第3話 スパルトイ
ギルド《竜の顎》に入る。
朝から建物の中には、ギルドの職員、依頼を出しにきた一般人、そして、
やはり一番多いのは、人と化す術を得た竜と交わる前の『人間』に最も近い人種『ヒューマン』だが、他にも――
古の竜と同じく人と化す術を得た古代種と『人間』が交わって誕生したと云われている、獣の耳や尻尾、翼などを備えた鳥獣系人種『ネフィリム』。
年経た植物の精霊が『人間』の女性に宿り誕生したと云われる法呪の扱いに長けた美しき植物系人種『アールヴ』。
有機的無機生命体と共生関係を築き、額や胸元、手の甲などに宝石が埋め込まれていたり、肌が金属や鉱物の質感を持っていたりする鉱物系人種『ドヴェルグ』。
――などの姿が見受けられる。
その他にも、人ではなく、人と同等かそれ以上の知能を獲得し、言葉を話せて意思疎通を図れる異種族――
イヌ科の動物が人型に進化した『ルーガルー』。
ネコ科の動物が人型に進化した『バステト』。
爬虫類が人型に進化した『リザードマン』。
――などの姿が見受けられた。
ランスは、入ってすぐの所にあった施設内の案内板に目を通し、入口の正面、横に並んでいる受付の右端、相談と新規登録を受け付ける窓口へ向かう。肩にスピアを乗せているため、やはりここでも注目を集めたが気にしない。
窓口に誰もいなかったので置いてあるベルを、チンッ、と鳴らすと、しっかりと仕立てられた制服をきっちりと着こなした受付嬢がやってきて応対してくれた。スピアを見て一瞬目を丸くしたが、すぐに営業スマイルを貼り付けたのは流石と言うべきか。
「スパルトイになりたいんです」
用件を訊かれたのでそう答えると、次に文字の読み書きができるかと問われ、はい、と答える。すると、こちらに必要事項を記入して下さい、と年季の入ったA4サイズの薄い石板と竜の牙で作られたペンを渡された。
石板には、名前、性別、年齢、職業、使用武器、技能……などといった項目が彫刻されており、牙のペンは、手にしていると自動的にその人の
ランスが記入し終わった石板を牙のペンと共に差し出すと、受け取った受付嬢はそこに綴られた光の文字に目を通し……
「……あの、
肩の上のスピアに、チラッ、と目を向けながらそう訊いてきた。
ランスとスピアは顔を見合わせ、それから揃って受付嬢に向かって、はい、と頷く。
受付嬢は一瞬困ったような表情を浮かべた後、
「それはできません。俺は調教師ではないので。スピアも、調教して従えているのではなく、ただ懐かれているだけです」
「そ、そう…なのですか……?」
どうにも腑に落ちないといった面持ちの受付嬢。だが、肩の上にいるスピアが真面目な顔でそう答えるランスの横顔にぴったりと寄り添ってすりすりしているのを見れば、もの凄く懐かれているのだという事は分かる。
それから、いくつか指摘された項目を、そのまま、あるいは変更、追加記入するランス。
受付嬢は、最終的に記入ミスがない事を確認してから、
「5千コルヌ掛かりますが、検定試験をお受けになりますか?」
登録だけなら無料で、Lv・Ⅰの『見習い』から。検定試験を受ければその結果次第でLv・Ⅱの『駆出し』か、Lv・Ⅲの『一人前』から始められる。
ただし、
スパルトイには、最低でも犯罪抑止力としての相応の強さが求められる。故に、それがないなら授業料を支払ってギルド内の施設で教習を受けなければならない。その最低条件を満たしたと認められればLv・ⅠからLv・Ⅱへ上がり、依頼を受けられるようになる。
「はい。受けます」
ランスは、1000コルヌ銀貨一枚と2000コルヌ銀貨二枚で支払った。
『コルヌ』は世界共通の通貨単位で、各国がそれぞれ嵩張らない紙幣を発行しているが、世界中何処ででも使えるのは硬貨のみ。たいてい紙幣はその国でしか使えない。
それを受け取った受付嬢は、事務仕事をしていた同僚に受験希望者が現れた事を伝えた。その同僚が席を立ち、部屋の一角に設置されている通信機でどこかと連絡を取る一方、受付嬢は魔導写真機でランスの証明写真を撮り、スパルトイとしての基本的な注意事項を説明する。それがちょうど終わる頃、同僚が通信機で呼んだ試験担当者が現れ、ランスは担当者に案内されて試験会場へ移動した。
検定試験が行なわれるのは、屋内の道場のような空間。天井は高いが二階まで吹き抜けにしたような高さはなく、壁には木剣や木槍など、練習用の武器が架けられている。
ランスは、リュックを部屋の隅にある台の上に置き、白槍をその隣に立てかけ、スピアをリュックの上に乗せた。
山篭りをしていた時、始めの頃は
「きゅい――~ッ! きゅい――~ッ!」
ランスは、応援してくれるスピアに向かって任せとけと言わんばかりに頷き、木槍を手に取った。
対する試験官は、元スパルトイだという体格が良い男性職員三人。手にしているのは、二人が木剣、一人が木槍。
検定は、試験官との模擬戦。三回行なわれ、まず一対一、次に一対二、最後に一対三。実力を見るためのものなので必ずしも勝利する必要はないとの事。
そして、ランスは合格し、Lv・Ⅲの実力を認められた。
模擬戦の内容について特筆すべき事はない。
穂先と石突の両端を巧みに用いて無難に戦い、試験官の攻撃を回避し、往なし、防御して一撃ももらう事なく、汗一つ掻かず、一回戦、二回戦、三回戦に勝利を収め、十分な技量を修めている事、槍という突く一点に視野が狭窄しがちな得物を手にしていても周囲がちゃんと見えている事、一対多での戦闘に対応できる事を証明して合格となった。
「登録手続きは以上です。お疲れ様でした。そして、これがゴッドスピード様のライセンスカードになります」
検定試験を終えて同じ受付窓口に戻ると、先に報告が届いていたらしく、もうライセンスができていた。
それは、銀のケースに嵌め込まれた透明なプレートで、そこには大きく『Lv・Ⅲ』の文字が浮かんでいる。受付嬢に促されて、銀のケースに三つある指紋サイズの小さな魔法陣の内の一つに霊力を込めてみると、プレートの表示が切り替わり、先ほど撮った証明写真、名前、性別、登録した年月日、番号、この者の身分をギルドが証明する旨が明記されていた。
亡き師匠にもらった『旅の安全を祈る』という意味を持つ姓を名乗り、今日から正式に『ランス・ゴッドスピード』になった。これがあれば、世界中のほとんどの国で面倒な手続きなしに、入出国や各都市などへ出入りする事ができる。
受付嬢は、それを手に取ってしげしげと眺めるランスに、ライセンスの使用方法と本人以外使用不可能である事、紛失や破損などの理由で再発行する場合は費用が掛かる事などを説明した後、
「では、今後のご活躍をお祈り致します」
そう言ってお辞儀した。
ランスは、受付嬢に感謝の言葉を述べてスピアと共にお辞儀を返す。そして、
「――ねぇッ! 私達のパーティに入らないッ!?」
振り返った瞬間、いきなりそう誘われた。
声を掛けてきた女性と、もういきなり過ぎるよッ! と窘める女性、それからその後ろで苦笑している男性三人の五人でパーティを組んでいるようだ。彼らの年の頃はランスより少し上で一八前後といったところだろう。
スパルトイはパーティを組む。それは、雑用系を除くと、一人で受けられる依頼は少ないからだ。特にLv・Ⅲ以下だと受けられる依頼が限られる上にどれも報酬が安い。
そのパーティも大きく二種類に分けられる。メンバー固定で依頼を達成するごとに信頼関係を高めていく家族のようなパーティと、仕事の時のみ依頼達成に必要な能力を持つ者を選び集めて編成される職業的なパーティだ。
『私達の』という事は、メンバー固定で活動しているパーティなのだろう。
声を掛けてくれた彼女やその仲間達の雰囲気は好ましく思うのだが、
「ありがとうございます。――でも、すみません。今はまだパーティを組むつもりはないんです」
そうは言いつつ、実は組むつもりがないのではない。怖くて組めないのだ。
これまではずっと、同胞と軍関係者以外は全て敵、攻撃対象だった。
それ故に、素性が知れない相手と、味方だと確信を持てないグループと、どう接して良いのか分からない。怖くて背中を預けられない。
そんな臆病な自分の判断ミスで、戦わなくて良いはずの相手を傷つけてしまうかもしれないのが怖く、殺してしまうかもしれないのが何よりも恐ろしい。
だからこそ、行動を共にする事はできない。
ランスは、そんな事はおくびにも出さず、パーティへの誘いを丁重にお断りした。
残念そうに去って行く彼女達だけではなく、間を置いて声を掛けようと遠巻きに機会を窺っている輩は皆スピアに興味があるらしい。視線を感じるらしく、スピアは居心地悪そうに身動ぎしてコートのフードの中に潜り込んでしまった。
気にしても仕方のない事は気にしない事にして、ランスは依頼書が張り出されている掲示板の前へ。何か適当な依頼はないかと探して……
「………~っ」
選べなかった。
師匠は『何事も基礎が大事』と言っていた。
軍幼年学校時代から小遣い程度の給金があり、卒業して兵士になってからも食事は寮の食堂でなら
それ故に、たとえ報酬は安くとも、スピアと一緒にLv・Ⅱの仕事から地道に経験を積んで行く事にした。だが、そこから先へ進めない。
兵士はただ上官の命令に遵うのみ。与えられた任務を遂行するのみ。
今まで仕事を選ばせてもらった経験がないランスは、どれを選べば良いのか、どう選べば良いのか分からず、額にじっとりと嫌な汗が浮かぶほど悩み……ふと名案が閃いた。
「スピア、どれが良いと思う?」
隠れていたスピアにフードの中から出てきてもらい、掲示板のLv・Ⅱから受けられる依頼が張り出されている箇所を指差すランス。
肩の上のスピアは、キョロキョロと掲示板を見回して……
「あれ!」
ランスは、迷う事なくスピアが適当に右前足で指し示した依頼書を剥がし、安堵の笑みすら浮かべて受付に向かった。
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