月下

ヴェルファリアはミリアに誘われるまま、森に来ていた。


森の中に入ると、月明かりの下、ミリアはいた。


「来て、下さったのですね」


くすり、と優しく微笑みながら語りかけてくる。


「手招かればいかねばなるまい、どうしたんだ」


「お母様以外の人間とあそこまで戦えたのが初めてだったものでして嬉しくて。もう少し貴方とお話したいと思いまして。お呼び立てして申し訳ありません」


「いや、それは構わないが」


「あら、あの女に何か言われましたか?」


そう言われて初めて気づいた。無意識のうちに構えていたのである。


「ああ。まあ、異常な強さだと」


そうですか、静かにそうミリアは言うだけであった。


「確かに強いと思った。だが、そこまで異常なのか」


「さて、どこからお話したものでしょうか」


そう言いながらミリアはさらに森の奥へと進んでいく。


それに静かについていった。


「私の母は鍛冶屋でございます。刀鍛冶です。名を村正と言います」


それを黙って聞く。


「この刀もその一振り。血を吸う刀として妖刀と言われております」


「血を吸う?妖刀?」


「魔族で言う所の魔装具でございます。魔装具は操る事が極めて難しい武器防具の事で、それぞれ魔力の込められた武具とされております」


「そうなのか」


そう返事した所で、くすくすと笑われてしまった。


「何かおかしなことでも」


「いえ。まあ、現存する魔装具はそう多くありません。大戦中に失われておりますので。だからこそ何となく、分かりませんか?」


「いや、何も分からないが」


「それ故に、魔装具を作れる母の存在は魔族にとっても人間にとっても脅威となりました。大戦中に母は村で化物扱いです」


そういえば母も似たようなことを言っていた。


「そんな中、母と父は出会いました。そこからの話はのろけ話になるので控えますが、その間に生まれたのがこの私でございます」


「ふむ」


実のところよく分かっていなかったが返事だけはしておいた。


「当然ながら私も化物扱いでございます。このように、魔装具を軽々と操るのですから」


そう言うなりミリアの目が紅く光る。そして刀をすっと抜いた。


「血を吸えば吸うほど強くなる刀、妖刀村正。さて、貴方はどう思いますか」


「どう、と言われてもな」


「欲しくはありませんか?」


「いや、別に」


取り立てて欲しいと思うことはなかった。


「操れば今日のように無双出来るのですよ」


「操れれば、の話だろう」


「では操れる私を欲しいとは、思いませんか?」


「いや、そもそもミリアは物じゃない。俺が欲しても仕方ないだろう。答えになっているだろうか」


そこでミリアは大きく息を呑み、吐き出すなりこう続けた。


「普通強大な力が目の前にあれば欲するものですよ、人間は。魔族も然り。この刀一振りのためにどれだけの命が失われているやら分かりません」


「ミリア、お前は何が言いたい」


「私も困惑しております。当たり前に化物扱いされてきていたのに、貴方は全く関係ないかのように接してくる」


「周囲がお前の事をどう思っているかはこの際知らない。だが、俺から見ればただの小さな可愛らしい女の子だよ。俺にはそうにしか感じられん」


そこでミリアは初めて泣き出していた。


「おい、泣くやつがあるか」


「これは嬉し泣きでございます。初めて出会えた、私を化物扱いしない人間に」


それからしばらくして。


「これは不甲斐ない所をお見せしました。今日のことはご内密に」


「ああ、誰にも言うつもりはないよ」


苦笑しながらそう言っていた。


「明日の街の案内はお任せ下さい。街では私もひっそりと暮らしておりましたので化物扱いされることはありません」


「よろしく頼む」


「ところで、本気で私と結婚を前提にしたお付き合いを致しませんか」


「あ、いや。俺にはリリスが」


居る、と言おうとした所で、


「勝ち取ります、いずれ貴方様の愛を。独り占めにしてみせます」


そうミリアに宣言された。そしてこんな事を尋ねられる。


「お尋ねしますが、リリスとはどこまで?」


「どこまで、とは?」


「言葉のままの意味です。抱き合ったり等してないのですか?」


「抱き合う?いや、そんなことしてないが。何故抱き合う必要がある」


「男女の営みでございます。でしたら何の問題もありませんね。では、まずご挨拶に」


そう言うなりミリアは目の前に距離を詰めてき、


「───ん」


唇を重ねてくるのであった。


何を、と言おうとした所で力強く抱き締められ逃げられなくなる。


そのまま唇を奪われ、舌を口の中に入れられかき回される。


「んんん───」


息が、苦しい。


熱い。


心臓が高鳴っていた。


そうして頭がくらくらしだした時、


「ほんのご挨拶でございます。貴方様の愛、必ず得てみせます」


そう言って少し離れるミリア。お互いの唾液がつぅっと垂れていた。


「失礼いたしました。本日より、このミリア。貴方様の武となり刀となります。どうか、お傍に」


そう言って、ミリアはその場に跪いてきた。


「俺にその刀を預ける、と言う事か」


「貴方様に捧げます。どうぞご自由にお使い下さい」


「しかし分からないな。リリスも、ミリア、お前にしてもそうだ。もっと強い人間や魔族はごまんといるはずだ」


そこでミリアは悲しそうに首を振る。


「確かに、いくらでもいるでしょう。しかしながら、貴方様のように欲のない人間はそうはいない。私はそこに賭けたい」


それに対する答えは持ち合わせていなかった。


しばしの無言。


その無言を破ったのはミリアだった。


「私はあまりに多くの人間を見過ぎた。醜すぎる姿を。その上で申し上げます。貴方様は美しい。そしてその雄飛の時を私は最も傍でお待ちしたく思います。その事をお忘れなきよう」


ミリアにそこまで言われ、


「分かった。自分がどこまで強くなれるかは分からない。だが、お前が一緒に歩んでくれると言うのならばその期待に答えよう」




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