第78話 地竜搭載戦闘用特殊大型自動二輪車

 ――時はしばしさかのぼり。


〔非常時ですので、スピード違反についてはどうかご容赦ようしゃを〕

「構わないからぶっ飛ばしてッ!」


 【地竜型六連銃身回転砲塔式重力加速重機関砲ドラゴニックガトリング】を車体両脇に1門ずつ搭載して戦闘車輌と化したレース・フォームの〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕は、保安官シェリフ言質げんちをとり、法定速度を超過してなお加速して、選手村への直通ルートを疾走する。


(このスピードなら、先に抜けられる、か……?)


 長時間は厳しい前傾姿勢で〔ユナイテッド〕に乗り、すぐ目の前にある誘惑――風防カウルのすぐ後ろで伏せるようにして姿勢を安定させ、鋭い眼差しで前を見据えているパイク、そのお尻と尻尾に視線が引き寄せられそうになるのにあらがいつつ、前方を注視するレヴェッカ。


 しかし、彼女のそんな希望的観測を嘲笑あざわらうかのように、途中の分かれ道、選手専用と一般用の分岐点へ先に到着したのは、雪崩なだれのように押し寄せた怪物モンスターの群れ。


 その一部は選手村のほうへ曲がり、大半が道なりにオルタンシアと外をつなぐ連絡橋への道、つまり、走行する〔ユナイテッド〕のほうへ向かって突き進む。


 この走行速度ペースで何事もなければ5分と掛からず選手村に到着したのに、と内心でほぞむレヴェッカ。――だが、パイクと〔ユナイテッド〕には、引き返すつもりはもちろん、所要時間ラップタイムを遅らせるつもりなど微塵もなかった。


「がうぅっ」

承知オーライ――【障壁バリア】展開〕


 ラグビーボールのような楕円形、その上半分のような形の【障壁】を展開する〔ユナイテッド〕。


 その【障壁】の内側に2門のガトリング砲が入ってしまっている。だが、問題はない。


 何故なら、〔ユナイテッド〕は知っているからだ。


 みずからが、『各国がいがみ合うのではなく協力すれば、こんなに凄いものが作れるんだぞ』という事を知らしめるために造られたのだという事を。


 同時に、自らを製造した技術者の一人、当時は小さなバイク店の主に過ぎなかったグランディアの若者が、悪と戦う正義のヒーローの愛車あいぼうになってほしいと願っていた事を。


 それ故に、自らに搭載されている障壁発生装置が、外側へ弾く力を発生させる斥力場型、要するに、――乗車したまま戦えるよう、展開したバリアの内側から攻撃できるのだという事を。


〔攻撃、――どうぞ〕

「ガァルルルゥッ!」


 敵の群れを見据えるパイクの双眸そうぼうが燃え上がるかのように光を放ち、うなり声と共に左右2門のガトリング砲、その6本の銃身を備えた砲塔が同時に、ヒュィイイイイイイイイイイィ……、と周囲の空気を巻き取ろうとするかのような高速回転を始め――


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!

 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!


 連射速度は毎分およそ8000発。火薬が爆発して発生したガス圧で撃ち出している訳ではないので、響き渡るのは衝撃波の轟音。


 絶え間のないその砲声は鳴りやむ事のない雷鳴のごととどろき、竜族ドラゴンの霊力を帯びた口径20ミリの弾丸は音速の5倍の速度でほとばしり、前方の敵の群れ中央――小型の個体でも体長3メートルを超え、歪な生命を維持するための必然として生体力場を有するがゆえに、通常の武器・兵器による攻撃を受け付けず、中級以下の法呪では仕留めきれない凶悪な怪物であるキマイラを、はちの巣のごとく穴だらけにして挽肉ミンチに変える。


 生体力場を易々と突き破られ、牙や爪や角が砕け散り、複数ある首や翼や四肢が千切れ飛び、身体や脳天に開いた風穴から血を撒き散らし、脳漿のうしょうや内臓を飛び散らせて崩れ落ちる――それだけで怪物達にとっては絶望するに足る災厄。


 だが、地竜搭載戦闘用特殊大型自動二輪車パイク&ユナイテッドの進路を妨害した代償は、それだけでは済まなかった。


 早くも屍山血河の様相をていし始めた道の中央、そこへ〔ユナイテッド〕が減速するどころか更に速度を上げて突っ込み、横殴りの驟雨しゅううの如き猛射にさらされて穴だらけになった倒れ伏す怪物共しょうがいぶつを、展開した【障壁】で情け容赦なくね飛ばして道を切り開き、選手村を目指して突き進む。


 押し寄せる怪物全てを相手にしている余裕はない。何故なら、展開した【障壁】を永遠に維持できる訳ではないからだ。


 たまたま重機関砲の咆吼をとどろかせて突貫する〔ユナイテッド〕の進路上にいた運のないキマイラ、ケルベロス、オルトロス、スピンクスは、ぐちゃぐちゃにされた挙句、死体の下へ潜り込むような形で撥ね飛ばされて撒き散らされ、進路から外れていた怪物共は血と肉片を浴びせかけられて何が起きたのか理解する間もなくすれ違い――〔ユナイテッド〕は時速200キロを超えて更に加速し、姿勢を低くして風防カウル越しに前を見据えているパイクは【地竜型六連銃身回転砲塔式重力加速重機関砲】を撃ち続け、ただ乗っている事しかできないレヴェッカは、目の前で繰り広げられる凄惨な現実から目を逸らして小地竜のお尻を凝視する。


 それから程なくして、始めは向かってくる怪物共を迎え撃つ形だったのが、選手村のほうへ向かった怪物共を追撃する形になり……ついには先頭集団を追い抜いた。


 そして、前方に見えたのは、連絡橋と浮遊島の接合部に存在する立派な大門ゲートと、その左右へ島の縁に沿って続く高いへい。開会前には選手達を迎え入れ、閉会後には送り出すために開放される重厚な扉は、今、当然のように閉じられている。


「がうっ がぁうっ」

承知オーライ。【大気圧縮噴進装置エアスラスター】起動までの秒読みカウントダウン3秒前から……3,2,1、――起動〕


 レヴェッカは、カウントダウンのおかげで何とか心の準備が間に合い、パイクは、先頭集団を追い抜いた時点で砲口の向きを、ぐるんっ、と180度変えて後方へ、今は追いかけてくる形になっているキマイラの群れへ絶え間のない猛射を続けていた2門のガトリング砲を放棄し、起動にタイミングを合わせて【重力操作グラビティコントロール】で自分達に掛かっている重力を軽減。


 それによって、圧縮空気を噴射しての跳躍ジャンプは前回封鎖を突破した時を大きく上回るものとなり、移動させられるものは全て持ってきて積み上げ扉を封鎖している大門と、誘い込むための空間を開けて築かれている車輛を並べたバリケードを易々と飛び越え、オルタンシア内に取り残された保安官や正騎士達の遥か頭上を通過して、選手村の大通りに着地した。




「――止まってッ!!」


 レヴェッカの鋭い制止の声に急制動をかけ、甲高いブレーキ音を響かせて急停車する〔ユナイテッド〕。


 着地からそのまま走り出したところだったのだが、依頼内容が変更され、《トレイター保安官事務所》に協力しなければならない以上、無視する訳にはいかない。


「パイクくんの力であの門を強化できない?」


 振り返っていったい何事かと問おうとしたパイクだったが、口を開く前に息急いきせき切ってそう訊かれて目を丸くし、


「このままじゃあっと言うに破られる! 選手村ここの造りは怪物モンスターの襲撃を想定していないの!」


 パチパチ数度まばたきを繰り返してから目をつぶる。


 そうして、紋章を介した【精神感応】で一瞬とも言えぬ間に、自分が見た物、聞いた事をごしゅじんに伝えて相談し、


「――――ッ!?」


 くわっ、と目を見開いた。やっぱり、ごしゅじんはすごい。


「パイクくんッ!?」


 〔ユナイテッド〕から、ぴょんっ、と飛び降りたパイクは【弱体化】をゆるめ、一瞬にして体長5メートル程になり、ドンッ、と地を蹴って大跳躍。たったのひと蹴りで大門の前の開いている空間まで移動して着地すると、突如出現した地竜の姿に騒然となる保安官や正騎士達をよそに、後ろ足で立ち上がり、ズシンッ、と両前足を勢いよく地面に叩きつけた。


 そして、それに呼応するかのように、ズズンッ、と浮遊島の縁に沿って築かれている塀の一部、大門から左右へそれぞれ5メートルほど離れた辺りが震え…………他には何も起こらない。


『…………?』


 いったい何が起きるのかと身構えていた一同の前で、くるりと身をひるがえすパイク。


 そのまま、自分に集まっていたもの問たげな視線など気にも留めず、ドンッ、と地を蹴って大跳躍。着地する前に【弱体化】で子犬サイズに戻り、テッテッテッテッテッ、と軽く助走して、ぴょんっ、とね、〔ユナイテッド〕に飛び乗った。


「パイクくん、今――」


 何をしたの? と続くはずだったレヴェッカの言葉をさえぎったのは、押し寄せてきた怪物キマイラ共の咆哮。


 保安官が、正騎士が、意識を切り替え、不退転の決意をもって得物を構え…………困惑に目を丸くし、同僚と顔を見合わせた。


 それは何故か?


 まるで大移動するヌーの群れが対岸へ渡ろうと川へ飛び込むかのように、こちらへ向かってきていた怪物の群れが、だいたい中央で左右に割れ、そのそれぞれが大門へは向かわず次々と連絡橋から跳んで塀に激突し、そのまま20キロ下の大海原へ向かって落ちて行くからだ。


「…………パイクくん、いったい何をしたの?」


 今いる位置から見えているのは、依然として健在な大門。


 聞こえてくるのは、大金鎚ハンマーで壁を乱打し続けているかのような鳴りやまない激突音と、複数の頭を有する無数のキマイラが上げる悲鳴のような重層的大絶叫。


 レヴェッカには、大門と塀の向こう側で何が起こっているのかを知るすべがなく、若干じゃっかん引きつつ尋ねると、


「がぁ~う」

〔奥の手の一つを使いました、と申しております〕


 使用した能力名は、――【庇護の紋章】。


 それは、献身の宝具であり、全ての害意を自らに引き付けて受け止め、仲間を、弱者を、背に庇い護る円形盾――〔庇護女帝プロテクテッドエンプレス〕を食べて獲得した、壁などに〔庇護女帝〕の能力を一時的に付与する能力。


 パイクはまず、大地に君臨する攻殻竜フォートレスドラゴンの眷属としての権能を行使して塀の強度を大幅に上げ、そこに、矢弾だけではなく、他者に危害を加えようとする存在ものの意識――害意を引き付ける引力を発生させる〔庇護女帝〕の能力を付与した。


 その結果が、大門と塀の向こう側で今なお続いているキマイラの集団自殺のような有様。


「がうっ」

承知オーライ。――発進いたします〕


 ごしゅじんが協力するというなら否やはない。だが、本来、秘め隠すものである奥の手について事細かに説明してやる義理もない。


 パイクの指示で走り出す〔ユナイテッド〕。


 レヴェッカは束の間、ぽか~ん、としていたが、やがて、苦笑しつつ、


「まったく……やると決めたら情け容赦ないところとかも含めて、契約者ランスくんにそっくりね」


 それに対して、パイクは風防に両前足をかけて前を見詰めたまま素知らぬふり。

しかし、尻尾は正直で、左右へゆらゆら誇らしげに揺れていた。




 選手とは言っても、オルタンシアを構成する浮遊島の中でも最大規模の大地にある小都市で、各国を代表する学生達は、まとまって『アパルトメント』と呼ばれるような集合住宅に入っているチームもあれば、隣接する幾つかの一軒家に競技のグループごとに入っているチームもある。


 法定速度+10キロ程までスピードを落とした〔ユナイテッド〕は、レヴェッカの案内ナビに従って走行し、設備こそ近代的でも外観は中世頃の、『芸術の都』とでも呼ばれていそうな瀟洒しょうしゃな街並みの中を進む。


 この辺りはまだ静かだった。鳴りやむ事のない雷鳴の如き轟音、折り重なるように響き渡る怪物共の断末魔、撒き散らされる血飛沫、飛び散る肉片……それらがまるで悪い夢だったかのように。


 しかし、それらはまぎれもない現実で、飛び越えてきた大門――正門は大丈夫だろうが、この選手村がある浮遊島には、連絡橋で隣とつながる門があと2箇所にある。そちらでは既に熾烈な戦いが始まっている事だろう。


 柱型のものではなく、道沿いの家々の壁に掛けられている街灯が夜道を照らしているのはいつもの事。だが、やはり異変を感じているらしく、明日の試合に備えて寝静まっているはずの時間帯であるにもかかわらず、明かりが付いている家が多い。


 それは、リーベーラ国立魔法学園の生徒達が宿舎として利用している集合住宅も同じだったが、ここではそれだけではなく……


「はいはいッ! こんな夜中に大声出していったい何事?」


 パンパンとてのひらを打ち鳴らしつつ声を張り上げるレヴェッカ。


 〔ユナイテッド〕が通りやすいよう両開きの扉を大きく開け放ってアーチくぐり、鉄のさくで囲われた敷地内に入るなりそうしたのは、扉を開ける前からなにやら言い争う声が聞こえていたから。見れば、共同の玄関口には、外に出ようとする学生達の姿と、それを押しとどめている《トレイター保安官事務所》の所員3名の姿がある。


「ずいぶんとお早いお戻りだな」


 フィーリアとクオレだけでなく、口でこそ皮肉たっぷりだが、明らかにティファニアもほっとした様子。


 それに対して言い返そうとレヴェッカが口を開くよりも早く、


「どこに行っていたのか知りませんが、戻ったのなら状況を説明して下さいッ! 今、何かが起こっているという事は分かっているんですッ!」


 そう食って掛かったのは、燃えるような赤い髪を短めに整え、紅の瞳は意志の強さをうかがわせ、体躯たいくは一見細身だがよく鍛え上げられている魔族の男子生徒――リーベーラ国立魔法学園チームのリーダーで、


「あっ!? 君はあの時の……っ!」


 自走して門を通ってきた〔ユナイテッド〕、その風防に両前足をかけて乗っているパイクを発見した途端、リーダーの隣で喜びの響きをびた驚きの声を上げたのは、朱金色の長い髪に青紫色の瞳の美少女――以前ランス達が助けた魔族の少女。


 油断していた《トレイター保安官事務所》の面々の脇をすり抜けて駆け寄った少女は、軽く腰を曲げて顔をパイクに近付ける。そして、


「君だけなの? あの人と、一緒にいた白い子は?」

「あっち~」


 パイクが片前足で指し示したほうを、魔族の少女が何気なく見上げた――まさにその時、選手村の上空を、小浮遊島群オルタンシアを、収束を弱めた図太い【灼閃の吐息レーザーブレス】と6条の【光子力線フォトンレーザー】が一直線に貫いた。

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