第92話 五つの大陸の一つ レムリディア
この世界には、
最も小さい、妖精族や古代種が現存する神秘の『ヘスペルニア大陸』。
自然の力をその身に宿すアールヴやドヴェルグ達によって分割統治されている『ニライカナン大陸』。
最も大きい、高い知能を獲得して人のように進化した異種族――ルーガルーやバステトなど各部族によって分割統治される『レムリディア大陸』。
これら五つの大陸が存在している事自体は、千年以上前から変わらない。
だが、そこで生きる人々は違う。
彼らが現在の大陸にいるのは、今から
それはつまり、生きるために
そのほとんどは、新しい土地に根を下ろし、今現在も種を存続させている。
だが、竜と人の勇者達によって魔王が討たれ、栄華を極めた魔王国が滅亡して以降、自分達の
そして、還る事を切望しながら、それが
移住させられた土地から故郷へ還る事を望む者と、移住先の地で生まれそこを故郷として生きる者。
そんな人々の土地問題は世界の各地で起きている。
その中で、今、最も事態が深刻化していると言われているのが、レムリディア大陸の玄関口とも称される、海洋貿易の中継点として発達し続けている途上国、他の大陸からの移民達によって作られた多種多民族国家――マルバハル共和国だった。
横に長いレムリディア大陸の南西部。西から東へ向かって緩く弧を描く世界最大の山岳地帯であり、8000メートル級の山々が連なり、最高峰の聖なる山『ラ・ムー』は9000メートルに達する『ムー山脈』の南側。レムリディア大陸で最大級の港湾施設を有するマルバハル共和国の首都『リルルカ』から遠く離れた辺境にある、ムー山脈の
それが、城郭都市『リムサルエンデ』。
そんな、ビルと呼ばれるような高層の建築物はなく、まさに地方で一番大きな町といった景観が広がるリムサルエンデ市には、
「ここが噂の〝
「やっぱり、実際に
そこは、警察署前の大通り。
広さはだいたい三車線分ほど。舗装はされておらず、地系の法呪か練法で
首都の発展に
そんな道の路肩に、一台の
運転席に座っているのは保安官養成学校の実習生であるエルネスト。助手席に座っているのは《トレイター保安官事務所》の所長であるレヴェッカで、後ろの席に座っているのはティファニアとフィーリア、それに、特例で機会を与えてくれたお歴々の期待に
首都リルルカの気候は、
それ故に、
レヴェッカは、拳銃二丁を納めたホルスター、マガジンポーチなどが取り付けられたハーネスを隠すために上着が必要なため、普段のロングジャケットから薄手のジャケットに。
ティファニア、エルネスト、ニーナは、
そして、武器は、レヴェッカ以外、護身用を兼ねて折り畳み式の多目的ナイフを所持している程度。
それは、
ニーナはベルトに大振りのサバイバルナイフを
実のところ、ティファニアとフィーリアは、保安官助手であると同時に、利便性から《竜の顎》で登録を済ませているスパルトイ。なので、
そこで、現在、所員の主武装は全て、
もっとも、まだ珍しい自動車、それも軍用車輛に乗っている地元民が見れば余所者だという事が一目瞭然な男女五人――しかも中の一人は肩に派手な鳥のような生き物を乗せている――は、十分過ぎるほど目立ってしまっているのだが……
――それはさておき。
「なんでそう呼ばれているのか知ってる?」
現在、待ち合わせの場所でランス達の到着を待っている
「昔は、
その一方で、
「じゃあ今は?」
やはり退屈していたからだろう。ティファニアが、晴れ渡った空を
「えぇ~と……、少し長くなりますよ?」
束の間、目を泳がせたニーナはそう断りを入れ、構わないという
「大樹海で修行するの、私は初めてだったんですけど、ランス先輩達は二度目らしくて、前も、修行しながらでもできる依頼を受けたり、達成した事を報告するために、
きっかけは、一枚の依頼書。
レベル指定のない依頼書が張り出されている掲示板にあったそれは、誰も受ける者がいないせいで長く張り出されたままになっていた結果、古びて変色してしまった不人気依頼の一つ。
ランスは、スパルトイを名乗る以上、可能なら仕事をしなければならない、と考え、大樹海でもできる無期限の採取依頼を受けようとしていたのだが、拠点をレムリディア大陸に移す前に活動していたメルカ市では、そういう依頼を片っ端から片付けていたため、ごしゅじんに選択を任されているスピアとパイクの目は自然とそれらに向けられた。
そして、幼竜達の目に留まったその依頼書には、
『子供達に麻薬を売りつける悪い奴らを退治して下さい』
そう書いてあり、最後に、こう書き
――『誰か、助けて』と。
後になって分かる事だが、その依頼書は、教会付属の孤児院で働く若い女性神官が、ギャングからの嫌がらせを受ける事を、最悪の場合、殺される事をも覚悟してギルドに提出したもので、凶悪な犯罪組織と裏で
しかし、結果から言ってしまうと、ギルドは、その考えが間違いだったのだと思い知る事になる。
何故なら、その書面から聞こえてくる悲痛な助けを求める声に応える者がいたからだ。
「ランス先輩達は、その依頼を受けて、孤児院がある一帯を縄張りとするギャングを壊滅させたそうです」
「サラッと言ってくれるなぁ……」
それがどれ程の危険と困難を
「そして、殺傷許可のない犯人は可能な限り逮捕して裁判を受けさせ罪を
「それで〝
そう呼ばれる理由に納得したらしいティファニアがそう呟くと、ニーナは、はい、と頷きつつも、こう補足した。
「そんな事が何回もあったから、またそう呼ばれるようになったそうです」
『何回も?』
振り向いてニーナを見つつ声を
一方、そうだろうな、という表情としているのは、レヴェッカとフィーリア。
ニーナは、はい、と頷いてから、
「壊滅したギャングの縄張りを取り込んだ地元のマフィアとか、カルテル? とか、シンジケート? とか、違いはよく分からないんですけど、ランス先輩達が潰しても潰しても、次来た時には新しい麻薬を扱う組織の末端が入り込んでいて……」
その
そして――
「『マフィア』って、犯罪組織の事だと思っていたんですけど、本当は、警察が頼りにならないからって、地元住民を守るために組織された自警団の事らしいんです。だから、武器をたくさん隠し持っている以外には、麻薬とか人身売買とか……そういう犯罪に手を染めないマフィアもあって、この前聞いた
ニーナがそんな話をしていたちょうどのその時、後部の荷台に
今話題にのぼっていた内容が内容だけに、
「あっ、そうです! ちょうどこんな感じに血が……」
『――えッ!?』
驚きの声を
エルネストは、
トラックの車内は二人乗り。シートは、運転席と助手席に分かれておらずベンチのようにつながっていて、当然、片側、丸いハンドルやシフトレバー、アクセル、ブレーキ、クラッチ――三つのペダルなど操縦装置があるほうが運転席。
左右両側の窓を開け放っている車内にいるのは、ランスと
運転しているのはもちろんランス。
そして、スピアはというと、まるでラート――大きな二本の鉄の輪を平行につないだ器具を用いて様々な体操を行なう競技――でもするかのように、
しっかり
このトラックは〔
結局、退屈だからとかまってアピールが始まるよりはましだと考え、苦笑しつつもスピアの好きなようにさせておき…………ランスが運転するトラックは事故を起こす事なく警察署に到着した。
敷地内に入り、堂々と
続いてスピアとパイクが車内から地面へ飛び降り、ランスがドアを閉めた時には、警察署の出入口を警備していた二人の制服警官の一方が来訪者の存在を伝えるために署内へ
そして――
「――ランス先輩ッ!」
ニーナが、ジープから飛び降りるなり駆け寄ってきて、
「目的、達成しましたッ!!
そう言いつつ両手で広げて目の前に突き出してきたのは、ランスも持っている認定証。
「だから、ランス先輩達の側でもっと学ばせてもらっても良いですよねッ!?」
「
「――断られても絶対ついて行きますからッ!!」
それに対して、ランスは平然とただ一言。
「そうか」
それだけで、ニーナは、ぱっ、と笑みを咲かせ、本当に嬉しそうに、はいッ!! と頷いた。
「…………」
これは想定の範囲内。なので、ランスは、ひとまず、
ニーナは、
『本来の竜飼師は非戦闘職なんです』と言って、槍の使い方を教えろとか手合わせを望んでくるような事はなく、あくまで竜飼師の後輩として振舞い、最低限の護身術を含む竜飼師に必要だと思われる技術の修行を
それに何より――
「おもしろかった? しけんっ」
「おめでと~」
「おつかれー」
「おいわいするのっ」
スピアとパイク、それに、屋根や幌から降りてきたフラメアとピルムが、ニーナの肩から地面に降りたキースを
もし、どうしようもないほど邪魔になるようなら、その時に対処すれば良い。
ニーナとランスの話が済んだ
「君たちはモフモフなのに元気だねぇ~」
「
そう言って一つため息をつく。
それが、《トレイター保安官事務所》の一員、
このレムリディア大陸には、世界最大のバステトの集落が存在する。
だが、クオレが生まれ育ったのは、エルヴァロン大陸のオートラクシア帝国、その中でも雪が珍しくない寒い地方。
それ故に、生まれ故郷の環境に適応したクオレには、例え他のバステト達が苦にしなくとも、亜熱帯の気候は耐え難いものなのだろう。
「小さくなれるから、いつでもどこへでもランス君と一緒に行けるしね」
そう言ったのは、ティファニアの
実は、エレナとシャリア、そして、
「ランス君は、そんな
いつものロングコート姿で
訊くべき事は他にあるだろうに、思わずといった様子で発した第一声がそれで、
「耐えられないほどではありません」
対するランスは、平然とそう返しつつ、レヴェッカに向かってアタッシェケースを差し出した。
「新たに確保した証拠品です」
それは、麻薬カルテルがこの街に送り込んだ下部組織、ランスが今朝壊滅させたその拠点で発見したもので、構成員と汚職警官のつながりを証明する根拠となり、裁判で有罪にするための材料。警察側が裏切れないよう犯罪者側が用意していた、いわゆる万が一の保険であり、ランスにとっては無用の
それを受け取ったレヴェッカは、チラッ、と幌が掛かっているトラックの荷台に目を向けてから、
「不気味な
そう問われて、ランスが、所有する〔
それらは、透明な袋と
レヴェッカは、ざっと見て中身は全て同じようだという事を確認すると、山積みにされた大小無数のパッケージの中から片手で持てる小さなものを手に取り、
「――『アルカイク』ね」
『アルカイク』とは、背の低い木の名前で、覚醒剤、アヘン、ヘロイン、コカイン、マリファナ…………違法薬物は多々あれど、今、最も
そうこうしている内に、警察署内から年配の制服警官を先頭に数名が足早に表へ出てきて――
「あとは任せて」
それを見たレヴェッカが保安官の顔で言い、ランスは頷いた。
そこは、リムサルエンデ警察署の署長室。
種族は
そんな、リムサルエンデ警察署の署長は、広い
「またか……~ッ!」
入ってきた薬物銃器対策課で主任を務める私服警官――部下の一人であり共犯者の表情を見た時点で嫌な予感を覚え、ランス・ゴッドスピードの名を聞いた瞬間にそれが確信に変わり、署長は盛大に顔をしかめた。
物的証拠と犯人を
何故なら、その必要があれば、取引している組織から保釈金が支払われる。つまり、
事実、薬物銃器対策課の私服警官達が丁寧に指導してやっているというのに、禁止した
だが、ランス・ゴッドスピードの場合は話が違う。
何故なら、
「…………、やはり、何か手を打たねばならんか……」
ランス・ゴッドスピードは、スパルトイであって、警察官でなければ保安官でもない。つまり、犯罪を取り締まる立場にない。
それを
ならば、
「……だが、どうする?」
最初にギャングが
その結果、その
今なお、目隠しの
そして、この街のマフィアは、ランス・ゴッドスピードと麻薬から完全に手を引き、以降、不干渉の姿勢を
使えるとすれば、その事を知って、この街の麻薬市場を独占できると欲をかき、後から後から
「――失礼」
署長が、頭を抱えてこれ以上ないほど真剣な表情で思案していると、コンコンッ、と署長室のドアをノックする音が
「署員ではないな。誰だ貴様は?」
「私は《トレイター保安官事務所》の所長、『レヴェッカ・リンスレット』です」
署長と主任は、部下からランス・ゴッドスピードが来たとしか聞いていなかったため、
「《トレイター保安官事務所》……~ッ!?」
その名を聞いた主任の
この世界から犯罪者を根絶やしにすると公言している、とか、
それに対して、
「トレイター……保安官……? ――――~ッ!」
はっ、と息を呑んだ署長が思い出したのは――
「『トレイター』の名に聞き覚えが?」
その反応を見逃さなかったレヴェッカが問うと、署長は、知らん、と目を
「懲戒免職と無期懲役は確実」そう言いながらランスから受け取った
署長は、額に嫌な汗を
「……噂を、聞いた事があるだけだ」
「それはどの
「……
それを聞いたレヴェッカは、激しい感情を押し隠す仮面のような無表情で、
「ご存知ですか? ――その噂が探られていた奴らの
「…………~ッ!?」
レヴェッカは、ずいっ、と身を乗り出し、
「貴方は、その噂を誰から――」
「――知らんッ! ……もう忘れた。何年前の事だったかも
皆まで聞かず顔を
「そうですか」
それだけ言うと、一呼吸の間を置いて、それまでの会話はなかったかのような態度で
「
最後に、最大限の
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