鍛錬

ラッパが一回鳴り、朝を告げる。いつものようにリリスと朝食を済ませ、寮を出るとそこには昨日とは違い、薄着の透き通った服を着ているミリアがそこにはいた。


「おはようございます、ヴェル、リリス」


「これはご丁寧に」


とりあえずお辞儀をするヴェルファリア。それにつられるように頭を丁寧に下げるリリス。


「あら、リリス。早速ドレス着替えたのね。似合ってるわよ」


ミリアが、微笑みながらそう言うと、


「分かる?特にこのあたりの刺繍が」


ミリア、それはいけない。リリスにドレスの話は。


そっと距離を取り、ジークフリートのいる幕舎に向かった。


ジークフリートは普通の人間が使う所の大剣を二本持っていた。


「早いな、では早速だが鍛錬を始めようと思う。わしとリリス。ヴェルファリアとミリアでいいだろう。得物はそっちにあるから適当なのを使うといい」


そう言われ、ミリアと一緒に得物を取りに行く。


「ミリア、お前は刀を使えばいいんじゃ」


すると、ミリアはくすりと微笑み、


「それでは武器がいくつあっても足りませんわ。真っ二つになってしまうもの」


と言われどこか納得してしまった。まあ、魔術の世界丸ごとたたっ斬る刀だ、並大抵の武器は一振りで折れてしまうかもしれないことは容易に想像がついた。


「ヴェル、槍なんてどうでしょう」


「槍か、けど何故だ」


「体術頼みではこの先辛くありませんか。馬の上で戦うことも考えたら槍が必定かと。戦場では歩兵も槍が主力ですし」


「そうか、基本ということだな」


「剣でもいいとは思いますけど、ヴェルの戦い方とは合ってない気がするんですよね。では、私も槍を」


そう言って槍を構えて対峙する。


「さ、どこからもどうぞ」


「じゃあ、いくぞ」


そう言って突きを繰り出すが簡単に払いのけられて逆にこちらが突かれそうになる。寸止めされて命拾いした形になる。


「長い棒からはじめましょうか」


ミリアに苦笑しながらそう言われ、そうすることにした。


「棒とは言え、体術と組み合わせれば色々使えます。このように」


ミリアが舞うように棒を振り回す。そこに隙は見られなかった。


「何でも出来るんだな、ミリアは」


「武術の嗜みとして、でございます。まあ、お父様の前では勝負になりませんが」


そう言ってミリアがジークフリートの方を横目に見るので、そちらを見ると、


リリスが槍で突きを繰り出しているのを片手の剣で叩きのけ、もう片方の剣で寸止めしている光景が目に入ってきた。


「只者じゃないな」


「今は輸送部隊の部隊長です。私の自慢の父です。いずれあそこに到達するのが目標。さ、今はそんな話は止めにして棒術を練習しましょう」


そう言って基本の素振りから練習することにした。


やはり全ては基本から。


ひたすら突いて、叩いて、と練習しているうちに少しずつ要領を得て来た気がする。


「ではこのまま突きを一万回、ラッパが鳴っても気にせずひたすら突いてみましょう」


「はい」


言われるままにひたすら突いた。汗が垂れて来ても気にせずひたすらに突き続けること一万回。


気づけば夜が過ぎようとしていた。


「一万・・・!」


そうして突きを終える。ひたすら突くのも力がいるものだ。


「よくぞ終えました」


ミリアにそう言われ、全身から力が抜ける。


「いや、一緒に付き合わせてすまなかった。つまらなかっただろう?」


「そのようなことは。さて、ここでしばらくお待ち下さい」


「どうした?」


「まだまだ物足りないでしょうから、次は少し打ち合ってみましょう。その前に腹ごしらえです。晩御飯をお持ちいたしますね」


「ああ、すまない」


ミリアは幕舎の方に向かい食料を取りにいっているようだった。


───と


「あの」


リリスだった。


「あれ、どうした。もう寮に戻っているものだと思ったが」


「いえ、お待ちしておりました」


「そうか、しかしこれから引き続きミリアと鍛錬するからリリスは帰って休むといい。疲れたろ」


見れば顔色も優れず、どこか疲れているリリスである。


「あの魔族何者ですか、強すぎます。わたくしの槍が一切通用しないなんて。しかもあの大剣を片手で軽々と扱う辺り尋常じゃない腕力」


「大剣を、か。後で持ってみよう」


「止めておいたほうがいいですよ」


見ればミリアが食事をこちらに運んで来るなり、そう言ってきた。


「どうしてだ?」


「あまりの重さに腰を痛めるのが目に見えているからです。あの大剣は魔族用に作られた特注用、しかもそれでいて普通両手で扱うものです」


目の前に食事を出され、とりあえず口の中に放り込みすぐにも平らげてしまった。


「うん、美味しい。特にこの薬草入りの水が心地良かった」


「あら、薬草湯がお好みで。意外ですね、疲れには効きますが味の方は苦くて私は苦手です。出来れば飲みたくないのですが」


「おいおい、そんな物をだすなよ」


つい苦笑してしまった。


───と


「わたくし、お邪魔そうなので帰りますね」


リリスはそう言うなり機嫌を悪くし、寮の方へ帰ってしまった。


「どうしたんだ、リリスは」


すると、ミリアはくすりと微笑みながら、


「さあ、どうしたのでしょうね。私にも分かりません。強いて言うなら複雑な乙女心、というやつでしょうか」


「乙女心・・・。女の心は、男には当然ながら分からない。教えてくれないか」


「それは、秘密にございます。さて、私も晩御飯を済ませてその後鍛錬です。もう少々お待ち下さいね」


「待ってました、突き以外も使っていいのか?」


「勿論、突き、叩く、薙ぎ払う、いかようにもお使い下さい。ただし反撃が必ず飛びますのでご注意を」


「よろしく頼む」


そうして挑むこと数千回。ついに一撃も入れられずぼろぼろになるヴェルファリアであった。


そうして、ラッパが一回鳴った所で朝が来たことに気づく。


「もう、そんな時間か。にしても、全身あざだらけで痛いな」


全身さすりながらその場に座る。


ここまであざだらけになったのはいつ頃だっただろうか。そんなことを考えていると、


「これだけやられても息も上げずに、しかも致命傷は全て避けているように思いますが」


ミリアが傍に寄って来、少し息を上げそう言ってきた。


「流石のミリアもここまで来れば息も上がるか」


「そうですね、特に終盤の体術を交えての攻撃は避けるのに苦労しました」


どこか嬉しそうに、そんな事を言うミリア。


「最後は一撃入れるために必死だったから体術まで使ってしまった、しかしそれでも入れられなかったな、悔しい限りだ」


「けれど今日は一撃入るかもしれませんね、やはり身のこなしの早さ只者ではありません」


「そういうミリアこそ」


そうしてどちらともなく笑いが溢れていた。


楽しい、こんな気持ちはいつからどこに置いてきたのだろうか。そんな事を考えながら。


───と


後ろの方から巨大な魔力を感じる。ゆっくりとこちらに近づいてくる辺り、リリスだろう。


よし、出迎えよう、とゆっくり立ち上がりリリスの方に向かった。


そして


「おはよう」


そう出迎えると、


「おはようござ・・・一体どうしたんですかそのあざは。お怪我は!」


リリスがそう言うなり槍を放り投げてこちらに走ってきていた。


「ああ、鍛錬でな。この有様だよ。やはりミリアは強いな」


と言うと、リリスが息を飲んだ。


「今まで、ずっと・・・?」


信じられない物をみたような顔でそんな事を言うものだから、


「ああ、勿論今日もやるぞ。今日こそは一撃入れてやる」


強気に答えたが、逆効果だったようだった。


「お待ち下さいヴェル様、ちょっとおやすみになられたほうがよろしいのでは」


「いや何、心配はいらない。この程度は平気だ」


「いえ、ありえません。平気なはずなどございません」


そう言って手を取る。


「ここも、ここにもあざが。全部あの女がやったのですね」


「あ、ああ。いやけどこれは鍛錬でついたもので」


「鍛錬に怪我はつきものです。痛くなければ覚えません」


ミリアが後ろからそう言ってくる。それを睨むリリス。


「貴方、やはり───」


そう言うなり、リリスは先程投げた槍を拾ってきて構えていた。


「何、やる気?」


ミリアが片手に棒を持ちながら、くすりと微笑む。


「今度は私が相手になります。やはり貴方、異常です」


「あらあら、何が異常ですか。これが日常ですよ」


そう言って棒を構えるミリア。


「貴方の日常は、わたくしにとっては異常にしか見えない」


「いやいや、おい、待て。二人共どうしたんだ、仲良くやろうじゃないか」


と言ったのと同時。


リリスが無言で突きを繰り出していた。それをミリアがくすりと微笑みながら棒で叩き上から足で蹴り落とす。そしてリリスの顔にミリアの蹴りが入ろうか、と思ったその時


「そこまで!」


ジークフリートの大声が二人の戦いを止めた。



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