第88話 〝人の姿をした竜〟

 『聖地』や『聖域』と呼ばれる場所は、本来、神聖にして不可侵ふかしんとされている土地や区域であるため、まるでそこだけ時の流れが止まっているかのように、いにしえの姿を今なおそのままに留めている。


 そういう意味ではもう、竜宮の最奥部は――日々長老竜エルダー・ドラゴンや準長老竜達のためのフィールドアスレチックとして進化し続けている『竜神の間』は、聖域とは呼べないのかもしれない。


 そんな話を、『竜神の間』がみんなの遊び場になってしまったと途方に暮れていた媛巫女リーネの前でしようものなら、間違いなく落ち込んでしまうだろうが……


 ――何はともあれ。


 ランス、小白飛竜スピア小地竜パイク小天竜フラメア小飛竜ピルムは、つとめて正面を向きつつもあっちへチョロチョロこっちへチョロチョロする幼竜達が気になって仕方がないらしい案内の少女巫女みこ二人と共に、竜宮の『謁見の間』の奥、玉座の裏から続くグリーンのカーペットのような芝生しばふの道を進み、その奥にある『竜神の間』を目指している。


 一応、蛇足だそくかもしれないが、ランスは、竜宮の門前ではずして〔収納品目録インベントリー〕にしまったため、現在、〔万里眼鏡マルチスコープ〕を装備していない。


 そして、その道なかば、そこから先は聖域であるがゆえに、それ以上進む事を許されていない少女巫女達の案内が終わった途端、それがスタートの合図と決めていたかのように、幼竜達が、ダァ――――ッ、と一斉に駆け出した。


 それは、その先の『竜神の間』に遊び場フィールドアスレチックがある事を知っているからで、ランスは、余人にはそうと分からないくらいかすかに苦笑して幼竜達の小さな後ろ姿を見送り……


「…………?」


 ピルムだけが全力の四足ダッシュで駆け戻ってきたのを見て怪訝けげんそうに眉根を寄せた――直後、実にめずらしい事に、唖然あぜんと目を見開いた。


 それは、10や20ではすまない、数十頭もの猫ほどの大きさの小翼竜のれがその後を追いかけてきている事に気付いたからで、


「ごしゅじんっ!? ごしゅじぃ――んっ!?」


 ごしゅじんの脚に飛び付き、そのまま回り込んでそのかげに隠れるプチパニックの状態のピルム。だが、数秒後には、小翼竜達の一部が左右を抜けて後ろへ回り込み、完全に包囲されてしまった。


『…………』

「みゃっ!? みゃっ!? みゃあっ!?」


 ひょっとすると、普段【弱体化】して『竜神の間』でたむろしている長老竜や準長老竜達が全て来ているのかもしれない――そう思わせる程の数の小翼竜達によって周囲は隙間なくつくくされ、ピルムは、ごしゅじんの左右の脚の間で、せわしなく振り返って前後左右を警戒する。


 小翼竜達は、好奇心でキラキラきらめく瞳をそんなピルムに向け、じぃ~~~~っ、と観察し……


「ランス様ぁ――~っ!」


 『竜神の間』のほうから、8頭の小老賢竜を引き連れて、媛巫女リーネがパタパタ走ってくる。


 表情は必死だが、お世辞にも速いとは言えない。エメラルド色のサラサラでもふもふな小聖母竜グリューネかかえ、公務の際にまとっているものとくらべれば簡素とはいえ運動にてきしているとは言いがたい巫女服だという点を考慮しても、運動能力は10代前半の少女の平均値より低そうだ。


「んみゃっ!?」


 ランスがそんな事を考えている間に、小翼竜達がじわりと包囲をせばめ始め、ピョンッ、と飛びねたピルムは、ごしゅじんの躰をよじよじじ登って上へ上へと逃げ始める。


 すると、それを見た小翼竜達は一斉に距離を詰めてランスにむらがり、その両足から次々と攀じ登り始めた。


「みゃあぁ――~っ!?  みゃあぁ――~っ!?」


 ごしゅじんの頭の上から下の様子をうかがってその光景を目の当たりにしたピルムは、くるくる四方を見回しながら大騒ぎし、


「みゃあぁ――~っ!? みゃっ!? にーちゃっ! にーちゃ――~っ!!」


 不意に頼もしい家族にーちゃの事を思い出して助けを求めた――が、


「みゃうっ!?」


 その三頭にーちゃが、面白がって群がる小翼竜達の中に混じっているのを発見して愕然がくぜんとする事に。


 その間にも、棒立ちのランスに群がり攀じ登る小翼竜達の先頭は、腰を越えて上半身に達し、ピルムはもう完全なパニック状態。飛んで逃げないのは、飛竜の自分より翼竜である彼らのほうが飛行能力は上だと判断しての事か、それとも、ただ混乱して自分が飛べるのだという事を忘れているだけか……


「んみゃあぁ――~っ!? みゃみゃあぁ――~っ!?」


 ランスの頭の上で、威嚇いかくしているのではなく、ただビビッて大騒ぎしているだけのピルムが全身の毛を逆立てている一方で、先頭集団は肩の下あたりまで来たところで前進をやめ――


「ひざっ」

「かっく~んっ」


 いったい何を考えているのか知らないが、ものすごく楽しそうなスピアとパイクのコンビに両脚の膝裏を同時に、てしっ、と叩かれ、胸元まで駆けあがってきたフラメアに小さな両前足であごを押されたランスは、こらえようと思えば堪えられたものの、それではこの状況を無駄に長引かせるだけだと判断し、そのまま両膝から力を、かくっ、と抜く。


「――だめっ!! ごしゅじんっ!!」


 それで、反射的に一度は、ピタッ、と止まって再考してみたものの、やはり結論は変わらず、攀じ登ってきてまとわり付いているフラメアと小翼竜達の重みで、躰は後ろへ徐々に加速しつつ傾いて行き――


「がんばってっ!! ごしゅじんっ!? だめっ!! ごしゅじ――みゃぁああああああああああぁっ!!」


 ランスとその頭の上にいたピルムの姿は、一斉に群がった小翼竜達の中にしずんで消え、


「ラ、ランス様っ!? 大丈夫ですかっ!? ランス様ぁ――~っ!?」


 リーネは、近くまできたもののどうして良いか分からず、軽いパニック状態におちいっておろおろワタワタし、


「くくぅ ふぅ~……」


 っこされている小聖母竜グリューネは、こんなにはしゃいじゃって、みんなまだまだ子供なんだから、とでも言うかのように、首を横に振ってから一つため息をついた。




 寄せては返す波のごとく、目的を達した者からぞろぞろと戻って行く小翼竜達。


 どうにも、魔力を撒き散らさず、自分達に敵意を向けない破壊を創造する滅魔竜ジェノサイドドラゴンの眷属という珍し過ぎる存在が気になって仕方なかったらしく、入れ代わり立ち代わり、思う存分、匂いを嗅いだくんくんしたり、触ったもふもふしたりしてからって行く。


 その後に残されたのが、ひっくり返ったままピクピクしているピルムと、天にされたかのようにお腹の上で手を組んで仰向けに倒れているランスだけだったなら、リーネはもっと取り乱していたかもしれないが――


「きゅい?」


 その両目をおおうようにごしゅじんの顔の上に乗っかって腹這はらばいになっているスピアが楽しげに尻尾を揺らし、フラメアが腹の上で組まれた両手の下に潜り込もうと鼻先を突っ込んでもぞもぞし、お座りしているパイクがピクピクしているピルムを前足でちょんちょんっついているのを見て、なんと声をかければ良いのか分からなくなったようで、しばらくの間、口をぱくぱくさせていた。


 ――何はともあれ。


 起き上がったランスがリーネと挨拶あいさつをしているかたわらで、フラメア芝生グリーン絨毯カーペットの上に下ろされたグリューネが対面し、


「まま」

「――――っ!?」


 ママ呼びがかなり衝撃的だうれしかったらしく、目を見開いたグリューネが、ビィンッ、と立てた尻尾をブンブン振り、


「グリューネがこんなに速く動いているの、初めて見ましたっ!」


 それを見たリーネが感動する、という一幕をはさんで、一行はとりあえず、そこへ向かう途中の道の真ん中から『竜神の間』へ移動した。


 ランスとしては、早速さっそく本題に――フラメアをかいして通達されていた嫌な予感しかしない『直接会って伝えなければならない事』とやらに入ってもらいたいところなのだが……


「くくぅ~っ」

「あつくるしいっ」

「うっとうしー」


 グリューネが、みんな自分の子供だと言わんばかりに翼手を広げて幼竜達をまとめて抱き締め、更にその外側から小老賢竜達までがノリで十重とえ二十重はたえといった感じで抱きついており、スピアは早くも逃げ出そうともぞもぞしていて、フラメアはされるに任せながらも面倒臭そうで、少し前までぐったりしていたピルムはちょっと嬉しそうにしているが、パイクはあきらめ顔で早く終わらせてくれと言わんばかり。


 そんな様子を、そのかたわらにしゃがみ込んで見守っているリーネは、


「ふふふっ、みんな仲良しですね~っ」


 媛巫女リネット様しか知らない者達はまず見た事がないだろうという程、嬉しそうに、楽しそうに、ニコニコしている。


 国と民を護るために育てられた元少年兵として、槍使いの竜飼師として、ランスにはその平和な光景を壊す事ができなかった。


 ゆえに、もくして見守る事しばし。


 スピアが、ピルムの背中を踏み台にして包囲の中から上へ飛び出し、そうしてできた隙間を利用して、フラメアはぬるりとうなぎのように身体をよじって上から、パイクは逆に伏せて翼手の下をくぐって脱出し、後に残されたピルムの上にグリューネや小老賢竜達が折り重なるように倒れ込む。


 そして、スピア、パイク、フラメアが、樹木や岩石など天然の素材できずかれたフィールドアスレチックに向かって突進し、その後を【弱体化】によって精神年齢まで退行している可能性が捨てきれない小老賢竜達がねるように追いかけ、更にその後からグリューネをおんぶするような格好でピルムが後ろ足だけでトテトテ走ってついて行き、リーネがそれを微笑みながら見送る――この段に至ってようやく、ランスは本題を切り出した。


 すると、その事をすっかり失念していたらしいリーネが慌てて、


「ピルムちゃん待ってぇ――~っ! グリューネと私はランス様とお話しする事があるからぁ――~っ!」


 呼び止めるのが間に合い、人の領域と竜の領域を分けるがけから飛ぶ直前、芝生グリーン絨毯カーペットが終わっている手前で止まって戻ってきたピルムが背中からグリューネを降ろし、今度は四つ足で走って行く。


 そっちには、スピア達だけではなく、先程さんざんみくちゃにしてくれた小翼竜達もいるのだが、もう全く気にしていないらしい。


 あちらも、友好的ならこばむ理由はないとばかりに、もうピルムが何者であるかなど気にする様子もなく、スピアやパイクの時と同様、普通に受け入れて一緒に駆け回って遊んでいる。


 流石さすがは、竜種の中でも特に情愛が深いとわれる聖母竜と眷属達。そのふところもまた深い。


「――ランス様」


 呼ばれて、幼竜達の様子を見守っていたランスが視線を転じる。


 すると、リーネが、年相応の少女から媛巫女の表情になっていた。




 っちゃくなった竜族ドラゴン達が元気に遊び回る一方で、相対する、内心の困惑をおくびにも出さず泰然とたたずむランスと、小聖母竜を胸に抱いた媛巫女。


 そして、媛巫女がおごそかに言葉をつむぐ。


 その格式張った口上こうじょうや持って回った言回しのせいで、長い上に難解な内容を簡単に要約すると――


 本来なら、謁見の間で公式かつ盛大にり行いたいところなのだが、前に連絡した際に受けた、そんなのごしゅじんは嫌がるし来てと言われても行かないと思う、というむねのフラメアからの助言に従って、残念で仕方ないが、自分達だけしかいない今この場所で『称号授与の儀式』を執り行います、との事。


 正直なところ、ランスは、今からでも逃げ出したいと思った。しかし、時すでに遅く――


力の意味を知る聖母竜マザードラゴンの名の下に、媛巫女たるわたくし、リネットが、超越者たるなんじ、ランス・ゴッドスピードにさずけます――」


 そう媛巫女が宣言した瞬間、小聖母竜の身体からほとばし神々こうごうしい光。


 それを浴びたランスは反射的に目をかばい…………収まったのを察して閉じていたまぶたを開きつつ、顔の前に上げていた腕を下ろす。


 すると――


「――称号〝人の姿をした竜ドラグーン〟。この神器と共にお受け取り下さい」


 手を伸ばせば届く位置に、一本の黄金の槍が何の支えもなく宙に浮かんでいた。


「…………」


 これまでの経験から見れば分かる。これは一度触れてしまったらもうダメなやつだ。


 ランスは、その場でうやうやしくひざまずき、こうべを垂れ、


恐悦至極きょうえつしごくぞんじます」


 手に取り、身に余る光栄と謝辞をべる――と、両名は思っていたのだろうが、


「――なれど、受け取る事はできません」

「えぇッ!?」「くぅっ!?」


 予想外の出来事に、驚きの声を上げるリーネとグリューネ。


「ど、どうしてですか?」

「…………」


 自分は既に、身に余る力を、複数の神器・宝具を所持している身。おそらく、グリューネはそれをフラメアから聞いて知っている。そうでなければ『超越者』などと言い出したりはしないだろう。


 そして、この1本があろうとなかろうと、結局、この世にごまんといる担い手を殺してでも神器・宝具を奪おうと目論もくろやからねらわれるという状況は変わらない。


 ゆえに、何と答えても、ランス様なら大丈夫です、とか、それならもう一つくらい……、などと言われて押し付けられる恐れがある。


 なので、ランスが片手片膝をついて頭を下げたまま黙して動かずにいると、


「これは、人と竜との関係が始まる以前、救いの手を差し伸べた聖母竜グリューネに、人が、変わる事のない友情と感謝のあかしとして献上けんじょうし、大協約締結のさきがけとなったという由緒ある神器で……」


 そんな風に来歴を語り始めたが、それを知ったからといって考えは変わらない。


よこしまな心を持つ者の手に渡らないよう、グリューネが守ってきたものなのですが、この形状すがたをご覧になればお分かりになる通り、本来であれば人の手にあるべきもので……」


 長さは2メートル弱、穂先から石突まで一体形成で黄金の輝きを纏う投槍は、確かに、竜の手ではなく、人の手であつかうための形状。


 だが、今まで守り続けてきたのなら、これからも守り抜いてほしい、とランスは無言のまま胸中で切に願った。


「……ランス様。どうか、おもてをお上げになって下さい」


 リーネを泣かせたり、困らせたりしたくてこうしている訳ではない。なので、そう懇願されてしまっては致し方ない。


 ゆっくりと顔を上げるランス。すると、


「どうしても、お受け取りになって下さらないのですか?」


 かたわらにやってきて両膝を地面につき、視線の高さを合わせたリーネが、とても悲しそうな表情で問いかけてきて、


「くぅ~……」


 綺麗なエメラルド色の小っちゃくて可愛いもふもふが、おめめをうるうるさせて見詰めてくる。


(あざとい……っ)


 もう他の言葉が思い浮かばなかった。


 しかも、リーネはおそらく天然だが、やり方が露骨で抜け目ないのはグリューネだけではなく――


「…………ッ!?」


 ギョッ、と目を見開くランス。


 それは何故かというと、


「うけとってー」

「おねがいー」

『くぅ~……』


 グリューネが発した光を見て異変を察し大急ぎで戻ってきた幼竜達、それを追いかける形で戻ってきていた8頭の小老賢竜が、翼手の小さな爪で、ぎゅっ、とズボンやロングコートにすがりつき、潤んだ瞳うるうるおめめでランスを見上げていたからだ。しかも、位置取りが的確で、ランスが目をらすと、必ずその先に1頭がいて目を合わせてくる。


「――――っ」


 ならば、とふたたこうべを垂れて瞑目めいもくするランス。


 戦いたくない。人など殺したくない――そう思い続け、言い続けながら、これまでに何度も戦い、幾人もの敵をあやめてきた。


 今後はそうはならないなどという保証はどこにもない。そして、戦えば当然、負ける、殺される可能性があり、戦い続けていればいずれそうなる。


 その時、自分が所持している神器・宝具は、殺して奪った敵に使われる事になる。


 よこしまな心を持つ者の手に渡したくないのであれば、やはり、自分よりグリューネが持っているべきだ。


 そう考えたがゆえに、今度こそ、小聖母竜と媛巫女があきらめるまでこのまま沈黙をつらぬく事にした――が、


「――だいじょぶなのっ!」


 その舌足らずな話し方で発せられた可愛い声が耳に届いた瞬間、想い描いていたのとは違う決着を予感して、ランスはため息をつきたくなった。


「ごしゅじん おねがいきいてくれるのっ ね?」

「…………」


 声と気配だけでもその様子が脳裏にありありと浮かび上がるが、常時【空識覚】を展開・維持しているランスには、ある意味目で見るよりも詳細に、ひざまずうつむいている自分の顔の下までやってきたピルムが、無反応だった事に小首をかしげた後、こちらを不思議そうに見上げてきているのが分かる。


「ごしゅじん?」


 無駄な足掻あがきをしたものだ、と諦観ていかんしつつまぶたを開く。すると、目と鼻の先にあったピルムの顔に、にぱっ、と嬉しそうな笑みが広がった。


「ごしゅじん やったねっ」


 宙に浮かんでいるピカピカ光り輝く黄金の槍を、キラキラした瞳で見上げていたスピアは、こちらに向かってそう言いながらピョンピョン跳ねる。


 全くそうは思わないのだが、スピアの中では、『所有する神器・宝具の数が増える』イコール『戦力が増強され状況に応じて取れる手段の幅が広がる』=『敵撃破の成功率、危機に際しての生存確率が上がって一緒に生きて過ごせる時間が増える』という解釈なので、否定しにくい。


「い~はんだん」


 正座のように両膝をついているリーネのすぐ側でお座りし、その膝上に、ぽんっ、と片前足を乗せたパイクは、そう言ってコクコク頷き、ごしゅじんに預けておけば悪党の手に渡る事は決してない、と太鼓判を押す。


 絶対にグリューネが守っていたほうが確実だと思うのだが、それを伝えてもパイクは譲らないだろう。


 そして、後ろから攀じ登ってきて、今、背中に張り付いているフラメアが何をしたいのかは、よく分からなかった。




 結局、ランスは、黄金に光り輝く投槍――神器〔約束を尊ぶものミスラ〕を拝領はいりょうする事に。


 そして、それに付いてきた称号〝人の姿をした竜ドラグーン〟についてたずねると、聖母竜グリューネが、人の限界を超越して竜の域に至ったと認めた者に送る尊敬と敬愛の証であり、これを授与された者は竜族として振舞う事を許される、との事。


 分かり易く言い換えると、この称号を持つ者は、聖母竜やその眷属達から仲間として受け入れられ、同時に、人の身でありながら大協約に基づく竜族の権利が与えられる、という事。


 つまり、竜と人の勇者が魔王を倒して以降、最も優先度が高く重要だとされるおきてが大協約である以上、今後は、それが、総合管理局ピースメーカーであれ、聖竜騎士団であれ、竜飼師協会であれ、また滅魔竜ジェノサイドドラゴンの脅威を知る国々であれ、例えいかなる理由があろうとも、ランス・ゴッドスピードを、人の法で強制する事も裁く事もできない。攻撃するなどもっての外で、最悪の場合、竜族を攻撃したと見做みなされ、ドラゴンの群れによる正当な権利としての報復攻撃が行われる。


 称号〝人の姿をした竜〟がどういうものなのかを理解したランスは、眩暈めまいにも似た頭痛を覚えた。


 滅魔竜の眷属であるピルムの存在を容認し、それを保護する自分の事まで守ろうとしてくれたのだという事は分かる。だが……


 一方は、怪人、魔女、魔王候補、魔王……例えその力がどれほど強大であろうとも、国家の敵、世界の大敵として悪と断じ、正義の名の下に公然と攻撃する事ができる存在。


 一方は、多数の神器や宝具、4頭の特異な成長を遂げている竜族ドラゴン……個人としてはあり得ないほど強大な力を保有し、依頼遂行中の特級スパルトイに与えられる特権や外交特権にも勝る無敵の権利によって守られ、法で裁く事も表立って攻撃する事もできない存在。


 組織が、国が、より厄介な脅威だと考えるのは、果たしてどちらだろう?


 みずからの陣営に取り込もうと目論む国や組織からのスカウトと、事故死に偽装する事が得意な顔と名前のないこの世に存在しないはずの暗殺者達がひっきりなしに押し寄せてくる未来しか想像できなかったので、ランスは、この称号の事はくれぐれも内密にと頼み、グリューネとリーネは渋々しぶしぶといった様子でそれを受け入れた。


 そして、ランスは、担い手として認めらとりつかれてしまったため、返却する事ができない神器を眺めながら、つくづく思う。


 やはり、嫌な予感に限ってよく当たる、と。

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