剣聖
ミリアは目を見開いて見ていた。
信じられない、そういう想いで胸が一杯だった。
武の極地に至り、かつてはアルカディア大陸最強の剣聖と言われた父の本気に一撃食らわせた事。
自分自身との戦いでも思った。
この人間は強い、と。
だが、これは異常だ。
父の動きについてこれる人間等この世にいない、そう信じて疑わなかったミリアにとって今行われた全ての事は異常なことにしか見えなかった。
───と
「ヴェル様!」
リリスが血だらけのヴェルファリアを抱きしめる。
「ああ、寮につれてけ。後で薬草をミリアに届けさせるから応急処置してやんな。ちょっとわしは疲れたから幕舎に行く。ミリア、お前もこっち来い」
父、ジークフリートが大剣を一振りしながらそう言ってくる。
「はい!ヴェル様、しっかりして」
涙を拭い、凛とした顔でヴェルを抱きかかえ、羽を広げ寮に走っていくリリス。
それを目で追いかけようとしたその時、
ずしん、と言う音がした。
その音にはっと気づき、音の方を見ると、父が。
剣聖ジークフリートが。
私にとって最強の戦士が、誇り高き戦士が
剣を地面に突き立てたまま、膝を折り、その場から動かなくなっていた。
「お、お父様!」
ミリアがジークフリートの方に走り出す。
見れば父の口から血が出ていた。
「ミリアよ。ヴェルファリア、あいつには内緒にしておけ。武の極地、あいつは確かに至っていた、僅かながらでもな。ミリア、お前の目に狂いはなかったということだ。あいつを支えてやれ。一緒に精一杯生きろ、そして幸せになるんだぞ」
そう言って父はしばらくその場から動かなかった。
否、動けなかったのだ。
「そんな、お父様相手に戦える人間なんてこの世にいません!」
「嬉しいことを言ってくれる。だが、実際にはいるさ。膝をついたのは久方ぶりだ。バルバロッサ以来か」
父はどこか遠い目をしながら何かを思い出すようにそう言っていた。
「しかしどうにも解せない。あいつの攻撃は全て見切っていた。光の盾と槍は想定外だったが対応した、もう一撃峰打ち入れるつもりでいたんだがな。あそこからの加速、本当に風の魔術か」
「と、申しますと」
「風の魔術による加速にも限界がある、人間の限界だ。まあ、本来あんな使い方しないんだが使い手を知っているから対処出来たようなもの。そして、もし、あれが雷の魔術によるものだとしたら、本当に命の危険かもしれん」
「ど、どうすれば!」
「落ち着け、ミリア。幕舎に薬草があるから口移しで飲ませてやればまだ助かる。出血もおそらく落ち着くだろう。魔力の限界なのだろう。武の極地に至るには魔術の極地に至る必要があったんだろうよ。僅かなりにも入っちまったんだな」
「分かりました、けれどお父様は」
「わしはいい、しばらくすれば動けるようになる。最後まで立ってた方が勝ちなんだ。まだわしの武は何一つ負けちゃいねえよ。だから安心しろ。そんなことよりわしは一度、あの動きを見たことがある。気になるのはそのことだけだ」
「それは一体」
「まあ、気にするな。さ、急げ。わしは疲れたからここでしばらく眠るが気にするなよ、絶対に振り向くな」
「は、はい!」
言われるまま幕舎で薬草をありったけかき集めて、寮に急ごうとした。
「何があっても突っ走れ」
父を横切ろうとした時そう言われた。
「はい!」
言われるまま寮に急ぐ。
───と
後ろからずしん、と今度こそ父が倒れる音がした。
「申し訳ありません、お父様!」
今はヴェルの元に急がねば!
ミリアは倒れた父を心配しながらも、全力で寮に向かって走った。
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