誘い
それからしばらく女同士の戦いがあり、ジークフリートによって止められることになるが、それはさておこう。
「あー、なんだ。今日の所は帰っていい。お前達寮に住んでるんだっけ」
ジークフリートに尋ねられ、
「はい」
リリスとヴェルファリアは同時に返事をしていた。
「そうか、娘の方はまた別の所に住まわせているんだが、寮に入れさせた方がよかったか」
ジークフリートがヴェルファリアの横をちらっと見ながら言う。
見れば、ヴェルファリアの腕の横にはミリアががっしりとしがみついていた。
時折胸がふよふよと当たってそれがとても気持ち良かった。
どうしてこうなったのか、それはヴェルファリアにも分からなかったが懐かれたようだ。
「明日も、一緒に鍛錬致しましょうね」
ミリアがそう言うので、
「鍛錬か、ミリアとでは実力差がありすぎて鍛錬にならないかもな」
ヴェルファリアは思わず苦笑する。
「あら、それは私が弱いということで?」
あくまでも手を取ったまま、顔を近づけ微笑みながら言うミリア。
「いや違う、ミリアが強すぎるんだ」
魔術なしに勝てるとは到底思えなかった。単純な武術に於いては確実に劣っている。
今日のところは命のやり取りもなく手加減されたから何とかなっただけで、もしこれが戦場なら即死していたことだろう、とヴェルファリアは考えていた。
「では手加減致しますので」
と、話している所で、
「お前達、明日は休暇な。ちょっとわしは用事があるからいないのでな。ここから出てしばらく歩くと街がある。見てきてはどうだ。シルバーはミリアに渡しておく」
ジークフリートがそんなことを言ってきた。
そういえば街を見たことがなかったな、とヴェルファリアが考えていると、
「お待ち下さい、ミリアにシルバーを渡す、ということはミリアも必然ついてくるということでしょうか」
リリスが忌々しそうに言う。
「あら、何か問題でも?」
ミリアが、くすりと微笑みながらそう尋ねると、
「はっきり言って邪魔です。わたくしはヴェル様と二人で休暇を過ごしたいのです」
等と言うから困ったものである。
「シルバーさえ手に入ればいいけどな俺は。ミリアは街に何か用があるのか?」
特に用がないのならばシルバーを渡されれば帰せばいい、そう考えていた。
「街に用はございませんが、貴方様に用があります。ヴェルファリア様」
「俺に?」
「私とゆっくりと仲睦まじく話し合おうではありませんか。お茶でもご一緒しながら」
「お茶?」
「あら、ご存知ない。では私がお茶をたてますので、それを飲んでいただければよろしいかと」
「あ、はい。お願いします」
興味がありついお願いしていた。
「ちょっと、ヴェル様!」
リリスが凄まじい勢いで叫んでくる。
「お、おう。ど、どうした?」
「ヴェル様とわたくし、二人でゆっくり街を見て回りましょう」
「ま、まあけどミリアも一緒に来たいと言っているのだしいいのでは」
「そうですよリリス。私が街を案内しましょう。それと、あまりに心の狭い女は嫌われますよ。ねえ、ヴェルファリア様」
そうミリアに言われ、
「そんなことはないと思うが。後俺の事はヴェルでいいよ。その、様をつけられるのはどうにも」
「では、ヴェル、と。今日からお世話になります」
等と言われるので、
「お世話になるのはこっちだろう。明日は街の案内を頼む」
「あ、ちょっとヴェル様!もう、知らないんだから!」
不機嫌そうなリリスであった。
「あら?もう知らないということはリリスは来ない、ということでいいのかしら」
「誰もそんなことは言ってないでしょう。わたくしの事は気軽に呼び捨てにしておいて」
「弱い魔族なんて呼び捨てで十分。それとも何、もう一度やりあう?」
「そっちがその気なら」
また悪い雰囲気になってきていたので、
「まあ、待て。二人共仲良くしてくれ。これから一緒に頑張ろうじゃないか、そうしような」
とりあえずそう言ってみる。
「ヴェル様がそう仰られるならば」
リリスはどこかつまらなそうに言い、
「ヴェルがそう仰るのならそう致しますわ」
腕から一向に離れないミリアも微笑みながらそう言うのであった。
「ところでミリア、貴方、ヴェル様にいつまでくっついているのかしら」
「貴方には関係ないでしょう」
そんなやり取りをしばらくし、ミリアに離れてもらったのはラッパが三回鳴った頃だった。
「では私は鍛錬がありますのでここで」
ミリアはそう言ってジークフリートと何処かにいってしまった。
「ようやくいなくなりましたか、あの女」
リリスが口を尖らせながらそんなことを言いながら横を歩いていた。
「まあ、そう言うなよ。いい子だったじゃないか」
「いい子・・・。騙されてはいけませんヴェル様。あんな容姿をしておりますが、あれは異質な存在ですよ」
リリスは普段より声を低めにしながら、そんなことを言い出した。
「と、言うと」
「実際に手合わせして感じたことですけれど、あれは純粋な武のみをひたすら鍛えてきた人間です。というより人間ではないでしょうね」
そういえば、本人も魔人、と言っていたが。
何か感じ入ることがあったのだろうか。
「俺は、別に何の違和感もなかったけれど。世の中にはこんな強い人間もいるんだな程度で」
ヴェルファリアはそう考えていた。だが、実際は違うようだった。
「わたくしの槍を軽く受け流す辺り尋常ではありません、化物か魔物と言ってもいいでしょう」
「それは、そうかもしれないが。流石に言い過ぎなのでは」
それを言ってしまえば、リリスも尋常ではない強さを誇っている気がする。
あまり人のことは言えないのでは、とヴェルファリアは考える。
「とにかく、あまりあの娘には関わらないことです。あまりに謎が多すぎる。あの強さも異常です」
寮につき晩御飯を済ませた所でリリスとは別れた。
一人水浴びをし、服を洗濯し、窓際にそれを干し机に座りながら今日のことを改めて考えてみる。
確かに、ミリアは強かった。あんな強い人間と出会うのは初めてだった。
だが、リリス程の魔族に化物か魔物とまで言わしめるとは、到底思えなかった。
あんな可愛らしい容姿をしているのに、そこまでだろうか。
───と
窓の外から魔力の気配がした。
「こんな夜更けに、か」
外をそっと覗くと、そこにはミリアがいた。紅い目でこちらを見、静かに手招いている。
───あまりあの娘には関わらないことです
リリスの言葉が脳裏をよぎったが、首を振り、静かに寮を出た。
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