第7話 生きていたいと願うこと
シアンが倒れた。
機能不全を起こしてフリーズしてしまったらしい。すぐに気づいたティユールが、シアンを回収して処置を施していた。
これが初めて、というわけではないそうで、特に金木犀の咲く季節の生け垣迷路で起こりやすいことなのだそうだ。シアンの死の記憶と関係あるのではないかと睨んでいるようだが、具体的な確証を持っているわけではないらしい。
新しいボディーの作成には手こずりそうなのがわかってきた。ボディーそのものの作成も難しいし、シアンを新しいボディーに移すのも簡単ではなさそうだ。
新しいボディーは今のシアンのボディーであるカエルムとはかなりサイズが違う。もちろんシアンの記憶をカエルムにのせたときにも同じ問題が起きたはずだが、シアンとカエル厶のサイズの違いは小さかった上に、ボディーに最初からのっていたカエルムが調整役を果たしたらしい。
まっさらのボディーではカエルムも役には立たない。記憶だけの存在であるシアンが新しいボディーに馴染むのはかなり大変な事のはずだ。
だからと言って新しいボディーにカエルムのようなガイド役を設定しておくのも難しい。これだけ繊細な補佐をこなすのは機械的な単なるガイドでは不可能だが、人格プロクラムだとぶつかり合ってしまう可能性のほうが高い。そうなると、下手をすればシアンの方が負けてしまう。
逆に言えばカエルムが、どうしてこんなにも完璧にシアンを受け入れているのかが、俺には不思議に思える。無理に記憶を移しても弾かれてしまうのではと思うのに、なぜシアンはカエルムのボディーを自在に操れるのだろう。
そして、もしかしたら一番問題なのは、ティユールの健康だった。
ティユールは老いている。
実際問題として、今まで手がけたことのない理論で構築されているアンドロイドを作るには、年をとりすぎている。
しかも少しの無理でも確実に、翌日、翌々日に響くのだ。
時にはティユールのかわりにシアンのボディーチェックも行う。
こちらもそれほど良い状態ではない。
何と言ってもあまりに長年使っている。
普通、このタイプのアンドロイドの耐用期間は十五年程度だ。丁寧な整備とこまめな部品の取替えをして持たせてきたようだが、四倍近い期間使用すれば、もういい加減限界だろう。アンドロイドだってもっと短い期間でボディーの乗せ換えを行う。
そう、一番無難なのはカエルムと同じ外見のボディーを作って、カエルムとシアンをセットで乗せ換える事だろう。そうすれば今まで通りカエルムが、シアンのガイドになる。
ただ、それはシアンが嫌がった。
大きくなりたい、と。
僕はあまりに長く子供だった。
弱い、守られるだけの、子供。
実際に叔父さんに守られて、カエルムに守られて、僕はここにいる。
でも、いつまでもここから出られない、弱い子供でいたくはない。
だってそれではまるで、死んだシアンの面影のようだ。
僕が死んでないなら、生き延びたのなら、生きていくなら。
僕は、きちんと大人になりたい。
誰も知らない場所をめざしたい。
それは、僕のわがままだろうか。
生き物である条件が、もしも生きたいと願う事であるならば、僕にはきっとだれよりもその資格があると思う。
死んでもこうして生きている僕は、きっと誰より生き汚い。
ティユール叔父さん
カエルム
ピノ
神さま
誰でもいいから、僕を大人にしてください。僕を生き延びさせてください。
僕を、誰も知らない場所まで行かせてください。
どうか。
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