そこは暗い部屋だった。鉄格子の窓から入る光だけがここが牢屋だと言う事を教えてくれた。

「普通、こういう時って手足を鎖で繋ぐと思うんだけどね…」

 意識を取り戻したエクスは自分が壁と鎖で繋がれ、手足ではなく鉄の首輪をされている事に愕然としていた。

「気が付いた?」

優しいランプの灯りと共に現れたのはカオスシンデレラだった。

「カオスシンデレラ、君が僕をここに運んでくれたの?」

「彼方のお姉様と私を見る目が他の三人より優しかったのよ。だから…気まぐれ。黒のヤンキーはその場で殺すって言ってきかなかったけどね」

 説得したのよ。とエクスに向かって微笑む。

「カオスシンデレラ、君は本当にこの世界が崩壊、消滅しても良いと思ってるの?」

「…せっかちね。捕まっているって言うのにいきなり本題?」

 持っていたバスケットの蓋の上にかけていた布を床に広げる。

「気分だけでもね。ピクニック?みたいにね。お食事、ご一緒しましょ?」

 バスケットから皿を出し、パンやサラダを並べていく。

「お願い。今は忘れて食事を楽しみましょ?」

 悲しそうな顔をするカオスシンデレラをみたエクスは何も言えなくなっていた。


「………」

「…お嬢、いい加減機嫌直せって」

「姉御、新入りさんを心配するのも分かりますがそんなに弱くはないと思いますよ?」

 シェインはタオとレイナに合流していた。だがそれがエクスを見捨ててしまったかのように感じて、レイナの心を責め立てていた。

「でも、カオステラーズに捕まってるかもしれないのよ?」

「そう、捕まってるかもしれねぇ。だったら助けることも出来るって事だろ」

「だとすると、どこに捕まってるかが問題です」

 すでに大まかな偵察を済ませていたシェインは地面に地図を描く。

「新入りさんと関係の深いシンデレラ姉妹に連れていかれた可能性、けどあの二人には部下がいませんでしたし運べるかどうかは疑問です。同じ理由で赤黒ずきんもですが狼を使えば…まぁ行けるでしょうけど黒ずきんが捕まえた場合無事とは思えません」

 シェインの発言にレイナは目を見開く。

「…続けます。桃太郎に鬼姫、鬼達もいますし鬼ヶ島には岩牢もあります。私はここから一番近い鬼ヶ島から探しに行くのが効率的だと思います。多分構造も近いと思うので私とタオ兄で案内も出来ます」

 レイナは顔を伏せ考える。自分はなんであの時躊躇したのか、迷わない、やれることをやると決めていた筈なのにと。

「わかった。鬼ヶ島から行きましょう。カオス桃太郎から調律して次は黒ずきん。最後にカオスシンデレラで行くわ」

「おいおい、調子出てくるのはいいけどよ。その順番の根拠はあるのかよ」

 勢いだけで話すように見えたレイナにタオが問いかける。

「シェインのいった通り、鬼ヶ島が近いから一番。エクスと関わりがあるシンデレラ姉妹に捕まってるなら安全性も一番高そうだから最後。だから黒ずきんが二番。なにか問題ある?」

 捲し立てるレイナにタオはただただ頷く。

「時間が勿体ないわ!行くわよ」

「姉御、そっちはシンデレラの城です」

「…気合い入れてもお嬢はお嬢か」

 こっちです。とシェインが先行して鬼ヶ島に向かい始めた。


「あーもう、多すぎない!?」

 何度目かもわからなくなるコネクトを解いてレイナが愚痴る。

「本拠地とはいえ、ちょっとおかしいな…」

「鬼ヶ島を目指してからちょっと敵の数が多すぎです」

 シェインの言う通り、鬼ヶ島を目指し始めてからすぐに鬼の襲撃を受けていた。

 鬼ヶ島に着くまでに数度、鬼ヶ島に到着してからも立て続けに戦闘を繰り広げ、一段落したところだった。

「まさか逃げないで攻め込んでくるのは想定外だったよ」

 その岩陰に隠れ休んでいる所に桃太郎が現れた。多くの鬼を引き連れ、鬼姫を従え、メガヴィランを控えさせていた。

「おいおい、無暗にヴィランにはしないんじゃなかったのかよ!」

 立ち上がり桃太郎に向かって叫ぶ。

「これは犬、猿、雉だよ。協力して争いの無い世界を目指そうって言ったんだけどね。こいつらは『鬼は滅ぼさなければならない』って聞いてくれなくてね」

「だからってヴィランにするなんて…」

「争えば、どちらにも被害が出る。最小の犠牲ってやつだよ」

 タオの握った拳から血が滲む。

「そこまで堕ちましたか…」

「堕ちた?最小の犠牲で争いを回避したのに?」

「ちげぇな、お前は逃げたんだ。オレの知ってる桃太郎は逃げなかった」

 タオは栞を取り出し、シェインもそれに続く。

「桃太郎の栞がありゃ良かったんだけどな…コネクト・ハインリヒ」

「そうそう贅沢は言えません。コネクト・ラーラ」

「二人で盛り上がらないでよ…コネクト・シェリー」

 怒りを心に灯した三人が桃太郎達を倒すのに長い時間はかからなかった。


「あー…カオス・桃太郎…だよな?」

 桃太郎に感じていた怒りも薄らぐようにタオは桃太郎を見上げた。

 今まで見たどの桃太郎より、大きく、太く、丸かった。

「下から見ると肉で埋もれて顔が見えません…」

「やっと来てくれたんだね…桃太郎を倒して…」

 カオス・桃太郎はタオたちを見るとそうとだけ呟いた。

「ちょっと待ってよ。来てくれたってなに? あなたが桃太郎を操ってたんでしょ!」

「違う!違うちがうチガウ!…はぁ…はぁ…はふぅ…」

「ちょっと叫んだだけで息切れするとか驚きです…」

 カオス・桃太郎は息を整えゆっくりと語りだした。

「僕らは本当のカオステラーに生み出されたんだ。それぞれの区域にいるヒーローをカオステラーに書き換える。そこから従順な要素をヒーローに残してカオステラーとしての要素を抜き出してカオスヒーローを作り上げる。それが僕たちなんだ」

「ナンセンスですというか無茶苦茶です。いくらカオステラーでもそこまで無茶が出来るものなんですか? 姉御」

「…いくらなんでもそれは無理よ。カオステラーがカオステラーを生み出すとか想区の消滅どころか全想区の存在自体を無茶苦茶にしかねないわ」

 三人はカオス・桃太郎を睨みつける。

「もしそれが本当なら本当のカオステラーってのは誰なんだよ?」

「僕たちを生み出した本当のカオステラーは…」


「ねぇエクス…私と結婚しない? もう暫くしたらお姉様はお城へ嫁ぐわ。そうしたら私は独りぼっち、でも私はカオステラー、なら彼方と一緒にこの想区から飛び出すことも可能かもしれない」

「…そう言って貰えるのは嬉しいけどね。出来たら踏みつけながら言うのは勘弁してほしいかな」

 ごめんなさい。と言いながらエクスから足を引き、体を起こしたエクスを包み込むように抱き着く。

「…私達はカオステラー、だけど本当のカオステラーではないの。この想区のそれぞれの区域にいるヒロインたちから生み出されたカオスヒーロー。本当のカオステラーは別にいるわ」

 抱き着き、エクスの耳元で囁く。他に誰もいないはずの牢屋の中、誰かに聞かれるのを恐れるように。

「鍵は外れるようにしておくわ。多分、彼方のお友達が助けに来るはず。その時に逃げて」

「なんで…」

 体を離し微笑むカオスシンデレラに、『教えてくれるの』と続けようとした言葉はその指で唇を抑えられた。

「結婚、考えておいてね?」

 もう一度抱き着き、『監視されているの』とだけ呟いて牢を出て行った。


「ふざけるなぁ!」

 黒ずきんの鎌が木々を薙ぎ倒す。

「わたしたちじゃないわ。ここに来た時赤ずきんはもう…」

 狼が倒れるその奥の小屋の中、ベットの上に赤ずきんは血塗れになり横たわっていた。微かに動く胸が生きていることを示していた。

「なんでだ! あたしたちがなにをした? 全部あいつの言う通りにやった!」

 レイナ、タオ、シェインは黒ずきんの攻撃をかわしながらその叫びを聞く。

「てめぇらが来なければ、この想区であいつに逆らえるのはカオスヒーローのあたしらだけだ! カオス桃太郎は太ってろくに動けねぇ! カオスシンデレラは何考えてるか分からねぇ! だからあたしだけは従順にしてたってのに…」

「その言い方だと私たちが犯人じゃなく、真犯人の目星はついてるみたいですね」

シェインは距離を取り黒ずきんに向かって話しかける。

「カオス桃太郎に聞いてんだろ。あたしらの黒幕のことは」

「ええ、カオステラーにカオステラーを生み出すなんて出来ないでも、ランプの魔神に『この想区の自分以外のヒーローを自分に従うカオステラーにしろ』って願って本当に叶うってホント何でもアリねあのランプ」

「しかも従順すぎて飽きたから言う事を聞くヒーローとカオスヒーローとを分離、そのヒーローを人質にしてカオスヒーローを従わせるとか訳が分かりません」

レイナとシェインは心底嫌そうな顔をする。

「でも分かんねぇな。お前らカオスヒーローってのはヒーローと入れ替わりたいんじゃないのか? ヒーローを人質にしても意味なくなねぇか?」

 タオが疑問をぶつける。

「さっきそこの鬼擬きが言ったろ…あたしらはヒーローをベースに分離して生み出されたんだ。原本が死ねば、贋作も消える。姉様の命はあたしの命とイコールなんだよ」

 その言葉を聞きながらシェインは小屋へ近づいていく。

「応急手当をします。カオス・アラジンは手駒を減らしたくないでしょうから致命傷ではないはずです。でも手当てしなければどんどん状況は悪くなる」

 小屋の中にあった薬草などを駆使してシェインは赤ずきんの治療を終えた。

「一先ずこれで安心です」

 黒ずきんが胸をなでおろす。そしてバツが悪そうに顔を伏せ、ぼそっと。

「ありがとな…」

 とだけお礼を告げる。

「クルルゥ」

「えっ、ヴィラン!?」

 いつの間にか小屋はヴィランの大群に囲まれていた。

「あの野郎…あたしたちを切りやがった!」

 三人の顔に疑問符が浮かぶ。

「あの野郎は姉様たち原本ヒーローを通してあたしらを監視してるんだ! それを完全に切りやがった…」

「見捨てたって事ですか…」

「見捨てたって言うより、邪魔になったって感じじゃないかしら」

 栞を取り出しヴィラン達の襲撃に身構える。

「あたしにも手出しさせろ…あの野郎はあたしがぶっ殺す!」

「殺しちゃだめよ! 調律が出来なくなる!」

 この想区で初めてのこの想区の人間との共闘が始まった

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