だけは違い、他者の戸惑いをよそに、その
すると、それまで先輩の隣で黙って話を聞いていたニーナが、ショルダーバッグの中からメモ帳と
それは、後で依頼書を作成するため。非正規
「えっ?」
ランスは、
自分ができる者や、
発展の途上にあるマルバハル共和国の識字率は低く、地方ほどその傾向が顕著で、都会でも、生活するのに最低限必要な単語と数字は分かるものの文章は読めないし書けないという者が珍しくなく、森で生きる部族の
だからこそ、と言うべきか、誇り高い者ほど
それでも、
だが、そうするつもりはない。
それに、作成しても、読んで内容を確認してもらう事ができない。
ニーナがメモ帳と鉛筆をショルダーバッグの中にしまうのを横目にしつつ、ランスが次に
「決闘を行なう上での
決闘は一対一で行なわれ、審判はなし。一方が戦意を喪失するか、命を落とした時点で決着とする。そして、戦士に求められるのは、ただ一つ。
――何ものにも恥じる事のない戦いを。
つまり、自分、相手、観戦者は言うに
決闘に関して他に知っておくべき事はないか確認してから、最後にした質問は、
「決闘が行なわれるのはいつですか?」
今月の末。およそ1週間後。
〝獣王〟の配下が答えを確認するために再来するのが、来月の頭。
シハーブが、あれほど早く早くと
目に見える季節の変化に
だが、
「…………」
訊いておくべき事は一通り訊いて、ランスは、思案する。
この依頼は、
だが、依頼を達成した場合、〝獣王〟に、
そして、現在遂行中の依頼も忘れてはならない。
それらを
――決めた。
「了解しました。この依頼、お引き受けします」
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