三章 プロローグ1

北西の山間の村にヴェルファリアとミリアはやってきていた。目的は玉鋼である。


本来ならば三日はかかるであろう距離を一日で駆け上がってきていた。


「これが北西の村か、魔王軍の街とはうって変わって木製の家が多いように思えるが」


ヴェルファリアが問いかけると、


「石造りでの家は手間もかかります故。気候の温暖差もあるため木製のほうが過ごしやすいのです。風通しも良いですし」


隣にいたミリアが説明してくれる。


「宿はあるだろうか。俺は最悪野宿で構わないがミリアはそうはいくまい」


「酒場があるかと。そこで情報収集や食事等も賄えます。まあ、シルバー次第ですが」


シルバーはそれなりにあった。宿代、食事代程度では何の問題もないだろう、とヴェルファリアは思っていた。


そう思いながら酒場に入ると、あまりの人の多さに目眩がした。


「なんだ、これは」


と、ヴェルファリアは思わず呟いていた。


「あんた、新顔だね」


突然男に声をかけられた。何か強烈な匂いがする。


「酒臭いですね。貴方、相当酔ってます」


ミリアが追い払うように男に言うと、


「酔わなきゃやってられねえよ、山にいる魔物のせいで仕事が出来ねえんだよ」


「魔物・・・もしや鉄を餌にしている魔物か?」


ヴェルファリアが尋ねると男は手を大きく広げ、


「おうよ、こんなでかい芋虫みたいな魔物なんだが、暴れまわってそれは酷い状況で。そこに工場があるもんだから働けないっての。鉄の生産もどん詰まりでさあ。今回の魔王軍への鉄もこの調子じゃ入れれねえなあ」


「それは、商売上がったりだな」


ヴェルファリアは適当に話を合わせることにした。


「それはもうな。まああんちゃん達も飲みなって。席空いてるからよぉ」


「いや、俺達は飲めないんだ。旅行に来ている最中でこの街に来たのだが」


「それは災難だったなあ。見たところ、あんた達夫婦だろ。俺の目は誤魔化せねえよ。結婚旅行に鉄工所を観光にでもきたんだろ」


そう男が言いながら、席を勧めてくる。苦笑するミリアを横目にとりあえず二人して椅子に腰掛けた。ここまで休みがなかったのでようやく一休みといったところだ。


「宿もないんじゃないのか、今ここの工場で働いてる連中も街に避難している状態で」


「そうなのか、金はあるんだがな」


「ああ、そうだよ。金はあっても宿なしはつれえなあ。どうだ、俺の家に来ないか」


「そうは言っても、俺には連れがいるんでな。出来れば夫婦水入らずで過ごしたい所だ」


そうヴェルファリアが言うと、それもそうか、と男は笑って答えた。


「なら、ここから離れた先に貧民街があるでな。何かと物騒だが、そこなら空いてる所もあるかもなあ。いやいや冗談だぞ。あんな所に近寄るなよ。全て取られちまうぞ」


「いや、有り難い情報だった。そっちに宿を探してみることにする」


「おいおい、あんちゃん本気かい。そっちのお嬢ちゃんも旦那のことを止めなよ。よしなって」


「いえいえ、情報料として少しばかりですが」


ミリアはそう言って心付けにとシルバーを机にそっと置いていった。


「お、おい。待て待て。こんなの貰っちまったら案内するしかないだろう。貧民街まで案内してやるよ」


男が慌てて酒場から出てきた。


「10シルバーもあるじゃねえか。おったまげた、お前達金持ちだなあ」


その言葉にヴェルファリアとミリアは首を傾げた。そうだろうか、とお互いに顔を見合わせていると、


「いいか、俺だからいいものの、こんな大金もう出すなよ。酔いが一気に冷めちまった」


男がいやに真剣な声でそう言ってきたのでヴェルファリアとミリアは無言で頷いた。


しばらく歩くと、なるほど。確かに少し寂れた村が出てきた。


「ここからが貧民街だ。特に注意するべきは貧民街の奥の大きい家。まあ、みたら分かるだろうが。そこでこの街を取り仕切ってる男がいるんだ。魔術を扱う人間で、魔王軍からやってきてるんだ。あんなのと関わるとろくなことがない」


「ふむ、魔王軍から、ねえ」


ヴェルファリアはそう聞いて考え込む。魔王軍から派兵されているのか、と。


「魔術師部隊の人間らしくてな。私服を肥やすために重税を課してるんだ。逆らった人間も魔族も関係なく死んでる。目の前で破裂して死ぬんだ」


「そうか、破裂するんだな」



───と


なるほど確かに大きな魔力を感じる、とヴェルファリアは思った。それは大きな家に近づくほどに感じられた。


それどころか魔術探知にまでかかるのだから、これから魔術を扱う所なのだろう。


「またやってるようだな。処刑だよ。税を支払えなかった者はああやって見せしめに殺される」


見れば、大きな家の前に人だかりが出来ており、子供を磔にし、これから魔術を使う所であった。


「ふむ、相当に悪どい事をしているようだな」


「旦那も悪いことはいわねえ、こっちには近づくなよ。大事な奥さんもいる事だろうし」


ミリアはそれに対し、くすりと笑うのみであった。


「と、いうわけで、だ。この家は税が払えないためこのような処置となったのだ。何か異論のある者はいるか」


処刑場からそんな声が聞こえてきたのはそれと同時であった。


思わずヴェルファリアとミリアの目があった。


「って、おいおい旦那。それにお嬢ちゃんもどうしたんだい」


男の制止を振り切り、ヴェルファリアとミリアは静かに人だかりの方に歩いて行く。


「では処刑を開始する。税を支払えない者はこうなるのだ」


そう言って、太った男が磔の子供に魔術を扱おうとしていた。


「待て」


ヴェルファリアだった。


「なんだ、お前は。見ない顔だな」


「ただの旅人だが。これは一体なんなんだ」


「それと、ほう。隣に美人を侍らせて。新婚旅行か何かか。これからは旅行にも税をかけねばなあ。まあ、ちょうどいい。見ておくがいい、これから税を支払えなかった者の末路を見せてやる」


「これが魔王軍のやることか。魔王軍は何のためにある」


ヴェルファリアは思わず問いかけていた。


「聞けば山に魔物はいる、仕事にはならない、鉄も納められないと言っているぞ。軍を上げて討伐するべきではないのか」


「ええい、旅人が偉そうに。魔王軍はこのわしを守るためにあるだけで、それ以上でもそれ以下でもないわ!」


太った男は確かにそう言った。


「なるほど、魔王軍もこうなってはその必要性を疑ってしまうな。さて、どうしたものか。これを見過ごすわけにもいくまい。そうご報告申し上げればいいんだろうか」


「申し上げる?一体誰に。いや、お前、ただの旅人じゃないな」


「旅人だよ、ただ、魔王軍に籍を置く者ではあるが」


ヴェルファリアがそう言うと、ヴェルファリアの周囲の人が距離を置いた。


ミリアが目の色を紅くし、横に侍っている。


「まあ、お前達がどんな者でも関係ないわ。ここで消し去ってくれる」


そう言って太った男が魔術を扱おうとしたのと同時。


ヴェルファリアが地面を思い切り蹴って石つぶてを太った男の顔めがけて当てていた。


「ぐっ、ええい小癪な」


太った男が顔の汚れを払い、魔術を行使しようとした瞬間、かちん、と言う金属が静かにその場に鳴り響いた。


音の発生源は刀。静かにミリアが刀を納めていた。周囲の人からすれば何が起きたのかさっぱり分からなかっただろう。


「いつの間に後ろに」


太った男がそう言って後ろを振り向こうとするが、


「あ、動かない方がいいですよ。もうしばらく生きていたいなら」


ミリアが静かに言ったが遅かった。


太った男の首が突然ぐらりとずれ、そしてぽとりと鈍い音がして落ちた。


それと同時。


うわああああああああ、と周囲が悲鳴を上げて逃げ帰っていく。そうして残ったのはヴェルファリアとミリアと、そして酒場で出会った男のみであった。


「おいおい、あんちゃん達。本当に何者だい」


男に改めて尋ねられ、ヴェルファリアは苦笑して答えた。


「だから、ただの旅人だ。さて、宿なのだが、あの大きい家をしばらく借り受ける形でいいだろうか」


「いいも何も。あんた達に危害を加えようって村人は、まあまずここにはいねえだろうな」


「そうか、ああ。家の中にいる自称魔王軍も何とかしておくから安心しろ。数にして20と言った所か。さて、行ってくる」


ヴェルファリアはそう言い、ミリアと共に大きな家に向かって歩いていった。


「いやあ、あの二人何者なんだ」


最後まで男が首を傾げてそこに留まっていた。


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