第41話 お手伝いできると思ったのに……

「…………、―――~ッ!?」


 ディランは、それとなく周囲を警戒しつつ隠れ家セーフハウスへの道を進み、何気なさを装って、チラッ、と肩越しに振り返って尾行されていないか確認し――二度見した。ついてきているべき人物の姿がない事に気付いたからだ。


「ランスは? あいつはどこに行った?」


 そう訊かれて初めてランスがいない事に気付いたクオレとソフィアは、振り返ってその姿を捜し……


「……まぁ、彼の事は気にしなくて良い」

「なに悠長な事を……ッ! あいつ、まさか――」

「――無用な心配だ」

「何故そう言い切れる」

「これが私と彼の役割分担だからだ」


 クオレは、役割分担? と鸚鵡おうむ返しに訊くディランに、


「おそらく、彼は今、自分がやるべき事をやっている」


 そう言って、貴様もそうしろ、案内を続けるよう促した。


「あの少年の事をずいぶん信用しているんだな」


 歩き出したディランが振り返らず前を向いたままそう言うと、クオレは、いや、と否定し、


「信頼しているんだ」


 そう言って、同意を求めるようにソフィアへ目を向ける。


 それに対して、話題の少年スパルトイを己の異能で操ろうとした事を深く後悔している少女は、クオレの視線から逃げるように俯いて……小さく、だが、はっきりと頷いた。


 その様子を肩越しに見ていたディランは、特に何を言うでもなく、前を向いて先へ進む。


 いくつも角を曲がり、道が細くなるにつれて人通りがまばらになり……ランスの行方が知れないまま、三人はやがて細い通りを挟んで三階から四階建ての集合住宅がどこまでも続く壁のように並ぶ迷路のような住宅街へ。


「ここだ」


 そう言ってディランが足を止めたのは、周囲の風景に埋没した古い四階建ての集合住宅の前。


 ――コンコンッ コンコンッ


 錠を開けてもらうため、扉に取り付けられた金物ドアノッカーで入ってすぐの所にある管理人室にいるはずの大家を呼ぶ。しかし、応答がない。


「…………?」


 大家だって出かける事はある。そういう時は、必ず誰かが代わりに管理人室にいる事になっているのだが……


「―――~ッ!?」


 怪訝に思いつつ扉に手をかけると――開いた。錠がかかっていない。


 異変を察したディランが、扉を閉めて踵を返そうとした――その時、


「――おいッ」


 クオレの呼びかけに応えて振り返るとこちらを見ておらず、その視線を辿って細い通りの右側へ目を向けると、そこには6人ほどの男達の姿が。


「あっちからも……ッ!」


 ソフィアの声で振り向くと、左側からも同程度の数の男達がこちらへ向かってくる。


 通りは一本道で路地はなく、クソッ、と小さく吐き捨てたディランは、自動式拳銃オートマチックを抜いて扉を開け、素早く中の様子を窺い、


「こっちだ!」


 中に入るようクオレとソフィアを促し、自分も入って扉に錠をかけた。


「プランCに変更か?」

「まぁそんなところだ」


 クオレの皮肉に対して、ディランは適当に返しつつ管理人室のドアの所から中の様子を窺う――その時、ドンドンドンッ、タタンッ、タタタタタンッタタタン……ッ、と突然上の階から銃声が響いてきた。


 ディランは反射的にその場で音が聞こえてきたほうを見上げ、クオレはソフィアを抱き寄せる。そして、ズズゥ……ン、と建物全体が揺れたと錯覚するような轟音を最後に静かになった――と思った直後、誰かが外から扉を開けようとして、ガシャンッ、とかけられている錠が音を立てた。


 通りの左右からこちらへ向かってきていた男達だ。鍵をかけた事に対する悪態が聞こえてくる。


「こっちだッ!」


 個人的な事情もあって前進する事を選んだディランが鋭く小声で促し、銃を構えたまま先行する。クオレは、不安そうなソフィアの頭を撫でて、大丈夫だ、と微笑みかけ、二人は手をつないでその後に続く。


 集中力を高め、最大限に警戒しながら階段を上って集合住宅の3階へ。


「………~ッ!?」


 ドアが並んでいる通路、その中ほどで、傭兵風の装備を身に付け右目にコンバットナイフが深々と突き刺さっているスキンヘッドの巨漢が仰向けに倒れており、目指していた部屋の壁には大穴が開いていて、壁の破片が巨漢の周りに散乱している。


 ディランは、銃を構えたままその壁の穴まで進み、サッ、とそこから室内の様子を窺い、その一瞬で目に付く範囲に動く人影がなかった事を確認してから勢いよく室内へ突入し――


「……どういう事だ?」


 壁を取り払って2部屋分の広さがある活動の拠点セーフハウス


 ディランは、そこに仲間達の姿はなく、予備弾倉や予備の拳銃バックアップ、ナイフが納まったスリーブなどを取り付けられるコンバットベストを身に纏った傭兵風の男達が床に倒れ伏しているのを見て構えていた銃を下ろし、唖然とした。


「…………、――まさか、あいつの、ランスの仕業か?」


 ディランは、自分の後に続いて壁の大穴から部屋に入ってきたクオレとソフィアに向かって問いを放ち、


「おそらくな」


 倒れている者達の状態をざっと確認し、そう答えるクオレ。


 そうだと断言できなかったのは、通路に倒れている巨漢はナイフで、他は全員銃で仕留められており、槍で付けられた傷が一つも見受けられなかったからだ。




 ――時は、クオレ達がそこへ辿り着く少し前にさかのぼる。


「あそこ~」


 とある建物の屋上で、ごしゅじんの肩に乗っている小地竜パイクが小さな前足で指し示したのは、細い通りを挟んで対面の建築物――ディラン達がセーフハウスとして使っている部屋がある集合住宅。


 何故ランスとパイクがここにいるのか? それは――


 駅に隣接する倉庫区画、その5番倉庫で、拷問された後に殺された男性の遺体と、焼け残った飛行船の乗船券チケットを発見した。


 そのチケットは、ディランを介して自分達の手に渡るはずだったものと仮定すると、殺されている男性は彼の仲間だという事になる。


 では、彼の仲間を拷問した者達は、何を訊き出そうとしたのか?


 そして、彼の仲間は、鳴かずに殺されたのか? それとも、望まれるがままさえずったのか?


 【認識不可】を発動させたパイクを肩に掴まらせて自身もその影響下に入ったランスは、5番倉庫を後にすると、上空からこの都市を俯瞰しているスピアとの【感覚共有】で視覚を共有し、自身の位置、三人の位置、周辺の建造物などを確認すると、ディラン、クオレ、ソフィアが進んでいるルートから推測したセーフハウスがあると思われる場所へ先行した。


 ランスは一陣の風と化して屋根から屋根へ、屋上から屋上へ、疾走と跳躍を繰り返し…………不意にパイクが5番倉庫に残っていた臭いを嗅ぎ取った。


 そして、それが漂ってきたほうへ向かい、今、その場所を前足で指し示している。


 感謝を伝えて肩にいるパイクを撫でながらその建物を観察するランス。一見したところ異常は確認できない。


 そこで、〔万里眼鏡〕の【透視】でその建物の内部を調べ……確認できたのは、壁が取り払われ2部屋分の広さがある3階の一室、そこでたむろする武装した男達。その隣の部屋には数名の死体。半々に分けられ別々の部屋で拘束され見張り付きで監禁されている人々。


 どうやら、拷問された彼はいろいろ話してしまったようだ。


 生体部品ソフィア破壊さつがいが目的なら手間をかけ過ぎている。生きたまま確保する、または、別件――ディランが標的である可能性を考えていると、


「がう?」


 何かを聞き取ったらしい。パイクが【感覚共有】で聴覚を共有して聞かせてくれた。


 それは、3階の広い部屋に置かれた無線機からの声で、要するに、対象を目視で確認したという旨の報告。予定通りのルートでこちらへ向かっている。一人足りない。情報にあったスパルトイの姿がない。


 それに応答した男がこのグループのリーダーだろう。


 別の場所で待機している2班に出した指示は、予定通り前後から挟んでこの建物の中に追い込め。


 最後に全員に向けて命令の確認。


 少女は生け捕り。他は始末しろ。


 リーダーは通信を終了し、ランスは断定する。


 ――あれは〝敵〟だ。


 敵の位置は把握済み。三人が到着する前に排除する。間に合わなかったとしても、クオレなら音で戦闘が行われている事に気付く。


「――兵は拙速を尊ぶ」


 パイクを肩に乗せたままランスの姿が掻き消え――それとほぼ同時にセーフハウスが入った集合住宅の屋上に出現した。


 戦う気、というか、お手伝いする気満々のパイクが【認識不可】を解除して肩から飛び降り、スピアまで空から下りてきてしまった。上空からの偵察を続けてもらいたかったのだが……致し方ない。


 ランスが自分の唇の前に人差し指を立てると、こくこくと頷く幼竜達。それは一般的に『静かに』という意味で使われるジェスチャーだが、ランス達の間では『意思疎通は【精神感応】に限定する』という意味で使われている。


 侵入するのは、物干し台が並んでいる屋上にあるドアから。狭い屋内での戦闘になるので銀槍は召喚せず無手のまま颯爽と廊下を進み、まず向かったのは、拘束されている人々の約半分が監禁されている4階の部屋。


 気配を消す事もせず、普通にドアを開けて普通に部屋に入ると、普通に仲間の誰かが入ってきたのだと思ったのだろう。


「どうかした――」


 退屈なのかだらしなく椅子に座って手足を拘束されている人々を見張っていた男は、ドアを閉めてから足音を隠そうともせず歩み寄ってくる落ち着いた気配のほうへ振り向きつつそう声をかけ――ランスは、誰だこいつ? と言いたげな男の顔に縦拳をぶち込んだ。


 『縦拳』とは、いわゆる『正拳突き』や『右ストレート』のように捻りが加わる事で螺旋を描く手の甲が上を向いた拳打パンチとは違い、脇を締めた状態から直線的に繰り出される手の甲が横を向いた拳打の事。


 顔面に突き刺さった槍の刺突のような一撃が男の意識を一瞬で断ち切り、ランスはその躰が椅子から崩れ落ちる前に掴まえて背後に回り込む。そして、両手をそれぞれ男の頭と顎にかけると一瞬で、ボリッ、と頸骨を捻り折って止めを刺した。


 その躰をそっと横たえると、男のレッグホルスターから自動式拳銃オートマチックを拝借する。


 エゼアルシルトで最新式の銃というと、回転弾倉式拳銃シングルアクション・リボルバーとボルトアクション式の狙撃銃ライフルだが、自動式拳銃を含む一通りの武器の扱い方は師匠に仕込まれている。


 既に撃鉄ハンマーが起きていて安全装置を外せば撃てる状態なので、そのままコートのポケットに入れ、


「まずは安全を確保してきます。ここで静かに待っていて下さい」


 突然の事に硬直している人々にそう言い置いて部屋を後にした。


 次に向かったのは、3階を素通りし、拘束されている人々の残り半分が監禁されている2階の部屋。


 そこでもやった事は同じ。


 素人は目を頼り見てから反応するが、玄人は己の勘を――〝危険を嗅ぎ取る嗅覚〟を信じて気配に反応する。そんな玄人だからこそ、その二つを欺かれるとあっさり引っかかる。


 こちらでも、打撃で意識を断ち切り、頸骨を砕き、横たえた男のレッグホルスターから自動式拳銃を拝借し、突然の事に硬直している人々に全く同じ事を言い置いて部屋を後にした。


 2丁の拳銃の安全装置を解除し、両手に1丁ずつ携え、ランスは残りの敵がいる3階へ。


 他者が感知できないほど極薄い念動力を壁が取り払われ2部屋分の広さがある一室に浸透させ、部屋の構造、家具の配置、敵の位置……などなど、範囲内の全てを掌握すると、壁際にいるスキンヘッドの巨漢が大口径の回転弾倉式拳銃を自慢げにもてあそんでいたので、利用させてもらう事に。


 【空識覚】の一部を紙縒こよりのように必要最低限物理干渉が可能な状態にり上げ、クイッ、と銃口をちょうど正面にいる敵首魁リーダーの背に向けさせ、引き金トリガーを絞る。


 ――ドンドンドンッ


 その銃声に紛れてドアを開けたため、カチャ、というノブを回す音は掻き消され、


「テメェッ!?」

「どういうつもりだッ!?」

「ち、違うッ!! 俺じゃないッ!!」


 部屋にいた男達が一斉に見事な挙動で抜き放った銃を仲間だと思っていた男に向け、銃口から煙が立ち昇る拳銃を捨てて両手を上げたスキンヘッドの巨漢は必死の形相で弁解し――そんな男達の意識の外側で、部屋に踏み込んだランスが2丁拳銃を発砲した。


 タタンッ、タタタタタンッタタタン……ッ


 師匠は銃の事を〝素直な武器だ〟と評していた。発射された弾丸は、緩急をつける事も軌道を変更する事もなく、徐々に勢いを減らしながらただただ真っ直ぐに飛んで行く。


 ランスもその通りだと思う。近距離であれば、相手の躰の中央に銃口を向けて引き金を絞ればまず外れず、何の訓練も受けていない子供ですら簡単に人を殺傷する事ができる。


「うぉおおおぉッ!!」


 一人当たり2発から3発の弾丸を撃ち込んで確実に仕留め、弾が切れてスライドが後退したままストップした2丁の自動式拳銃を手放したその時、一人まだ生き残っていたスキンヘッドの巨漢がランスに襲い掛かる。


 彼に弾丸をぶち込んでいないのは、銃を捨てていて撃破する優先順位が低かったからだ。


「…………」


 ベストにはコンバットナイフが、腰の後ろには予備の銃があるのに、何故わざわざ声を上げるなどという敵に攻撃するぞと報せるような真似をしながら無手で殴りかかってくるのだろう?――そう怪訝に思っている間に躰は勝手に動き、隊長を撃ち殺して錯乱しているスキンヘッドの巨漢の右ストレートをするりと躱して懐に入りながら軽く重心を落し、力瘤を作るように上げた右腕と肩で頭部と首を保護しながら右肩で当たり肩甲骨で押す。


 自らを砲弾と化さしめる横方向へ落ちるような体当り――〝靠撃チャージ〟が炸裂し、水平に吹っ飛んだスキンヘッドの巨漢は壁に激突、轟音を響かせてそのまま壁を突き破り、通路で床に背中を打ち付けた。


「ぐぅ…ぉあぁ……~ッ」


 スキンヘッドの巨漢は苦悶の声を漏らしながらのろのろと起き上がろうとし――敵の少年が見覚えのあるナイフを振りかぶっているのを見た。


 手で探り、目で見て無いのを確認し、視線を自分のベストに固定してある空のスリーブからランスが振りかぶっている自分のナイフに向けた――直後、その視線をさかのぼるかのように投げ打たれたコンバットナイフがスキンヘッドの巨漢の右目ききめに深々と突き刺さって脳にまで達し、それが致命傷となった。


 力尽きて倒れ、ゴッ、と床に後頭部を打ち付けたスキンヘッドの巨漢を尻目に、ランスは表の通りへ面した窓へ。


 そこから様子を窺うと、ディランが錠をかけた扉を武装した男達が体当りで破ろうとしており――ランスは躊躇なく窓から飛び降りる。


 落下中に〝来い〟と念じて銀槍を召喚し、練法の【落下速度制御】で音もなく着地したランスは、ドガッ、と扉を破った先頭の男に続いて雪崩れ込もうとする男達を背後から追うように襲い掛かり……


 ――ドドドドドヅッ、ドドドヅッ、ドドドドドヅ……ッ


 ディラン、クオレ、ソフィアが3階の部屋に辿り着いたその頃、反撃のいとまも与えず敵を殲滅したランスは、石突を地面について立てた銀槍を眺め……やはり槍が一番だと一つ頷いた。




「――で、それはどうしたんだ?」


 ランスは振り返り、パイクに問う。


 何について尋ねているのかというと、いったいいつの間に修得していたのか、【念動力】を行使しているパイクの周りで浮遊している銃、ナイフ、手榴弾といった武器から、指環、ネックレス、懐中時計、腕時計などの服飾品や財布……などなどについて。


 それに対するパイクからの回答は、


「はぎとり~」


 つまり、それらは3階の一室にいた者達の遺品もちものらしい。もしかして、とは思っていたが、やはり予想は外れてくれなかった。


「―――~っ」


 どうしてそんな事を、と問う前に、今度は今掃討したばかりの集団の持ち物が一斉に浮き上がる。こちらはスピアの仕業だ。


 それを見て、思わずため息をつくランス。


 戦いは嫌いだ。人殺しも嫌いだ。だからこそ、自分が嫌いな事を幼竜達に押し付けるような真似はしたくない、してはならない――そう思って全て自分一人で実行した。


 お手伝いしたいと思ってくれるのは嬉しい。だが、だからと言ってこんな事は望んでいない――そう伝えようとして、


「おししょう ゆってた いのち むだ だめ」

「ぶっころ くえ~っ くえない そざいうる くえ~っ」

「―――~ッッッ!!!?」


 そう指摘され、ランスはかつてないほどの衝撃を受けた。意識を失いこそしなかったが、ある意味ソフィアの【共感】に抵抗した時以上の衝撃を。


 確かに、師匠から『命を無駄にしてはならない。殺したら食え。食えないなら素材を採取し、売って得た金で美味いものを食え』と教え込まれている。


 そう、師匠は確かに〝命〟と言っていた。獣や怪物モンスターではなく〝命〟と。


 それなのに人種や異種族は除外していた。獣も、怪物も、植物も、そして、人も、異種族も……命には違いないのに。


「…………、スピアとパイクは賢いな」


 思わず感嘆の息をつき、心の底からそう思ったランスは、その場に膝をついて銀槍を傍らに置き、両手をそれぞれスピアとパイクに伸ばして、


「俺はそんな風に考えた事は一度もなかったよ」


 自分達から頭を掌に押し付けてきた幼竜達をぐりぐり撫でた。


「ごしゅじ~んっ」

「え?」


 パイクが欲しいとねだってきたのは、〔収納品目録インベントリー〕。その要求は何の脈絡もないように思えたが、理由を訊いてみると、たくさんの物を持ち歩いて邪魔な思いをしたので、〔収納品目録〕に封入されている術式――【異空間収納】を覚えたいとの事。ランスは納得し、四つある内まだ使用していないものが一つあるのでそれを差し出す。


 パイクはそれを、パクッ、とくわえ、そのまま噛まずに飲み込んだごっくんした


 そして、餓喰吸収能力で獲得したその術式を、竜族間では普通に行われる【精神感応】で、今同じ思いをしているスピアに伝授する。


 仲のいい幼竜達の様子を眺めている内に、戦闘でささくれ立っていた心が癒された。


 それからランスは視線を転じ、討った敵に目を向ける。


 人もいれば異種族もいる。エゼアルシルト軍は略奪行為を禁じているが、戦利品の回収は当然のように行っていた。つまり、これは当然の権利だ。パイクは『素材の剥ぎ取り』だと言っていたが、彼らにナイフを当てて剥ぎ取っても売れるものは何もない。いや、確か内臓は裏で取引……、と一瞬考えて頭を振る。臓器売買は重大な犯罪行為……


「――あっ」


 ランスは思わず声を上げ、今まさに修得したばかりの【異空間収納】で集めてきた戦利品をしまおうとしていたスピアとパイクは、ビクッ、として振り返り――


「遺体から金品を取得するのは『窃盗罪』という犯罪行為――やってはいけない事だ」


 上級スパルトイに与えられている特権・免責は、依頼を達成するためのもの。何をしても許されるという訳ではない。殺人は重い罪だが、相手の狙いがソフィアである以上、戦闘は避けられなかった。だが、窃盗は違う。


 スピアとパイクが自分達なりにいろいろ考えて行動している事に感心し、それが自分のためである事を嬉しく思うあまり失念していたが、ギリギリのところでその事に思い至ったランスがそう告げる。すると、スピアとパイクは揃ってきょとんとし、目をパチパチさせて小首を傾げ…………ドザザッ、と浮遊していた品々が一斉に落下した。


 ――その後。


 ランスは、〝控えろ〟と念じて銀槍を送還すると、【念動力】で全ての遺体を扉の内側へ移して整然と横たえ、パイクとスピアが集めた品々を全て回収して遺体の傍らにまとめて置く。


 そして、ぐでぇ~~っ、と脱力して不貞腐れているスピアとパイクを両手でそれぞれ小脇に抱え、自分も中に入って扉を閉めた。

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