第93話 良い変化 悪い変化
ギャングやマフィアは、
そして、それは、国、都市、警察官や保安官もまた
物的証拠を手にリムサルエンデ警察署に乗り込んだ《トレイター保安官事務所》の所長、
すると、実はその時、都市上空、人々の目が届かない雲の上で待機していた
彼らは、本日からリムサルエンデ警察署の機能の正常化が完了して新たな署長が着任するまでの間、その職務を代行するためにやってきた、
犯罪は、警察側の事情など考慮せずに起きる。
警察が機能しなければ、治安は更に悪化する。
本来であれば、《トレイター保安官事務所》が
そんな事情を知ったなら、始めから保安官代理率いる班が乗り込めばよかったのでは、という疑問や、人数が多い彼らのほうがカルテルを担当すべきなのでは、といった意見が出てきそうだが、それにはもちろん理由がある。
簡単に言ってしまうと――
前者に関しては、政治的な問題で、天空都市国家グランディアの
後者に関しては、良い印象を持たれていないという自覚がある総合管理局が、ランス・ゴッドスピード
そのような訳で、保安官代理
時は少し
移動はもちろん〔
額に装着している〔
そして、レヴェッカが署長室へ踏み込んだのとほぼ同時刻。
「ごしゅじんっ!」
「――――っ」
唐突にパイクが声を上げた。
ランスは即座に
ニーナは
そして、来た道を戻って〔ユナイテッド〕が停車したのは、屋台で酒やジュース、つまみや駄菓子などを売っているどこにでもありそうな露店の前。
そこでは、実年齢より老けて見える人の良さそうな店主が、にこにこと笑いながら、五人の子供に
気に入ったのなら次は買ってくれよ、と話しかけ、一緒に遊んでいたらしい人間や亜人種の少年少女は、それを嬉しそうに受け取って、
〔ユナイテッド〕から降り、屋台の正面から近付き、横から裏へ回り込み、店主と子供達に歩み寄るランス。
「その
いつも夏のように気温が高いリムサルエンデで、ロングコートを
そんな人物が何者なのか、子供達でも知っていた。
だからこそ、
ランスは、その場で地面に片膝をつき、サッ、と駆け寄ってきたパイクに確認してもらう。
すると、すんっ、と
ランスは立ち上がり、
「――食べろ」
その飴玉を店主に向かって突き出す。
「い、いや、
ロングコート姿で
「食べろ」
「い、いや、ですから――ぁがッ!?」
ランスは、左手で店主の
そして、店主はその手を引き
「…………ぷはっ!? おぐぇえぇえええええぇ――――~ッ!!!!」
数秒後、ランスが両手を離すと、解放された店主は、勢いよく前に
それを見て言葉を失っていた子供達は、
「
それを聞いて
「で、でも、くれるまえに、おじちゃんもたべて……」
「見た目は同じ、麻薬が入っていない飴を食べて見せる事で安心させて、麻薬入りの飴を食べさせる。そうして薬物中毒になった子供に、ドラッグを買う金が欲しいなら
そんな
そして、同じ境遇の年少者を食い物にする
それは、自分に課せられた販売ノルマを達成するため。
本当に、そんな事のために、何も知らない少年少女を
例え、かつては未成年の被害者でも、今は成人した犯罪者。ランスが、そんなギャングやマフィアを
だから――
「友達に教えてあげてほしい。こういう
ランスは、下ろしていた〔万里眼鏡〕のプレートを、カシャンッ、と上げ、少年少女、一人一人と目を合わせてそう語り掛けた。
〔ユナイテッド〕で走行中にパイクが
そして、子供達は、今の店主の姿を見て、それが本当の事だと確信したのだろう。真剣な表情で頷くと、
「…………」
ランスは、少年少女の背中を見送り…………ゆっくりと振り返る。
すると、二人の目が合い、隠し持っていたナイフをそっと抜き放って両手で握り締めていた店主が、ビクッ、と躰を強張らせて目を
「…………」
これは本来、自分の仕事ではない。
だが、見て見ぬ振りをせず行動したからには始末をつけなければならない。
ランスは、絶望に打ちひしがれている店主を麻薬所持の現行犯で逮捕・拘束する――その直前、
「ごしゅじんっ!」
「――――っ」
唐突にスピアが声を上げた。
ランスとパイクは、即座に応じて振り返り――
「たべていい?」
露店に陳列されている他の商品にも麻薬が混入されていないか調べる――という
「…………」
思考が空回りし、躰の動きが止まる。
目だけ動かすと、スピアだけではなく、フラメアとキースも、ピルムにいたってはもう南国のフルーツを
様々な状況を想定し、想定外の事態が起こる事をも想定して備えているが
しかし、その何という事のない質問に対する回答は用意されておらず…………他の店で買ってあげるから犯罪者の店で買うのはやめよう、という返事を絞り出すのに、速度の特化修練を受けた者とは思えない程の時間を要した。
あともう少し遅ければレヴェッカ達が保安官代理率いる班に引き継ぎを終えていた――そんなタイミングでリムサルエンデ警察署にまた案件を一つ放り込み、約束通り
かつて、この一帯は、ギャングが我が物顔で
しかし、今ではそういった者達の替わりに子供の姿があり、笑い声が響いている。ここのほうが安全だから、と他の街区から引っ越してきた者もいるらしい。
だが、そんな変化を、リムサルエンデ市の人々
何故なら、盗品の売人や娼婦などは、仕事を変えた訳ではなく、『〝
それはつまり、他の街区の人々が、
そんな事態を歓迎する者がいるはずもない。
教会付属の孤児院で働く若い女性神官が提出し、ギルド《竜の顎》の掲示板に張り出されたまま忘れ去られていた一枚の依頼書――それが槍使いの竜飼師と幼竜達の目に留まった瞬間から始まった変化の波が、今、リムサルエンデ市全体を
――それはさておき。
リムサルエンデは、ムー山脈やその向こうの大樹海を目指す、先祖の故郷へ
清麗神系の教会は、その教えを伝え、広め、
それ
つまり、今でこそこの辺りは『貧民街』などと呼ばれている犯罪多発地帯だったが、昔からそうだった訳でも、わざわざそんな場所を選んで教会を建てた訳でもない。
孤児院があるのは、そんな教会の裏手。
広い敷地はグルリと高い
しかし、今では、近所の子供達がいつでも遊びに来られるようにと開け放たれており、外側からでは見えない位置で遊んでいるのだろう、少年少女達の元気な声が聞こえてくる。
この状況を、ニーナは好意的に見ている。だが――
「…………」
ランスは、余人には分からない程度にだが、
それは、門の周辺に神官戦士の姿が見当たらないから。
以前、ランスは、依頼人とその上司である前院長に、依頼を達成した事を報告した際、その一環として、遂行中に得た情報――壊滅させたギャングとつながりがある某マフィアついて
前院長は、それを
しかし、教会のトップである神官
寄付金が集まらず経費が不足していて
かつて、この一帯は貧民街と呼ばれる犯罪多発地帯。この街で生きる人々の心は
そして、辺境の都市の小さな教会に配備されている神官戦士の数は少なく、警備は教会側に重点が置かれていたため孤児院側の警備は
そのマフィアと殺し屋はもう存在せず、治安は良くなってきているとはいえ、用心が足りない――そう思いつつ、ランスが、幼竜達、ニーナ、〔ユナイテッド〕と共に敷地内へ入ろうとしたちょうどその時、
「――あっ!」
元気な声が聞こえてくるほうへ向かっていた年少組の数人、その中の男の子が、門の所にいる男の人と女の人、それに、小さくて可愛い生き物5頭と自走するオートバイに気付き、――みんなのほうを向いて両手を口の左右に
「ドラゴンジャンケンきたぁ――――~っ!!」
言うまでもないとは思うが、ランスは、ドラゴンジャンケンをしに来た訳ではない。
幼竜達も、自分達はドラゴンジャンケンではなく
『どらごんじゃんけん?』
『ドラゴンジャンケーンっ!!』
ランスは、そんな幼竜達と子供達の元気いっぱいな声を背中で聞きながら、あの男の子の声で来訪者に気付きわざわざ表に出てきて迎えてくれた若い女性神官――『セイナ』と共に孤児院の中へ。
種族は
ランスが孤児院にやってきたのは、
余談になるが、ギルドが一度認可した依頼を、受けたスパルトイが達成したと報告した
ただ、達成したと報告したのに不完全・未解決だった、という事実は、評価を下げ、
では、何故ランスは、毎回、その事後報告をしているのかというと、それが本来
「ランス様のおかげで、この街は、以前とは比べ物にならないほど安全で穏やかになりました」
ランスは、セイナの
ちなみに、今回のような場合、事後報告に使用するのは、ギルドの掲示板に張られている依頼書ではなく、依頼人が記入してギルドに提出する申し込み用紙。
セイナからそれを受け取り、必要な項目
不備はない。これで、ここに来た目的は達成した――のだが……
『ド~ラゴ~ンジャンケンっ、ジャンケンっ、ぽんっ!』
開け放たれて白いカーテンが揺れている窓の向こうから、元気な子供達の声がかすかに聞こえてくる。
大会が終了して新たな王者が誕生するまで、まだ時間がかかりそうだ。
幼竜達と子供達が楽しそうにしている。人と竜との間をつなぐ竜飼師として、現状、それを無理に止めさせなければならない理由はない。
ならば――
「
材料は、露店で買ったものがまだ残っている。
ランスは、以前メルカ市で大会が開催された際、自分は何をしていたか、スピア達に何を求められたかを参考にしてどう行動すべきかを判断し、セイナに許可をもらうと、新たな王者と参加者達の健闘を
孤児院を後にしたランス達は、次に、ギルド《竜の顎》のリムサルエンデ支部へ。
目的は、セイナからサインをもらった書類を提出し、不十分だった依頼を改めて受けて達成した
大通りの目立つ場所に
一応補足しておくと、倒した
【弱体化】して小さくなっている時は気も小さくなるらしく、警戒心が強くなって人見知りするスピア、パイク、フラメア。ピルムも、相手が子供なら平気なのだが、見知らぬ大人になるとビクビクして落ち着きがなくなる。
なので、ギルド会館のように人が大勢いる場所に来ると、決まって、スピアはロングコートのフードの中に
本日も、会館1階の食事処兼酒場は盛況だったが、そんなランス達と肩にキースを乗せたニーナの姿に気付くと、まるで
「――ランス・ゴッドスピードっ!」
そんな中、ガタッ、と勢いよく後ろに引かれた椅子の脚と床がこすれた音が響き、一人の男性が席から立ち上がった。
「今日は会えそうな気がしたんだ。待っていて良かったよっ!」
今日は仕事をするつもりがないのだろう。この辺りの気候に合ったラフな着衣には、鎧と擦れてできた跡が見受けられるものの今は身に付けておらず、左手に
その長剣は、おそらく宝具。だが、鞘は宝具ではない。それ用に特注で
彼は、適当な距離を置いて足を止め、ランスに向かって〔ライセンス〕を提示する。
そこに表示されていたのは、所属するパーティの等級を示す『rank・A』。更に、透明なプレートを納めた銀のケースに三つある指紋サイズの小さな魔法陣、その一つに触れ、表示を身分証に切り替えて、
「俺は『エルセム』。クラン〈開拓者〉で第2班を預かっている者だ」
スパルトイの流儀に
「『ランス・ゴッドスピード』。槍使いの
二人は同時に〔ライセンス〕をしまい、君は? と彼――エルセムに
「〈
エルセムは、そう
「お断りします」
ランスは、即答した。
「…………、理由を聞かせてもらえるかな?」
笑みを消し、真剣な表情で問うエルセム。
それに対して、ランスは、いつも通り平然と、
「〈
〈開拓者〉は、比較的長い歴史を持つクランで、未知や冒険を求める者達の集団。ムー山脈の最高峰――ラ・ムーの
そんな彼らが開拓したルート上には、無数の部族の集落があるのだが、そこを中継基地として利用するため、住民との交渉材料に、槍、ナイフ、弓など獣人の戦士が好む武器や便利な道具、森の中では手に入らない食材や調味料・香辛料、嗜好品など、原始に近い生活を送る彼らにとって珍しい品々や外の文化を
その結果――
〈開拓者〉と接触した部族の集落では、外の世界に
他にも、彼らによって比較的安全なルートが
リムサルエンデ市で開催される
現在、大森海で暮らす部族の半数近くが
そして、貨幣さえあれば何でも手に入れられる事を知った部族の中に現れた。
――高額で売買されるが
話が少し
「俺は、その良し悪しを判断する立場にない。故に、〈
そう言ってから、失礼します、と
受付カウンターの窓口で勤務していた女性職員は、ランスの姿を認めた瞬間から妙に緊張していたが、手続きは問題なく完了した。
これでもうここに用はない。来た道のりを戻って2階から1階へ。
すると、階段を下り切った所に、まだエルセムの姿があった。
「実は、話を聞くだけではなく、本番前……依頼者グループを連れて行く前に、俺達だけで行って現地を調査する予定で、その際、君に
訊いてもいないのにそう告白し、だが、と続け、
「依頼をキャンセルする事はできない。君の協力があろうとなかろうと、俺達は行く。依頼人とその仲間の命を守るのは当然として、俺達も死ぬつもりはない。全員で生きて
そう熱く語った。
そして、それに対して、ランスが答える――その直前、
「ごしゅじんっ!」
「――――っ」
唐突にフラメアが声を上げた。
しかも、ビクンッ、と頭を跳ね上げたのは、今まで微動だにせずマフラーになりきっていた小天竜だけではなく、ニーナの肩にとまっているキースもまた同様の反応を示している。
ちなみに、フードの中のスピア、抱っこされているピルム、足元のパイクもまた、ビクッ、と身体を
それはつまり、幼竜達の中で、フラメアとキースだけが何かを感知したという事。
「くりゅっ くぅ~りゅっ」
「…………」
フラメアが言うには、同属間で行なわれる思念伝達で、現在、
それは、本当にランス達だったのか、それともエレナ達だったのかは
「どうかし――」
「――急用ができました」
エルセムの問いを
ギルド会館を出た所で〔収納品目録〕から〔ユナイテッド〕を取り出し、乗って〔万里眼鏡〕のプレートを、カシャンッ、と下ろす。
フードから出てきたスピアや飛び乗ったパイク、ピルムとキースも定位置につき、最後にニーナが乗ったところで〔ユナイテッド〕が急発進。都市の外へ出るため一番近い大門を目指してぐんぐん加速して行く。
「くぅりゅっ くりゅりゅ~ぅう」
現在、エレナとシャリアがその猿の獣人から話を聞いているところで、ゼファードが
その内容を、肩に乗ったままのフラメアから伝え聞き……
「…………」
ランスは、〔万里眼鏡〕のプレートの下で眉をひそめた。
その猿の獣人
できる事には限りがある。また、できる事だったとしても応じられない場合がある。
だが、助けを求める者がいると知ってしまった以上、知らなかった事にはできない。
ランスは、現在受けている依頼を遂行するための
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