契約

村人達が崖の上で作業している頃、ヴェルファリアもまた次の準備に取り掛かっていた。


ミリアと共に本来の目的である玉鋼を取りに来ていたのだ。


「こんな事をしていても大丈夫なのですか?」


ミリアに至極当然なことを問われ、答える。


「意味は、ある。玉鋼が取れるかは知らないが芋虫に用事がある。それと森の生き物達だ」


出くわす森の生き物たちに芋虫の情報を聞きながら歩いて進む。


途中、一体何を独り言を言っているのですか、とミリアに問われ苦笑した。


「そうか、ミリアは動物たちの言葉は分からないのだったな。言葉の魔術と言う物が存在する。あらゆる動物と話すことが出来るんだ」


「そうなのですか」


「ああ、あそこにいる狼とも話せるぞ」


そう言って大きな白い狼に話しかける。


「賢き人間よ、何をしにきたのか。ここから先は神聖なる森となるぞ」


「玉鋼を取りにきた。芋虫とやらに用事がある」


間にミリアがおり、狼とこちらをちらちらと見ていた。


「あの、私はどうすれば。あの狼を倒せばいいんですか?」


「いや、まあ待て。ここは神聖な森なのだそうだ」


「すまない、話を続けてくれ。俺はヴェルファリア、こちらの女性はミリアと言う。案内をお願いしたい。食料ならばある。どうだろうか」


「食料か、この冬を乗り越えるためにどうしても必要な物。いいだろう、芋虫に合わせてやろう。だが人間たちの手によって手酷い目にあい苦しもがき結果として森を荒らし回っているのだ。こちらとしても手を焼いている状況」


「そうか、任せて欲しい。ほら食料だ」


そう言って手持ちの食料を狼に放り投げた。


「ほら、ミリアも。持ってる食料を狼に投げてやってくれ」


「え、あ、はい」


ミリアも言われるままに食料を狼に向かって投げる。


「これで、いいのでしょうか」


すると狼は食料の入った袋を加え、森の奥に入っていった。


「さ、行くぞ」


「あ、はい」


白い狼に静かについていく。


「ミリア、足元には注意しろ。大丈夫か?」


「慣れておりますので大丈夫です」


「そうか、あまり無理はするなよ」


そう言ってこちらを静かに見て待っている狼を見やり再び進む。


「人間、こっちだ」


「恩に着る。それともう一つ願いが有るのだがいいだろうか」


「なんだ」


「これから戦争が起きる。その際に手を貸して欲しい」


「そういうことには手を貸さない事にしているのだが」


狼が渋る。


「だが冬を乗り越えるのはきついのだろう。この冬を確実に乗り越える方法がある。相手の食料を奪えばいい。ただ、これ限りしか機会はないだろう」


「なるほど、そう来たか。分かった、何をすればいい」


「何、簡単だ。合図をしたら敵陣に向かって突っ込んで食料を全て奪って欲しいのだ。戦う場所はここより先にある崖だ。唯一魔王軍が入れる道だが分かるだろうか」


「ああ、分かる。いつだ」


「おそらく早くて五日。攻め込んでくる直前、野営をするだろう。それが第一の合図。第二の合図は崖から火の煙が上がる。それを合図に一気に森から攻め上がって欲しい」


「分かった。では達者でな賢き人間よ」


「そちらも、有難う賢き狼よ」


そう言うなり静かに狼は森の奥に行ってしまった。


「うーん、わんわん言っててさっぱり分かりませんでしたが、ヴェル、貴方には分かったんですか?」


「ああ、全部わかるとも。協力の手はずも整えた。おそらく魔王軍に情報は流れているだろう。だが、森の動物たちが協力してくるとは夢にも思うまい。これで敵の食料は寸断され撤退を余儀なくされるはずだ」


「そうですか、よく分かりませんが上手くいけばいいですね」


「上手くいくとも。さて、問題の芋虫はこの奥らしい」


そう言って森の奥に進むと芋虫が暴れまわっていた。


「痛い、痛い。人間め、こちらは何もしてないのに突然攻撃を。痛い痛い」


身体をくねらせながら痛いと叫んでいる芋虫。


「やりますか」


ミリアが刀を構えるが、それを制止する。


「よせ、ここは任せておけ」


そう言って風の魔力を足に展開させ芋虫の方に近づく。


「人間か!寄るな!」


そう言って身体を思い切り振ってくるがそれを飛び跳ね回避し、身体に触れ雷の魔術で命じる。動くな、と。


「なんだ、身体が動かない。お前の仕業か」


「このままでは話し合いも出来ないのでな」


「突然人間が攻めてきて攻撃してきた。私は何も悪いことはしていないのに」


「いや、工場を攻撃したそうだな」


「餌が沢山あるから食べようとしただけだ」


「なるほど、そういうことか」


ミリアはまたしても首を傾げ、こちらに、どういうことですか、と問いかけてきた。


「どうやら餌、つまりは鉄だな。鉄工所に沢山あるものだから食べようとしたら人間に襲われたのだろうよ」


「ああ、そういうことですか。自業自得ではありませんか」


「ミリアはそう言うが、果たしてそうか。人間が勝手にこの森に鉄工所を作り、自然を壊しただけのことではないのか。彼らの生き場所を荒したのは果たしてどちらだろうか。まあ、どちらが良い、悪いはさておいて本題に入ろうか」


そう言い、言葉を続けた。


「さて、芋虫よ。お前には二つの選択肢がある。ここで果てるか、それともおとなしく森の奥に去るか」


「餌はこのあたりにしかない。取れる選択肢はここで果てることか。人間よ、その手で最期を与えてほしい。もう痛いのは嫌なのだ」


「そうか、分かった。ミリア、頼む」


そう言って光の魔術で光の剣を出しミリアに手渡した。


「え、けれど刀で」


「鉄が餌なんだ、刀もおそらく溶ける事だろう、体液でな。この魔術で作った剣ならば問題なく切り裂ける」


「分かりました」


そうしてミリアは光の剣を構え、動かぬ芋虫を鋭く両断した。


そこで芋虫は息絶え、体の中から玉鋼が出てきた。それを水の魔術で洗い流し、拾い、


「これは上質な玉鋼ですね」


ミリアが目を輝かせながらそう言う。


「そうか、この芋虫も何の罪もなかった。せめて墓くらいは作っておくか」


そう言って土の魔術を展開し地面に穴を堀り芋虫を埋葬してやった。


「忘れていた、光の剣はもう消し去っておくことにする。これで芋虫の問題も片がついた。さて村に戻るとしよう」


「はい」


そう言って村に戻ると、探していたぞ、と村人の一人に言われる。


「どうした」


「魔王軍が動き出した。到着するのはもう数日後だと思うが」


「そうだろうな、崖の前で野営を行うはずだ。そこを敢えて攻めないことにする。あくまで攻めるのは崖だ。主戦場はここにする」


「具体的な策を聞いていないが」


「おって説明する。準備の方は万端か」


「問題ない。崖の上に岩は準備出来ている。予定より捗り多くの岩を準備出来た」


「そうか、封鎖するにも問題はなさそうだ。あとは迎え撃つのみ。こちらの手はずもほぼ整えた。後はなるようになるだろう。大丈夫、この一戦はおそらく勝てる」


「もしもう一度来たら」


「分からないな、だが次のことは考えてある。安心するといい」


数日後、大軍を率いた魔王軍がこちらに攻めこんでくる事になる。


こちらは数にして100も満たない数。しかし相手は見る限り300はいた。


勝てるだろうか、否、勝たねばなるまい。


崖の上に立ち、その時を待った。機会は一度きり。失敗は許されない。


ここぞ、と言う時に村人の一人がこんなことを問いかけてきた。


「本来、あんたたちは旅人だ。ここまでする義理なんてないだろう。どうして引き受けた」


「さあ、わからん。だが、今の魔王軍に疑問を抱いたことは確かだ。今の魔王軍がどの程度か見極めるのに必要だと思ったから、と言うのは答えになっているだろうか」


「どうだろうな、だが俺達はあんたに賭けている。頼むぜ」


「ああ、任せておけ。この戦、必勝の備えであること疑いの余地はない。村人達よ、この一戦に全てを賭けろ。ここで負けたら全てが終わる。勝って初めて活路が見いだせる」


その言葉に村人達は静かに燃えていた。


今まで受けた屈辱を、無駄な殺生を思い返し怒りに満ちていた。


「この一戦、勝利は我らにあり。まずは待機、敵が崖を通り過ぎたら岩を落とせ。そして退路を塞ぎ、次に進行方向側の崖から岩を落とし前に進めなくする。そして逃げられない兵士たちに向かって油を注ぎ火を振らせろ。煉獄の戦場を見せてやる」


「そしてそれを合図に援軍が来る。敵の輸送兵はひとたまりもないだろう。さて、どう来るか見せてもらおうか、魔王軍」


かくして戦の火蓋は切って落とされた。


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