教室

リリス、そう名乗った魔族に連れられながら教室に向かうことになった。


「あの、申し訳ない。もう手を離してはもらえないだろうか。おそらく貴方は人違いをしている」


そう言って手を強引に離そうとするが振りほどけない。なんという腕力をしているのか。


そして同時に思う


───この魔族、強い、と


自分とどちらが強いのかは分からない。だが、自分に匹敵する魔力を持っている。


魔術で勝ち目はあるのか。体術で勝てるのだろうか。


否、そもそも戦わず済むならそれに越したことはあるまい。


なんとかここを切り抜けよう。


「あの、リリスさんでしたか。非礼があったのならお詫びします。ですから手を離してはもらえませんか」


とにかく下手に出て話をはぐらかそう。


「嫌です。ヴェル様、貴方も一番の教室だったはず」


そう言われどきり、とした。


「確かに、そうですが。何故貴方がそれを」


「聞いておりました、ヴェルファリア君、一番と」


確かに言われた。だが、いちいち名前を聞いてる奴がどこにいるのか。


しかも初対面だぞ。


いや、まあどこにいるって目の前にいるわけだけれど信じられない。


「申し訳ない、魔族に知り合いはいないので。ヴェルファリア違いではないでしょうか」


「いいえ、あの時と変わらず貴方の魔力は強大です。それだけの魔術耐性を張っておきながら分からぬとでも」


「───っ」


今度こそ思い切り手に魔力を込め手を離す。幸い周囲に人の気配はない。


「何者だ、本当に」


するとリリスは今度こそ泣きそうな顔をし、


「本当にお忘れですか、わたくしを」


「忘れるも何も、知らない。貴方ほど強大な魔力を持った魔族はそうはいないだろう。そもそも俺を様付けするような魔族いるわけがないだろう!」


思わず怒鳴っていた。


「怒らせてしまったのならば申し訳ありません。では、昔のようにヴェルと呼んでも」


「だから、赤の他人だと言っている!」


「分かりました、そこまで仰られるなら夜、外でお待ちしております。大丈夫です、周りに人目がいない場所がありますのでそちらにご案内致しますわ」


「待ってくれ、貴方は一体」


「今はよしましょう。人が来ます。一番部屋へ入りましょう」


無言でそれに頷き、部屋に入ることにした。


教室に15人が集まり、先生と名乗る魔族が一人一人名前を読み上げていく。出席を取っているらしかった。


「リリス君」


「はい」


凛とした声で返事をするリリス。何食わぬ顔で、当たり前のように隣の席に座ってきているこの魔族だ。


魔族に知り合い等いない。一体何者だ?


しばらくするとヴェルファリア君と呼ばれ、はい、と返事をしたところで出席が終わる。


次に勉強の流れについて説明を受ける。簡単な魔術の学習や武術、戦闘技術教練などが行われるらしい。


が、今はそんなことどうでもよかった。


時折こっちをちらっと見てきては笑顔を見せてくる、この魔族。これが問題だ。


ラッパが三回なり夜の時間を告げる。ここで授業は終了となる。


───と


先程体育館で鉢合わせた魔族が一緒の教室にいた。


「お、おい。さっきは悪かったな」


「いえ、当たったのはこちらなので。申し訳ない」


「じゃ、じゃあな」


そう言って巨体な魔族が小さくなるようにして帰っていった。


すると後ろから、


「良かったですね、向こうから謝ってきて」


それに対し振り向かず横目で、


「───あの魔族に何をした」


思い当たるのはこの女しかいなかった。リリスである。


「別に、何も」


「───っ」


振り向きざまに攻撃しようとした所、


「いいのですか、今、人の目につきますよ」


どこか含みのある声でそう言ってくるリリス。


「いいだろう、夜だったな。話はそこで聞かせてもらう。だが、いいか。俺は貴方を知らない」


「けれど、わたくしは知っております。そして今日思い出してもらいます」


嫌でもね、そう付け加えてリリスはどこかに去っていった。


そして夜。寮から静かに抜け出し外に出る。魔力探知すればすぐにも巨大な魔力の塊は見つかった。


寮の外に、リリスはいた。


「こんばんは、ヴェル様」


黒い長槍を持ちながらリリスはそう言った。風がどこからか吹いてきて、それがやたら涼しく感じられた。


それが自分の汗によるものだと気づいたのはしばらく歩いてからだった。


「こちらにどうぞ」


そう言って連れられたのは寮の裏の森の中。そしてかなり奥まで来たと思う。


そこでふと、リリスが足を止め、


「このあたりならば大丈夫でしょう。思い出せませんか、まだ」


そう言うなり、リリスは持っていた槍を頭の上に構える。


こちらもそれに応じるように構える。


「───思い出せないな」


「では、これならどうでしょうか」


そう言って闇の魔力があちらこちらから展開される。


───っ


これは闇の魔術!?


馬鹿な。


「まずはお手並み拝見と行きましょうか」


そう言うなり、闇の刃をこちらに飛ばしてきた。


だが、その程度なら防げる。


構わずこちらも氷の魔力を左手に込めた所でくすくすと笑われた。


「何がおかしい」


「凍結狙いですか、変わりませんね」


そう言ってリリスは暗闇の中に消えていった。


否、消えたのではない。


闇の中に潜り込んだのだ。


しばらくの静寂。


───後ろか!


風の魔力を込め一気に前に加速した。自分が立っていた所に漆黒の風が巻き起こっていた。どうやら槍を振られたらしい。


もしその場に留まっていたならば両断されていただろう。


「やはり見切りますか、この程度なら。では、これならどうでしょうか」


そう言ってリリスの姿が消える。


───今度は魔術じゃない。純粋な武術だ。


単純な速度で背後をとられた。槍が振り下ろされる。それを防ぐよう光の盾を展開しようとするが、それはやめた。


こんな暗闇の中で光の魔術は目立つ。


「くっ・・!」


前のめりになって寸でのところで回避する。


強い、なんだこの魔族。速度なら父に勝るとも劣らないかもしれない。


「まだ思い出せませんか?」


今度は更に速度が上昇した。そして一気に距離を詰められる。


───やるしかない!


こちらも加速して一気に距離を詰めようとした所で、距離感を誤りでことでこが思い切りぶつかる。


「───っ」


「痛・・・」


二人して頭を抑えていた。


はて、こんなこと、そういえばどこかであったような。


「いたた、お、思い出せましたか?」


「っう、ああ、なんとなく。ひょっとして君、闇の魔術を教えてくれたあの時の子か」


あまりの変わりっぷりに全く思い出せなかった。確かに美しい子だと思ったが、大人っぽくなってこんなに美人になるものか?


「そうです、ヴェル様。お会いしとうございました」


「ヴェル様、というのは初めて聞いたと思うが。で、こんなことをしてまで何故」


「約束したではありませんか、必ず迎えに行くと」


「共に戦う、だったか。しかし、人間と魔族が共に戦うなどありえないことだ」


「ならば私達がその初めて共に戦う者となりましょう」


そう言ってリリスはでこをさすりながらも手を差し伸べてきた。


いいのか、この手を取って。


俺は、この子を信じても良いのだろうか。

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