献身
リリスは血だらけのヴェルファリアを抱きかかえ急いでいた。
校舎を横切り、急いで寮に走り込む。
寮内を走ることは禁止されていたが、今はそんなこと言ってられない。
「ヴェル様、失礼します」
ヴェルファリアのズボンからヴェルファリアの部屋の鍵を取り出し、部屋の扉を開く。
そうしてベッドに駆け込むなり、ヴェルファリアを寝かしつけた。
───まるで見えなかった。
一体何が行われているのかもさっぱり分からなかった。気づけば地面がめり込んで、血だらけのヴェルファリアとそれを抱きかかえるジークフリートがいたのだ。
ただ、ヴェルファリアの命の危険なのだということは直感で分かった。
「おそらく魔力の使いすぎが原因」
大剣で切り刻まれているなら、今頃ヴェルファリアの体は真っ二つ、否。横と縦に斬られ四分割されているはずだ。
となれば、これは魔力の使いすぎによる出血。
だが全身からとは、一体どれほどの魔力を放出したのか。
今はそんなことはいい、リリスはいらぬ考えをとりあえず捨てることにした。
「失礼致します、ヴェル様」
そう言ってヴェルファリアの唇に自身の唇を重ねていた。そうして舌を入れ、魔力を口移しで流し込むことにしたのだ。
───とりあえずの応急処置。
リリスの考え通り、魔力不足による出血だったようでみるみる体中の血が止まっていった。
ほっと一安心し、口を離すと今度はヴェルファリアが咳き込みだした。
「だ、大丈夫ですか」
しかし起きる気配はない。見れば口の中から血が出てきていた。
「───っ」
意を決したように、唇を重ね血を思い切り吸い出し、横に吐き出していた。
そうして魔力を口移しし、また血が上がってきたらそれを吸い出す。それをひたすら繰り返していた。
ヴェル様、ヴェル様、ヴェル・・・!
こんな所で死ぬことは許さないんだから
一瞬でもよぎる死という単語。
死なせてたまるか!
私が愛した人、絶対に死なせない!
そう想い、ひたすらに魔力を注ぎ続けた。
───と
「待たせたわね、さ、そこをどいて頂戴。薬草飲ませるから」
ミリアの声が扉の方からした気がした。
だが気にせず魔力を注ぎ続ける。唇を重ね、血を吐き出し、再び唇を重ね魔力を注ぎ込む。
「貴方、今度は貴方が死ぬつもり。もういいから、やめなさい」
「ヴェルが、ヴェルが!」
「しっかりなさい、大丈夫、助かるから!」
見ればミリアも声を震わせ涙を流しながらそこに立っていた。
「お願い、助けて!」
「とにかくどきなさい、貴方はよくやったわ。応急処置は完璧ね」
そう言うなり、ミリアは手に持っていた大量の薬草を口に含み、ヴェルファリアの口に注ぎ込むように入れていた。
「飲んで、お願いだから」
そう言ってひたすらに飲ませていた。
すると出血が止まり、ヴェルファリアの容態が徐々に安定してきているのが分かった。
「ふう、良かった。とりあえずはこれで大丈夫。リリス、貴方にお願いがあるわ。私はまたお父様の所に戻らねばならない。ここは任せてもいいわね」
ミリアが真剣な顔でそう言っていた。
「ジークフリート様の所に?ヴェル様を置いて、貴方は平気なの!」
「平気なわけないじゃない。けど心配なのよお父様も。お父様も倒れてしまったの」
───え?
「ミリア、貴方今なんて」
「いいから、この薬草をひたすら噛み砕いて口移しで飲ませなさい。全部なくなったら様子を見る、いいわね」
「わ、分かったわ。任せて」
ミリアはそれに無言で頷くなり、音もなく走り去っていった。
一体どういうことなの。
いや、今はそんなことはいい。
とにかく薬草をひたすら噛み砕いてはヴェルファリアに口移しで飲ませた。
飲ませるたびに顔色がみるみる良くなっていくのがわかり安心する。
そうして気づけばラッパが三回鳴っていた。
薬草がとうとう尽きてしまった、そう思ったらミリアが再び音もなく部屋に入ってくりなり、
「薬草を持ってきたわ、ヴェルはもう大丈夫なようね。リリス、貴方休みなさい。今度は私が見るから。よくやったわね」
もう大丈夫、その言葉を聞いて体全体から力が抜けていた。
「うん、後は変わるから。交代で見ましょう。とにかく貴方は休んで」
「ごめんなさい、そうさせてもらうわ」
「ええ、お疲れ様。口の周り洗っておきなさいね。まあ、人がいなくなってから水浴びにいくといいわ。貴方血だらけよ」
確かに。口の中は血の味がした。
「ねえ、ミリア」
「何」
「ヴェル様は一体」
「私の方が聞きたいわよ。どうなってるの」
どういうこと、そう言おうとしたら、
「アルカディア大陸最強の剣士を倒せる人間なんているわけないじゃない、これは異常よ」
あのジークフリートを倒したというのか。聞いた瞬間、頭が真っ白になる。
───信じられない
「このことはヴェルには黙っておきなさい、いいわね。私と貴方だけの秘密。貴方だから教えてあげたんだから。ヴェルを助けてくれた代わりにね」
「分かったわ」
ミリアはそれを聞いて安心したのか、薬草を口に含みヴェルファリアに口移しで薬草を飲ませていた。
「剣聖ジークフリート、知る人ぞ知る最強の剣士。バルバロッサと負けず劣らず単体で戦えたのは父のみ、と聞いたことがあります」
ミリアが静かに話しだす。
「そんな、まさか」
「一瞬でもそれを上回ったヴェル、彼、何者なの?」
「わたくしも貴方に言わないといけないわね。ファフニル様の息子様です」
「軍師ファフニル!?」
驚きを隠し切れずミリアは手に持っていた薬草を落としていた。
「はい」
「軍師であり、軍神とも言われていたあのファフニルの息子。そういうこと」
そう言ってミリアは薬草を拾い集め再び口の中に含み、ヴェルファリアに口移しし、それを終えると一息ついて、
「なるほど、それなら納得出来るかもしれない。あの身のこなしは納得です。ファフニルもまた私の父ジークフリートと対等に戦えた友であったと聞いております」
「そうなのですか」
「でも、この年齢でこの強さは尋常ではない。一体どうなってるのかしら」
ミリアに尋ねられるが、
「わたくしにも分かりません、一体どうなっているのか。何が起こったのかさえわからなかったわたくしには何も」
俯きながらそう言うと、
「そう、あの戦いは見えなかったのね。いいわ、一部始終全部話しましょう」
ミリアがヴェルファリアの様子を少し伺って大丈夫と判断したのだろう。
静かに立ち上がり、真剣な眼差しでこちらを見つめ、事の始終を話し始めた。
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