第77話 〝怪物の母〟
(〝――ご主人様〟)
城館地下の私室に残っているミスティに呼び掛けられたのは、
ここまでは、レヴェッカが運転する
しかし、その時には既に、被害の拡大を
停車している〔ユナイテッド〕のシートに
「…………」
思わず
敵の
その他、怪人20体以上、怪物8000体を超えてなお増加中。
遥かなる天空を絶えず移動し続けているグランディアに
それが、何故こんな事になっているのか?
想定外の事態でランスが脱落した後、裏碧天祭の会場である
そこで、ミスティは、
そして、4体の怪人を、ハブナロークとオートラクシアで1体ずつ、グランディアに2体――〝剣聖〟パーシアスに1体、それ以外で1体のつもりで割り振ったのだが、敵は想定を遥かに超えた化け物だった。
特に、パーシアスに割り当てた怪人、後に
パーシアスと面識があるらしいエキドナは、
それ以降、〔転移門〕からは、怪人達――アガノキュテスの兄弟姉妹が続々と姿を現し、魔法陣からは、〝怪物の母〟とその娘達が産み落した異形の怪物共が絶え間なく
それに対して、
ちなみに、通常、碧天祭開催期間中は――裏碧天祭が行われていても――就寝時間と共に、選手村を
「…………」
一通り報告を
そんなランスの考えを察したのか、
(〝竜騎士は、
ミスティから
報告は更に続き、竜騎士達による攻撃は最後の手段で、出撃した竜騎士は部隊ごとに近隣の浮遊島外縁で待機し、怪物の群れが連絡橋に到達した段階で状況を開始。ローテーションを組み、部隊を入れ替えながら間断のない波状攻撃で押し寄せる怪物の群れを撃滅する、との事。
悠長な事を、とランスには下策としか思えなかったが、これには理由がある。
それは、聖竜騎士団に所属する
媛巫女や翼将家という例外を除けば、人と契約を交わしているドラゴン達は100年も生きていない子供達ばかり。それが普通なのであって、おかしいのは、驚異的な速度で特異な成長を続け、1歳未満であるにもかかわらず、ものの数分で都市を壊滅させる事ができてしまう、きゅーきゅーごしゅじんの手にじゃれついてご機嫌なスピアと、まるで嵐の前の静けさのように、ぼぉ~~っ、と後ろでお座りしているパイクのほう。
そして、オルタンシアは、『浮遊島』と言っても他とは違って一塊の浮かぶ大地ではなく、まるでグランディアの
その内部では、空間が限定される上、障害物が多いため、編隊を組んで飛行するのが困難であり、速度も出せない。
それに、未だに確認されていないが、飛行型モンスターがいないとは限らず、更には
そんな場所では、例え最強種の竜族であっても、飛ぶ事しかできない翼竜では、包囲殲滅、または分断されて各個撃破されてしまう恐れがある。
それ故に、下策だと思っているのは、そんなおかしい
――それはさておき。
「ダメね。話にならない」
正騎士に対して
「こうなったら二択ね。怪人討伐のための特殊部隊か、《
「強行突破しましょう」
ランスは迷わず選択し、
「〝巧遅は拙速に
そう理由を告げて、スピア、パイクと共に〔ユナイテッド〕から降り、
「作戦があります。リンスレット保安官は〔ユナイテッド〕に乗って下さい。俺はスピアと空から向かいます」
そう促した。
「わ、分かった。なんか不安だけど……。――あっ、ちょっと待ってッ!」
そう言って、ジープのほうへ向かうレヴェッカ。
その一方で、パイクは、振り上げた片前足を、ぺちっ、と地面に叩きつけた。
直後、パイクの両脇で、ズドンッ、と円筒形の石柱が地面から突き出し、それが見る間に石像を彫り出すかのように成形され…………出現したのは、グレイグ・ハミルトン博士の屋外実験場で戦った
その名も、【
パイクは、まだこの必殺技を維持したまま走り回る事ができない。なので、地面から切り離して【念動力】で浮かび上がらせると、それを従えて〔ユナイテッド〕に飛び乗った。
依頼内容が変更され、《トレイター保安官事務所》に協力しなければならなくなったため、彼女を置いて行く訳にはいかない。
幼竜達は、ただ背中に乗せて飛ぶ、背中に乗せて走るだけなら何の問題もないのだが、紋章を介した【精神感応】で意思を疎通し、まさに人竜一体となる事ができるランス以外の人物を背に乗せた状態では思うように戦う事ができない。
そこで、ランスが考えた作戦が、このチーム分け。
ランスとごしゅじんの肩の上にいるスピア、〔ユナイテッド〕と乗車しているパイクは、言葉にはせず互いの健闘を祈って頷き合う。
そして、ランスとスピアは開けた場所を目指して駆け出し、パイクと〔ユナイテッド〕はその背を見送った。
「よしっ! お待たせ……ぇえぇ~―――…」
長剣を背負うように、ベルトを右肩から斜めに掛けて背負うタイプのホルスターに納めた愛用の
「がぁがうっ」
〔ぼさっとしてないでさっさと乗れッ! と申しております〕
その陰に入り、
〔
「ちょっと待って。私、オートバイも運転できるか――」
「――がうっ」
〔
レヴェッカに
自動操縦で走り出した〔ユナイテッド〕は、正騎士達によって封鎖されている連絡橋へ向かってガンガン加速して、
〔【
圧縮空気を噴射して
「――行こう」
「きゅいっ」
ランスと、体長10メートル程の翼竜に形態変化してごしゅじんを背に乗せたスピアは、強靭な脚力を
――〝怪物の母〟エキドナ
魔王国時代の帝王、つまり、魔王と面識があると
生きながらにして伝説として語られるその化け物の子供は、数が多い上、その姿も多種多様だが、共通する特徴の一つとして、頭の数が少ないほど動作に整合性が取れて戦闘力が増す、という事が知られている。
多頭にして多足、多角、多翼、多尾……種類も大きさも様々であらゆる獣を無秩序に合成したような姿の怪物『キマイラ』は、種類が異なる頭のどれが主導権を持つかで行動が変化するため対処が困難だと言われているが、エキドナの子の中では弱いほう。
犬に限らず、
現在、
そんなモンスターの大群が選手村へ
ハブナロークのフーリガン達、残存していた4名、行楽地として有名な浮遊島フィニカスの海で両足が
その後、
オートラクシアのフーリガン達、残存していた5名、ランス達がリノンとグランディア観光していた際に出会っている、大型の四輪駆動汎用車に乗っていた五人は、半数以上の建物が倒壊している市街地――ランスが主戦場としていた第4会場まで進んだ所で怪人と遭遇。そして、
その後、非常事態に対処するため、市街地に
グランディアのフーリガン達、残存していた3名、〝剣聖〟と
その後、邪魔されてそれを阻止できなかったパーシアスは、前に立ちはだかったアガノキュテスと死闘を繰り広げ、ユリウスは聖剣の真名を唱えて能力を解放し、デルピュネやケートゥスが出現し続ける〔転移門〕の破壊を
更にその後――パーシアス達が姿を
そして、味方を得たと安堵したのも束の間、何故この場にいるのかとアガノキュテスに追及され、はぐらかそうとして失敗し、逃走してきた事が
(〝〔
他の浮遊島の陰から陰へ移動しつつ接近しての【
その背でミスティからの報告を受けたランスは、了解、と短く返し、
「――次だ」
相棒の背中の毛を
スピアは即座に
依頼内容が、『裏碧天祭への出場』から『《トレイター保安官事務所》への協力』に変更されたとはいえ、《トレイター保安官事務所》は、リーベーラ国立魔法学園の生徒達の身辺警護を担当していた。
つまり、彼らを陰ながら支援するという依頼の大本の部分に変更はない。
そして、リーベーラ国立魔法学園の生徒達を、『新生の間』で孵化の時を待つ
それには、まず敵の増援を断たなければならない。
そのために優先すべき攻撃目標は、怪物を召喚し続けているエキドナと、怪人達が続々と姿を現す〔転移門〕の二つ。
そこで、ランスは、ミスティが収集してくれた情報を
上昇から下降へ。グランディアの
そうして見えてきたのは、天井が存在しない試合会場の上を
ミスティの解説によると、あれは可視化するほど強力かつ強固な多重結界で、視覚的には、隣接していても重なっているようには見えないが、実質的には、
要するに、天蓋を構成する面の数だけ――数十もの結界を同時に全て貫通させなければ突破する事はできない。
ランスが所有している銀槍――担い手が呼び戻すか標的を貫通するまで加速し続ける神器〔
つまり、あの多重結界は事実上突破不可能。
思い付いた案をミスティに検討してもらったが、あの天蓋の下の空間はエキドナに掌握されているらしく、外部から内部へ【転位罠】や法呪での空間転位も不可能らしい。
だが、中に入る方法がない訳ではない。
それは、東西南北に四つある出入口の中で唯一、今も怪物共が
外側からは攻撃できず、あの北門を崩壊させて閉じても他三つのどれかが開くだけだろう。
ならば、敵の増援を断つための作戦は、二つ。
一つは、あの怪物共の流れを掻き分け、
そして、もう一つは――
「グルルルル……」
突然スピアが
どうしたのかと訊くと、敵を発見したとの事。
接近中、飛行する
大円形闘技場上空で旋回を始めたスピア。
ランスがその視覚を【感覚共有】で借りると、天蓋を構成する光の枠で囲われた面は、まるで透明度の高いガラスのように視線を
(あれがエキドナ……最古の魔女にして最強の怪人……)
その姿は、一言で言ってしまうと、半人半蛇。
だが、その下半身はただの蛇ではない。鮮やかな緑の
そして、その上半身もただの人ではない。
聖母竜に匹敵する長い時を生き、力と知識を
「…………」
おそらく、単純な力は
とはいえ、本来であれば死に等しい眠りに
ミスティに『竜神の間』の様子を
これは、非常にまずい状況だと言わざるを得ない。
何故なら、我慢できなくなった準長老竜達が、人や幼い眷属には無理だ、と見切りを付け、排除せんと押し寄せてエキドナと戦闘になれば、その余波でグランディアがなくなりかねないからだ。
そして、それは、周囲に利用できる人も物も存在しない今、自分が、準長老竜達の我慢が限界に達するまでにあの化け物を討ち滅ぼして敵の増援を断たなければならない、という事でもある。
「…………ッ!?」
実際にできるかできないかは関係ない。成さねばならないならやるだけだ――と覚悟を決めたまさにその時、ランスの内心を読み取ったかのようなタイミングで上向いたエキドナと
左右の口角を吊り上げてさも愉快そうに笑う女怪に対して、怖気に身を震わせ、咄嗟に目を
エキドナの口が、歓迎してあげる、と動いたのを。
直後、改めて【感覚共有】を使って視覚をごしゅじんと共有したスピアが
鳥型で猛禽類の頭部を有するケルベロスがいる。オルトロスがいる。翼長が20メートルに迫るスピンクスがいる。グリフォンやヒポグリフのような、獣の躰と四肢に数対の皮膜や羽の翼を有するキマイラの姿もある。
それらが一斉に飛び立ち――多重障壁の天蓋をすり抜けて飛び出してきた。
「――スピア」
それを確認したランスは即断し、北門から突入する選択肢を捨て、それを【精神感応】で伝えられたスピアは力強く羽ばたいて身を
もう一つの作戦は、飛行型を落しておいた方が良い。それ故に、オルタンシアを離れ、グランディア全体を包む巨大なシャボン玉のような結界も抜けて、大海原から20キロ離れた雲の遥か上での空中戦に持ち込もうとしたのだが……
「――――っ!」
しかし、そうは問屋が
その向かう先は、フーリガン達の
顔は正面に向けたまま〔万里眼鏡〕の【全方位視野】でその様子を確認し、即座に追撃の指示を出すランス。
急旋回したスピアは、指示を守り、慌てて追いかけるような真似はせず、羽ばたいて滞空しつつ、高度を、躰の向きを、角度を、調節しながら【
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