光の魔術との出会い

次の日。言われるまま光の魔術と闇の魔術を読んではみたが、一向にその世界が想像出来なかった。


かたや光あふれる自然界の世界、もう片方は触れれば死ぬ毒沼の闇の世界、あまりに違いすぎている。


朝食を済ませてると、父は出かけてくるといいどこかに出かけてしまった。


母に、ここを片付けたら行くから、と言われ先に訓練所に入った。


掌に光の魔力を込め、空に輝く太陽を想像する。すると光の玉がぱっと展開された。


とりあえずいつものように壁に向かって投げつけてみる。ふわふわと浮いて飛んでいくだけであった。


「なんだ、これは」


思わず呟いていた。どうやら攻撃魔術ではないらしい。こんな実用的でもない魔術を扱う魔術師などいるのだろうか。


そう思っていると訓練所の扉がゆっくりと開き、母が入ってくる。そしてぱたんと扉を締めるとお互いにいつも通り対峙する。


「どうかしら、光の魔術は出来たかしら」


「あ、はい。けれどこれで上手くいっているのか」


そう言ってもう一度光の魔術を展開する。再び光の玉が発現した。


「あら、いいわね。それは光の魔術の初歩魔術。さて、何に使えるのかと思ったと思うのだけれどどうかしら」


「そうですね、よくわかりませんでした。投げてもふわふわと浮いてるだけだし」


「色々方法はあるわね。例えばこんなのはどう?」


そう言って母も光の魔術を展開する。左手には光の玉。右手に風の魔力を込めこちらに光の玉を投げてきた。


高速で飛んでくる玉、あまりの速さに驚き魔術耐性を目の前に張る。意外と重い衝撃が走った。


「これを更にこうする、と」


今度は光の玉が数多く展開される。それをつぶてのように一気にこちらに飛ばしてくる母。


けれどもう目が慣れた。そう思い防御すると、玉が目の前で弾けた。


「───っ!」


突然の眩しさに目が眩む。


今自分が立っているのか横になっているのかさえわからない。どうやら平衡感覚を奪われたらしかった。


「どう?光の魔術はその魔力に応じて光の度合いを調整出来ます。なお攻撃ばかりではないわよ。光の速度は風の速度を凌駕する」


そう言うなり、再び光の魔力を込めだす母。ようやく目が慣れたと思ったら、母の手に光の弓と矢が展開されていた。


「防御なさい。光の矢、直撃すれば即死するわよ」


そう言われ体全体に光の耐性をさらに張っていく。


「それなら、大丈夫そうね」


そう言って弓を引き絞って離したかと思うと凄まじい重さの衝撃が体に走った。


あまりの威力に壁に激突し、受け身も取れず思わず吐血していた。


───強い


この魔術がこれほどとは。雷の魔術より上をいくのでは、と考えていると、


「光の魔術は本来防御魔術です。光の盾を展開し、相手の目を眩ませる等使い勝手のいい魔術。こうして光の矢として扱う魔術師はいないでしょうね。それと回復魔術、あれもこの光の魔術です。ただ扱いはくれぐれも注意が必要よ」


そう言われ首を傾げる。


「何故なら因果を歪める魔術なのだから。本来傷ついたものの傷を塞ぐ、切断された腕を復元するなど、完全に結果を歪めています。早く回復すれば死すら防ぐことが出来ます。いいですね、ヴェル。この魔術は貴方にとって本当に大切な時に扱う魔術になさい」


言われた意味がわからなかった。首を傾げていると、


「いいことヴェル。普通ありえない奇跡だと言っているの。奇跡は人を救いもするし絶望に落とすこともあるの。当たり前に助からない命を助けてはいけません、いいわね」


「それの何がいけないのでしょうか」


思わず尋ねていた。そうだ、治る見込みのある生命なら別に助けてもいいのではないか。


「人は奇跡にすがります。その重圧に人は耐えられない、精神的に。いいかしら、この魔術の使用は基本的に禁止します。本当に大事な時にのみ使いなさい。それから人前では決して扱わないように。見られては困るの」


「けれど母さんは僕に魔術を使ってくれるではありませんか」


「それは貴方が特別だから。そしてここには父さん以外いないからよ。私が人から隠れて住むのには理由がある。人は奇跡を求めたがるの、そして答えた結果が今。一時期奇跡の聖女と崇められた事もあったけれど、救えない命が出てきた時人は簡単に掌を返した。最後には化物扱いよ。そう、魔女と言われた事もあったっけ」


どこか懐かしそうに母はそういうのだった。


そうしてゆっくりと顔を上げ、悲しそうに笑みを浮かべながら、


「そういう生き方はしてほしくないよのね、貴方には。奇跡って起こらないから奇跡だと、私は思うの。奇跡を当たり前にしてはいけません」


そう言われ、少し状況を考えてみる。


確かに、自分は魔力が尽きれば母に回復してもらえばいいという気持ちが何処かにあった。当たり前に助かるのだと。


だが、実際はどうだ。本来なら何度も死んでいる命ではないのか。たまたま母が奇跡を起こしていたから結果として生きながらえているとしたならば。


「命を軽んじてはいけません、奇跡を起こして人を救うことは正しいことに見えるかもしれない。そう思うかもしれない。けれど同時に命を軽んじていることに他なりません。その上で、貴方がこの魔術をどう扱うかは貴方に任せます。本当に大切な時、その時まで決して使わぬよう、しかし鍛錬は怠らぬよう私はして欲しいと願うだけ。鍛錬を怠れば大切な時使えない、だから鍛錬は決して怠ってはならない」


それに対しヴェルファリアは答えられなかった。


目の前に助かる命があるとして、自分は見て見ぬふりが出来るだろうか。


それが大切であった時、自分は冷静でいられるだろうか。


「この魔術は願いの魔術、奇跡の魔術。全ての願望を叶える究極の魔術といっていい。いい、ヴェル。自然界の掟に逆らい因果を歪めれば必ずその歪みは他の誰でもない、貴方に必ず帰ってきます。そのことを忘れぬようになさい」


そう言われ、静かに


「はい」


と、答えるしかなかった。


「さあ、鍛錬を続けましょうか。では回復の魔術を教えましょう。出来れば貴方には幸せになってほしい。そのために、貴方にはこの魔術の全てを教えます」


その日ヴェルファリアは光の魔術の全てを目にした。


攻撃に防御、そして回復に蘇生。


出来うることは全て実践し試した。


使うにつれ、この魔術に恐怖を感じた。そう、まるで生殺与奪の権利全てを与えられたようだったからだ。


光の魔術で切り裂き殺し、光の魔術で治す。段々と万物を支配したような気分になるのだ。


最後に母はこう付け加え訓練を終えた。


「魔術師は常に冷淡であれ。そこに感情は不要。それが正しい魔術師の在り方だけれど、貴方はどう生きていくのかしらね。この魔術は本当に、生かすも殺すも貴方次第よ」


その日、晩御飯を父と母と済ませた後自分の部屋に戻り、光の魔術のおさらいをしていた。


切るのは自分の腕だ。軽く光の魔術で刃を作り、鋭く切り裂いて血を出す。


それと共に傷を塞ぐよう回復魔術を施す。綺麗に傷は治っていく。


そんなことを何度か繰り返しているうちに、自分が自分の体でないような感覚に陥ってくる。


そうして出てきたのは────


気持ち悪い、という感覚だった。


別に自殺願望があるわけではない。けれど、やっていることはそれと何ら変わりがない。そう、まるで一度死んだのに再び蘇るような感覚。


自分の魔力で自らを傷つけ、再び自らの魔力で傷を癒やす。やっていることはそう大差ない。




そんなことを考えているうちに気が遠くなって気づけば眠っていた。


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