第95話 素っ気ない態度をとっていた理由
時は、夜。都市部ではまだ人々が寝静まるには早く、街には
場所は、大森海の奥。猿人の集落の一つ――ナダイスキバナでの事。
高層ビル群のように大木が乱立する大森海の奥には、
だから、と言って、ランス、
「しごとちゅうっ のまないっ」
パイクもまた
ランス達は、
「これからどうするんですか?」
ベルトで装着する
「大森海で所在が確認されている5箇所の麻薬密造所を制圧する」
当初の予定では、先に頭を
しかし、期せずシハーブに助けを求められ、より緊急を要すると判断し、逆方向のナダイスキバナへ。
それに
そして、事務所も
つまり、先輩はそれまでに広大な大森海に点在する5箇所の麻薬密造所を制圧するつもりなんだ、と理解した上で、ニーナは、
「邪魔にならないよう
同行する
「…………」
歓迎も拒絶もせず、ただ一言。
「――行こう」
「きゅいっ」「がうっ」「くりゅっ」「みゃっ」
『はいっ』
月や星の光が届かない漆黒の闇の中を、常人なら全力疾走でもついて行けない速度で駆け出すランス達。
そのまま星空が見える場所まで移動すると、体長10メートルほどの翼竜に形態変化したスピアと、【弱体化】を
『アルカイク』とは、レムリディア大陸原産の背の低い木の事。
そして、違法薬物は多々あれど、今、最も問題視されている
だが、森の中に入れば普通に生えているし、実のところ、
それは何故かというと、獣人、特に部族の戦士達は、古来より、
アルカイクの葉には、使用すると気分が穏やかになる『ダウナー系』に分類される麻薬と同じ成分が
それを使用するとどうなるのか?
例えば、森の中で狩りをしていた二つの部族の戦士達が遭遇してしまった時。
未使用なら、自分達の縄張りに踏み込まれたと激昂して血みどろの殺し合いに発展しかねない場面でも、使用していれば、闘争本能が
例えば、道を歩いている時。
路肩にいた見知らぬ誰かと目が合っただけで、なにガンつけてんだアァッ!? と殴りかかるような乱暴者が、ただの偶然だと気にしなくなったり、気さくに
例えば、お
その瞬間にキレてナイフや
そのような作用に加えて、依存性が軽いため、フレッシュは合法とされているのだ。
ただ、獣人以外の種族、
その一方で、エゼアルシルトやグランディアなど過半数の国々では、軽いドラッグに慣れるとより
獣人達は、そんなアルカイクの葉を、自生している木から採取するのであって、栽培する事はほとんどない。あったとしても、都会暮らしで近場に採取できる場所がない獣人が、自分で使う分を植木鉢で育てる程度。薬草類や山菜などと同じように、取り尽くして木を
もしそれでも
つまり、森や林の中で、アルカイクの木ばかりが集まっている場所があれば、そこは、密造業者の麻薬畑という事になる。
ランス達は、既にそんな場所を5箇所見付けており、今、夜陰に
「…………」
殺傷許可のない犯人は、可能な限り逮捕して裁判を受けさせ罪を
額に装着した〔
「ごしゅじん ごしゅじん」
ごしゅじん達を
〔万里眼鏡〕に備わっている【全方位視野】の能力で、スピアだけでなく、パイク、フラメア、ピルム、
「するっ おてつだいっ」
「まかせて~」
「やるー」
「がんばるのっ!」
「なるとおもう いいれんしゅう」
幼竜達が口々にそう
「…………」
一考するランス。
当初の計画では、幼竜達に索敵と警戒を
「その作戦でいこう」
密造業者は現地人、つまり、総じて人種より耐久力が高い獣人。ならば大丈夫だろう――そう判断してランスが
そして、幼竜達は、状況を開始した。
星空の
念のためにランスも待機していたのだが、結局、その必要はなく、
「……なんか、
見上げ、
それは、まるで見えない巨人の手で
実情を知らずに月明かりの
もっとも、それは、その光景を観た者だけではない。突然、目に見えない恐ろしい力に身動きを封じられた彼らは、心の底から
――それはさておき。
密造所、と言っても、建物は高床式の平屋で、
そんなあばら家で、ニーナは、
『やったったぁ――~っ!』
幼竜達は、声を
ちなみに、『やったった』とは、舌足らずな幼竜達が自分達で考え出した『やりとげた』や『やってやった』『やったー』などの意味が含まれる最近お気に入りの造語。
そして、ランス達は休む間もなく、次の密造所へ向かって人知れず夜の闇を駆け抜けた。
――時は流れ。
場所は、大森海の東側、広大な平原からつながる入口と奥の間の丘陵地帯、その上空。
夜が明けて青さを取り戻した空に、
それは、シャーロット号。
《トレイター保安官事務所》が所有する飛行船――という事になっている、長い楕円形の
「本当にここで
その甲板には、現在、5名の姿があり、吹き抜けて行く高空の涼しい風に長い髪をそよがせつつ心地好さそうに目を細めているフィーリアの横で、
「合ってる。だから、
小型通信用霊装を
「了解、降下します」
そんな穏やかな返事の直後、船体が徐々に高度を下げ始めた。
ちなみに、竜飼師協会へ出向中の竜騎士2名――エレナとシャリアは、森の中に
更に余談になるが、《トレイター保安官事務所》の主力の一人、白獅子の獣人女性であるクオレは、生まれがオートラクシア帝国の寒い地方であるが
盆地を形成する
その高度が地上から300メートル程になった時、木の上に出てきた幼竜達の姿を見付けたティファニアが歓声を上げ――そのまま
飛行船は、木々が密集している場所には着陸できない。
「行くわよッ! 腹
甲板にいる唯一の男性に向かってそう言い放つと、二人
そして、男性恐怖症のフィーリアに気を使って距離をとり、逆側の手摺に寄り掛かって
その様子を確認した
それをティファニアが追い、少し
しかも、上からでは枝葉の
「ここが密造所で、彼らが密売人?」
そんな彼らを
「確認されていた他4箇所からの移送も完了しています」
つまり、昨夜の内に確保した犯罪者は、これで全て。
その他に、製造された麻薬と製造途中だった物――乾燥した葉っぱと生乾きの葉っぱと
「ここが最後、一番大きな栽培場です」
先輩の言葉を引き継ぐように言って、丘の上の密造所から盆地のほうへ目を向けるニーナ。
レヴェッカ、フィーリア、
「…………まさか、この盆地全体がッ!?」
ニーナがそれに肯定を返すと、《トレイター保安官事務所》の面々は
「思い切った事をしやがる」
ティファニアが、
大森海の入口寄りとは言え、周囲に部族の集落はなく、
まさに、取り締まる側の意表を
その視界を
数度
「私は――」
何かを言いかけたその時――
――ゴォオオオオオオオオオオォッッッ!!!!!!
その背後、晴れ渡った青い空と、自分達が育ててきた緑のアルカイク畑が、巨大な3頭のドラゴン――白い翼竜と地竜、そして、伝説の不死鳥の
【竜の吐息】の熱量と
更に、ドラゴンがブレスを吐くのをやめても火の手は
「ちょっとランス君ッ!? どうするのこの大規模森林火災ッ!?」
レヴェッカが、
「間もなく消えます」
あばら家の
そう言っている
そして、盆地の上空だけを覆う暗雲から、ポツリ、ポツリ、と雨が降り始めたと思ったのも束の間、この地方では珍しくない、バケツをひっくり返したかのように、ドザァアアアァッ!! といっきに降り注ぐ集中豪雨によって
それから程なくして空が元の青さを取り戻すと、見る間に
伝説に語られるドラゴンと、気持ちよさそうに雨を浴びていた他3頭が、
『…………』
一部始終を
その一方で、
「なんで3頭にやらせたんだ? 誰か1頭でも十分
呆れ果てたような顔で問うエルネストに対し、
「やりたい、と申し出てくれたから。1頭で十分でも、3頭でやってはならない理由がなかった」
そう淡々と答えるランス。
「あれ? でも……」
「ピルムちゃんは、お兄ちゃん達と一緒に行かなくてよかったの?」
振り返ったフィーリアとティファニアの視線の先には、ごしゅじんのすぐ近く、高い床の上でお座りしている【弱体化】したままのピルムの姿が。
それは、盆地が焦土と化す少し前の事。
ティファニアは、その直前まで抱っこしていたのだが、パイクが駆け出し、スピア、フラメア、キースが空へ舞い上がったのを見て、ピルムも一緒に行くのだろうと思い、自主的に
それなのに、結局、ピルムはそこにいる。
二人の声をきっかけに、レヴェッカ、エルネスト、ニーナの視線も小飛竜に向けられ……
「みゃうっ!?」
戸惑い、
その
「ピルムは、見学です」
「どうしてピルムちゃんだけ?」
「
それを聞いて、フィーリアは不思議そうに小首を
「どうしてスピアちゃん達みたいに、本来の姿に戻らないんですか?」
「恐れているからです」
「恐れている? 本来の姿に戻る事を?」
何故、と理由を知らぬ誰もが疑問を覚えた直後、はっ、と思い出したのは、ピルムが、滅魔竜の眷属だという事。
それが原因だとするなら、これ以上訊かないほうが良いのかもしれない。でも……
知りたいという欲求と訊くべきではないかもしれないという自制心、その葛藤に
『――ニーナのせいっ!』
そう声を
「え? えぇッ? わ、私ですかッ!?」
まだ茫然自失としたままの獣人達とランスを除く全員の視線を浴びて、激しく
必死に記憶を探っても思い当たる
それで、ティファニアが、スピア達にどういう事か
「きゅーきゅきゅうぅ」
「がぁあう がう」
「くりゅお くりゅ くくりゅ」
そうなると当然の
「【弱体化】を発現させて初めて実行した時にニーナが発した、〝
それを聞いたニーナは、
「私、そんな事…………言った…かも……、でも……」
遠い目をしてブツブツ言い、キースは、申し訳なさそうに
その一方で、非難の目を向けていた者達も、初めてピルムに出会った時にかわいいかわいいとキャーキャー騒いだ事を思い出したのだろう。確かにそれが原因なのかもしれないが、悪いとは言えない、少なくとも悪気があって言ったのではなく思わず口をついて出たのだろうと想像できる内容に、気まずそうな顔をした――が、
「ねぇ、ニーナ。ちょっとこっち来て」
ティファニア、フィーリア、レヴェッカが、ニーナをつれてランス達から距離を取り、
「ピルムちゃんの本来の姿って、そんなに……その……アレなの?」
あちらを気にしつつもひそひそ声を
どうしても気になるらしい。
それに対して、ニーナは、今それを聞くんですか、と言わんばかりの非難の表情を浮かべ、しかし、三人の圧力に押されて視線を
「あぁ~……、なんて言うか……、その……えぇ~と……」と必死に言葉を選び「うちのキースもですけど、スピア先輩とかフラメアちゃんとか、パイク先輩も、何となく分かりますよね? 小さくなっている時の姿しか知らなくても」
そう言われて、脳内で、本来の姿と小さくなっている姿をそれぞれ並べて比べてみる三人。
確かに、飛竜や翼竜にころころ
「でも、ピルムちゃんは…………その……ギャップが……」
「え? そんなに?」
レヴェッカ達は、その表情を見て目を丸くし、ニーナは、ランス達のほうを気にしつつも深刻な表情で小さく頷いた。
そんなふうに女性達が集まってこそこそヒソヒソしている一方で――
「大丈夫なのか? 人なら、そういう精神的な問題は、カウンセリングを受けたり、セラピーに通ったりして克服するんだろうが……」
エルネストが、ごしゅじんに抱っこされているピルムの首を人差し指で
対するランスは、いつも通り平然と、だが、そこはかとなく穏やかな表情で、大丈夫、と断言し、
「ピルムは優しいから、自分のためじゃなく、家族や他の誰かのためにそうする必要があると思ったなら、その時は迷わない」
ピルムの頭をぐりぐり撫でながら、更に、
「だから、そんな時が来るまでは家族に頼れば良い。今はそれができるんだから」
そう続けた。
ピルムは
それを見て、エルネストは、無用な心配だったか、と思いつつ頬を弛めた。
幼竜達が何故ニーナに対して素っ気ない態度を取っていたのかが判明する一幕の後、周囲にモンスターがいない事など安全を十分に確認してから、麻薬の密造に関与していた獣人達を警察署に護送するため、レヴェッカが、通信用霊装でシャーロット号を呼び、幼竜達が、【念動力】で、ギリギリまで高度を下げた飛行船の甲板に彼らをまとめて放り込む。それから、スピアが、麻薬畑の残り1割と最後の
大森海での用を済ませた一行は、リムサルエンデ市へ。
その間の移動中、ランスとニーナ、それに幼竜達は、シャーロット号に搭乗し、レトロな
現在、ランス達と《トレイター保安官事務所》によって汚職警官が一掃されたリムサルエンデ警察署には、警察としての機能の正常化が完了して新たな署長が着任するまでの間、その職務を代行するため、
レヴェッカは、その男性の
もう麻薬カルテルの関係者だからと解放される事はない。彼らは、法で裁かれ、罪を
そして――
「私達は大丈夫だけど、ランス君達は?」
レヴェッカの確認に対して、
「問題ありません」
「だいじょぶっ」
「おなじく~」
「へーきー」
「だいじょぶなのっ」
「私も大丈夫です」
「もんだいなし」
休めの姿勢で答えるランスと、横に
レヴェッカは、そんな頼もしい協力者達の姿に笑みを浮かべ、ティファニア、フィーリア、エルネスト――信頼できる
「
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