第43話 〝終の雷鳴〟vs〝硬い稲妻〟

「――狙撃だとッ!?」


 銃声は着弾から遅れて遠雷のようにとどろき、ディランが戦慄に驚きの声を震わせる。


 その一方、ランスは〔万里眼鏡〕の【遠視】と【透視】を発動させて、弾丸が床に着弾した位置、倒れる前のナイフ使いの法呪士を貫いた傷の位置、この2点を結ぶ線の延長――弾道を見極めて逆に辿り…………狙撃手を発見した。


 この店――酒場バー《楽園》は丁字路の交差点にあり、店の前から二車線の両側に歩道を加えたくらいの幅の道が真っ直ぐ700メートルほど続いている。狙撃手がいるのはこの道の突当りの建物の屋上。そこで微動だにせず銃を構えている。


 そして、同時に別の事にも気が付いた。


 既に街が目覚め、人々が働き始めている時間帯であるにもかかわらず、店の前の太い通りには人っ子一人見当たらない。車輌が走っていない。違法駐車の一台もない。


 人払いの結界か、通行が規制されているなら、それをしているのは警察か、軍か、マフィアか、それとも……


「ごしゅじ~ん」


 呼ばれて足元に目を向けると、透明化と【認識不可】を解除したスピアとパイクがお座りしていて――パイクの前には2粒の金属が転がっている。何かと思えば、それはライフル弾の弾頭だった。いつの間にか床の弾痕から穿ほじくり出してきたらしい。


 ランスがそれを手に取って観察していると、


「それはッ!? それを見せてくれッ!」


 ディランにそう乞われ、パイクに尋ねると、見せるだけなら良いとの事なので一つを放る。


 キャッチしたディランはそれをよくよく観察し……


「【守護力場フィールド】をとおす呪化合金の特殊弾頭、連射可能な自動小銃オート・ライフルでこの精度の狙撃……間違いない。――〝終の雷鳴サンダラー〟だ」


 なんてこったと言わんばかりに天井を仰いだ。


「さんだらぁ?」

「がおがお」


 スピアに訊かれてパイクは首を横に振り、揃って目で問いかけてくる幼竜達に対してランスも首を横に振る。


「伝説的な殺し屋だ。自身の異名にもなっている魔導式狙撃システム〔終の雷鳴サンダラー〕の性能を唯一完全に発揮する事ができる天才狙撃手スナイパー。脚自慢の異種族や〝瞬動〟の達人でも、奴に狙われて逃げ延びた者はいないと言われている」

「狙撃システム?」


 クオレが鸚鵡おうむ返しに訊くと、


「ただ望遠照準器スコープを取り付けただけの狙撃銃じゃない。弾丸を音速の数倍にまで加速させる銃身バレル、銃全体を空間に固定して反動を完全に抑え込む銃床ストック、照準を補正し阻害系、光学系、幻覚系の術を無効化する望遠照準器……それらを組み込んだ特製の自動小銃を自分専用にカスタマイズし、殺傷力と命中精度を極限まで高めた精密兵器――それが『狙撃システム』。奴が作った造語だと言われている」


 ランスも初めて耳にする言葉だったが、要するに、特製の狙撃銃、という事だろう。


「ごしゅじん ごしゅじ~ん」


 そんな事よりと言わんばかりのタイミングで呼ばれて視線を下げると、後ろ足で立ち上がったパイクが前足でズボンを掴んでクイクイ引っ張っていて、どうしたのか訊くと……


「その弾を」


 ディランは手にしていた弾頭を放り、受け取ったランスがそれをどうするのか何となく気になって見ていると……


「――オイオイオイっ!?」


 咄嗟に止めようとするディランを気にせず、ランスは、あ~んっ、と口を開けたパイクの舌の上に呪化特殊合金製ライフル弾の弾頭を乗せた。ぱくんっ、と口を閉じて飲み込んだごっくんした後、


「そんなもの食わせて大丈夫なのか?」

「自分で食べたいと言ったものなので大丈夫です」


 本当にそれが何なのか分かってるのか? とか、木の実どんぐりじゃねぇんだぞ、とか、ぶつぶつ言っているのが聞こえたが気にせず、もう一つも同じように食べさせる。


 弾頭は二つあったため、パイクはスピアに一つ勧めたのだが、以前遺跡に隠されていたものを貪り食らった事があるスピアは、ありがと、と気持ちだけ受け取ってそれをパイクにあげた。それでも味は気になるようで、


「んまい?」


 スピアがそう訊くと、パイクは、ん~ん、と首を横に振り、


「あじない のどい~」


 味はしないが喉越しはいいらしい。スピアは分かる分かると言わんばかりに頷いて、ランスは、噛まずに飲み込んでるんだからそうだろうな、と何となく思った。


 ――それはさておき。


 もう安全とは言えない以上、ここに留まるという選択肢はない。


「裏口はあるのか?」

「地下のがそうだ」


 クオレの問いに答えるディラン。他には窓もないらしい。


「正面は分が悪過ぎる。裏口の鍵を開けて中に誘い込むぞ」


 その裏口が既に塞がれている事を知らないディランの意見に、知っていても賛成らしいクオレは、ランスに向かって確認する。


「あれは、元に戻せるのか?」

「可能です」


 それどころか、パイクの【地形操作アースコントロール】なら、適当な場所の壁に穴を開けて道を作る事も、地下の酒蔵からトンネルを掘って進む事もできる。


 だが、ランスにはパイクにそんな事を頼むつもりはなかった。


 それは何故かというと、〝終の雷鳴〟を避けてこの場を切り抜けたとしても、それ以降ずっと、遠距離からこちらを付け狙う天才狙撃手の存在にわずらわされる事になるからだ。それは具合が悪い。この場で排除すべきだ。


 それに、現在の状況は、〝終の雷鳴〟を撃破するにも、〝あれ〟をスピアとパイクに見せるにも、絶好の機会だと言える。


 二人に異論はないかと問われたランスは、狙撃手の排除を提案し、理由を説明した。しかし、理を認めつつも反対されたので以降は沈黙する。


 それは、端からできないと決め付けている輩にできると口で幾ら言っても無駄だからだ。論より証拠。考えを改めさせるにはやって見せるしかない。


 〔万里眼鏡〕を貸し、【透視】で土壁を元に戻した途端、雪崩なだれのように押し寄せてくるあの敵の数を見せれば考えを変えるか、とも思ったがやめた。それでもおそらく、分があるのは、己の間合いの外から一方的に攻撃してくる一人の天才狙撃手より、手の届く範囲にいる大勢のほうだと考えるだろう。


 戦場になる酒蔵からソフィアを移動させるために、金属扉うらぐちの鍵を開けるために、地下へ続く階段がある店の奥へ向かうクオレとディラン。そんな二人を尻目に、ランスは【念動力】で正面出入口の前に転がっているナイフ使いの法呪士の遺体を脇へ除け、


「スピア、パイク」

「きゅいっ」

「がうっ」


 片膝をついて視線の高さを寄せ、しっかり見ていると頷く幼竜達の頭を撫でる。そして、


「ランス? 何をして――」

「――オイっ、まさかッ!?」


 クオレとディランが何か言っていたが無駄な問答をする時間が惜しい。


 ランスは立ち上がり、銀槍を構えた。




 ――全長2メートルに迫る魔導式狙撃システム〔終の雷鳴サンダラー


 いつしか同じ異名で呼ばれるようになっていた殺し屋は、狙撃銃スナイパーライフルを運用するための部品パーツとして自らをシステムの一部に組み込み、既に各部全術式が起動している〔終の雷鳴〕を構え、呼吸を一定に保ち、スコープ越しに712メートル先――名刺代わりの狙撃で仕留めた役立たずの死体が片付けられた後、ドアが開け放たれたままになっている酒場の出入口を見詰め……


「―――~ッ!?」


 死角になっている壁の陰から槍を構えた少年が、ぬらり、と滑るように姿を現し――ハッ、とそれに気付いた瞬間、脳の事象誘導演算領域に待機させていた複合練法【超加速アクセラレーター】を起動。情報系練法による処理速度の加速によって主観時間を遅延させ、操作系練法で思考と行動の同一化を図る。


 発射された弾丸すらナメクジが這うような速度に見えるこの状態になってしまえば、魔人、異種族、捷勁法使いの速さ自慢スピードスターでも、〝終の雷鳴サンダラー〟の主観ではスローモーションのような低速でしか動けない。


(呼吸を読まれた? ――フンっ、もしそうだったとして、だから何だ)


 素早く飛び出してきたなら確実に察知していた。だが、前触れもなく緩やかとさえ言って良い動きに意表を衝かれ、目には映っていたにもかかわらず気付くのが遅れてしまったが、もうこうなってしまっては関係ない。


 何故なら、全身ではなく狙いを定めるのに必要最低限の範囲のみとはいえ、停滞した主観の中で普通に動く事ができるのは己のみだからだ。


 〝終の雷鳴〟は、これまでこなしてきた仕事同様、冷静沈着に対象をスコープの中心に捉え、風速、気温、湿度等々を加味して正確無比に照準を固定ロックオンし――


「―――~ッ!?」


 どんな速さ自慢スピードスターでもスローモーションのような低速でしか動けないはずの主観時間の中で、構えた槍の穂先を正確にこちらへ向けている少年が、スッ、と刺突を繰り出すのを見て、動揺を抑え込み即座に引き金トリガーを絞った。


 発射された弾丸は、まるで水中を進むかのように空気を揺らし、波打たせ、貫いて理想的な弾道を突き進み――


 必中、必殺を確信し、通常の時の流れの中ではまず目にする事ができない己が発射した弾丸に貫かれて揺れる空気の動きを観賞し――その向こうで槍の穂先が光ったように見えた直後、〝終の雷鳴〟の意識は途絶えた。これまで自分が仕留めてきた対象達が最期に味わったのと同じ唐突さで。




 いつも通り槍を中段に構え、〝捷影シャドウムーヴ〟で出入口の脇から、ぬらり、と正面に姿を晒したランスは、常と全く同じ動作、同じ速度で、槍を突き出し引き戻す――その刹那の間に、穂先から迸った一条の閃光が、およそ700メートル先の狙撃銃を伏射姿勢で構えスコープを右目で覗き込んでいた狙撃手スナイパーの左目から入って後頭部へ抜け、そのまま空の遥か彼方かなたまで貫いた。


 迸った閃光に遅れてその軌道を辿るように渦巻いた螺旋の衝撃波が、ランスの額を撃ち抜くはずだった弾丸の軌道を大幅に逸らし、透明な円錐形のドリルで抉るかのように貫いた場所を陥没させ、風穴を開け、更に穴を押し広げて、ついには狙撃手の頭部を爆裂飛散させた。


 ――それは『刺突』を突き詰める事で至った一つの究極形。


 射出するのではなく、槍穂の尖端に集中させ超高圧縮した勁力を一方向へ唐突に緩める事で。そして、縮めて元の状態へ引き戻す。


 勁力を収束させて拡散させないために高速回転を加えられ髪の毛よりも更に細く伸ばされた一条の閃光は、易々と音速の壁を突き破って光速に迫り、その螺旋に巻き込まれた大気中の霊気や半ば物質化した勁力と空気の摩擦によって生じた熱などによって常人の目にもレーザーのような光線として映り、その射線上に無数のリング状の雲を残して衝撃波が大気を震撼させ雷鳴のような轟音が響き渡る。


 この技こそ、いにしえより伝わる槍術がそう呼ばれるようになった最たる所以ゆえん


「――これが〝硬い稲妻カラドボルグ〟だ」


 一瞬の狙撃勝負を制したランスは構えを解き、


生体力場フィールドじゃないけど、爪状の刃を伸び縮みさせたいならこういうやり方もある」


 〝女切り裂き魔ジル・ザ・リッパー〟と呼ばれていた女性が所持していた力場形成能力を有する霊装、その真似をしようとして巧くできずに悩んでいたスピアとパイクにそう伝えた。


「きゅいきゅいっ!」

「がうがうっ!」


 ごしゅじんへの尊敬やら敬愛やらでお目目めめをキラッキラに輝かせて尻尾を盛んにフリフリしていたスピアとパイクは、早速それを試してみる。


 そんな幼竜達の姿を見て、ランスはもっと早く見せておくべきだったなと後悔した。


 この技は、通常の刺突と全く同じ動作モーションで放てる上、基本的に防御も回避も不可能。それ故に、奥義ではあるのだが、必死に秘め隠したり他人の目を気にして使用を控えたりする必要はない。


 それなのに何故これまで使わなかったのかというと、この技は、コツを会得するまでが大変で、それが成ってしまうと思いっきり数キロ先まで伸ばすほうが易しく、数十メートル~数百メートル程度に加減するほうが難しい。


 数キロ先まで貫かねばならない事態などそうそうなく、まだまだ未熟であるが故に、加減して繰り出そうとすると制御に神経を擦り減らす上、速度が落ちてしまう。それに加えて、特化修練により『速力』を武器とするランスは、一か所に留まらず移動し続ける事をむねとしているため、今回に限らずほとんどの場合、〝閃捷フラッシュムーヴ〟や〝捷影〟で槍が届く距離まで接近するほうが楽なのだ。


 山篭り中に繰り返した狩り――対怪物モンスター戦でも、衝撃波を無力化できるフィールド持ちが相手の場合、貫通力が高過ぎて殺傷力が低いという一面があるため、直接槍を打ち込むほうがより確実に仕留められる。


 ――何はともあれ。


 伝えるべき事は、もう一つある。


 少々心苦しくはあるが、今はその時ではないからと修行を切り上げさせてから、


「スピア、パイク、――ありがとう」


 屋内から放った〝硬い稲妻〟の余波が店内に及んでいないのは、スピアが風を操って衝撃波を相殺し、パイクが入口周辺を【念動力】で保護してくれていたから。


 その見事な支援に対する感謝をたっぷり込めて、差し出した掌に自分達から頭をこすり付けてきた頼りになる相棒達をたくさん撫でる。


 そして、可愛いモフモフ達を存分にわしゃわしゃしてから、


「狙撃手を撃破しました。正面から出られます」


 状況に対する理解が追い付いていないらしいクオレとディランにそう告げて、行動を促した。




 やはり、人払いの結界がかれていたのだろう。〝終の雷鳴〟を撃破した直後、一台の自動四輪車オートモービルが店の前を走り抜けたのを皮切りに、人々が、車輌が、街の喧騒が戻ってきた。


 果たして、布設した〝終の雷鳴〟が死亡した事で自動的に解除されたのか、それとも布設した何者かが戦闘の結末を見届けて解除したのか……


「――ごしゅじんっ!」

「――――ッ!」


 考え事をする暇もなく、所用で少し離れていたスピアがごしゅじんの肩に舞い降りるなり声を上げたのは、酒場を後にし、往来を行く人々に紛れて移動している最中さいちゅうの事だった。


「いってるっ たすけて~っ」


 【認識不可】を解除してそう言うパイクの視線は、前方へ向けられている。


 【感覚共有】で聴覚を共有すると、それは女性が助けを求めているのではなく、母親が子供の助けてほしいと懇願する声。他に聞こえるのは、銃声、悲鳴、怒号……それらから推測するに、どうやら街中でギャングと警察による銃撃戦が勃発し、その最中さなかに子供が取り残されているようだ。


 スピアとパイクはもう助けに行く気になっている。だが、依頼人と護衛対象を置いて行く訳にはいかない。ならば――


「クオレ、ソフィア、――こっちへ」


 ランスは、二人を人気のない路地へ促し、


「乗って下さい。――急いで!」


 〔収納品目録〕からクルーズ・フォームの〔汎用特殊大型自動二輪車ユナイテッド〕を取り出すと有無を言わせず乗せ、ソフィアには帽子ハンチングの替わりにヘルメットを被せる。そして、


「〔ユナイテッド〕、――二人を頼む」

〔承知致しました〕


 ディランが、俺は? と言っていたが構っている暇はない。


 路地から飛び出して大跳躍したランスとパイクを、体長10メートルの程の飛竜に形態変化したスピアが背中で受け止めてそのまま舞い上がり、クオレとソフィアを乗せた〔ユナイテッド〕がそれを追って急発進し、何か喚いていたディランを置き去りにした。


 到着した現場は、ギャングの縄張りである団地の前の路上。


 犯罪行為が行われていないか目を光らせていた警察官に、キレたギャングが仕掛けた事で銃撃戦が始まった――そこへ降り立つ2頭の竜族ドラゴンと槍使いの竜飼師。


 スピアとその背中から飛び降り【弱体化】を弱めて10メートル程になった地竜パイクがギャングのほうへ向かい、ランスは助けを求めている母親の息子とその友達の許へ。


 路上で伏せている二人の少年の側に着地したランスは、一同の意識が突然現れたドラゴンのほうへ向いている間に両腕でそれぞれを小脇に抱え、展開している【空識覚】の一部で少年達を包み込む事で慣性や空気抵抗から保護しつつ、〝瞬動〟で警官に引き留められている母親の許へ移動した。


 無事な子供達を抱き締めて感涙にむせぶ女性に少年達を預けたランスは、近くにいた警察官に〔ライセンス〕を提示しつつこの場の指揮官はどこか尋ね、


「自分は、スパルトイの『ランス・ゴッドスピード』、槍使いの竜飼師ドラゴンブリーダーです。あの竜族ドラゴン達は相棒パートナーの『スピア』と『パイク』。警察あなたがたに危害を加える事はないので発砲しないで下さい」


 ドラゴン達の威容に愕然としていた指揮官に声をかけて我に返ってもらってそう要請すると、彼はその事をすぐ仲間達に通達し、


「それで、あれは何をしているんだ?」

「あれは……」


 ランスは返答に困った。


 それは何故かというと、竜族達の威圧によって戦意を喪失して腰を抜かしているギャング共を他所よそに、スピアとパイクは彼らが遮蔽物としていた自動車を次々に〝爪〟で切り刻んでいるからだ。


 しかし、それを見て同時に納得もしていた。


 何故いつもは報せるだけなのに早く行こうと急かしたのか。何故いつも空を飛ぶ時は翼竜に形態変化するスピアが飛竜のまま大きくなったのか。


 山篭りしている間もそうだったが、要するに、新たに覚えた技を早く試してみたかったのだ。


 〝人生これ修行〟〝実戦に勝る修行なし〟――実践し、実感した師匠の教えをそのままスピアとパイクにも教えているため、いい機会だと思ったのだろう。


 人と竜の違いはあるものの参考にはなるだろうと、〝硬い稲妻〟を放つ際に【感覚共有】していたとはいえ、もうすっかりその基礎の技である〝顕刃ブレイド〟を物にしており、それはもう楽しそうに振り上げた前足を振り下ろす一瞬に伸縮する爪状の勁力の刃で自動車を輪切りにしている。


「ぎゃあっ!?」


 何らかの拍子に切断された燃料タンクから零れたガソリンに火がつき、輪切り自動車が爆発炎上し、至近距離で巻き込まれたパイクがひっくり返った。


 常人であれば一溜りもないが、幼竜とは言え、常識を知らない槍使いの竜飼師に育てられて特異な成長を遂げているパイクは毛が焦げる事すらなく、すぐ元気に跳ね起きる。それでも一応ランスが無事を確認すると、大丈夫との答えが返ってきた。びっくりしたけどちょっと楽しかったそうだ。


「きゅっ ――きゅおっ!?」


 その一方で、スピアは〝爪〟だけではなく、〝竜尾衝〟と全く同じ動作で、尻尾の先端から伸ばした〝顕刃〟で自動車を横に両断しようとして――失敗。斬撃ではなく打撃になってしまい、ボゴォンッ、と破片を撒き散らしながら吹っ飛んだギャングの車が無関係と思われる駐車してあった乗用車の上に落下して圧し潰し、轟音を響かせたあと爆発炎上した。


 黒煙を上げて燃える2台の自動車を、やっちまったぁ~、と言わんばかりに呆然と眺めていたスピアだったが、ごしゅじんの視線を感じて、はっ、と我に返り、わたわた慌てて……しょぼんと項垂れる。


 ――何はともあれ。


 乱入者が警察に助勢した事で状況はあっという間に終了し、ドラゴン達のによって戦意を喪失したギャングの生き残りは全員投降し、逮捕された。


「――ごしゅじんっ またっ!」

「あっちも~ こっちも~」

「…………」


 あちこちから助けを求める声が聞こえてくるという事は、今、都市エルハイア全体で異変が起きているのかもしれない。


 そして、もし勘が当たっていて、これがかつて〝束縛するものルーラー〟が各地で起こした事件――『命懸けを強制する遊戯デスゲーム』、その程度の低い模倣だとするなら、今後、この都市の至る所で〝駒〟同士がぶつかり合い、それが最後の一つになるまで繰り返されるだろう。


 だからと言って、以前同様そんなものに付き合うつもりはない――のだが、問題なのは、スピアとパイクがまだまだ刻み足りないようだという事で……


「ごしゅじんっ はやくっ」


 スピアは、警官と話をしていたごしゅじんの襟首をくわえて、ぶら~ん、と吊り上げ、有無を言わせず自分の背に乗せると小さくなったパイクが飛び乗るなり空へ舞い上がり、


「話の途中で申し訳ありませんッ! あとはお任せしますッ!」


 ランスは咄嗟にそれだけ伝えるのがやっとだった。


 その一方、嵐のようにやってきて風のように去って行く乱入者達の姿を唖然呆然と見送る警察官達――その前を明らかにスピード違反のオートバイが通過した。クオレとソフィアを乗せた〔ユナイテッド〕だ。


 停まって一息つく間もなく、〔ユナイテッド〕は飛び立ったスピアを追って速度を上げ、トロトロ走っている自動車をガンガン追い抜いて行く。


 そのハンドルを握っているだけで運転している訳ではないクオレは顔を引きつらせ、


「ス、スピードを出し過ぎだッ!! 事故を起こしたらどうするッ!? ソフィも乗っているんだぞッ!!」

〔そのような心配は無用です。運転する者が優秀であれば、事故など起こす道理がありません〕

「それはそうかもしれないが……~ッ!」

〔ご安心ください。世界広しと言えど、わたくしほどにオートバイを熟知し、我が事のように理解して運転するライダーは他におりません〕

「そ、それはそうかもしれないが……~ッ!」


 この時、それまでクオレの腰に両手を回してしがみついているだけで精一杯だったソフィアが、そんなバステトとオートバイの会話を聞いて、思わず、ぷっ、と噴き出した。そして、高速で移動する爽快感も手伝って込み上げてきた笑いの衝動は収まらず、


「あはははははっ!」


 声を上げて笑った。


(こんなに溌溂はつらつとしたソフィを見るのは、いったい何時いつ以来だろう?)


 そう思った途端、クオレの目に涙が浮かび――


「――よし分かったッ! こうなったらヤケだッ! ――飛ばしてくれ〔ユナイテッド〕ッ!!」

承知オーライ


 開き直ったクオレが浮かんだ涙を振り払って叫び、それを受けて〔ユナイテッド〕がアフターバーナーを点火したかのように加速する。


 まさに他人ひとの迷惑顧みず。爆走する大型自動二輪車が走り去った後にはクラクションやブレーキ音の大合唱が起こったが気にしない。


「これまで逃げ隠れしていたのは何だったんだぁ――――~っ!!」

「きゃあぁ――――――~っ!!」


 やけっぱちな叫び声と甲高い少女の歓声の尾を引いて、奔放な幼竜達とそれらに振り回されるマスターを追い、〔ユナイテッド〕がエルハイアを駆け巡る。

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