第9話 グランディア
〔
プレートを額に押し上げて肉眼で確認すると、確かに小さな点が六つ、こちらへ向かって飛んでくる。
【遠視】は、遠くのものを拡大して観る事ができる反面、視野が狭まる。正面を向いていたのに発見できなかったのは、その狭まった視野の外側で起きた事だからだろう。〔万里眼鏡〕の使用上の注意点を一つ発見した。
「あれが……」
「はい! グランディア聖竜騎士団です!」
スピアに高度と速度を維持するよう指示して、もう一度〔万里眼鏡〕のプレートを下ろし、聖龍騎士団とやらを観察する。
六騎で編隊を組む、六頭の翼竜と六人の竜騎士。
皮膜の翼を羽ばたかせる六頭の躰は、スピアと違って硬皮と鱗で覆われており、四頭は体長およそ10メートルで鱗の色は蒼。副長騎と思しき翼竜は、体長10メートル超で鱗は青みがかった紫。先頭の隊長騎は体長およそ15メートルはあり、鱗の色は輝くような紅。
竜騎士の装備は、伸縮性に富む躰にフィットして顎から上を除く全身を包み込む〔インナーウェア〕と機密性の高いフルフェイスの〔
携えている武器は、長柄武器と
例えば、紅い翼竜を駆る隊長は、全身を隈なく覆う騎士甲冑を彷彿とさせる重装で、携えている〔火線槍〕は、石突部分が
青紫の翼竜に乗る副長は、躰の前面に防御を集中させた軽装で、〔火線槍〕は
あとの四騎手は、要所のみを重点的に保護する部分鎧のような軽装で、〔火線槍〕は
彼らは始め〔火線槍〕を構えていたが、
「おぉ~~いっ、おぉ~~いっ」
リノンが羅針盤を持った右手を上げて大きく振ると、構えを解いて大きく手を振り返してきた。
一度すれ違った後、方向転換して追いつき、スピアを包囲するように、四頭の蒼い翼竜が間隔に余裕を持たせて前後に二頭ずつ、左右に隊長と副長という配置に編隊を組み替える。
それでも狭苦しく感じるようで、ランスが嫌がるスピアの背を撫でて宥めていると、
「〝こちらはグランディア聖竜騎士団、現在警備任務を遂行中。そちらの所属と目的を明らかにして頂きたい〟」
頭の中に直接女性の声が響いてきた。お互いの騎竜を介して行なう騎手間の【念話】だ。軽装の副長のほうは見れば分かるが、重装の隊長も女性らしい。
スピアとの【精神感応】と違って、【念話】はしっかりと言葉で伝えなければならない。ランスはIDを表示させたライセンスを並んで飛ぶ隊長に向けながら、
「〝スパルトイのランス・ゴッドスピード。拉致監禁されていたところを救助したリノン・ミューエンバーグの依頼で、彼女を家へ送り届ける〟」
隊長は、〔飛行兜〕のこめかみ辺りに手を当てた。備わっている【遠視】機能を起動してライセンスを見ているのか、それとも通信機能でどこかと連絡を取り合っているのか……
「〝了解した。我々は同胞の恩人を歓迎する〟」
そして、竜の発着場へ案内してくれるというので、また編隊を組み替えて先行する竜騎士達の後に続いた。
高低差のある大小無数の浮遊島を、浮遊石の粉末を含有する特殊な人造石の構造体――隣り合う浮遊島を繋ぐ連絡橋、上下の浮遊島を繋ぐ塔――で連結した、
それが、
「こんな巨大なものが空に浮かんでいたなんて……」
知識としては知っていたが、百聞は一見に如かず。魔王はいったいどうやってこんなものを建造したのか、どれ程の力を持っていたのか……。
「自然が豊かで、幻想的で、すごく素敵なところでしょう?」
ランスが内心で戦慄している事など知る由もないリノンは、そう自慢げに言って満面の笑みを浮かべた。
グランディアを包み込むシャボン玉のような膜には物理的に侵入を阻むような効果はないらしく、何の感触もなくすり抜けて中へ。そして、山岳地帯や丘陵地帯、森林、河川、湖などが見受けられる最大規模の浮遊島を目指して飛んでいたのだが――
「――あっ! あそこです! あそこに私のお
そう言ってリノンが浮遊島の一つを指差した途端、スピアが勝手にそちらへ進路を変更した。
慌てた様子で方向転換し追ってくる竜騎士達。【念話】で制止の呼びかけがありそうなものだが、おそらくスピアが無視しているせいでそれがこちらまで伝わってこないのだろう。
スピアはあっと言う間に聖竜騎士団の騎竜達を振り切って、瀟洒な街並みが広がる浮遊島の上空へ。
「あれが私のお家です!」
リノンがそう言って指差したのは、広大な庭付きの豪邸。その玄関先には黒光りする高級
「――あっ、お爺様ッ!」
その人物が乗り込むと車は発進し――それを見てランスは決断した。
「リノン、車の前に下りるよ」
「えッ!? でも……」
車は正門に近付いており、邸宅の前の通りにはスピアが着陸できるだけのスペースがない。
スピアには【精神感応】で、リノンには言葉で簡潔に説明し、タイミングを計り――ランスはリノンをお姫様抱っこしてスピアの背から飛び降りた。そして、霊力から反重力を練成する練法――【落下速度制御】でゆっくりと正門前へ降下する。スピアは小飛竜に形態変化し、ランスが着地する前にごしゅじんの肩に舞い降りた。
その様子は車のほうからも見えていたようで、門が開ききっても車が発進する事はなく、
「リノンッ!」
「お爺様ッ!」
地面に降ろされたリノンは、手ずからドアを開けて車外へ出たロマンスグレーの髪を総髪に整えた上品な身形の矍鑠とした老紳士に向かって駆け寄り――祖父と孫は固く抱き締め合って無事の再会を喜んだ。
これで依頼は達成。あとは報酬を受け取って完了だ。
ランスはスピアと顔を見合わせて頬を緩め、ふぅ、と一息つく。それからふと頭上に目を向けて、物言いたげに数度旋回してから飛び去る竜騎士達を見送った。
『商家』と『ミューエンバーグ』という姓の組み合わせに、ランスは、もしかして、と思っていた。故に、事実を知っても驚きはしなかったが、リノンは、フィードゥキア商会の会長『アルフォンス・ミューエンバーグ』の孫娘だった。
「既に会長職を退き、今は悠々自適に余生を送っております」
自己紹介の折にそんな事を言っていたのだが、どうやらその影響力は今なお健在らしい。
グランディアに到着したその日、ランスとスピアは、リノンとご隠居たっての願いを聞き入れてミューエンバーグ邸でご厄介になった。
そして翌日――つまり今日。
ご隠居の話によると、グランディアでは例えスパルトイであっても入国のための審査を受け、然るべき手続きをとらねばならない。だが、
何故そうなったかは推して知るべし。
――それはさておき。
四つの〔
ランスは、受け取るものを受け取ったら長居はせずメルカ市へ戻るつもりだったのだが、
「
唐突にそうリノンに誘われ、
「報酬は店のほうに用意してあるのですよ」
嘘か本当かそうご隠居に促され、
「でぱーと? でぱーと!」
そうスピアが興味を持って、結局、特に断る理由はなく、そろそろ買い換えたいと思っていたものもあったので、その誘いを受ける事にした。
そんな訳で、朝食後、リノンとご隠居、そして、ランスとスピアが黒光りする高級自動四輪車に乗り込んでやってきたのは、空港がある一番低い位置にある島と浮遊島群の中心に位置する島を繋ぐ巨塔――グランディア最大の複合商業施設『バベル』の一等地にあるフィードゥキア商会の
「ランスさん、そろそろ買い換えたいと思っていたものがある、って言ってましたよね? それってなんですか?」
百貨店は広過ぎてどこに何があるか分からない。そこで案内役を買って出てくれたリノンの問いに、ランスは簡潔かつ大真面目に答えた。
「歯ブラシと下着と靴下」
虫歯と歯周病、田虫と水虫にだけは気を付けろ――師匠は常々そう言っていたし、軍幼年学校でも多くの兵士達を悩ませてきた病だと教えられた。故に、ランスはいつも清潔を心がけ、
「それならこっちです!」
ランスは、そう言って跳ねるように歩くリノンについて行く。
ご隠居は何やら用があるらしく別行動中で、『でぱーと』に興味を持ったスピアだったが、生体反応で人が多い場所だと分かると急に行くのを嫌がり、今はフードの中に隠れている。
ランスの買い物は思いの外時間がかかった。
それは何故かというと、リノンが案内してくれた店の商品は、どれも表示されている値段の桁がおかしかったからだ。そうでなければ、きっと歯ブラシや下着や靴下に似て非なる別の何かだったのだろう。でなければ、一本で今使っている歯ブラシが一〇〇本近く買える値段であるはずがない。
――何はともあれ。
ランスは、自分の常識に辛うじて引っ掛かる値段の商品を自力で見付け出して購入し、商品はリノンが店員さんに
「今度はわたしのプレゼント選びに付き合ってください」
「プレゼント選び?」
「はい! わたしから、ランスさんへのプレゼントです!」
「俺への?」
「はい! スピアちゃんへのプレゼントはもう決まっているんですけど、ランスさんはどんなものをもらったら嬉しいか分からなかったので、直接訊くことにしたんです」
「俺は、その気持ちだけで十分だよ」
「いいえ、わたしの感謝の気持ちをちゃんと受け取ってください! ――それで、ランスさんは、飾っておくものと、実際に使うもの、もらうとしたらどっちがいいですか?」
「……そのどちらかなら、実際に使えるものかな」
それなら、とリノンがランスの手を引いて連れて行ったのは、武器を扱う高級店だった。
「いや、リノン、俺にはもう槍もナイフもあるから――」
「――じゃあ、他の武器を選びましょう!」
「えッ!?」
リノンは、それってどういう事ッ!? と混乱するランスの手を引いて店内を連れ回す。
「ランスさん、これなんてどうですか?」
「いや、俺、槍使いだから……」
もの凄く楽しそうで良い笑顔だが、槍使いに剣や斧をどうしろというのか……
「じゃあランスさん、わたし、何かいいのがないか探してくるので、ちょっと待っててください!」
ランスがリノンの薦めを断り続けていると、そう言って止めるまもなく走って行ってしまった。
ひょっとして、何か選ばないとこれがずっと続くのだろうか? 困り果てたランスは思わずため息をつき、
「……ん?」
偶然、ショーケースで展示されている商品が目に留まった。それは、
「〔
異なる属性を与えられたゴルフボール大の五つの球体と
ランスはそれからすぐに目を逸らし、んッ!? と二度見する。それ自体には何の興味もない。では、何が気になったかというと――その値段。
「一、十、百、千、万――えッ!? 一、十、百、千、万、十万、百ま――えぇッ!?」
幾ら数えても7桁あり、ランスは混乱した。
そう、本来の
そんな武器を、希少で高価な素材を用い、膨大な時間と労力を費やして作る意味が分からないし、そもそも現代の戦場で
「……こんなの誰が買うんだ?」
ランスは心底不思議そうに首を傾げた。
それからもリノンは、見栄えの良いあまり実戦的とはいえず
リノンが選んだスピアへのプレゼントは、ブラッシング用の高級ブラシだった。
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