価値観の違い
「お前達、朝っぱらから何やってんだ」
ジークフリートが二人を問いただしていた。
ミリアは、相手をしたまでのこと、と言い、
リリスは、一日中鍛錬など異常だ、と言い出したのだ。
「で、ヴェルファリア、お前は」
そう言われ、
「別に異常だとは思わないな。一日中鍛錬していることの何がおかしいのか分からないぞ」
「ほら、みなさい」
ミリアが嬉しそうな顔をしながら強気に言う。
しかしジークフリートは首を振り、
「いいかミリア。確かにここ、魔王軍内においては異常だ。ラッパで時間は管理されている以上、お前達もそれに従うべきだ。やるべき時にやり、休む時は休む。規律の乱れは即全滅に繋がる危険があるのだ」
それは分かるな、と言われ、
「そうです、わたくしのヴェル様に何を無理させているのですか」
リリスがそんなことを言い出していた。
「あら、リリス。貴方、別にヴェルは貴方の物ではないわ。ヴェルはヴェル自身のもの。鍛錬をしたのは彼の意志によるものだから問題はないはず」
ミリアがこちらを見ながらそう言ってき、
「確かにそうだ。だが、ミリア、一つ間違っているから訂正しておく」
「どうしましたか、私が何かおかしなことでも言いましたか」
ミリアが首を傾げながら問いかけてくる。
「ああ、俺は俺自身の物ではない。俺は父と母に生かされて今、ここに立っている。だから、俺の命は俺のものではなく父と母のものだと思っている」
そう言った所で、ジークフリートが、ほう、と一言言っている間に、ミリアが珍しく声を荒げ、
「自分の命が自分のものでないなどありえません。貴方様の命は貴方様のためにお使い下さい」
「そうだろうか」
「リリス、貴方はどう思うの?」
ミリアがリリスに問いかけた。
「ヴェル様、それはあまりに悲しい考え方です。もはやヴェル様の命は貴方だけの命ではありません。わたくしのための命でもあります」
「どういうことだ」
「ヴェル様が私を愛すると決めたその時から貴方様の命は貴方様だけの命ではありません。わたくしにとっても貴方様の命は大事な物となりました。考えて下さい、残されたもののわたくしは、どうやって生きていけばよいのでしょう」
そう言われ、
「どうやってと言われてもな。リリス、お前ほど強い魔族ならばいくらでも貰い手がいるだろう。俺に拘る必要はない。俺はひ弱な人間だ、いつ死ぬともしれない。そんな男のために生きる事等ないのだ」
そう言った瞬間、リリスは突然その場に崩れ泣き出した。
そしてそれと同時。
肩をちょんちょんと叩かれ、なんだ、と思い振り向いた瞬間、
ぱちん、と頬を思い切り叩かれた。
ミリアだった。
何をする、そう言おうとした瞬間、
「貴方様は私の言葉を忘れたのですか、貴方様の雄飛の時を待っていると。その前に貴方様は死ぬおつもりなのですか。もっと命を大事になさい。生きて生きて、無様に生き続ける事、それが人間の出来ることでありましょう。何の為の鍛錬なの。貴方の両親のためにしていることではないわ。貴方が生き長らえるための貴方のための鍛錬だと思うけど、どうなのですか」
「そう、言われてもな」
「だろうな、その問いかけはこいつにはまだ早い」
ジークフリートが突然そんなことを言い出した。
「だが、教えてやろう。戦場において活路を見いだせる人間、それは何かのために生きようと精一杯もがき苦しんだ者しか最後は生き残れないのさ。そら、構えな」
そう言うなり、ジークフリートは大剣を左右両手の手に軽々と持ちそう言ってくる。
「体術のお前に武器はいらんな。だが、体術で勝てるほどわしは甘くない。何なら得意の魔術でも使ってみな」
相手は本気だ。こちらも本気でいかねば俺はここで死ぬ、ヴェルファリアは直感していた。
「命の大切さなんて、教えられる物ではない。何が正しいってのも、まあないだろう。だが、ヴェルファリア。お前が背負った命はあまりに重い。リリス程の魔族がお前を慕い、そしてわしの娘ミリアもまたお前を慕っている。その意味を知れ、重みを知れ。その上でお前自身が今一度自分自身の命の重さを量るんだな」
そう言うなり、ジークフリートの姿が消える。
咄嗟に、無意識のうちに風と雷の魔術を自身に使っていた。
ヴェルファリア自身も意識していなかった無意識がそうさせていた。
「ほらな、命がかかれば無意識のうちに魔術を展開し命を守ろうとする意志が働く。だが、それでもこの攻撃は見切れまい」
確かに、雷の魔術で加速してなおジークフリートの動きは捉えられなかった。
だから思い切り地面を蹴り上に飛んでいた。
「覇王バルバロッサも回避不可能と言われた剣の世界、今お前はそこにいる。この世界であらゆる魔術は無意味。武の極地、お前に見極めれるか」
もはやどこから声が聞こえているかも分からない。
だが、何もしなければ死ぬ、これだけははっきりと分かっていた。
全てを出し尽くす、それしか生きる方法はない。
さらに雷の魔力を高め自分自身に命じる。
───生きろ、と
避けろ、ではなく生きろ、雷の魔術の命令は絶対。
気づけばジークフリートがこちらに飛びかかり剣を振ろうとしているのが視認出来た。
それと同時。魔力の限界が一瞬で来たのだろう、咳き込み口から血を吐いていた。
だが、それでもひたすらに魔力を自分自身に使う。
そうして命じる、ひたすらに。生きろ、と。
生きるために最善の方法を最適化し、自身を勝手に動かしていた。
魔力の限界を超えてなお光の魔術、自分自身にとって最強の防御魔術
光の盾を展開させていた。
ジークフリートが大剣を振るう、そして盾で受け止めていた。
ジークフリートが咄嗟に目を塞ぐ。おそらく光の盾で目を眩ませるのだと思ったのだろう。
だが光の盾は突然光の槍となり、ジークフリートを貫いた
ように思った。
もう片方の大剣でその光の槍を思い切り振り払っていた。
───が
風の魔術が発動し、空中でジークフリートめがけて加速。
思い切りジークフリートの顔めがけてかかと落としを決めていた。
「うおおおおお!」
気づけば叫んでいた。もはや自分が何をしているのかもわからない。
ただひたすらに蹴りを入れ続けた。そうして風の魔術に全魔力を乗せ思い切り地面に叩きつけていた。
地面に叩きつけたのと同時。
ジークフリート中心に地面が思い切りめり込んでいた。
そして気づけば全身から血が噴き出ていた。
魔力の限界だった。
そこでふらつき、地面に倒れそうになる。
「まあ、そこが限界だよな」
倒れていたと思っていたジークフリートがすっと音もなく立ち上がり、倒れそうな自分を支えていた。
「命の重み、どうだ、少しは分かったか。もはやお前は一瞬でも何かの極地に至らねば命の重みが分からぬ世界にいる。生きている世界が違うんだ。それは退屈にも感じるかもしれないな。だが、それでもなお生きねばならない。もっと楽しめよ、それが人生ってもんだ」
ジークフリートにそう言われ、
「今度こそ、武の極地破ってみせる」
口から血を吐きながら答えていた。
「はっ、小僧が。笑わせんな。今のお前程度でわしの剣の世界が敗れるかよ。実際、敗れなかったろ。ま、せいぜい鍛錬して出直してくるんだな」
そこでヴェルファリアの意識は途絶えた。
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