二章 エピローグ
ラッパが一回鳴り、朝となった。血だらけのシーツは丸めて部屋の隅においておいた。
このようなものが見られたらまずいので夜こっそりと処分することに決め、部屋を出る。
部屋を出ると、いつものようにリリスと一緒になり、朝食を済ませたら幕舎の方に向かう。
向かう最中に話すのは夜のことだ。
「あれから具合は」
そうリリスに尋ねられ、
「問題はない。本当に、助かった」
「いえ、当然のことをしたまでです」
そうこうしているうちに幕舎につくと、ミリアが気まずそうな顔でそこにいた。
「どうした」
ミリアに尋ねると、
「いえ、父の調子が悪く今日は立てない状況でして」
「そうなのか」
さて、どうしたものか、と考えていると、
「ヴェル、お願いがあります」
ミリアだった。
「どうした?聞こう」
「父を診てやってはもらえませんか」
そう言われ首を傾げる。
「どういうことだ」
「言いづらいのですが、ヴェルの蹴りがあまりに強かったらしく未だ父は目覚めません。回復魔術を使って頂きたいのです。特に顔が酷い状況でして」
「そうなのか。分かった、手当すればいいんだな」
「はい、どうか、お願いします」
ミリアが頭を下げてくる。
「よせ、お前に助けられた命でもある。力になれることならしよう。早速だが連れて行ってもらえるか」
「はい、こちらです」
そう言われ街を抜け、北に行った外れにミリアの家はあった。どうやらここにジークフリートはいるらしかった。
「お母様、戻りました。客を連れてきております」
「そうですか、一仕事終えたらそちらにいきます」
凛とした声が響いてきた。どうやらミリアの母らしかった。
「ああ、一仕事とは鍛冶の仕事です。今刀を作っている最中でして手が離せない状況なのです。後、何があっても驚かないで下さいね」
念を押すようにそう言われ頷いていた。
「さ、こちらでございます」
そうして向かった先には、顔が大きく腫れ上がったジークフリートがベッドに横になっている姿があった。
「これを治せばいいんだな、しかしどうしてこんなになってるんだ?」
「それは・・・」
ミリアが何やら考えている。ちらちらとリリスの方を見ているようだった。
無言でリリスの方を見ると、やはり何とも言えない表情で後ろに立っていた。
「どうした?何があったんだ」
そう尋ねると、ミリアが意を決したように言葉を紡ぎ出していた。
「ヴェル、貴方の蹴りがあまりに強すぎたのでしょう。貴方と戦いあった後、父もまた倒れたのです」
そこで言葉が詰まった。
───これを、自分が。
「済まない、あの時のことは記憶に一切ないんだ」
「分かっております。その上でお願い致します。どうか、回復を」
「任せておけ」
ミリアに懇願されて、ジークフリートの顔あたりに手を当て回復魔術を施す。顔の腫れは一瞬で引き、元の顔に戻った。
「意識は、じきに戻るだろう。さて、今日のところはお暇するか。仕事の邪魔をしてもいけないだろう」
「そう、ですね。母もあまり人と会うことは好みませんし」
「分かった、ではまた何かあったら寮に来てくれ。今日は新しいシーツを調達して帰ることにする。リリス、欲しいものがあれば買い物して帰るか」
「はい、今取り立てて欲しい物もありませんが」
リリスと家を出ようとした所、
「あら、お客人、このまま帰られるのですか」
全員汗だくの女性が出てきた。どこかミリアに似ているが、所々にやけどの跡があり、目に関しては片方が見えないのか、包帯をしていた。
「申し遅れました、鍛冶師の村正と申します。顔の方は炉の近くにおりますれば少々爛れており人に見せるものでもございません。ミリアがお客人を連れてくるとは初めてのことでして、どのようなお人か見てみたく出てきた次第でございます」
「そう、ですか。貴方がミリアのお母様で。ヴェルファリアと申します。ミリアに命を助けられました」
「わたくしはリリスと申します」
「もう、お母様ったら。無理に出てこなくてもよろしいでしょうに」
ふと。
「村正さん、でしたか。ちょっとそこに座っていただけませんか。見れば足も悪そうですね」
「お分かりになりますか、腰も痛めておりまして」
出てきた時の歩き方を見ていると、どこか力が偏っている歩き方になっているあたり、身体の何処かが悪いのだろうことは一瞬で見当がついた。
「では、茶の準備を致しますので皆さんはそちらで待っておいて下さい」
そうミリアに言われ、三人机を挟み椅子に座る形となる。
「今ようやく刀を作り終えました。少しばかりミリアからお話は伺っております。魔術を扱うのだとか」
村正さんに言われ、
「ええ、少々。それと、お節介かもしれませんが悪い箇所を全て治して差し上げようと思うのですが如何でしょうか」
「と、申しますと薬草等でしょうか。それならば効き目はございませんが」
「まあ、騙されたと思ってそこに座っておいて下さい。目を瞑って」
「はい」
村正はヴェルファリアに言われるまま目を瞑る。その後ろに周り、肩を触れ回復魔術を施した。
「これで、よし。痛みもないでしょう。包帯も取ってみてください」
「確かに、けれどこれは」
「ミリアに救われた命です。この程度で恩返しとはいきませんが、少しでも力になれればと思ったもので」
村正は慌てて頭の包帯を取っているようだった。そうして火傷があった跡をぺたぺたと触り、信じられない、と言いながら部屋の奥の方に走っていった。
「手の内は明かさない主義だったのでは」
椅子に座っているリリスに静かにそう言われ、
「出来る限り、力になれるならなろう、とそう思っただけだよ」
苦笑しながらそう言い、リリスの横に座った。
「まるで人が変わられたようです」
「変わる、そうかもしれないな。まあ、けど普通の人にこういったことはしないだろうけど」
───と
そこにミリアと村正の姿があった。
「どうした、来ないのか」
するとミリアが急にこちらに駆け寄って来、手を取り泣き出した。
「ありがとうございます、母を治してくれて」
「いや、何。当然のことをしたまでで。お前に助けられた命、それに比べればこれは安いものだ」
「私からもお礼を。何と申し上げれば良いのか。実の娘、ミリアにもあまり見せたくはない顔でしたがこのように綺麗に治して頂き」
村正も頭を下げそのようなことを言い出した。
それに対しヴェルファリアは立ち上がり、
「いや、どうか顔を上げてください。俺は大したことはしてません」
「これは奇跡です、何か差し上げようと思うのですが何か欲しいものはございませんか」
「いえ、特には。強いていうならば、これからもミリアと幸せに暮らして下さい」
「ミリアから話は聞いております。貴方様に刀を委ねた、と。では、こう致しましょう。ミリアという刀を更に強く致します。しばらくお時間を頂けますか」
「と、申しますと」
すると村正はこう続けた。
「二刀流を教えようと思います。元々刀の技術は私が教えた物。そして唯一教えていないのが二刀流でございます。ただもう一対の刀が必要となりますが」
と、そこで首を傾げた。
「二刀流、という物がわからないのですが、具体的にどういうものなんですか」
「単純に、刀を左右に持つのです」
そう村正に言われ、
「ああ、ミリアのお父様もやっていた技ですか」
「あれはまた異質な物でございますが、大元としては同じ物です。ジークフリートのあれも私の二刀流を真似た物ですし」
そう言われ驚いた。
「鍛冶をしながらも武術も嗜んでいたのですか」
「はい」
村正は静かに返事をする。
「刀には材料が必要でございます。差し当たっては上質な玉鋼が必要かと。ここより更に北西の山間に鉄を餌にする魔物がおります。その魔物から玉鋼を取るのがよろしいでしょう。ただ、倒すのは至難の技かもしれません」
そう言われ、
「ミリアはともかく、わたくし達は学舎がございますし」
リリスにそう言われ考える。
───と
「いいぜ、行ってきな」
奥から声がした。見ればジークフリートだった。
「もう立ち上がっても」
ミリアがジークフリートの方へ駆け寄りながら尋ねる。
「ああ、もう大丈夫だ。ミリアとヴェルファリア、お前らで行って来い。リリスは、わしが面倒をみる」
そう言われ、リリスは納得がいかない様子であった。
「何故わたくしだけ」
「お前には別に教えることがある。というよりもやってもらいたいことがあるんだよな。部隊の運営を少しずつ任せたいと思うからその練習だ。ミリアもヴェルファリアも兵を率いるのには向いてないからお前が適任だ」
「そうか、俺は向いてないか」
ヴェルファリアがそう言うと、ジークフリートは腕を組み、
「まあ、個の強さじゃ量れないものがあるからな、こればっかりは。魔族のリリスの方が何かと都合がいいというのもある」
そう言われた。
まあ、それはそうか。人間に率いられるよりは魔族に率いられた方が兵も安心するというもの。
「とはいえ、戻ってきたらお前にも兵を率いてもらうがな、ヴェルファリア。ともかくも材料集めの旅に行ってこい。必ず帰ってくるんだぞ。出発は明日でいい」
「分かった、では旅の準備をするとしよう」
「シルバーはミリアにもたせておく。シルバーが無くなる前に帰ってこい」
それに無言で頷いた。
それからミリア達とは別れ、リリスと街に来ていた。
「今日でしばしのお別れとなりますね、ヴェル様」
「ん、ああ。そうだな。だが、すぐ帰ってくる。心配はいらないさ」
「どうかご無事で」
「そちらもな、無理はしないことだ」
「はい」
そうして街で新しいシーツを買い、部屋を掃除し、ラッパが三回鳴って森の中で血だらけのシーツを火の魔術で一瞬で燃やし処分し、部屋に戻り出かける準備をしラッパが一回鳴った所で出かけることにした。
そしてすぐに、いつもの幕舎の前でミリアと合流し、早速北西の山に向かって二人で移動を開始した。
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