第37話 ソフィアの正体

 緊急列車に割り込まれて遅れていた一般列車が到着する。その頃にはもう、エスタ駅の封鎖は解かれ、利用客が構内を行き交っていた。


 予定のホームには未だ軍の列車が居座っていたため、煙を噴き上げて走る蒸気機関車を先頭とした列車は、途中の切り替えられていたポイントから隣のホームへ。


 エスタの駅構内は、あちこち破損している場所が目に付き、立てられたポールとその間に張られたテープによってそこへの接近が規制されている。そして、列車が到着したホームには、苛立ちを押し殺している人や、こんなものだと諦めの境地に達しているような人などなど、既に駅員の案内でこちらへ移動していた乗車予定の人々の姿が。


 列車が完全に停車し、下車する方々が降りた途端、その人々が吸い込まれるように乗り込んで行く。特に、自由席になっている三等客車はその勢いが凄いというか、酷いというか……


 ――それはさておき。


 ランス、スピア、パイク、クオレ、ソフィアは、補給が完了し次第発車する予定の一般列車、その一等客車の個室席コンパートメントにしれっと乗り込んでいた。


「あぁ~……、その……ランス、ちょっといいか?」


 隣のホームの強襲輸送列車を、車窓のガラス越しに何となく眺めていたランスは、クオレの呼びかけに応えて視線を転じる。


 個室内は、品よく落ち着きのある空間になっており、ゆったりとしてクッションが利いた三人掛けのシートが向かい合わせに配置されている他、荷物をしまっておくトランクやコートを収納できるクローゼット、窓枠の下には折り畳み式の小さなテーブルなど、限られた空間を生かす工夫が随所に見受けられる。


 そして、対面のシートには、弱り顔のクオレと、擬態して生身にしか見えない腕にしがみ付いて躰を強張らせているソフィアの姿があり――


「その子らをどうにかしてくれないか? 警戒されても仕方がないとは思うのだが……」


 もう一方のシートには、武装を解除――銀槍を送還して〔万里眼鏡〕を〔収納品目録〕に収納したランスが真ん中に座っていて、左側に小飛竜スピア、右側に小地竜パイクの姿があるのだが、警戒心も露わに4本の足でしっかりと立ち、鋭い眼差しで静かにソフィアを観察……いや、監視している。


 パイクは元々目付きが妙に格好よくてキリッとしているが、スピアがここまで鋭い目付きをしているのは珍しい。


 これはおそらく、眠いのに無理して起きているからだ。


「きゅおっ!? ごしゅじんっ!」


 両手で、ひょいっ、と抱き上げると、邪魔をしないでくれと訴えるようにジタバタするスピア。だが、ランスは構わず、


「〝眠れる時に眠る〟――長期戦ではとても重要な事なんだぞ」


 自分の腹に寄りかからせるようにスピアを左腿の上に座らせて、ぷにぷにのお腹を左掌で温めるように撫でる。すると、すぐに落ち着いて……やはり眠かったらしく、なでなでし始めた途端に瞼が徐々に下りてきて、早々に閉じられた。


「ほら、パイクも」


 右手の親指と人差し指でパイクの首筋を絶妙な力加減で抓む。すると、


「がふぅ~……」


 ふにゃりと力が抜けてくずおれた。


 ランスが、ぽんぽんっ、と自分の右腿を叩くと、いそいそとそこに顎を乗せて伏せるパイク。その文字通りの鉄面皮が重いのか、首が凝るようで、抓むようにマッサージするととても気持ち良さそうに目を細めて、くるるるるる……、と喉を鳴らし、特に気持ちのいいところに当たると、ふるふるふる……~っ、と背筋や尻尾を振るわせる。


「きゅう」


 パイクにマッサージをしていて手が止まると、途端に、ぱちっ、と目を開けたスピアがその小さな前足で、もっとやって、と催促してきた。


 左手でスピアのお腹を撫でながら右手でパイクの首を抓むようにマッサージし……しばらくそうしていたが、揉み過ぎも良くない。


 スピアのほうは相変わらずエンドレスだが、もう一方は適当なところでやめて、ごろんっ、と寝転がらせ、手足を伸ばして横になったパイクの顎の下を指先で掻いてから、お腹に当てた掌で感じ取った鼓動に合わせて、ぽんっ…ぽんっ…ぽんっ……、と指で撫でていると、程なくして穏やかな寝息が聞こえてきた。


「……可愛いものだな」


 そんな幼竜達の様子を眺めて優しい笑みを浮かべているクオレに、


「そちらも」


 ランスがそう返すと、意味が分からなかったらしく怪訝そうに眉根を寄せたクオレだったが、いつの間にかソフィアが自分にしがみ付いたまま眠っている事に気付くと、


「あぁ、そうだな」


 そう言って優しい微笑みを浮かべた。




「尋ねたい事があるんだが、構わないか?」


 被っていた帽子ハンチングを取ってその小柄で華奢な躰をそっと横たえ、自分の太腿にソフィアの頭を乗せる。そうして膝枕しながら銀髪を梳くように頭を撫で……ふと思い出したかのように確認してきたクオレに、ランスは、はい、と応えた。


「どうやら、そのサイズがその子らの本当の大きさという訳ではないようだが、ひょっとして、私達全員を背に乗せて飛べるぐらいに大きくなる事も可能なのか?」

「はい」

「では、何故そうしないんだ? そのほうが列車よりも速い……いや、ここから直接グランディアへ向かう事すら可能なのではないか?」

「はい」

「では何故?」

「一度はそう考え頼んでみたのですが、背に乗せたくないと断られました。貴女の右脚が嫌いだ、と」

「私の右……あぁ~っ!」


 思い当たる節があるらしく、クオレは思わずと言った様子で顔を手で覆った。

その後しばらく天井を仰いでいたが、


「……ん? ちょっと待ってくれ。それなら、ひとまずソフィだけでもグランディアへ送り届けてくれれば……」

「彼女は首を縦には振らなかったでしょう」

「いや、私がしっかりと言い聞かせれば――」

「――それに、今更言っても詮のない事です」

「……そう…だな……」


 先程までのスピアとパイクの様子を思い出したのだろう。クオレは悄然と俯いた。


 二人が沈黙すると、少女と幼竜達の寝息だけが個室に響き……


「……君は、何故何も訊かないんだ?」


 百貨店で敵を一掃した後、ソフィアとクオレを球形の【念動力場】で包み、【光歪曲迷彩】でその存在を隠蔽し、ランス、スピア、パイクは【光子操作】による透明化で姿を隠してその場から離脱し、警察の包囲網を抜けた。その後、潜伏していると幼竜達が近付いてくる別の列車に気付き、〔万里眼鏡〕の【遠視】で調べてみると、どうやらそれは乗車する予定だったもののようだと判り、それなら乗ろうという事になって今に至る。


 その間、一度も自分達に何かを尋ねようとはしなかった。


 訊きたい事がないはずはない。


 訊こうと思えば訊く機会はあった。


 それなのに何故かと問われたランスの答えは、


「何が話せて、何は話せないのか、俺には判りません」

「……では、こちらから何も話さなければ、君はこのまま何も訊かないつもりだったのか?」

「はい」

「そう…か……。では、本当にこのまま何も話さなくても構わないんだな?」

「はい。――ただ、理解だけはして下さい」

「理解?」

「俺は依頼を受けた。故に、それを達成するために力を尽くす。例え失敗する事があったとしても、途中で放棄するなどありえない」


 クオレはその言葉で、ソフィアをつれて逃げたにもかかわらず、ランスが自分達を追ってきてまで助けてくれた訳を理解した。そして、


「ですが、判断する材料が乏しければ正しい選択をする事ができない。つまり――」


 ランスは、クオレの瞳を真っ直ぐに見詰め、はっきりと告げる。


「――伝えるべき情報を伝えない事で、護衛対象ソフィアを危険に晒し、依頼が達成される確率を下げているのは、貴女です」

「――~~ッ!?  ……あぁ、全く、その通りだな……」


 そう言って自嘲的な笑みの形に顔を歪めたクオレは、大きく息を吸ってから深々とため息をつき、


「それでは、何から話そうか……」


 天井へ目を向けて思案しながらそう呟いた――ちょうどその時、


 カランカランカランカラン……


 列車の出発を告げる鐘の音が響き渡り、スピアとパイクが跳ね起きた。


 ソフィアも、ビクッ、と躰を強張らせて薄っすらと瞼を持ち上げたものの、すぐにクオレが銀髪を梳くように頭を撫でながら、今のは出発の合図だから安心して良い、といった旨の言葉を掛けると、どうやら眠気が勝ったらしい。躰の力を抜いてまたそっと瞼を閉じた。


 先頭の蒸気機関車に牽引されて、連なる車輌が動き出す。


 ランスは、窓から外を見たがった幼竜達のために折り畳まれていたテーブルを起こし、組み立ててその上に乗せる。並んでお座りしたスピアとパイクは、自分は動いていないのにゆっくり動き出した景色を窓ガラス越しに眺め、テーブルから垂れた尻尾が楽しげにゆらゆら揺れている。


 その一方で、


「……こうなる事は、軍に入隊する時、死後、自分の遺体を研究用に無償で提供する事に同意するという書類にサインさせられた瞬間から決まっていたのだろうな」


 クオレはそう言って、静かに語り始めた。




 その話をある程度まとめると――


 献体する事に同意したクオレは、とある任務中、左腕を根本から失う大怪我による大量出血によって死亡した。少なくとも書類上ではそういう事になっているらしい。


 そして、死の淵に沈んだはずの意識が戻った時、失った左腕だけではなく、無事だったはずの右腕と両脚までもが、胸部の動力源と頭部が破壊された状態で発掘された魔王国時代の殺戮人形、その手足に挿げ替えられていた。


 その手術を行ったのが、女性科学者――『アルヴィス・ヴァルカ』。


 本来の彼女は、手足を失って不自由な思いをしている人々の助けになりたいと願い、『有機物と無機物の融合』をテーマとした研究と高性能義肢の開発に心血を注いでいた帝国大学の優秀な研究生だった。


 しかし、その研究がとある天才科学者に目に留まったのが運の尽き。


 理解を示し、良心的な微笑みを浮かべて近付いてきたその男からの資金援助を受けて自らの研究を進める傍ら、その男の表向きの研究に協力し……裏がある事に気付いた時にはもう戻れなくなっていた。


 その天才科学者の名は――『クレイグ・ハミルトン』。


 保有する霊力が常人以下である事に激しい劣等感を抱き、新型魔導式機械鎧ガードレスや様々な魔導具を開発する一方、魔人ディーヴァや術者に対する激しい嫉妬から『人類の人工的な進化』をテーマとした己の研究のために違法な人体実験を繰り返す狂人。


「私とソフィは、その狂人のために用意された秘密の研究所で出会ったんだ」


 クオレはそう話し……ふとソフィアの頭を優しく撫でていた手を止めると、己の掌に目を落とす。そして、それから話は少し逸れた。


 ヴァルカ博士の手術によってクオレと完全に融合した殺戮人形の手足は、大きく破損するとクオレの霊力を喰らって周囲の物質を取り込み、自己修復する能力がある。


 当時はもちろん、本当に必要な事だったのが未だに分からないそうだが、その際に取り込んだのが霊装や魔導具だった場合どうなるかを検証するための実験が行なわれた。


 そのために破壊された両腕にあてがわれたのは、1対の霊装。通常はどちらか一方が破壊されるともう一方も崩壊する。だが、同時だったからか、破壊した訳ではないからか、それらを取り込み完全に修復された両腕には、それらに込められていた法呪がそのまま宿った。


「そして、次に破壊された私の右脚に宛がわれたのが、竜殺しの剣ドラゴンキラーだ。実験は成功し、私の右脚には反逆の概念が宿った」


 ランスはそれを聞いて、スピアとパイクが嫌いだと言い、背中に乗せたくないと言うのも当然だと納得した。


 ちなみに、破壊された左脚に宛がわれたのは、戦闘用の魔導具を内蔵した義足だったそうだが、実験は失敗。複雑な内部の機構は失われ、元通りに修復されただけだったらしい。


 そして、話は元に戻る。


 クオレとソフィアがヴァルカ博士によって引き合わされたのは、それらに加えて期せず破損すると修復されるごとに強化されていくという結果を得て実験が終了した後の事だったそうだ。


 それまでは献体として番号で呼ばれていたが、ソフィアの世話を任されるにあたって『クオレ』という新しい名前をもらい、それからしばらくの間は研究所の一画で穏やかな日々が続いた。


 始め、ソフィアについてはその名前しか知らされておらず、その頃はヴァルカ博士の娘なのではないか、娘を人質に取られる事を恐れて自分に預けたのではないか、と勝手に想像していたのだという。


 そして、その日は唐突に訪れた。


 ヴァルカ博士に呼び出され、心の準備をする暇もなく聞かされたのは、ハミルトン博士の恐るべき計画と、その中核を成すソフィアの秘密。


「この子は……かつて魔王によって根絶やしにされた精神感応テレパシー能力を有する種族、その保存されていた遺体から採取された遺伝情報と人間ヒューマンの遺伝情報を合成して創り出された、人造人間ホムンクルスなんだ」


 そう告げたクオレは、チラッ、とランスの様子を窺い……反応らしい反応はなく、口を挟むでもなく、静かに耳を傾けているのを見て話を続けた。


 多くの兄弟姉妹が製造されたそうだが、その能力を完全な形で発現させた者は皆無であり、計画に必要とされる能力を発現させ、最低水準の威力をクリアしたのは、後に『ソフィア』と名付けられた1体のみ。


 その能力は――


「――【共感シンパシー】と、アルは呼んでいたよ」


 その名の通り、強制的に自分に共感させる能力。


 という事は、あの時、【心理防壁】が対抗発動して無効化していなかったなら、『クオレを助けにいきたいんです』と言っていたソフィアに共感し、クオレを助けに行かずにはいられなくなっていたのだろう。


 接触する事なく、相手の思考を読み、自らの思念を伝達し、【洗脳操作マインドコントロール】すらやってのけるの種族のような能力はなく、限定的で、相手に接触する必要がある。


 だが、その強制力は絶対的。


「私が知る限り、ソフィの【共感】に抵抗し、拒絶し得たのは君だけだ」


 正確を期すなら、【心理防壁】が自動的に対抗発動しただけで、抵抗は一切できなかった。


 それに、今は仲良く並んでお座りし、外を流れて行く景色を車窓のガラスに張り付くようにして眺めながら、小さなテーブルから垂らした尻尾をゆらゆら揺らしているスピアとパイクが護ってくれたからこそ事なきを得たのであって、意識を失っている状態で更に【共感】を使われていたら、流石にどうなっていたか分からない。


「この子の能力は、本来、相手に接触しなければ【共感】させる事はできない。だが、あの狂人は、この効力を伝播させる装置を開発し、密かに新型の魔導式機械鎧に搭載した。そして、この新型には……部品として魔人の脳が使われている」


 専門外であるため詳しい事は分からないそうだが、精神干渉系の術式を組み込んだ魔導装置で複数の魔人の脳を並列につなぎ、個を失わせる事で自我を崩壊させ、高い事象誘導演算領域を有する魔人の脳を生体部品として機体制御の中枢に据える事で、魔導式機械鎧の性能を格段に向上させたらしい。


 どうやら、この場合の『魔人』とは、他国で言うところの『聖人セイント』だけではなく、法呪士や練法士も含まれるようだ。


 それに、敵に魔女が付いている可能性がある事を伝えた際、クオレは、辻褄が合う、と言っていたが、確かに、魔王国時代に滅ぼされた種族の遺体を現代まで保管していたり、自我を崩壊させるような精神干渉系の術式を知っていたりするのは魔女ぐらいだろう。


「あの狂人は、その事を伏せたまま新型を皇国との戦争に投入するつもりなんだ」


 戦場へ投入し、その新型で敵の魔人を倒す。倒した敵の脳を使って新型を製造する。敵を倒せば倒すほど新型の数が増え、より多くの敵を倒せるようになる。倒した魔人の数が増えれば増えた分だけ新型が増え……


「戦場は……新型を製造するのに必要な部品を手に入れるための狩場になる」


 それを聞いて、失敗した場合の賠償方法について話をした時の、これだけは覚えておけ、というクオレの警告の意味を理解した。


「アルは……アルヴィス・ヴァルカ博士は、あの狂人が、命令を発信するための装置を完成させようと、生体部品として組み込むためにソフィから自我を奪う準備をしているのを知った。そして、私にこの子を預け、研究所から逃がした」


 生きたまま確保しようとしている『唯一の個体』、『ソフィアの能力――【共感】』、戦争が始まれば鼠算式に増えて行く『新型魔導式機械鎧』、機体制御の中枢は『魔人の脳』、それに組み込まれた『【共感】を伝播させる装置』……それらから導き出される答えは――


「あの狂人の目的が何かは知らない。知りたくもない。だが、奴の考えに【共感】して動く、あの驚異的な性能を有する新型魔導式機械鎧の軍団があれば、恐怖で世界を支配する魔王にだってなれるだろう」




「くぁ~~~~っ」


 パイクが大きなあくびをした。すっかり眠気が覚めてしまったらしいスピアは今も楽しげに尻尾をゆらゆらさせているが、パイクは森の木々や山の斜面など、代り映えのしない景色に飽きてしまったようだ。


 口をむにゃむにゃ動かしてから立ち上がったパイクは、踵を返して小さな折り畳み式テーブルの上から座席へ、ぴょんっ、と飛び移り、ごしゅじんの許へ。その太腿にピタッと躰を寄り添わせて伏せると、もぞもぞ動いて微妙に体勢を整えた。


 ランスは、そんなパイクの背中をそっと撫でる。


「………………えぇ~と、ランス? 君は、私の話を聞いていたんだよな?」


 目を閉じたパイクの首の後ろから腰の辺りまでをそっと繰り返し撫でながら、はい、と答えると、


「それなら、何かこう…………何かあるだろ?」


 クオレの言わんとしている事が理解できず、何か? と小首を傾げると、


「聞いた話の内容に対する意見とか……」

「特にありません」


 クオレの事は信用しても構わないだろうと思っている。それでも、他人の口から出た情報を鵜呑みにする事はできない。ソフィアから受けた精神攻撃がなんだったのかなど判明した事もあるが、ほとんどは未確認の情報。それについて感想などない。いざという時の判断材料として記憶に留めるのみだ。


「そっ……そう…か……」


 クオレは拍子抜けしたように言い、ランスは、はい、と一言。


 それっきり、しばらくは線路レールの上を列車が走行する音だけが響き……


「…………。一つ……いや、二つほど確認させてもらっても良いか?」

「はい」

「君は、あの狂人……クレイグ・ハミルトンの計画や、危険過ぎるという意味では禁忌の【洗脳操作マインドコントロール】にすら匹敵する能力の事を知っても、この子を始末したほうが良いとは考えていないんだな?」


 その問いに、はい、と答えるランス。何故なら――


「そんな事をしたら、依頼を達成できなくなります」

「そ、そうか……。では、依頼達成後……国外へ脱出させた後は?」

「活動の拠点としている都市へ帰ります」

「は? いや、そういう事を訊いているのでは……いや、いい、分かった。……それなら、もし、仮にだが、何者かが君にソフィの抹殺を依頼したとしたら?」

「俺はスパルトイです。殺し屋ではありません」


 そんな依頼を受けるつもりはないと暗に告げると、クオレは、そうか……、と心の底から安堵の息をつき、


「では、あと一つ。――この子の事をどう思う?」


 二つと言いつつこの質問は四つめだと思いながら、その意図が分からなかったので小首を傾げると、


「ソフィは……人間ではない。自然の摂理に反し、人の手で創り出された生命体だ」


 なるほどそういう事か、と思いつつ、


「極端な事を言ってしまうと、俺の関心は、その者が〝敵〟であるか否かだけです。〝敵〟であるのなら、人間であろうと、異種族であろうと、それ以外であろうと関係ない。――ただ打ち貫くのみ。〝敵〟ではないのなら、何であっても構いません」


 迷いや誤魔化しといったものが全く感じられないその単純明快な答えに、


「そ、そうか……」


 面食らってそう言ったきり言葉を失うクオレ。


 次の駅に到着するまで、その個室席では、途中、車掌が乗車券の確認にきた事を除けば、パイクとソフィアの健やかな寝息を掻き消す線路レールの上を列車が走行する音だけが響いていた。

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