第88話 〝人の姿をした竜〟
『聖地』や『聖域』と呼ばれる場所は、本来、神聖にして
そういう意味ではもう、竜宮の最奥部は――日々
そんな話を、『竜神の間』がみんなの遊び場になってしまったと途方に暮れていた
――何はともあれ。
ランス、
一応、
そして、その道
それは、その先の『竜神の間』に
「…………?」
ピルムだけが全力の四足ダッシュで駆け戻ってきたのを見て
それは、10や20ではすまない、数十頭もの猫ほどの大きさの小翼竜の
「ごしゅじんっ!? ごしゅじぃ――んっ!?」
ごしゅじんの脚に飛び付き、そのまま回り込んでその
『…………』
「みゃっ!? みゃっ!? みゃあっ!?」
ひょっとすると、普段【弱体化】して『竜神の間』でたむろしている長老竜や準長老竜達が全て来ているのかもしれない――そう思わせる程の数の小翼竜達によって周囲は隙間なく
小翼竜達は、好奇心でキラキラ
「ランス様ぁ――~っ!」
『竜神の間』のほうから、8頭の小老賢竜を引き連れて、
表情は必死だが、お世辞にも速いとは言えない。エメラルド色のサラサラでもふもふな
「んみゃっ!?」
ランスがそんな事を考えている間に、小翼竜達がじわりと包囲を
すると、それを見た小翼竜達は一斉に距離を詰めてランスに
「みゃあぁ――~っ!? みゃあぁ――~っ!?」
ごしゅじんの頭の上から下の様子を
「みゃあぁ――~っ!? みゃっ!? にーちゃっ! にーちゃ――~っ!!」
不意に頼もしい
「みゃうっ!?」
その
その間にも、棒立ちのランスに群がり攀じ登る小翼竜達の先頭は、腰を越えて上半身に達し、ピルムはもう完全なパニック状態。飛んで逃げないのは、飛竜の自分より翼竜である彼らのほうが飛行能力は上だと判断しての事か、それとも、ただ混乱して自分が飛べるのだという事を忘れているだけか……
「んみゃあぁ――~っ!? みゃみゃあぁ――~っ!?」
ランスの頭の上で、
「ひざっ」
「かっく~んっ」
いったい何を考えているのか知らないが、ものすごく楽しそうなスピアとパイクのコンビに両脚の膝裏を同時に、てしっ、と叩かれ、胸元まで駆けあがってきたフラメアに小さな両前足で
「――だめっ!! ごしゅじんっ!!」
それで、反射的に一度は、ピタッ、と止まって再考してみたものの、やはり結論は変わらず、攀じ登ってきて
「がんばってっ!! ごしゅじんっ!? だめっ!! ごしゅじ――みゃぁああああああああああぁっ!!」
ランスとその頭の上にいたピルムの姿は、一斉に群がった小翼竜達の中に
「ラ、ランス様っ!? 大丈夫ですかっ!? ランス様ぁ――~っ!?」
リーネは、近くまできたもののどうして良いか分からず、軽いパニック状態に
「くくぅ ふぅ~……」
寄せては返す波の
どうにも、魔力を撒き散らさず、自分達に敵意を向けない
その後に残されたのが、ひっくり返ったままピクピクしているピルムと、天に
「きゅい?」
その両目を
――何はともあれ。
起き上がったランスがリーネと
「まま」
「――――っ!?」
ママ呼びがかなり
「グリューネがこんなに速く動いているの、初めて見ましたっ!」
それを見たリーネが感動する、という一幕を
ランスとしては、
「くくぅ~っ」
「あつくるしいっ」
「うっとうしー」
グリューネが、みんな自分の子供だと言わんばかりに翼手を広げて幼竜達をまとめて抱き締め、更にその外側から小老賢竜達までがノリで
そんな様子を、その
「ふふふっ、みんな仲良しですね~っ」
媛巫女リネット様しか知らない者達はまず見た事がないだろうという程、嬉しそうに、楽しそうに、ニコニコしている。
国と民を護るために育てられた元少年兵として、槍使いの竜飼師として、ランスにはその平和な光景を壊す事ができなかった。
スピアが、ピルムの背中を踏み台にして包囲の中から上へ飛び出し、そうしてできた隙間を利用して、フラメアはぬるりと
そして、スピア、パイク、フラメアが、樹木や岩石など天然の素材で
すると、その事をすっかり失念していたらしいリーネが慌てて、
「ピルムちゃん待ってぇ――~っ! グリューネと私はランス様とお話しする事があるからぁ――~っ!」
呼び止めるのが間に合い、人の領域と竜の領域を分ける
そっちには、スピア達だけではなく、先程さんざん
あちらも、友好的なら
「――ランス様」
呼ばれて、幼竜達の様子を見守っていたランスが視線を転じる。
すると、リーネが、年相応の少女から媛巫女の表情になっていた。
そして、媛巫女が
その格式張った
本来なら、謁見の間で公式かつ盛大に
正直なところ、ランスは、今からでも逃げ出したいと思った。しかし、時
「
そう媛巫女が宣言した瞬間、小聖母竜の身体から
それを浴びたランスは反射的に目を
すると――
「――称号〝
手を伸ばせば届く位置に、一本の黄金の槍が何の支えもなく宙に浮かんでいた。
「…………」
これまでの経験から見れば分かる。これは一度触れてしまったらもうダメなやつだ。
ランスは、その場で
「
手に取り、身に余る光栄と謝辞を
「――なれど、受け取る事はできません」
「えぇッ!?」「くぅっ!?」
予想外の出来事に、驚きの声を上げるリーネとグリューネ。
「ど、どうしてですか?」
「…………」
自分は既に、身に余る力を、複数の神器・宝具を所持している身。おそらく、グリューネはそれをフラメアから聞いて知っている。そうでなければ『超越者』などと言い出したりはしないだろう。
そして、この1本があろうとなかろうと、結局、この世にごまんといる担い手を殺してでも神器・宝具を奪おうと
なので、ランスが片手片膝をついて頭を下げたまま黙して動かずにいると、
「これは、人と竜との関係が始まる以前、救いの手を差し伸べた
そんな風に来歴を語り始めたが、それを知ったからといって考えは変わらない。
「
長さは2メートル弱、穂先から石突まで一体形成で黄金の輝きを纏う投槍は、確かに、竜の手ではなく、人の手で
だが、今まで守り続けてきたのなら、これからも守り抜いてほしい、とランスは無言のまま胸中で切に願った。
「……ランス様。どうか、
リーネを泣かせたり、困らせたりしたくてこうしている訳ではない。なので、そう懇願されてしまっては致し方ない。
ゆっくりと顔を上げるランス。すると、
「どうしても、お受け取りになって下さらないのですか?」
「くぅ~……」
綺麗なエメラルド色の小っちゃくて可愛いもふもふが、
(あざとい……っ)
もう他の言葉が思い浮かばなかった。
しかも、リーネはおそらく天然だが、やり方が露骨で抜け目ないのはグリューネだけではなく――
「…………ッ!?」
ギョッ、と目を見開くランス。
それは何故かというと、
「うけとってー」
「おねがいー」
『くぅ~……』
グリューネが発した光を見て異変を察し大急ぎで戻ってきた幼竜達、それを追いかける形で戻ってきていた8頭の小老賢竜が、翼手の小さな爪で、ぎゅっ、とズボンやロングコートに
「――――っ」
ならば、と
戦いたくない。人など殺したくない――そう思い続け、言い続けながら、これまでに何度も戦い、幾人もの敵を
今後はそうはならないなどという保証はどこにもない。そして、戦えば当然、負ける、殺される可能性があり、戦い続けていればいずれそうなる。
その時、自分が所持している神器・宝具は、殺して奪った敵に使われる事になる。
そう考えたが
「――だいじょぶなのっ!」
その舌足らずな話し方で発せられた可愛い声が耳に届いた瞬間、想い描いていたのとは違う決着を予感して、ランスはため息をつきたくなった。
「ごしゅじん おねがいきいてくれるのっ ね?」
「…………」
声と気配だけでもその様子が脳裏にありありと浮かび上がるが、常時【空識覚】を展開・維持しているランスには、ある意味目で見るよりも詳細に、
「ごしゅじん?」
無駄な
「ごしゅじん やったねっ」
宙に浮かんでいるピカピカ光り輝く黄金の槍を、キラキラした瞳で見上げていたスピアは、こちらに向かってそう言いながらピョンピョン跳ねる。
全くそうは思わないのだが、スピアの中では、『所有する神器・宝具の数が増える』
「い~はんだん」
正座のように両膝をついているリーネのすぐ側でお座りし、その膝上に、ぽんっ、と片前足を乗せたパイクは、そう言ってコクコク頷き、ごしゅじんに預けておけば悪党の手に渡る事は決してない、と太鼓判を押す。
絶対にグリューネが守っていたほうが確実だと思うのだが、それを伝えてもパイクは譲らないだろう。
そして、後ろから攀じ登ってきて、今、背中に張り付いているフラメアが何をしたいのかは、よく分からなかった。
結局、ランスは、黄金に光り輝く投槍――神器〔
そして、それに付いてきた称号〝
分かり易く言い換えると、この称号を持つ者は、聖母竜やその眷属達から仲間として受け入れられ、同時に、人の身でありながら大協約に基づく竜族の権利が与えられる、という事。
つまり、竜と人の勇者が魔王を倒して以降、最も優先度が高く重要だとされる
称号〝人の姿をした竜〟がどういうものなのかを理解したランスは、
滅魔竜の眷属であるピルムの存在を容認し、それを保護する自分の事まで守ろうとしてくれたのだという事は分かる。だが……
一方は、怪人、魔女、魔王候補、魔王……例えその力がどれほど強大であろうとも、国家の敵、世界の大敵として悪と断じ、正義の名の下に公然と攻撃する事ができる存在。
一方は、多数の神器や宝具、4頭の特異な成長を遂げている
組織が、国が、より厄介な脅威だと考えるのは、果たしてどちらだろう?
そして、ランスは、
やはり、嫌な予感に限ってよく当たる、と。
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