第10話 予期せぬ報酬と贈り物
ランスとリノンが連れ立って待ち合わせの場所へ行くと、そこにご隠居の姿はなく、代わりに執事が待っていた。ちなみに、フードの中に隠れていたスピアはそのまま眠ってしまって今もお昼寝中。
彼の案内で向かった先は、関係者以外立入禁止のドアの向こう側。従業員用通路をしばらく進み……辿り着いたのは、人気のない無機質で広い倉庫のような場所。
整然と並べられた
「御足労をお掛けして申し訳ない。何しろこれを移動させるのはひと苦労なもので」
そう言うご隠居の前にあるのは、1台のふてぶてしいまでに図太いタイヤを履いたフルカウルの大型
「お爺様、このオートバイは?」
リノンに問われたご隠居は、昔を懐かしむように遠い目をして、
「リノンが生まれるよりもずっと前、この空を永遠に移動し続ける国で、グランディア、エゼアルシルト、オートラクシア、イルシオン……四つの国の四人の技術者が、まるで運命に導かれるかのように出会ったんだ。そして、グランディアの若造がこんな事を言い出した。『各国がいがみ合うのではなく協力すれば、こんなに凄いものが作れるんだぞ、と世界に知らしめよう』とね。三国の技術者達は現役を退き、余生を穏やかに過すためにこの国へきたのだが、情熱はまだ冷め切ってはいなかった。三人は『命尽きるまでの暇潰しに付き合え』と言って、当時はまだ小さなバイク店の主に過ぎなかった若造を加え、開発に着手した。そして、各々が持てる知識と技術の粋を結集し、数多の試行錯誤を経て、その過程で幾つもの新技術を生み出しながら創り上げたのが、この汎用特殊大型自動二輪車――〔ユナイテッド〕だ」
ご隠居は、そう言って我が子に向けるような眼差しを〔ユナイテッド〕に向け、そのシートを指先でそっと撫でた。そして、
「リノンに聞きました。報酬については、金額はおろか何で支払うかも決めていない、と」
話の流れから、まさか、と思いつつ、その通りなので、はい、と頷くと案の定。
「この世界にただ一人、掛け替えのない我が孫娘を救って頂いた
「いや、ですが――」
「――スパルトイという職業柄、
正直な感想は、そんなものをもらっても困る、だったが、反論の余地はなく、落ち度は報酬を確認せず依頼を受けたこちらにある。それに、元々金銭を得るために受けた訳ではない。
ランスは〔ユナイテッド〕を頂戴する事にした。
ご隠居は、ありがとう、と小さく呟いてから、
「話は変わりますが、ランス君、一つ伺ってもよろしいかな?」
「はい」
「ここにある品々を全て売却したとして、ランス君は一生遊んで暮らせるだけの大金を得る事になる。伺いたいのはその後の事、つまり、――どのような資産運用をお考えかな?」
「……シサンウンヨウ……」
一瞬、どこか遠い世界の言葉かと思った。
「それに、泡銭は身に付かないと聞きます。ですので全額、学校や病院、養護施設に寄付――」
「――だめっ!!」
思わぬところから待ったが掛かった。背中のフードから出てきて肩に移動した
「ごしゅじんっ しさんうんようっ」
「えッ!?」
「スピア ごしゅじん まもるっ しさんうんようぅ~っ」
どうやらその時既に目を覚ましていて、フードの中で話を聞いていたらしい。そして、『しさんうんよう』が何かは分かっていないようだが、いつ死んでもおかしくないから必要ないのなら、長く生きて行くためには必要な事なのだと解釈したらしく、
「しさんうんようっ しさんうんようぅ~っ、ごしゅじん~~っ!!」
長い尻尾をランスの首に巻きつけ、小さな躰をごしゅじんの頬にすり寄せ、目をうるうるさせて懇願する。
スピアは、人の一生が竜のそれと比べてあまりにも短い事を知っているのだろう。だからこそ、少しでも長く一緒にいたいと望み、一生懸命に訴えかけてくる。
ランスは、そんな友愛を示す小さな
「分かった。考えてみるよ」
親愛の情を込めてスピアの頭を撫でた。
ご隠居は、優しげな眼差しにわずかな憐憫を滲ませて竜と戯れる少年を見詰め、不意にこちらを向いたランスと目が合い、その深く深く澄み渡った瞳を見て思わず息を飲む。そして、投資に関して相談されると、はっ、と我に返り、快くそれに応じたのだった。
そして――
時は、夕暮れ。
場所は、ランスとスピアが滞在しているミューエンバーグ邸の客室。
「疲れた……」
ランスは、部屋に戻るなり、分厚い高級絨毯の上に広げたシーツの上に倒れ込んだ。
昨夜、一度は天蓋付きのベッドで横になってみたものの、ふかふか過ぎて落ち着かず、このように工夫してみたところ大変寝心地が良かった。そして今朝、
「ごしゅじん だいじょぶ?」
うつ伏せになって躰の力を抜き、ぐったりしていると、トコトコやってきたスピアが心配そうに顔を覗き込んできた。ランスは弱々しい笑みを浮かべ、
「大丈夫。ただの気疲れだから」
原因はもちろん、やり慣れない資産運用の手続きなどなど。
それで、具体的にどのような事したかというと、まず例の品々の内、四つの〔
それから、銀槍以外にもう一つあった投槍の神器は、買取りを拒否されたため手元に残す事に。
そして、類似品が多い霊装や魔導具、希少であってもまず自分が使う事はない宝具の武器防具類を売却して得た大金は、配当金を振り込んでもらうグランディア・ユニオン銀行で口座の開設と維持に必要な1000万コルヌを残し、あとは全額フィードゥキア商会に投資した。
そうする事のリスクについて説明を受けたが、所詮は泡銭。増えず失われたとしても構わない。
グランディア・ユニオン銀行へ行って口座を開設し、貸金庫に現物資産を預け、この国のギルド《竜の顎》へ行き、ライセンスを更新して銃砲刀剣類取扱許可などの資格に『〔収納品目録〕所持許可』を加え、その都度手続きを行い……などなど。
「けど、本当に疲れた……」
かつてこれ程まで自分の躰が重いと感じた事はないかもしれない。しかし、これでもだいぶ楽をさせてもらったはずだ。それもこれも、ご隠居が事前に手配し、同行してくれたからこそ。同じだけの仕事を自分独りでこなさなければならなかったとしたら、お役所仕事に煩わされて何倍もの時間と労力を要しただろう。
では何故、ご隠居はこれ程まで自分のために骨を折ってくれたのか? 孫娘を救った恩返しとしては度が過ぎているように思う。
それはおそらく、自分が何者か……いや、何者であったかを知っているからだろう。現役の時フィードゥキア商会には幾度も
ランスは、はぁ~……、と一つため息をついた。
憶測に憶測を重ねても意味はない。自分にできる事は即座に応じる事ぐらい。その時にはもう包囲が完成していて身動きが取れなくなっている可能性はある。だが、突き破るのは得意だ。翼を持つスピアもいてくれる。それでもどうにもならなかったら、その時はその時だ。
「ごしゅじん ふみふみ?」
「ふみふみ? ……あぁ、昨日の。またやってくれるの?」
「きゅいっ」
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「きゅいきゅいっ」
スピアは、うつ伏せになっているランスの背中に飛び乗ると、
「ふみふみ ふみふみ」
左右の前足で交互にランスの背中をふみふみし始める。指圧ならぬ肉球圧だ。
大きさはそのままで微妙に質量だけ増加させているらしく、小さな前足に体重を乗せると結構な圧力になる。これで腰から首にかけて背筋をふみふみしてもらうと、かなり気持ちいい。
「ふみふみ ふみふみ ふみふみ」
いったい何が楽しいのか分からないが、スピアはノリノリで、
「あぁ~……、なんでスピアはそんなに上手なんだろう……?」
些細な疑問を抱きつつ、本当に気持ちよくてランスがうとうとし始めた頃、トントンッ、と部屋のドアがノックされた。
スピアが背中から降りるなり、すっ、と立ち上がるランス。今までぐったりしていた事などおくびにも出さず用向きを尋ねると、
それを受け取るためにドアを開けると、
「は? え? あの、何かの間違いじゃ……」
購入したのは歯ブラシと下着と靴下。手提げ袋一つに余裕で納まるはず。
しかし、運び込まれたのは、包装紙とリボンで綺麗にラッピングされた一抱えほどもある箱が二つとその半分ほどの大きさの箱が二つ。
ドアが静かに閉められた後、ランスとスピアは警戒し、それらから距離を置いて様子を窺っていたが、これでは埒が明かない。そこで、スピアにどれが良いか尋ねて、これ、と選んだ大きなほうの箱を一つ開けてみる事にした。
慎重にリボンを解き、綺麗に包装紙を剥がす。そして、段ボール箱を恐る恐る開けるとその中には……
自分が購入したのは、三枚一組のお買得商品を1セット。それがこんな事になっている理由は……リノンの仕業という以外に思い付かない。
ちょうどその時、トントンッ、とドアがノックされた。まさに今脳裏を過ぎった人物の来訪だ。
「荷物が届いたって聞いて、来ちゃいました」
ドアを開けたランスはとりあえず入室を勧めたが、リノンは用があってすぐに行かなければならないからとそれを断り、
「あ、あの……もうお手紙、読まれましたか?」
「手紙?」
「あっ、まだならいいんです! あとで読んで下さい!」
リノンは照れ臭そうに言ってから、それより、と気を取り直して、
「ランスさん、わたしからのプレゼント、気に入っていただけましたか?」
ランスは軽く驚いた。数量を変更したのは店員さんに配送するよう
「
「いや、実際に使えるものが良いって言ったのは俺だから。ありがたく使わせてもらうよ」
「よかったぁ~っ! 気に入ってもらえなかったらどうしようって、ずっとドキドキしてたんですよぉ~っ!」
そう言って胸を撫で下ろし笑みを浮かべるリノンに、もう一度感謝の言葉を述べるランス。見栄え重視の剣や斧でなくて本当に良かったと心の底から思う。
それなら、まだ開けていない箱の中身は、靴下と歯ブラシ、それにスピアへのプレゼントのブラシだろう。ランスはそう予想した――が、
「スピアちゃん」
「きゅい?」
リノンがしゃがんで手招きすると、スピアは小首を傾げた後、テテテテテッ、とやってくる。出会った当初と比べるとずいぶん馴れたものだ。
「はい、これ、わたしからスピアちゃんへプレゼント! 感謝の気持ちをたくさんたくさん込めたよ!」
リノンが後ろ手に隠し持っていた綺麗に包装されているブラシを差し出すと、スピアは尻尾で躰を支えて後ろ足で立ち上がり、両前足で抱えるように受け取った。
「ありがと リノンっ」
「かっ、か……かわいいぃ――――~ッッッ!!」
スピアのあまりの愛らしさに思わず歓声を上げてしまい、驚いたスピアがプレゼントを投げ出して逃走する。床に転がるプレゼントを見てリノンが悄然となる一方、ランスは、ん? と訝しげに眉根を寄せた。
振り返り、まだ開けていない三つの箱を見る。その中の二つは靴下と歯ブラシだろう。もう一つはスピアへのプレゼントだろうと思っていたのだがここにある。という事は、あと一つの中身は?
リノンに訊こうとしたのだが、その前に、用があるので失礼します……、と言ってトボトボと立ち去ってしまう。その意気消沈ぶりが酷くて思わず声をかけるのを躊躇ってしまった。
仕方ないので、とりあえず投げ出されたままのブラシを手に取る。そして、絨毯の上で胡座を掻き、スピアを呼んで膝の上に抱っこすると、早速使ってみた。スピアの毛は犬猫などと違って抜けないので場所を気にする必要がない。
よく撫でてはいるが、
「ブラシを使うって発想はなかったな」
それは、スピアが体毛を自在に操れるため毛並みが常に整っていてそうする必要がないからでもあるのだが……
――それはさておき。
ランスが丁寧にブラッシングすると、スピアはたいそう気に入ったらしく終始ご機嫌だった。
「後でもう一度、お礼を言おうな」
「きゅいきゅいっ」
それから残りの箱を確認する。
もう一つの大きな箱の中には、ギッチリと靴下が詰め込まれていた。
一方の小さな箱には、一生分くらいの歯ブラシがギッチリと。
問題は、もう一方の小さな箱。セキュリティが厳重なミューエンバーグ邸の内部に運び込まれている時点で危険物ではないという事は判っているのだが、何気にスピアが警戒している。
慎重にリボンを解き、綺麗に包装紙を剥がし、段ボール箱を恐る恐る開ける。するとその中には、緩衝材の藁に埋もれるようにして一回り小さな箱が入っていた。
「うっ!? 重い……」
掛かっている藁屑を払い除けてから持ち上げようとすると、予想より遥かに重い。おそらく5キロ以上あるだろう。
取り出した一回り小さな箱を恐る恐る開ける。すると、そこには取っ手のついたケースと一通の封筒が入っていた。
これがリノンの言っていた『お手紙』だろう。先程の話し振りからして、この手紙を読む前にケースの中身を確認したのだと早合点していたようだが、自分も下着や靴下などがプレゼントだと早合点していい返事を返してしまった。
ランスはケースの中を確認する前に封筒を手に取り、開封して書面に目を通す。
四枚の便箋に書かれていたのは、主に感謝と旅の感想で、最後のほうに
何でも、リノンはその様子を見ていて、ほしかったのに値段を気にして言い出せなかったのだと思ったらしい。そして、その商品は、先代から店を受け継いだ老店長でもいつからそこに置いてあったのか分からなかったそうだ。
嫌な予感がする。いや、嫌な予感しかしない。
ランスは、妙に重たいケースを箱から取り出し、留め金をはずす。ごくりと生唾を飲み込み、恐る恐る開けるとその中に入っていたのは――
「はぁ……~っ、嫌な予感ほど当たるよなぁ……」
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