第87話 ばいばい じゃないの
《トレイター保安官事務所》が所有する飛行船――という事になっている、長い楕円形の
現在、そのフロア全体のおよそ3分の2、強いこだわりが感じられる木の風合いが生かされたレトロな
そして、そうこうしている間も、ランスとレヴェッカは、フロアの
「――
話が終わると、レヴェッカは早速振り向いてそう指示を出した。
それに対して、はーい、と答えるシャルロッテ。しかし、それきりで特に何もせず給仕に戻ってしまう。
それは、レヴェッカの発言が、この
「マルバハル共和国か……」
エルネストが、
「マルバハルに……っていうより、レムリディアに降りるのは初めてか」
ティファニアが
そして、それを聞いていたレヴェッカは、うんうん、と頷き、
「そうですッ! マルバハル共和国は私達にとって
満面の笑みを浮かべてそう宣言するレヴェッカ。その様子を見て、ティファニアとフィーリアは、どうせ〝槍使いの竜飼師で保安官助手〟の誕生に一歩近付いた、とでも考えてるんだろうな、と察しつつ……ふと何かが引っかかった。
それは、特に付き合いが長い二人だからこそ
その一方で――
「ニーナ」
カウンターテーブルの前に並んでいるスツール、その一つに座っている
「あっ、お
そう言うなり、
「こっちは先輩達が味で選んだので、こっちは私が瓶で選んだやつです。
「わぁ~っ! ありがとうございますッ! マスター、きっと喜びますよっ!」
応接室のようなほうからパタパタ小走りにやってきたシャルロッテが満面の笑みで二人にお礼を述べ、ニーナが、どういたしまして、と笑みを返したのに対して、ランスは、小さく
話は少し飛ぶが、この後の予定は、まず、竜宮で用事を済ませ、次に、三賢人が隠れ住む
そんな経緯で持ち込んだ代物なので、喜んでもらえたなら何より、だが、お礼を言われるような事ではない、と思っている。それが、普段なら、どういたしまして、と返すぐらいはするランスの反応がいつもに増して素っ気ない理由だった。
――何はともあれ。
《トレイター保安官事務所》での用事は
それで、お
「ごしゅじんっ おいしーよっ」
「ふる~つたるとっ」
「ごしゅじんのぶんー」
「みるくてぃーもあるのっ」
自分の分は
テーブルの上で、スピアが、
ランスは、座らずこのまま行くつもりだったのだが、幼竜達があまりにも熱心に勧めるので、クオレ、ソフィア、ミーヤが並んで座っているソファーの対面、スピア達がテーブルの上にいるので
すぐ出発するつもりだったようだし、あまり味わわず
その際、本当に何気なく、捷勁法〝疏通〟でフォークに勁力を通し、タルトと接触する部分に表出させた極小の〝顕刃〟で切断したのだが、そうと気付いた者は一人もなく、切り分けたほうを普通に刺して口内へ。
スピア、パイク、フラメア、ピルム、それにキースはよくある事なのでまだ分かるのだが、何故かこの場にいる全員の視線を感じつつ、妙な緊張感が
「おいしい?」
スピアにそう訊かれたので、
「美味しい」
頷きつつそう答える。
すると、どういう訳か喜ぶ幼竜達。それはよくある事なのだが、何故かこの場の雰囲気が、ほっ、と
自分達は既に食べ終わっているので、ごしゅじんが食べるのを見ている幼竜達。
別に欲しがっている訳ではないという事は分かっていたが、ランスは、残りを手早く六等分し、異様に綺麗な切断面を見せるフルーツタルトをテンポよくその鼻先に差し出す。すると、スピア、パイク、フラメア、ピルム、キースは、
みんなでモグモグし、ミルクティーも
「ご
『ごちそうさまでしたっ』
そんなゴッドスピードさん
「そろそろ失礼します」
席を立ち、そう告げてお
フラメアは、すかさずテーブルの上からジャンプしてごしゅじんの腰のあたりに飛び付き、そのままスルスル
そして――
「ねー様、なにしてるですか?
ソファーから立ち上がった
「ねー様に見せてあげたいものがたくさんあるんですっ! ランス様たちが
「――ミーヤ」
もう聞き慣れた声に呼ばれて振り返る、本来の飼い主を困らせているという事に気付いていない人の姿をした子猫。
その一方で、ランスは、今になってようやく、自分が誤解していたのだという事に気が付いた。
ミーヤは、ずっとソフィアに会いたがっていた。だが、それは、帰りたい、元の生活に戻りたいというのではなく、ソフィアを迎えに行きたい、そして、一緒に探検や冒険をしたいという事だったのだ。
しかし――
「ソフィアにはソフィアの生活がある。俺達と一緒には行けない」
「……え? ……ねー様がいっしょに行けないなら、ミャーは……」
「ソフィアと、家に帰るんだ」
それを聞き、そして、どういう事かを理解して目を見開くミーヤ。
それを察したランスは、そのまま
「ミャーは……ッ! ミャーは、ねー様といっしょにいたいですっ! ――でも、ランス様たちともいっしょにいたいのです……~っ!」
目に涙を浮かべたミーヤは、その背中に向かって、バイバイなんてやですぅ……~っ、と
「ミーヤ……」
ソフィアは、お母さんやご隠居達が、自分を学校に通わせるためにいろいろしてくれたらしいという事を知っている。だからこそ、ミーヤの願いを
「それが叶う機会があるかもしれない。でも、それは今じゃない」
ランスは、足を止めて振り返り、ミーヤの目を真っ直ぐに見詰めて、
「俺達と一緒でなければ見る事ができない景色を見て、できない事を体験した。次は、ソフィアと一緒に、俺達と一緒では見る事ができない景色を見て、できない事を体験してくると良い」
「またねー」
ごしゅじんの肩の上にいるフラメアが、そう言って
「ばいばい じゃないの またね なのっ」
出入口の近くにいるピルムも、後ろ足で立ち上がるとそう言って
そして、ランスがキャビンから出ようとしたちょうどその時、一足先にさっさと通路へ出てシャーロット号の出入口へ向かっていたが、ふとした
その後、シャーロット号から降りたのは、ランス達だけではなく、他に2組。
この顔ぶれは、元々ソフィアとミーヤを、ご隠居が母娘のために用意した帰るべき場所、学園島とも呼ばれる浮遊島マグノリアにある家まで送って行く事になっていたクオレに、保安官養成学校の授業の一環で自動車運転免許を取得したエルネストが、練習を兼ねて事務所備品の
もう一組は、ニーナとキース、それにエレナとシャリア。
原則として、
そんな訳で、ランスは、パイク、フラメア、ピルムと共に体長10メートル程の翼竜に形態変化したスピアの背に乗り、
「――ランス先輩ッ!」
ニーナに呼ばれて振り返った。
「用事が済んだ後に、合流する時間と場所を決めておきましょう!」
地面と翼竜の背の上では高低差があるため、ニーナがやや声を張ってそう提案すると、
「必要ない」
ランスの声量はいつも通りだが、不思議なほどよく通ってニーナの耳に届き、
「必要はないかもしれませんけど、やっぱり決めておいたほうが良いと思います!」
ニーナは、先輩が、必要ない、と言った理由を、聖母竜の眷属同士であるキースとフラメアを
その提案は、だからこそのもので、決めておけば、ランスがそれを守ろうとするため、不測の事態が発生しない限りその時間と場所で合流する事ができる。しかし、決めておかないと、用事が済んだ後は幼竜達、特にスピアの気まぐれに付き合って行動するであろう事が目に見えており、そうなると、こちらからの呼びかけに対して
だが、ランスがそう言った理由は、ニーナの予想とは
「これからどうするかは、自分で決めるんだ」
「えっ? それって、どういう……?」
自分の
「指導はこれにて終了。俺が、ニーナに、竜飼師として教えられる事はもう何もない」
「そ、そんな……そんな事ないですッ! 私は先輩に教えてもらいたい事がまだまだたくさんありますッ!」
「そうだ! 異例の事とは言え、いくらなんでも一般的な
そうニーナを援護する発言をしたのはエレナ。だが、
「指導する内容や期間など、全て俺に一任されています」
竜宮の一角だが竜飼師協会が管理している『新生の間』で、会長から直接依頼されて引き受けると決めた後、依頼内容を確認した際、そこには、会長とニーナの他にエレナとシャリアもいた。
「待ってランス
シャリアが言う通り、竜飼師協会や聖竜騎士団、
「それは依頼に
依頼は、ニーナの指導。そして、その終了を告げるべき相手は、指導を受けていたニーナであって、依頼者である会長への報告義務はない。
つまり、ニーナにそれを告げた今、依頼は達成された。
「ばいばーい」
「ばいばい ニーナっ またね キースっ」
「なんで私だけバイバイなのッ!?」
フラメアとピルムが
「目的を達成しろ。クリアヴォイス学院に入学したのは何のためだ?」
「そ、それは……っ!」
認定試験に合格して資格を取得し、候補生から正式な
ニーナは、『竜族を育てたという確かな証』としてキースの成長記録を取り続けてきたし、前述した通り、指導内容や期間など全て一任されていたので、1年に満たなくとも問題はない。あの公開審査は異例の事で、依頼者と指導者の名前が『確かに育てたという事を知る証人』として書類に記録されているため、審査に参加する必要はない。
ニーナと鳳凰竜に【転生】したキースの実力なら、難なく合格するだろう。
そして、その目的を達成した後でどうするかは、ニーナとキース
「――行こう」
白い翼竜は、当惑や焦燥が
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