第89話 ニーナの報告書
道中は一緒だったエレナとシャリア――竜飼師協会に出向している元竜飼師の竜騎士達とは本部に到着した所で別れ、彼女達が電話で一報を入れていたため、待ち構えていた協会職員の案内で今いる応接室へ。部屋へ入るなり
それで、
「ふふふっ」
ソファーに浅く腰掛け、スケッチブックと鉛筆を手にしているニーナが見詰めているのは、テーブルの上で寝ているキース。
ちなみに、ランスは、その報告書の存在を知っている。それは、先輩に隠し事をすべきではないと考えたニーナが、
様々な角度から見た姿をスケッチし、笑い出してしまいそうになるのを
それを見て、近付いてくる気配を感じ取ったのだと察したニーナは、手早くスケッチブックと鉛筆をショルダーバッグにしまう。その数秒後、応接室のドアがノックされた。
迎えに来た職員に案内されたのは、数ある会議室の一つ。
幹部クラスが重要な案件について話し合う大会議室ではなく、比較的小さな部屋で、ここまでの案内を務めた職員がドアをノックすると、中から、どうぞ、という声が聞こえてきた。
ドアを開けた職員に中へ入るよう
すると、事実その通りだった――が、
「…………~ッ!?」
コの字型に配置された長テーブルに向かって席に着いているのは、竜飼師協会の会長と副会長、あと数名――聖竜騎士団の軍将と参謀長、クリオヴォイス学院の学院長と教頭、竜飼師科や竜騎士科の学部長……竜族に関わる組織のトップが
「席に着いて」
協会本部に到着するまで一緒だったエレナの祖父――竜飼師協会のトップであるモーリス・オールドフィールド会長に
「だいぶ待たせてしまったね。申し訳ない」
そんな謝罪の後、報告書を読ませてもらったよ、と言葉を
そして、始まったのは、質疑応答。
大急ぎで
竜飼師協会の長、モーリス会長の質問は、主に、人と竜の関係について。
例えば――
「
キースの以前の姿を知るモーリス会長が、契約者の肩の上で大人しくしている小鳳凰竜を見つつ発した質問に、ニーナは、いいえ、と首を横に振り、
「私程度では到底無理です」
その答えに、ふむ、と頷いた会長は、血盟紋と【転生】による進化は無関係という事か……、と
その他には、人が竜と血の盟約を交わすために必要な条件や、現在、竜飼師協会や聖竜騎士団に所属している
1 絶対に敵対してはならい。
2 依頼の達成を
3 1・2に反してしまった場合、全ての武器を捨てて両手を見えるように上げるな
ど、言葉ではなくまず行動で、戦う意思がない事を示す。
――周知徹底させるべきだと自信をもって提唱する、最低限これだけ守っていれば、気付いたら躰に風穴が開いていた、などという事態だけは避けられる三つの原則についてなど。
クリアヴォイス学院の学院長を
キースとフラメアを観察する事で得た聖母竜の眷属に関する質問をした時には、
「私達は、分かった気になっていただけなのですね……」
沈痛な面持ちで、重々しいため息をつき、それ以外の竜種に関する知識にも興味が
そんな彼女がした質問の中で、ニーナに
「
というもの。
ピルムの事があるため、可能だと思います、と本心で答え、自分で見た事を、先輩に教えてもらった事を、
だが、あえて報告書には書かず、意図して口を
それは、〝滅魔竜の眷属こそ人と共に
端的に言ってしまうと、滅魔竜の眷属が人類を襲うのは、生きるためであり食べるため。生存本能に従って逃げ出す鳥獣や
ただ、それを妨げる最大の要因が、その身に宿す『破滅のオーラ』とも呼ばれる濃密な魔力。これこそが、鳥獣や怪物だけではなく、人をも遠ざける。
しかし、その破滅のオーラに対して、恐怖や畏怖の念を
それは、同じく魔力を身に宿す者達――魔族。
そう、魔族なら――ノウハウを学んだ魔族の竜飼師なら、おそらく、滅魔竜の眷属と良好な共生関係を
だが、先輩はこうも言っていた。――〝それが実現する事はまずない〟と。
何故なら、世界中で眠りに
グランディア四大大祭の一つ、碧天祭以降、魔族達は、最果ての島から出て世界の一員になろうとする努力を続けている。
そんなご時世に、魔族と滅魔竜の眷属が共生関係を築けるなどという話をしたら、そのような
既に、野生動物なら数キロ離れていても感じ取って逃げ出してしまう破滅のオーラのせいで恐れられ、
だが、ピルムという名前をもらった、あの心優しくて人懐っこい
それ故に、ニーナが提出した報告書では、空前の竜飼師ランス・ゴッドスピードの教育を受けた竜ならそれが可能である、と結論付けられた上で、滅魔竜の眷属の卵や幼竜を発見した場合はランス・ゴッドスピードに対処を依頼すべき、という
だからこそ――
「仮にだが、ランス・ゴッドスピードと聖竜騎士団が敵対し、戦う事になったとしたら、君は、どちらが勝つと思う?」
聖竜騎士団の長、階級は最高位の『軍将』で、いわゆる団長であるオルテマルト・ロウからそんな質問をされた際、ニーナは、サァ――…、と自分の血の気が引いて行く音を聞いた気がした。
それは、自分のせいで、尊敬する先輩とピルムを
邪竜討伐は、竜騎士にとってこれ以上ない
戸惑いを隠せないニーナは、ごくっ、と
「え、えぇ~と……その……そうは……戦いにはならないと思います」
やや
「ランス先輩は、何者とも敵対しません。だから、戦いになるとしたら、それは、攻撃を仕掛けてきた聖竜騎士団に対してランス先輩が反撃する、という事になります」
ニーナは、でも、と続け、
「先輩は、
団長は、話の途中で
それからは、キースの
そして、
「君には是非、今後も、報告と彼とのパイプ役を続けてもらいたい。やってくれるね?」
これこそ、この場にやって来た時からニーナが待ち望んでいた言葉で――
「まだまだ
そう了解したと取れる言葉を
「別れ際に指導の終了を言い渡されて、『目的を達成しろ』と言われました。クリアヴォイス学院に入学した目的を……認定試験に合格して資格を取得し、候補生から正式な
正直なところ、もう
しかし、目的を達成した
だからこそ――
「私に、認定試験を受けさせて下さいッ! 可能なら今すぐにでもッ!!」
キースと共になら必ず合格する自信があるニーナは、その自信をくれた先輩達の許へ帰るため、形振り構わず必死に
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