第79話 この空で最も自由な翼
翼があってもまともに飛べる個体は少ないらしく、
それが、
とはいえ、楽観はできない。
それは、砲撃を回避できなかった
その上、群れを成していたそれらが、
あとはもう各個撃破するしかない。
そして、空中戦が始まってしまえば、空を飛ぶ事ができない自分には何も教えられない。自分にできる事は、ただスピアを信じて頼る事だけ――ランスはそう思っていたのだが……
「グルルルルッ」
ごしゅじんを背に乗せて一緒に飛んでいる体長10メートル程の
怪物共は、複数ある頭が口を開けば、炎弾を、雷撃を、氷槍を発射し、火炎を、吹雪を、毒霧を放射し、あわよくば足の鉤爪で引き裂こうと体当り気味に仕掛けてくる。連携をとる事もなく、四方八方から次々と、自分がはずした攻撃が
それに対して、スピアは、ただでさえ浮かんでいる無数のデカい岩の間の空は狭苦しいのに、そこで
そして、たまたま目に付いた、鳥の身体に3種の獣の頭部を有するキマイラを狙い、自分の周りに浮かべている攻撃用ビットのような六つの光の玉の一つから【光子力線】を発射――する直前、
「きゅおっ!?」
選手村からの対空砲火、複数名が同時に行使したものと思われる【
「グルルルルッ」
更に苛立ちが
「…………」
ランスは、そんなスピアの様子を見ていて…………ふと思い出した。
これは、今伝えなければならない。戦闘中だが、【精神感応】でなら一瞬で伝えられる。
だがしかし、ランスは、相棒の背を
「――楽しいか?」
「~~~~ッ!?」
ごしゅじんの口から出たとは思えない言葉に、募っていた苛立ちが吹っ飛ぶほど驚いたスピアは、あらんかぎりに目を見開き、バタバタと羽ばたきまで
そこへ、鷹と梟の頭を有する鳥型キマイラと禿鷹のようなスピンクスが追い付いてきて――スピアは迷わず逃げ出した。
この動揺を
スピアは、余計な事は一切考えず全力で飛び、キマイラとスピンクスをぶっちぎって戦闘空域からの離脱し、オルタンシアの外へ飛び出した。
その周囲を
それに対して、ランスは、下ろしていた〔
「師匠が言ってたんだ。――〝戦いを楽しむのは悪い事じゃない〟と」
求められるのは結果。
師匠はそう言っていた――が、
「俺は、そうは思わない――」
何故なら、戦いを楽しいと思った事が、楽しみたいと思った事が、一度もないから。
だからこそ今まで忘れていたのだが、スピアらしくない、不自由で
「――でも、今は……少し、分かったような気がする」
スピアの背を撫でながら、語り掛けるランス。
気を引き締め、真剣に、真摯に、
しかし、
ランスは純白の体毛に包まれた相棒の背を撫でつつ、もう一度、スピア、と呼びかけ、そして告げた。
自分には無理だけれど、スピアにならできる。だから――
「――思いっきり楽しめ」
そんなごしゅじんの言葉に、スピアは躰をブルブルと震わせて…………進路変更。
向かう先は、不自由を強いられ、散々イライラさせられた
だがしかし――
グォオォオオオオオオオオオオォ――――~ッッッ!!!!
空の敵は全て任せろ、そんな気迫が込められた咆吼がオルタンシア内の大気を
先制の砲撃が成功したからだろう。スピアの念頭には、ずっと〝撃ち落とす〟という意識があった。
だが、今はもう、全力で思うが
ならば、攻撃は自分の役目。
しかし、スピアが気にしていたように、自分もまた、まだまだ未熟で射程を思うように調節できないため〝
だが、
覚悟を決めたランスは、〔万里眼鏡〕のプレートを額に上げたまま、バッ、と両腕を左右へ広げ、
(――〝来い〟)
召喚に応じて出現し、その両手に装着されたのは、――指先から肘までを覆う神秘的な黄金の
それは、天空城の宝物庫で眠っていた四つの神器の一つ、
「我が
その真名は――
「――〔
力が解放された途端、黄金の甲拳が太陽のような光輝を帯び、次の瞬間には肘のほうから5本の指先へ向かって収束し――発射準備完了。
(――兵は神速を貴ぶ)
スピアは、霊力で身体能力を強化して力強く羽ばたき、生体力場に加えて風の結界を
その接触した瞬間、または慌てて回避した怪物とすれ違う一瞬、主観時間を本来の速度域に戻したランスの眼球が、怪物の姿を次々と捕捉し…………その数が10に達した時、両手の全ての指先から光弾が発射された。
その速度は準光速。それぞれ空中に異なる10の軌道を描いて全弾直撃。
光弾一つ一つの大きさは
これが、神器〔
一度でもその姿を見て照準を固定すれば、対象がどこまで逃げても、遮蔽物の陰に隠れて視界に入っていなくても、発射された光弾が準光速で追尾し、確実に命中する。
攻撃対象を肉眼ではっきり認識して焦点を合わせなければならないため、本来であれば、姿や
だが、今はオルタンシアの屋外と各試合会場に存在する全ての照明器具が点灯しているため、明かりは十分。そして、特化修練によって速力に特化し、余人とでは
「…………」
光弾発射後、甲拳が再度光輝を纏い、それが指先に収束して発射可能になるまで、およそ8秒かかった。
今のランスの主観時間ではかなり長く感じるが、これも致し方ない。
「きゅっ きゅうっ きゅぅうぅ~っ」
まるで欲求不満を解消しようとするかのように、のびのびと飛び回るスピア。
当然、追ってくる怪物がおり、攻撃してくる怪物がいる。
しかし、それで苛立っていたのが一転、今は歯牙にもかけず軽やかに
一方、そんな翼竜に騎乗しているランスは、まさに見敵必殺。視線を縦横に
それから程なくして、思いっきり飛ぶ事に満足したらしいスピアも攻撃に転じ始めた。
その方法は、双方が動き回っている状態ではまだ上手く当てられない遠距離射撃ではなく、空中での近接戦闘。
手始めに、全力での飛行中、唐突に躰を起した。すると、空気抵抗が一気に増した事で急激に減速し、追尾してきていた翼を有する獅子のようなスピンクスが追突しそうになり――そこへ絶妙なタイミングで後ろ回し蹴りのような〝
肉が潰れて骨が砕ける生々しい音を掻き消す豪快な打撃音が響き渡り、
次は、選手村の上空で
スピアは、やらせるものか、とそのオルトロスへ向かって急加速。十分に勢いを付けてから片方の翼手で、パンッ、と空を打ったその反動で躰を錐揉み回転させ、オルトロスの背後を通過し様に、捷勁法〝顕刃〟の応用、勁力の刃を爪ではなく翼に纏わせた〝竜翼斬〟で、見事、二つの鷹の首を一撃で
ある時は、自慢の脚力とごしゅじん直伝の捷勁法〝踏空〟を駆使し、水平飛行から唐突に空中を蹴って飛び上がると跳び横蹴りをぶちかましてスピンクスの首をへし折り、またある時は、とある浮遊島の側面に向かって突っ込み、躰を
まるで
「――
そう
その存在に気付いたスピアが方向転換して迎え撃とうとするが、向こうの術が完成するほうが早い――が、その背に乗っているランスの行動のほうが更に速かった。
片手から発射された5発の光弾が、こちらに向けられた双掌の前で魔法陣が完成されるより先に、デルピュネの眉間、喉、心臓、鳩尾、臍下丹田に直撃。それで上半身が消し飛び、どうやら
それ以上に危なかったのが、ケートゥスの待ち伏せ。
下半身は象、上半身はそれに見合った筋骨隆々な巨漢で、甲冑のような生体装甲を纏うという武闘派な外見とは裏腹に、飛行ルートを予測してとある浮遊島の縁で待ち構え、遅延術式を用い、更には隠蔽術式まで緻密に組み込んで、既に発動可能な状態で待機させ、完成している魔法陣を隠し…………目障りな白い翼竜が目の前を通り過ぎようとしたその時、高位攻性法呪を起動。隠蔽が解除されると同時に魔法陣が光を放ち――それを突き破って象の巨体に光の槍が突き刺さった。
その光の槍の正体は、ランスが行使した〔
五つの光弾は、まとめて
だが、その速度は光速。
光槍が描く軌道は一直線。ランスが投じるのと命中するのはほぼ同時。霊威の塊であり光の速さが生み出す運動エネルギーが破壊力に転化され、直撃を受けたケートゥスは内側から破裂するように消滅し、浮遊島の縁が大きく
最大限に仕事を楽しむ
そうして、近寄る異形、目に付く怪物を片っ端から駆逐して行き…………ふと気付くと、
しかし、まだ終わりではない。
スピアが顔を向けた先にあるのは、それぞれに試合会場が乗っているだけの規模が小さな浮遊島が密集している一角、まるで
そこに、残りの敵が、小浮遊島を遮蔽物として利用し、身を隠しつつ遠距離攻撃を仕掛けてきていた
「…………?」
それが分かっていながら、おもむろに
どうやら、そこをどう攻略するか考えて……いや、思い付いた二つの方法、そのどちらにするか迷っているらしい。それも、既に一方へ
「迷うような事じゃない」
「――――っ!」
たった一言。それで驚くほど気分が晴れ、迷いを振り払ったスピアは、
本来であれば、S字カーブやクランクを進む車のように速度を落とすべき場所。しかし、鼻先から尻尾の先までピンッと躰を伸ばして翼をたたみ、まるで一本の投槍のように密集地帯へ飛び込んだスピアは、減速せず、そのまま絶妙なタイミングで躰を
そして、待ち構えていた怪物共が攻撃する
これでオルタンシアの空にあった怪物の姿は全て消え、上がってくる怪人の姿はなく、今のところ追加はない。
ならば――
「――次だ」
ミスティの報告によると、今も各所で行われている戦闘で、あるいはパイクが施した【庇護の紋章】に釣られて連絡橋から飛び降り、多少は減ってもいるそうなのだが、それ以上の速さで召喚されて増え続けており、その数は既に1万を超えてなお増加中との事。
可及的速やかに敵の増援を断たなければならない。
そこで、ランスはスピアに、エキドナがいる大円形闘技場――ではなく、選手村の付近で地上型モンスターがいない会場へ降りるよう指示した。
選手村のほうへ飛び、見付けたそこへ向かう。――その途中、
「ごしゅじん たのしかった?」
スピアは楽しかったのだろう。とてもすっきりした顔でそう訊かれたランスは、ほんの少しだけ頬を
「しんどい」
そう言ってちょっとだけ眉尻を下げた。
そんなごしゅじんを見て躰を揺らし、楽しそうに笑うスピア。
しかし、それも束の間、目的地に近付くと気持ちを引き締め、とある屋外型の試合会場へ向かって降りて行った。
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