第77話 〝怪物の母〟

(〝――ご主人様〟)


 城館地下の私室に残っているミスティに呼び掛けられたのは、小浮遊島群オルタンシアへと続く連絡橋――歩道はなく、片側2車線、中央に路面列車トラムの上下線を挟んで計4車線、途中、選手用と一般用で分岐しているが、各国の選手達が選手村入りするために使われる直通ルート――の前で足止めを食らっている時の事。


 ここまでは、レヴェッカが運転する軍用自動四輪駆動車ジープに続き、小飛竜スピア小地竜パイクと一緒にレース・フォームの〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕をり、今回とおったルート最短の所要時間ラップタイムで到着した。


 しかし、その時には既に、被害の拡大をふせぐため、この連絡橋で怪物モンスターの大群を食い止めんとする聖竜騎士団の地上部隊によって封鎖されており、今は、レヴェッカと正騎士が、通せ、それはできない、といったむねの押し問答を繰り返している。


 停車している〔ユナイテッド〕のシートにまたがったまま、ひたいに装着している〔万里眼鏡〕のプレートを鉄兜の目庇まびさしのように下ろしているランスは、その様子を見るとはなしに見ながら、自身の胸のあたり――みずからと融合している〔宿りしものミスティルテイン〕の本体を意識しつつ報告をうながし――


「…………」


 思わずうめき声を上げそうになった。


 敵の首魁しゅかいは、通称〝怪物の母〟こと最古の魔女にして最強の怪人『エキドナ』と、魔王となるべく産み落とされたエキドナの子であり、生まれながらの怪人『アガノキュテス』。


 その他、怪人20体以上、怪物8000体を超えてなお増加中。


 遥かなる天空を絶えず移動し続けているグランディアに怪物モンスターは存在せず、呪物フェティッシュで【擬人化】して入国していた怪人シャイターンは4体だったはず。


 それが、何故こんな事になっているのか?


 想定外の事態でランスが脱落した後、裏碧天祭の会場である小浮遊島群オルタンシアには、グランディア、ハブナローク、オートラクシアから送り込まれた過剰な支持者フーリガン達、三つのチームが残っていた。


 そこで、ミスティは、ご主人様ランスの脱落を踏まえ、一部変更して作戦を実行。行動を開始した怪人達をオルタンシアへ強制転送した。


 そして、4体の怪人を、ハブナロークとオートラクシアで1体ずつ、グランディアに2体――〝剣聖〟パーシアスに1体、それ以外で1体のつもりで割り振ったのだが、敵は想定を遥かに超えた化け物だった。


 特に、パーシアスに割り当てた怪人、後にみずからの口でそう名乗るエキドナの子の中で最も優秀な個体、【擬人化】の呪物を握り潰して怪人としての本性をあらわしたアガノキュテスの実力は、聖剣を抜き放った〝剣聖〟に勝るとも劣らず、そのアガノキュテスが意図的に弟子二人を巻き込むよう立ち回った事で、フリーになったもう1体の怪人に、大きく距離を取って体内に隠し持っていた〔収納品目録インベントリー〕から巨大な鏡型の〔転移門ゲート〕を取り出して設置する隙を与えてしまい、そこから最初に現れたのが、絶世の美女に【変身】していた魔女エキドナ。


 パーシアスと面識があるらしいエキドナは、忌々いまいましげな〝剣聖〟となつかしげに言葉を交わした後、怪人としての本性を現して飛び立ち、小浮遊島群オルタンシアで最も高い位置にある浮遊島、その中央にある大円形闘技場へ移動すると、試合の舞台となる会場中央に腰をえ、上空から侵入できないよう天蓋てんがいのような多重結界を展開した上で、自身の四方に召喚用の魔法陣を展開した。


 それ以降、〔転移門〕からは、怪人達――アガノキュテスの兄弟姉妹が続々と姿を現し、魔法陣からは、〝怪物の母〟とその娘達が産み落した異形の怪物共が絶え間なくあふれ出している。


 それに対して、総合管理局ピースメーカーと聖竜騎士団は、協調してまずオルタンシアと他をつなぐ連絡橋、並びに選手村がある浮遊島と他をつなぐ連絡橋を封鎖。取り残された形となった、選手の警護を担当していた保安官達と、選手村の警備を担当していた正騎士達は、篭城戦の構えで防備を固め、浮遊島フィリラの外縁部にある空港のような施設――聖竜騎士団本部、通称『竜の砦』の広大な発着場では、竜騎士達が相棒の騎竜と共に出撃準備を整えている。


 ちなみに、通常、碧天祭開催期間中は――裏碧天祭が行われていても――就寝時間と共に、選手村をのぞく、全ての会場の明かりと道路の外灯が消されるのだが、夜の闇の中ではモンスターのほうが有利だから、選手村にだけ光があっては怪物共に人がいるぞと教えているようなものだから……などなどの理由で、現在、連絡橋や道路に並ぶ外灯や、試合会場の照明など、オルタンシアに存在する全ての照明器具ライトともされている。


「…………」


 一通り報告をいたランスは、どうやら自分達の出る幕はなさそうだ、とひっそり息をつき、それに気付いて振り返ったスピアの頭を何となく撫でた。


 時期じきに編隊を組んだ聖竜騎士団所属の竜族ドラゴン達が大挙たいきょして飛来し、オルタンシアを構成する各浮遊島に対して地表をめるような絨毯じゅうたん爆撃を敢行かんこうし、怪物共を一掃するだろう。懸念けねんがあるとすれば、エキドナとアガノキュテスだが、今もしぶとく地下留置場への強制転送をまぬがれているフーリガン達に任せておけば良い。


 そんなランスの考えを察したのか、


(〝竜騎士は、怪物モンスターの群れがオルタンシアと外をつなぐ連絡橋を渡り始めるまで攻撃を行ないません〟)


 ミスティからもたらされた情報に、ランスは〔万里眼鏡〕のプレートの下で眉根を寄せた。


 報告は更に続き、竜騎士達による攻撃は最後の手段で、出撃した竜騎士は部隊ごとに近隣の浮遊島外縁で待機し、怪物の群れが連絡橋に到達した段階で状況を開始。ローテーションを組み、部隊を入れ替えながら間断のない波状攻撃で押し寄せる怪物の群れを撃滅する、との事。


 悠長な事を、とランスには下策としか思えなかったが、これには理由がある。


 それは、聖竜騎士団に所属する竜族ドラゴン達は、長時間飛ぶ事、速く飛ぶ事、編隊を組んで飛ぶ事……など、その超感覚で要救助者の捜索や索敵を行なう以外は、ほぼ飛ぶ事しかできない。攻撃は霊装を装備した竜騎士達の役目で、騎竜の大半は竜の吐息ブレスを放つ事もできないからだ。


 媛巫女や翼将家という例外を除けば、人と契約を交わしているドラゴン達は100年も生きていない子供達ばかり。それが普通なのであって、おかしいのは、驚異的な速度で特異な成長を続け、1歳未満であるにもかかわらず、ものの数分で都市を壊滅させる事ができてしまう、きゅーきゅーごしゅじんの手にじゃれついてご機嫌なスピアと、まるで嵐の前の静けさのように、ぼぉ~~っ、と後ろでお座りしているパイクのほう。


 そして、オルタンシアは、『浮遊島』と言っても他とは違って一塊の浮かぶ大地ではなく、まるでグランディアの小型模型ミニチュアのように、高低差のある大小無数の小浮遊島群を、エッフェル塔のような風の影響を受けにくい細い鉄骨を編み込むように組み合わせた構造体や、浮遊石の粉末を含有する特殊な人造石の構造体――歩道や車道や階段や昇降機エレベーター塔などで連結した人工島。


 その内部では、空間が限定される上、障害物が多いため、編隊を組んで飛行するのが困難であり、速度も出せない。


 それに、未だに確認されていないが、飛行型モンスターがいないとは限らず、更には高い位置にある小浮遊島うえから攻撃を受ける可能性もある。


 そんな場所では、例え最強種の竜族であっても、飛ぶ事しかできない翼竜では、包囲殲滅、または分断されて各個撃破されてしまう恐れがある。


 それ故に、下策だと思っているのは、そんなおかしい幼竜ドラゴン達の育ての親にして一般的な竜飼師と契約竜の事情を知らないランスだけで、作戦を通達された竜騎士達のほとんどが、選手村にいる人々の身を案じつつ何とかしのいでくれと祈りながらも、常識的かつ最善の策だろうと考えていた。


 ――それはさておき。


「ダメね。話にならない」


 正騎士に対してつばきかける直前で何とかこらえた――そんな剣幕できびすを返し、戻ってくるなり苛立ちもあらわに言うレヴェッカ。


「こうなったら二択ね。怪人討伐のための特殊部隊か、《竜の顎ギルド》がき集めた討伐隊、救助隊の到着を待ってその後に続いて通過するか、強行突破するか」

「強行突破しましょう」


 ランスは迷わず選択し、


「〝巧遅は拙速にかず〟――エゼアルシルト軍幼年学校で学びました。戦史における敗因は、そのほぼ全ての場合が『遅過ぎた』からである、と」


 そう理由を告げて、スピア、パイクと共に〔ユナイテッド〕から降り、


「作戦があります。リンスレット保安官は〔ユナイテッド〕に乗って下さい。俺はスピアと空から向かいます」


 そう促した。


「わ、分かった。なんか不安だけど……。――あっ、ちょっと待ってッ!」


 そう言って、ジープのほうへ向かうレヴェッカ。


 その一方で、パイクは、振り上げた片前足を、ぺちっ、と地面に叩きつけた。


 直後、パイクの両脇で、ズドンッ、と円筒形の石柱が地面から突き出し、それが見る間に石像を彫り出すかのように成形され…………出現したのは、グレイグ・ハミルトン博士の屋外実験場で戦った魔導式機械鎧ガードレスが装備していた武器を参考に創造した、全長2メートルに迫る大口径重機関砲。


 その名も、【地竜型六連銃身回転砲塔式重力加速重機関砲ドラゴニックガトリング】。


 パイクは、まだこの必殺技を維持したまま走り回る事ができない。なので、地面から切り離して【念動力】で浮かび上がらせると、それを従えて〔ユナイテッド〕に飛び乗った。


 依頼内容が変更され、《トレイター保安官事務所》に協力しなければならなくなったため、彼女を置いて行く訳にはいかない。


 幼竜達は、ただ背中に乗せて飛ぶ、背中に乗せて走るだけなら何の問題もないのだが、紋章を介した【精神感応】で意思を疎通し、まさに人竜一体となる事ができるランス以外の人物を背に乗せた状態では思うように戦う事ができない。


 そこで、ランスが考えた作戦が、このチーム分け。


 ランスとごしゅじんの肩の上にいるスピア、〔ユナイテッド〕と乗車しているパイクは、言葉にはせず互いの健闘を祈って頷き合う。


 そして、ランスとスピアは開けた場所を目指して駆け出し、パイクと〔ユナイテッド〕はその背を見送った。


「よしっ! お待たせ……ぇえぇ~―――…」


 長剣を背負うように、ベルトを右肩から斜めに掛けて背負うタイプのホルスターに納めた愛用の散弾銃ショットガン型霊装――〔平行銃身上下二連中折式猟銃型衝撃杖リンスレット・シルヴァンス〕を装備して振り返ったレヴェッカは、少し目を離したすきに、〔ユナイテッド〕が、車体の前方両側、前輪を挟むようにして2門のガトリング砲を搭載した戦闘車輌と化しているのを見て、驚きを通り越してドン引きし……


「がぁがうっ」

〔ぼさっとしてないでさっさと乗れッ! と申しております〕


 その陰に入り、風防カウルに鼻先がくっつくかつかないかという位置で伏せるような低い姿勢で躰を安定させているパイクにそう促されて、戸惑いもあらわに〔ユナイテッド〕のシートにまたがった。


したんでしまわないよう口を閉じ、両ひざの間で車体ボディを挟み、振り落とされないようハンドルにしっかりおつかまり下さい〕

「ちょっと待って。私、オートバイも運転できるか――」

「――がうっ」

承知オーライ。――発進いたします〕


 レヴェッカにみなまで言わせず、更に有無も言わせず、パイクの指示で急発進。


 自動操縦で走り出した〔ユナイテッド〕は、正騎士達によって封鎖されている連絡橋へ向かってガンガン加速して、


〔【大気圧縮噴進装置エアスラスター】――起動〕


 圧縮空気を噴射して大跳躍ジャンプ。注意を守って口を閉じているレヴェッカの、ヒィイイイイイィ―――…、という絹を裂くような悲鳴の尾を引いて易々と封鎖を突破すると、そのまま一路、選手村を目指して加速し――


「――行こう」

「きゅいっ」


 ランスと、体長10メートル程の翼竜に形態変化してごしゅじんを背に乗せたスピアは、強靭な脚力を遺憾いかんなく発揮しての垂直離陸ジャンプから力強く羽ばたき、上昇から水平飛行へ移行すると、四次元超立方体テッセラクト彷彿ほうふつとさせる小浮遊島群オルタンシアへ突っ込んだ。




 ――〝怪物の母〟エキドナ


 魔王国時代の帝王、つまり、魔王と面識があるとわれ、あらゆる怪物と交わり、その力を自らに取り込んで子を成してきたという、真の不死に至った不滅の存在とも伝えられる最古の魔女にして最強の怪人。


 生きながらにして伝説として語られるその化け物の子供は、数が多い上、その姿も多種多様だが、共通する特徴の一つとして、頭の数が少ないほど動作に整合性が取れて戦闘力が増す、という事が知られている。


 多頭にして多足、多角、多翼、多尾……種類も大きさも様々であらゆる獣を無秩序に合成したような姿の怪物『キマイラ』は、種類が異なる頭のどれが主導権を持つかで行動が変化するため対処が困難だと言われているが、エキドナの子の中では弱いほう。


 犬に限らず、山羊やぎなら山羊、獅子なら獅子、胴体や四肢がどうであれ、同じ頭が三つある怪物は『ケルベロス』、二つある怪物は『オルトロス』、一つの怪物は『スピンクス』と呼称され、頭部と上半身が人型の怪人――下半身が馬や熊や獅子といった獣で、本来その首が在るべき位置から人の上半身が生えている男性型は『ケートゥス』と、背中に皮膜の翼を有し、下半身が蛇であったり8本の蛸足であったり無数の触手だったりする女性型は『デルピュネ』と呼称される。


 現在、小浮遊島群オルタンシアで最も高い位置にある浮遊島、その大円形闘技場から続々とあふれ出し、押し寄せる津波の如く、道伝いに浮遊島から浮遊島へと進軍するモンスターの8割がキマイラ。そこにケルベロスやオルトロスなどが混じている。


 そんなモンスターの大群が選手村へせまっていたその時、別の場所でも事態は推移していた。


 ハブナロークのフーリガン達、残存していた4名、行楽地として有名な浮遊島フィニカスの海で両足がっておぼれかけていたところをランスに助けられた女性と、彼女を『ライラ』と呼んでいた仲間の女性三人は、裏碧天祭の試合中に突如出現した怪人と遭遇し、交戦状態に。四人は、強力な攻性法呪を操る怪人に対し、なすすべなく逃げ出した――というていよそおって、最寄りの試合会場、攻守に分かれての団体戦が行われる城壁に囲まれたとりでへ誘い込んだ。


 その後、たくみに連携し、地形を利用し、怪人を翻弄ほんろうして止めを刺す寸前まで追い込むも、結局、逃走を許してしまった。


 オートラクシアのフーリガン達、残存していた5名、ランス達がリノンとグランディア観光していた際に出会っている、大型の四輪駆動汎用車に乗っていた五人は、半数以上の建物が倒壊している市街地――ランスが主戦場としていた第4会場まで進んだ所で怪人と遭遇。そして、流石さすがは、捷勁法使いが修行で会得し意識的に行っている事を感覚的にできてしまう世間では『聖人セイント』と呼ばれる者達、それに法呪士や練法士も含めて『魔人ディーヴァ』と呼び、人と思わないオートラクシア人というべきか、他国の切り札とも言うべき猛者フーリガン達を利用して実戦試験を行なうため、あのクレイグ・ハミルトン博士が開発した最新型魔導式機械鎧ガードレスの改良版、更には、対怪人用魔導兵器まで持ち込んでいたため、そうとは知らず襲い掛かってきた不運な怪人を蹂躙じゅうりん虐殺ぎゃくさつした。


 その後、非常事態に対処するため、市街地にトラップを布設して簡易の陣地を構築し、状況の把握につとめている。


 グランディアのフーリガン達、残存していた3名、〝剣聖〟と弟子二人ユリウスとリフィルは、第4会場にいるはずのランスと他2チームを挟撃する形に持って行こうと動いていたところで怪人2体と遭遇。巨大な岩が点在する荒野を再現した屋外型試合会場で戦闘になり、始めこそミスティの目論見もくろみ通り、1対1、2対1の構図だったが、怪人の片方――アガノキュテスが、弟子二人を相手に怪人みかたが劣勢なのを見て取るなり機転をかせ、三人を引き付けてその攻撃をしのぎ切り、その隙にフリーになった怪人が〔転移門〕を設置。そこから出現した最古の魔女エキドナは、一方的に〝剣聖〟との会話を楽しんでから怪人としての本性を現すと、この会場は私に相応しくない、とこぼして飛び去った。


 その後、邪魔されてそれを阻止できなかったパーシアスは、前に立ちはだかったアガノキュテスと死闘を繰り広げ、ユリウスは聖剣の真名を唱えて能力を解放し、デルピュネやケートゥスが出現し続ける〔転移門〕の破壊をこころみたものの、それを設置した怪人にはばまれて失敗。その必殺技の余波によって土煙つちけむりが盛大に巻き上げられる中、リフィルが咄嗟とっさの機転で精霊術を行使し、更に粉塵を舞い上げる事で煙幕を張り、態勢を立て直すために撤退する事を選択した三人はその浮遊島から離脱した。


 更にその後――パーシアス達が姿をくらませた後、それを待っていたかのようなタイミングでアガノキュテスや兄弟姉妹と合流したのは、ハブナロークのフーリガン達から逃げ延びてきた怪人。


 そして、味方を得たと安堵したのも束の間、何故この場にいるのかとアガノキュテスに追及され、はぐらかそうとして失敗し、逃走してきた事が露顕ろけんして存在する価値なしと断じられたその怪人が、自分に向けられたてのひらから何気なく繰り出されたとはとても思えない尋常ならざる威力の霊的衝撃波、その直撃を受けて全身を木っ端微塵に粉砕され、扇形の範囲に存在していたもの諸共まとめて消し飛ばされて果てた――その直後、シュバッ、と前触れもなくほとばしった灼熱光線が、周囲に存在していた怪人諸共、巨大な鏡型の〔転移門〕を吹っ飛ばした。




(〝〔転移門ゲート〕、並びに怪人17体の消滅を確認しました〟〝残りは22体〟〝アガノキュテスは健在〟〝他も既に再生が始まっています〟)


 他の浮遊島の陰から陰へ移動しつつ接近しての【灼閃の吐息レーザーブレス】による狙撃が成功し、更に放射し続けながら荒野を再現した屋外型試合会場の上空を通過した翼竜スピア


 その背でミスティからの報告を受けたランスは、了解、と短く返し、


「――次だ」


 相棒の背中の毛をくように撫でながら【精神感応】でめつつ、口ではそう指示を出す。


 スピアは即座にこたえ、残存する怪人達には目もくれず小浮遊島群の中を突っ切って外へ出ると、最も高い位置にある浮遊島、そこにある大円形闘技場を目指して上昇を開始した。


 依頼内容が、『裏碧天祭への出場』から『《トレイター保安官事務所》への協力』に変更されたとはいえ、《トレイター保安官事務所》は、リーベーラ国立魔法学園の生徒達の身辺警護を担当していた。


 つまり、彼らを陰ながら支援するという依頼の大本の部分に変更はない。


 そして、リーベーラ国立魔法学園の生徒達を、『新生の間』で孵化の時を待つかぞくを、いては、媛巫女リーネ聖母竜グリューネ達、親善を目的として今グランディアにいる各国の学生達や来賓、グランディアの知人達を含む無辜むこの民を、エキドナや怪人達から護るには、敵を速やかに殲滅する必要がある。


 それには、まず敵の増援を断たなければならない。


 そのために優先すべき攻撃目標は、怪物を召喚し続けているエキドナと、怪人達が続々と姿を現す〔転移門〕の二つ。


 そこで、ランスは、ミスティが収集してくれた情報をもとに考えた結果、〔転移門〕を第一攻撃目標として定め、つい先程、スピアの攻撃によって目標が撃破された事をミスティが確認した。


 ゆえつぎ、第二攻撃目標――怪物を召喚し続けているエキドナがいる大円形闘技場へ向かって速やかに移動する。


 上昇から下降へ。グランディアの小型模型ミニチュアのような小浮遊島群オルタンシアの全景が見える高さから滑空し、巨大かつ荘厳な歴史的建造物――大円形闘技場へ向かって高度を下げつつ接近する。


 そうして見えてきたのは、天井が存在しない試合会場の上をおおう、かめ甲羅こうらかサッカーボールを彷彿ほうふつとさせる半球形の多面体。


 ミスティの解説によると、あれは可視化するほど強力かつ強固な多重結界で、視覚的には、隣接していても重なっているようには見えないが、実質的には、天蓋てんがいを構成する面の数だけ半球形の層が重なっている状態で、天蓋を構成するどの面を攻撃されてもその中の一つの面に集約され、累積ダメージが限界を超えると砕けるものの、同じように他の面が砕ける前にすぐにその面が修復される。


 要するに、天蓋を構成する面の数だけ――数十もの結界を同時に全て貫通させなければ突破する事はできない。


 ランスが所有している銀槍――担い手が呼び戻すか標的を貫通するまで加速し続ける神器〔貫き徹す虹擲の穿棘ティタノクトノン〕なら、いずれ結界の修復速度を上回り突破する事ができるかもしれない。だが、標的を追尾する機能は備わっていないため、それまでに移動されたら当たらず、破壊するまでの間に十分再度展開するための準備ができてしまう。


 つまり、あの多重結界は事実上突破不可能。


 思い付いた案をミスティに検討してもらったが、あの天蓋の下の空間はエキドナに掌握されているらしく、外部から内部へ【転位罠】や法呪での空間転位も不可能らしい。


 だが、中に入る方法がない訳ではない。


 それは、東西南北に四つある出入口の中で唯一、今も怪物共が雪崩なだれ出ている北門。おそらく、そこだけが中へと、エキドナのもとへとつながっている。


 外側からは攻撃できず、あの北門を崩壊させて閉じても他三つのどれかが開くだけだろう。


 ならば、敵の増援を断つための作戦は、二つ。


 一つは、あの怪物共の流れを掻き分け、さかのぼって内部へ侵入し、召喚しているエキドナを討つ。


 そして、もう一つは――


「グルルルル……」


 突然スピアがうなり出した。


 どうしたのかと訊くと、敵を発見したとの事。


 接近中、飛行する翼竜スピアと大円形闘技場の位置関係であれば、会場の中央にいるというエキドナの姿が目視できたはずなのだが、あの天蓋が光を屈折させているらしく、今まで確認する事ができていなかった。それが、直上付近に到達したところで、突然見えるようになったらしい。


 大円形闘技場上空で旋回を始めたスピア。


 ランスがその視覚を【感覚共有】で借りると、天蓋を構成する光の枠で囲われた面は、まるで透明度の高いガラスのように視線をさえぎる事なく――そこに〝怪物の母〟がいた。


(あれがエキドナ……最古の魔女にして最強の怪人……)


 その姿は、一言で言ってしまうと、半人半蛇。


 だが、その下半身はただの蛇ではない。鮮やかな緑のうろこに包まれた蛇体には、皮膜ではなく、極彩色の羽でいろどられ鋭い鉤爪を備えた一対の翼手が備わっている。あらゆる怪物と交わり、その力をみずからに取り込んで子を成してきたという話だが、五大竜王の眷属以外、おそらく、〝翼ある蛇〟と呼ばれる竜種ドラゴンの力をも取り込んでいるのだろう。


 そして、その上半身もただの人ではない。まるだしよりも淫靡いんび煽情せんじょう的な装束と黄金の装身具を身に付けている上半身は、巨人族のように大きく、肌は紅潮しているかのような薔薇バラ色で、左右3対、計6本の腕を備え、頭部には牙をく蛇の頭部を意匠化した黄金の兜をかぶり、背に流れる長く癖のない艶やかな髪はオーロラのように絶えず色を変え続けている。


 ゆる蜷局とぐろを巻いていて分かり辛いが、その全長は、およそ50メートル。6本ある腕の一対は、豊満な乳房を強調するかのように腕組みしており、他の4本はそれぞれ東西南北へ伸ばされ、その掌が向けられた先には直径10メートル程の魔法陣が展開されていて、そこからは複数の怪物が同時に水面下から浮上してくるかのように続々と出現している。


 聖母竜に匹敵する長い時を生き、力と知識をたくわえ、人の身では行使し得ない絶大かつ人知を超えた法呪まで操る、まさに化け物。


「…………」


 おそらく、単純な力は聖母竜グリューネと同等。その上で、侵攻するにあたって周到に対聖母竜、対長老竜の用意をしているはず。であれば、現在、このグランディアにエキドナを超える生命体は存在しない。


 とはいえ、本来であれば死に等しい眠りにいているはずの百を超える準長老竜が、巣穴から起き出してきて【弱体化】でっちゃくなり、遊び場と化してしまった『竜神の間』で元気にはしゃぎ回って軽くウォーミングアップを済ませている、などという事は流石さすがに想定外だろう。


 ミスティに『竜神の間』の様子をうかがってもらったところ、聖母竜や長老竜達はもちろん、準長老竜達も、でたらめに混ざってにごったようなエキドナが漂わせている霊気――魔力よりもおぞましい瘴気や邪気と呼ぶべきものを超感覚で捉えて強い不快感をおぼえている、との事。


 これは、非常にまずい状況だと言わざるを得ない。


 何故なら、我慢できなくなった準長老竜達が、人や幼い眷属には無理だ、と見切りを付け、排除せんと押し寄せてエキドナと戦闘になれば、その余波でグランディアがなくなりかねないからだ。


 そして、それは、周囲に利用できる人も物も存在しない今、自分が、準長老竜達の我慢が限界に達するまでにあの化け物を討ち滅ぼして敵の増援を断たなければならない、という事でもある。


「…………ッ!?」


 実際にできるかできないかは関係ない。成さねばならないならやるだけだ――と覚悟を決めたまさにその時、ランスの内心を読み取ったかのようなタイミングで上向いたエキドナとスピアランスの目が合った。


 左右の口角を吊り上げてさも愉快そうに笑う女怪に対して、怖気に身を震わせ、咄嗟に目をらしてしまう幼竜スピア。その途端、【感覚共有】が途切れてしまった――が、その直前、ランスは確かに見た。


 エキドナの口が、歓迎してあげる、と動いたのを。


 直後、改めて【感覚共有】を使って視覚をごしゅじんと共有したスピアが見たみせたのは、大円形闘技場の観客席を埋め尽くしていた鳥型や有翼モンスターが一斉に飛び立つ瞬間。


 鳥型で猛禽類の頭部を有するケルベロスがいる。オルトロスがいる。翼長が20メートルに迫るスピンクスがいる。グリフォンやヒポグリフのような、獣の躰と四肢に数対の皮膜や羽の翼を有するキマイラの姿もある。


 それらが一斉に飛び立ち――多重障壁の天蓋をすり抜けて飛び出してきた。


「――スピア」


 それを確認したランスは即断し、北門から突入する選択肢を捨て、それを【精神感応】で伝えられたスピアは力強く羽ばたいて身をひるがえし、オルタンシアからの離脱をはかる。


 もう一つの作戦は、飛行型を落しておいた方が良い。それ故に、オルタンシアを離れ、グランディア全体を包む巨大なシャボン玉のような結界も抜けて、大海原から20キロ離れた雲の遥か上での空中戦に持ち込もうとしたのだが……


「――――っ!」


 さえぎるもののない大空で、スピアの飛行速度や機動力に勝る存在ものはない。その上、オルタンシアの外へ誘い出せば聖竜騎士団の竜騎士達が動くはず、という見込みもあった。


 しかし、そうは問屋がおろさないとばかりに、群れを成して後を追ってきていた怪物共がUターンし、高度を下げて行く。


 その向かう先は、フーリガン達のもとか、それとも選手村か……


 顔は正面に向けたまま〔万里眼鏡〕の【全方位視野】でその様子を確認し、即座に追撃の指示を出すランス。


 急旋回したスピアは、指示を守り、慌てて追いかけるような真似はせず、羽ばたいて滞空しつつ、高度を、躰の向きを、角度を、調節しながら【光子操作フォトン・コントロール】で自分の周りに攻撃用ビットのような六つの光の玉を創り出し…………狙い澄ました先制の一撃が、オルタンシアを構成する全ての浮遊島と浮遊島の隙を抜き、その間でひしめいた怪物共の中心をつらぬいた。

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