第38話 みる まなぶ しゅぎょう

 ランス、スピア、パイク、ソフィア、クオレ、その他多くの客を乗せてエスタ駅を出発した列車が、次のモハンティス駅に到着した。


 列車が完全に停まると、下車する人々が続々と降り、ここに届けられた荷物が次々に運び出されて行く。そんな中――


『…………』


 停車した途端に窓の外への興味を失い、小さな折り畳み式テーブルの上からごしゅじんの膝の上に移動したスピアが伏せようとしていた躰を起こし、ご主人にピタッと寄り添って寝ていたパイクが、ぱちっ、と瞼を開いて首をもたげた。


「いる なんか やなかんじ」

「ぐるるるる……たくさん がう」


 敵意や殺意の類は感じないが、こちらへ意識を向けている者達がいる。それは間違いないのだが、巧みに乗車待ちの人々の中に紛れていて正確な数は分からないらしい。


「教えてくれてありがとう」


 ランスは言葉で伝えるだけではなく感謝を込めて幼竜達を撫で、スピアとパイクは気持ちよさそうに、そして、嬉しそうに目を細めた。


 そうしている内に、下車する人は全員降りたらしい。ホームにいた人々が続々と客車に乗り始めた。


「さて、――悪魔が出るか天使が出るか」


 そんな車窓の景色を眺めながらクオレが何気なく呟いたのは、前途の吉兆がはかり難い時によく使われる文句。


 それを聞いて、ランスはクオレの考えを大まかに察した。


 おそらく、始めから何事もなく逃げ切れるとは思っていなかったクオレは、接触してくるであろう政府の工作員エージェントや他国の諜報員スパイと取引するつもりなのだ。


 狂人――クレイグ・ハミルトンを飼っているのは、イルシオン皇国と戦争したくて堪らない軍の強硬派。それに反対する穏健派や、軍の独走・暴走を良しとしない他の政府機関の工作員、自国の利益を最優先に考える他国の諜報員……などと接触し、証拠や情報の提供と引き換えに、自分達を無事に国外へ脱出させるよう要求するつもりなのだと思われる。


 この推測が的を射ているなら、クオレは取引材料となる何かを隠し持っている。そして、『悪魔』とは、既にかなり詳細な情報を持っていて狂人の計画を阻止するためソフィアを始末するべきだと考えている者達の事で、『天使』とは、ソフィアの殺害に積極的ではない者達の事。


 ――何はともあれ。


 不穏な気配が今すぐ仕掛けてくる様子はない。行動を起こすとしたら列車が出発してからだろう。それなら――


「休める内に休んでおこう」


 ランスはそう囁きかけて、スピアとパイクを寝かしつける。


 列車に乗ってからしばらく〝活勁リカバー〟を継続していたため、ソフィアに【共感】を仕掛けられた影響は残っていない。もういつも通りに戦える。


 目を瞑ったランスは、両手でそれぞれ瞼を閉じてリラックスしたスピアとパイクを撫でながら深く静かに集中し、通常は自身を中心とした球形の【空識覚】を変形させ、全ての車両の内部を埋め尽くすように広げていった。




 魔導式蒸気機関車に牽引され、炭水車、荷物車、郵便車と続き、それから自由席の三等客車が4両、指定席の二等客車が2両、個室席が並ぶ一等客車が2両、計12両編成の列車がモハンティス駅を出発し、市街地を抜け、やがて人間の領域から離れて山間に敷かれた線路の上を進んで行く。


 そして、その車内では――


「―――~ッ!? 聞こえたか?」


 クオレが頭の上の獅子耳を、ピクンッ、と立て、スピアとパイクが首をもたげた。


「いいえ」


 眠っているかのように瞑目していたランスがゆっくり瞼を開き、首を横に振る。


 【空識覚】を展開していたので範囲内で起きている事は全て把握しているが、そうでなければ、人間ヒューマンが今の銃声を列車の走行音が響く外の音が伝わりづらい密閉された個室席内で聴き取るのはまず不可能だ。それを察知するには、研ぎ澄まされた聴覚よりも〝危険を嗅ぎ取る嗅覚〟が必要になる。


 ――それはさておき。


「……んっ…………クオレ?」


 クオレの緊張感が伝わったのか、その太腿を枕に今まで眠っていたソフィアが目を覚ました。


「どうやら、既に始まっていたようだな」

「はい」


 クオレが推測した通り、動きがあったのは数分前――山間部に入った辺りでの事。


 そう示し合わせていたのだろう。三等と二等の各客車に分乗していた旅装や肉体労働者風、事務労働者風……など服装に統一感のない12名の男達がほぼ同時に動き出した。


 10名が後方へ向かい、5両目の三等客車に乗っていた2名だけが前方の郵便車へ向かって移動を開始。


 そして、後方へ向かっていた者達の内、先行していた2名が10両目の二等客車を通過しようとした――その時、おもむろに指定席に座っていた安物のスーツとトレンチコートを身に纏った男性がその二人の後を追い、10両目と11両目の連結部を越えた所で襲い掛かり、一人目を不意打ちで昏倒させ、二人目とは個室席のドアが並ぶ通路で格闘になったが、短い打ち合いの末、トレンチコートの男のほうが二人目の背後に回り込んで首を完璧に極め、そのまま絞め落とした。


 その後、トレンチコートの男が、一人を肩に担ぎ、もう一人のズボンのベルトを掴んで引きずり、10両目の車内へ戻った所で後続と遭遇し、意識がない二人を脇に放って中央の通路で格闘戦に。


 拳銃を発砲したのは、12名の男達の内の一人。トレンチコートの男によって更に2名の仲間がノックアウトされたのを見て、腰の後でズボンに差して上着で隠していた自動式拳銃オートマチックを抜いた。


 そして現在、トレンチコートの男もショルダーホルスターで脇に吊っていた自動式拳銃を抜き、不運にも10両目に乗っていた一般市民を巻き込んでの銃撃戦に発展している。


「行くのか?」


 ランスは、膝の上のスピアを抱き上げてシートの隣に移してから立ち上がり、そう声を掛けてきたクオレに、はい、と答え、


「そのほうが良さそうです」


 というのも、込み合う乗客を掻き分けて前方に向かった2名が、郵便車を通過して荷物車に入ろうとしている。おそらく、そこに目当てのものがあるのではなく、そのまま通過して先頭まで行き、機関車の制御を奪おうとしている可能性が高い。このままでは、孤軍奮闘しているトレンチコートの男が他を制圧する前に到達してしまう。


「スピアとパイクは――」

「――いっしょいくっ!」

「いく~っ」


 ここに残ってソフィアとクオレを護衛していてくれたならこれ以上心強い事はないのだが、致し方ない。


「分かった。――行こう」

「きゅいきゅいっ」

「がうがうっ」


 スピアは飛び上がってごしゅじんの肩に乗り、パイクは、ぴょんっ、と座席の上から床に飛び降りた。そして、ドアノブに手を掛けたランスは、


「モハンティス駅でこの客車に乗り込んだのは一人。ここから二つ前の個室席コンパートメントの客です。一応、気を付けて下さい」

「分かった。君も……いや、君達も気を付けて」


 ランスは頷き、そう言ったクオレの隣でソフィアが自分に向かって何か言おうとして躊躇い、口を開きかけては噤むという行為を繰り返している事には気付いていたが、それならさほど重要な事ではないのだろうと判断し、音もなくドアを開け、足元を駆け抜けたパイクに続いて滑るように通路へ出るとすぐドアを閉めた。


 通路を進みながら〔万里眼鏡マルチスコープ〕を〔収納品目録インベントリー〕から取り出して装着し、鉄兜の目庇まびさしのように、カシャンッ、と額のプレートを下ろす。


 そして、クオレに話した二つ前の個室席のドア、その前を通り過ぎる瞬間、練法の【応急処置ファーストエイド】で錬成した、伸縮性を失わせて厚みと強度と接着力を増加した霊的物質エクトプラズムの長いフィルム――というよりほぼ透明な板――を2枚、ドアが開かないよう平行に貼り付けた。


 この練法は、少し工夫すればこんな使い方もできる。応急処置以外に使ってはいけないという決まりなどない。これでもう外から解除するまで、ドアを破壊する以外に通路へ出るすべはない。


 【空識覚】で、この個室席にいる女性が霊装か宝具と思しき道具を所持している事は分かっている。もちろんただの変わった形の装身具アクセサリーという可能性もあるが、そうではなかった場合に備えて一応仕掛けておいた。


 このまま大人しくしていてくれればそれでよし。もしドアを破壊すればその音でクオレが気付き、不意を衝かれる事だけは避けられるだろう。


 ランスは立ち止まる事なく、歩調を乱す事もなく、ちょっとした封印を施してから、先頭車両を目指して行動を開始した。




「ごしゅじ~ん」

「うん、頼む」


 ここの所、スピアの【光子操作】による透明化に頼る事が多かったので、今回は接触している存在にも効果を波及させる事ができるパイクの【認識不可】の助けを借りる事に。


 スピアを左肩に、パイクを右肩に掴まらせたランスは、12両目の客車を出て連結部を渡り、11両目の外側にある点検整備用の梯子を上って客車の屋根に上がると、


「――兵は拙速を尊ぶ」


 広野を全力で駆け抜ける四足獣のように、低い前傾姿勢で屋根の上を音もなく疾走し、連結部を易々と飛び越え、銃撃戦を行っている男達の頭上を駆け抜けて…………何事もなく荷物車に到着した。


 茂みに潜んで獲物を待つ時のように集中しているスピアとパイクを肩に掴まらせたまま、ランスが〝来い〟と召喚した銀槍を手に携えて屋根の端から荷物車と炭水車の間の狭い空間を見下ろしていると、程なくして外から錠が掛けられているドアが、ドゴンッ……ドゴンッ……ドゴンッ……、と内側からの衝撃で何度も揺れ、ついには錠が吹っ飛んでドアが勢いよく開いた。


 そして、一人目が炭水車に取り付き、もう一人が荷物車の中から姿を現し――ゴッ、と響いた鈍い打突音は一度。できた傷は二つ。銀槍の長さリーチを生かして屋根の上から突き下ろし、石突で頭部を打ち据えて昏倒させた。


 仕留めなかったのは、彼らから攻撃を受けていない、つまり、まだ敵だと断定できていないから。現状ではまだ器物破損等の罪を犯した犯罪者。殺傷許可のない犯人は、可能な限り逮捕して裁判を受けさせ罪を償わせなければならない。


 意識を喪失して脱力した二人の躰が線路へ落下する前に【念動力】で支え、〝控えろ〟と銀槍を送還して荷物車の中へ。自分も屋根から下りて開け放たれたままのドアから進入すると、そこで手早く持ち物を改める。


 服装はどちらも肉体労働者風だが、所持品は帝国軍で正式採用されている自動式拳銃、予備弾倉、予備の小型回転弾倉式拳銃リボルバー、ナイフ、小型無線通信機……などなど。サイフに免許証や身分証はなかったが、首から提げられていた二枚式の認識票ドッグタグには、姓名、性別、血液型などの他に、帝国軍に所属している事と認識番号が打刻されていた。


 それを見て、二人を【念動力】で浮かせたまま上着を脱がして確認すると、どちらも二の腕に同じ刺青が。


「けーやく ちがう」

「らくがき~?」


 スピアの言う通り、それは血盟紋ではなく、パイクが言うような落書きでもない。


「俺の記憶が確かなら、これは帝国陸軍即応レンジャー部隊の誇りだ」


 ――何はともあれ。


 その二人は、ベルトや靴紐など自分達の持ち物で拘束して積み上げられている荷物の間に転がし、認識票以外の彼らの持ち物は、小型無線通信機だけ拝借して、他は全て荷物車を後にする際、外の森の中に投げ捨てた。


「ごしゅじんっ あれっ」


 荷物車の屋根に上がると、スピアが小さな前足で列車の後方を指し示す。


 ランスも、銃撃戦が行われていた10両目の客車の屋根に一人……いや、もう一人現れたので、二人の姿を視認した。


「中を行けないなら外を行けば良い。俺達と同じ事を考えたんだな」


 【空識覚】は、自分が動かない時は形状を自在に変化させて範囲を広げる事も可能だが、移動中は自身を中心とした最も安定させやすい球形でしか維持できない。


 それ故に、範囲から外れてしまっていて何が起きていたのか把握できていないが、おそらく、トレンチコートの男が奮戦しているのだろう。屋根にいるあの男達は、仲間がトレンチコートの男を引き付けている間に上を通過して後ろの車両へ向かう、または背後へ回り込んで挟み撃ちにしようというのだ。


 ランスはそちらへ向かって駆け出した――が、


『ごしゅじんっ!』


 術の発動に伴う霊的波動を感知して足を止める。


 どうやら、トレンチコートの男が切り札を使用したようだ。


 客車の内側から別々の窓を突き破って二人の男が車外へ吹っ飛ばされ、10両目と11両目の間から飛び出してきたトレンチコートの男が11両目の屋根に着地した。


 霊力を操作・制御するすべを会得している者の目には、男の姿がほのかな燐光に包まれているように見える。身体強化系の練法を行使しているようだ。右手には自動式拳銃が、左手には柄に魔導機巧が搭載された小剣ショートソードが保持されている。


 先に屋根の上にいた二人はすぐさまトレンチコートの男に向かって自動式拳銃を発砲したものの弾丸は全てその燐光にはじかれ、トレンチコートの男が応射した弾丸は、遮蔽物のない客車の屋根の上にいる二人に容赦なく撃ち込まれた。力の抜けた男達の躰が倒れ、転がり、線路脇に落下する。


 そして、トレンチコートの男と、帝国陸軍即応部隊隊員12名の戦闘が終わるのを待っていたかのようなタイミングで、更に二つの人影が屋根の上に現れた。


 やはり、術の発動に伴う霊的波動を感知したが故に動いたのだろう。


 一方は、8両目と9両目の間から上ってきた、インバネスを纏いステッキを携えた紳士。


 もう一方は、12両目の個室席の窓を大きく開け放ってそこから軽やかな身のこなしで出てきた、ランスがクオレに警戒を促したドレスコート姿の妙齢の美女。その両手の中指に嵌められている先端に鋭い爪が備わったフルアーマーリング――指先から付根までを覆う装身具アクセサリーが異様な存在感を放っている。


 【空識覚】で調べた結果、怪しいと思った人物はこれで全て動いた。とはいえ、今もなお巧みに隠れ潜み、この状況を窺っている者がいないとは断言できない。


 ランスとその左肩に掴まっているスピアは、右肩に掴まっているパイクの【認識不可】の効果で彼らには気付かれておらず、その三者は誰何すいかの声を上げる事もなく互いの出方を窺い――トレンチコートの男が唐突に身を翻し、美女に向かって駆け出した。走りながら小剣の柄を口で咥え、拳銃を保持している右手の親指でマガジン・キャッチを押して弾倉を落し、空いた手で取り出した予備の弾倉を素早く装填する。


 その行動を見て紳士もそちらへ向かって駆け出した。


 そして、ランスは――


「―――ごしゅじんっ!」

「いってるっ たすけて~っ」

「―――~っ!?」


 一歩目を踏み出したところで思わず足を止めた。


 いったい何所どこで誰が――と考えるまでもない。まず間違いなく、銃撃戦に巻き込まれた10号車の乗客の誰かだ。撃ち合いをしていた者達の姿がなくなった事でようやく声を上げられたのだろう。


 幼竜達に確認するとやはりそうで、とりあえず止めてしまった足を動かし駆け出した。




 列車は走り続けている。故に、揺れるし、風が前から後ろへ吹き抜けて行く。


 だが、そんな事はお構いなしに、トレンチコートの男性、ドレスコートの美女、インバネスの紳士が、11号車の屋根で戦闘を開始した。


 美女と紳士は仲間なのか、紳士として女性を助けずにはいられないだけなのか、先に戦闘を始めて消耗している男性を先に協力して片付けようというだけなのか……兎にも角にも2対1の様相を呈している。


 ドレスコートの美女の得物は、やはり霊装らしき両手中指のフルアーマーリングで、力場形成能力を有しているらしく、中指以外の指の先にも長い爪状の薄く鋭い力場の刃を形成して舞うように斬撃を繰り出している。


 インバネスの紳士が手にしていたステッキは仕込み杖で、身幅の狭い両刃剣を右手で縦横無尽に振るい、左手で保持している鞘を、時には盾、時には打撃武器として使って隙のない攻防を繰り広げている。


 トレンチコートの男性は、左右の得物を持ち替えて右手の小剣を主体とした戦い方に切り換え、左手の拳銃の無駄撃ちを嫌って温存しているが、ここぞという時には容赦なくぶっ放す。二人の猛攻を凌ぐ立ち回りは見事だが、封霊莢カートリッジを消費して防御系練法を発動し守りを固めていなければ、すでに勝敗は決していただろう。


 一方、その頃ランスは――


「ごしゅじん?」


 考えるまでもない。最優先は目的の達成。依頼の成功。少なくとも安全が確認されるまでは、対象を護るために他の全ては些事さじと切り捨てるべきだ――が、


「~~~~ッ!!」


 今も助けを求めている声が聞こえているのだろう。こちらの顔を覗き込んできた心優しい幼竜達の顔を見て、ランスは、ギリッ、と歯を食い縛り――9両目の端まできた所で足を止め、10両目との間へ滑り降りた。


 もとよりあの戦いに横槍を入れるつもりはない。故に、決着が付くまでする事はない。それに、役割分担は自分が攻め、クオレが護る。対象ソフィアは今もクオレに護られている……などなど、いくつもそられしい理由をでっち上げ――大きく空気を吸い込み、ゆっくり長く全て吐き出した。


 そして、これからしようとしている事は、スピアには以前見せたし、パイクに見せる機会は今後もあるだろう。故に――


「俺はこれから助けを求めている人のためにでき得る限りの事をする。だから、スピアとパイクは姿を隠してあの戦闘を観てくるんだ」

「やっ いっしょいる ごしゅじん」

「いっしょいる~」


 そう言ってくれるのは嬉しい。だが、ランスは〔万里眼鏡〕のプレートを上げ、幼竜達のふわふわな体毛に包まれている躰に手を添えて交互に見詰めながら、


「俺からスピアとパイクに教えられる事は、とても少ない。だから、俺以外からもいろいろな事を学んでほしいんだ」

『まなぶ?』


 揃って首を傾げるスピアとパイクに、そう、と頷き、


「餓喰吸収能力で食べた存在の能力を自分のものとするように、己の目でよく観て、その技術を自らのものとするんだ」


 そう語りかけながら、血盟紋を介した【精神感応】で、師匠が見せてくれた技を目に焼き付けて、それを思い返しながら何度も何度も真似をする――自分はそうやって技を身に付けたのだという事を、その時の記憶を添えて伝えた。


「みるっ! まなぶっ!」

「しゅぎょうっ!」

「そう。教えられた事を、そして、いろいろなものを観て、自ら学んだ事を、実践し、研鑽けんさんを積む。それが修行だ」

「するっ しゅぎょうっ!」

「やるっ しゅぎょうっ!」


 ランスは、ごしゅじんがやった事なら自分達もする、とやる気満々の幼竜達を撫で、スピアとパイクはその手に自分から頭をこすりつけた。


「その間に俺が何をしていたのか知りたいなら、後で記憶を見せる。だから、今は自分達の目であの戦いを、特に、女性の戦い方を観てくるんだ。あの力場の刃は、スピアとパイクなら霊装なしに再現できるはずだからな」

「きゅいきゅいっ」

「がうがうっ」

「よし、――行っておいで」


 掌を上に向けて両手を差し上げると、腕をよじ登ったスピアとパイクが掌を蹴って飛び上がり、客車の屋根の上へ。


 ランスは幼竜達を見送ってから、悲痛な声が漏れ聞こえてくる車内へ足を踏み入れた。


「誰か――~ッ! 誰か助けて……~ッ! 誰か……誰でも良いの……誰でも良いから娘を……娘を助けて……~ッ!!」


 中央の通路を挟んで左右に三人掛けのシートが並んでいる、そんな車内に残っている人は少ない。最初からこれしか乗っていなかったのではなく、危機回避能力が高い者は始まる前に逃げ出しただろうし、終わった後に凄惨な事件現場に留まりたくなくて前の車両へ移動した者もいるだろう。おそらく、母親のものと思しきこの声を聞くに堪えなかった者も……


「どうしました?」


 車両後方まで通路を進んで声をかけると、ランスから見て、右のシートの通路側に腰を下ろして俯けた顔を左手で覆っていた男性が、はっ、と顔を上げ、続いて並びの左のシートの一つ前の席の背凭れの陰から女性が姿を現した。


「む、娘が……娘が撃たれて……」

「分かりました。診てみます。場所を換わって下さい」


 ひょっとすると、助けがくるとは思っていなかったのかもしれない。目許を泣き腫らした母親は束の間、ぽかんっ、とし、それから慌ててランスに場所を譲った。


 シートに寝かされているのは、既に意識のない5歳前後の少女。まだ呼吸いきはある。腹部に当てられたハンカチは血で真っ赤に染まっており、それをめくってみると銃創が確認できた。


「娘を助けて下さいッ!! お礼なら――」


 先に顔を上げた男性は父親だったようだ。ランスは、サッ、と手を上げて黙らせ――彼も右脇腹から出血しており、右手で押さえている事に気が付いた。


 二人の傷の位置から推測するに、父親は娘を抱き締め、己が身を盾にして護っていたが、不運にも弾丸は父親の脇腹をかすめて少女の腹部へ、といったところだろう。


 ランスは自分が医師ではない事を告げてからそれでも構わないかと確認し、両親の合意を得てから〔万里眼鏡〕のプレートを、カシャンッ、と下ろす。そして、


「――兵に常勢無し」


 無防備になってしまうが致し方ない。最善を尽くすため、周囲の状況を精細に探知するための【空識覚】を目の前の幼い少女を診察するためだけに展開し――精確かつ迅速に処置を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る